『アル者ノ帰還・アル者ノ来訪・アル者ノ邂逅』
夢を見た。それはもうひどい夢だった。思い出すのも嫌だ。ああ嫌だ。体中が蒸れている。額から汗の玉が零れ落ちるのを感じる。「ひどい汗ね」隣に座っている、柏葉巴が言う。彼女は、膝上に座り、眠る雛苺を、優しく抱いている。雛苺の頭が、馬車の振動に合わせて、小さくゆれる。「普段の行いがわりーからそういう夢をみるんですよ」翠星石もカールのかかった髪を、ぴょこんぴょこん揺らしながら、すました顔で言う。でも、あんただけにはそういうこと言われたくない。「こら、翠星石。人のこと言えないよ?」蒼星石が私の言いたい事を代弁してくれた。蒼星石が翠星石を軽く小突く。この姉は妹には逆らえないらしい。姉が恨めしそうな目で私を見る。いい気味。ジュンは、熟睡中。私たちは馬車に乗って、VCの本部を目指して進んでいる。のどかな田園風景や、爽やかな風吹き抜ける高原を重苦しい話をしながら蒸気機関車で走り抜けたら、今度はジュンの上司が用意してくれた馬車に揺られて本部めざして進む。私は日中はわりと平気だし、雛苺も、徐々に元あるべき姿――人間に戻っていっている。私は彼女の心の内に眠る雪華綺晶を想う。雛苺が、吸血鬼から完全に人間に戻れたとするなら。彼女は一体どうなるのだろう。ジュンは言った。「雛苺が完全な人間に戻ってしまえば、きっと雪華綺晶は消える。それでこの騒動も本当に終わりだ」と。雪華綺晶。私にとって初めての同胞。私を襲った、敵。けれど今では、か弱い少女の胸のうちで眠る、もっともっと、それ以上にか弱い存在に成り果てている。雪華綺晶という存在は、今はもう、風前の灯火。私が彼に、雪華綺晶を救いたい、という旨を伝えると、ジュンは「心配いらないよ。多分」とも言った。「僕と、僕の上司なら、何とか出来ないこともないから」とも言った。そして最後にこう付け足した。「僕たちの職業は、なんだと思ってるんだい? 親愛なる我が部下よ」にやり、と笑って言った。ジュンは今までに何度も、何度も、私の心配を覆してきた。だからまぁ、今回もなんとかなるのだろう。そう思うことにした。「つきましたよ、皆さん」程なくして、声がかかる。馬車の操り主の男性が、声をかけてくれた。この蒸し暑いなか、馬車を操っていたのだ。本当にお疲れのことだろう。御苦労様でした。「ひー、久々にベッドの上で寝れるですよ」「そうだね、3日ってのは結構長かったねぇ」私の故郷と言える場所から、ここまで来るのに3日もかかったのであった。まぁ、道中に「色々」あったからこれだけかかったといえないことも無いが。その内容についてはここで触れるのはよしておこう。私はもうだいぶ疲労している。面倒は後に回したい。日傘をさして、馬車から表に出る。馬車はVC本部の敷地内に入れないらしく、ここからは徒歩で建物を目指すそうだ。情景描写。庭は、豪邸のそれに近い。短く刈り込まれた、青く茂る芝。その中に一本だけある、白いライン。石畳が陽光に照らされ、眩しく光っている(私らにとっては毒)。そして石畳の道の終着点にあるのが、VC本部。外観は図書館とかに近い。なんというか、荘厳な感じである。「立派な建物ねぇ」素直な感想。翠星石と蒼星石、ジュンと私、その後ろに柏葉と雛苺という順番で建物へと向かう。ジュンはメガネをはずして、眠そうな目をひた擦り続ける。彼は寝起きが悪い。機嫌もよろしくない様子。「まだ寝かせてくれよぉ。ったくもう、もうちょっと遅く運転しろってんだ馬車も」そこに愚痴っても仕様がない。子どもっぽいところのある人なのだ。案外。横目で彼の眠そうな顔を眺めながら、施設の屋根の陰へと入った。翠星石が玄関の横にある受話器をとり、なにやらボタンを押している。沈黙。次の瞬間、翠星石の表情が、ぱっと明るくなる。「課長! ただ今帰ったですよ! ドアを開けるです! ちょっくら人数増えてますけど。まぁそっちはあとでジュンが紹介に上がると思うですよ」私の隣では、ジュンがぶつぶつと文句を唱えていた。一方の翠星石は、頓狂な声をあげていた。「え? ジュンに? どこのどいつですか。さては真紅の野郎ですか? どーせろくでもねー頼みに決まってるですよ。あの子ももう諦めりゃいいですのに」どうやら課長なる人物と翠星石の間で、隣の仏頂面が話題になっているようである。ジュンは露骨に嫌そうな顔をしている。そのときである。眼前の真っ黒いドアが勢いよく開かれた。「ぐえふ!」女の子にあるまじき声を発しながら、蒼星石は虚空へと弾き飛ばされていった。いちおう怪我人のはずなのに・・・(※11話参照)。全員の視線が蒼星石へと集まる。そして直後。ハリのある声が響き渡る。「遅いのだわ!」真っ黒のドアの向こうにあったシルエットは。ドアと同じくらい黒いコートを身に纏い。太陽よりも猛々しく輝く髪をくゆらせ。一切の穢れの無い海のように青い目で私たちを射抜いていた。ただ、彼女は今ここにいる人間の中では最も小柄であった(雛苺除く)。悲しいかな、迫力や威圧感といったものは皆無であった。ただ、吹き飛んで倒れていた蒼星石がぴくぴくと手足を動かしていた。第十八夜ニ続ク不定期連載蛇足な補足コーナージ「ようやくだいたい役者がそろいましたね」銀「薔薇乙女勢はこれで全員登場ね」ジ「本当はこの段階までくるのに15話もかからなかったはずなんだけどね」銀「初めにきちんとしたプロットを作らないからこうなるのよね」ジ「後続の人には是非この反省を生かして貰いたいね」銀「さて、今回初登場の真紅ですが、どう動いていくのでしょうかね、桜田さん」ジ「きっと通常より3倍早く動くんだよ」銀「いや・・・そういう意味で聞いたわけじゃ・・・」ジ「実はこれが彼女の能力のヒントなんだなマジで」銀「ほう、興味深い」ジ「あとはあいつはVCの人間じゃあない」銀「なら何でここに?」ジ「あそこの施設にはな、VCだけじゃなくて、 吸血鬼などの怪物による事件を捜査する『人外捜査隊』だとか、 吸血鬼含む、化物の起こした事件を処理する『対人外機動隊』だとか、 人外ではあるけれど、人間と同じような生活を望むものに仕事を斡旋する『人以外のためのハローワーク』とか まぁ色々あるわけだよ。ちなみに真紅はけっこう偉い。階級だけなら僕よりも上だ」銀「じゃあ、これからはあの子の属する組織とも関係を持つようになるのね」ジ「そういうことになるな」金「あれ・・・? 忘れられてる・・・?」終
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