もしローゼンメイデンのポジションが逆だったら R 第4話ー2
それからみつも輪に加わり、ますます真紅の部屋は騒がしくなった。 金糸雀が買ってきたケーキと紅茶を飲み食いしながらみんなが思い思いな話をしていく。「本当に懐かしいわねー。こうしてみんなと話をするのって」「そうね。もう…えーと…とにかく数十年ぶりね」「数十年…私達が生まれる前ねぇ…」「見た目はそうも感じないのに…」「人形は年取らないから当然だろ」「そうだけど…」「…まあ、みつも無事で良かったよ。まだ巴とは会ってないのか?」 ジュンがみつにそう尋ねると、部屋が一瞬にして静まり返った。 みつは巴の名を聞くと、それまで浮かべていた笑顔が嘘のように消えていった。 巴の存在を知らない金糸雀は、なぜそんな空気になったのか分からずキョロキョロとみんなの顔を見渡す。「…そう、巴も目覚めてるのね…」「え、みっちゃん、巴って誰かしら?」「僕らと同じローゼンメイデンだ」 暗い表情を浮かべるみつの代わりにジュンが答えた。「本当かしら!? ねえ、その子を私に紹介して…」「冗談言うな!」「な…」 場違いな浮かれた台詞を言おうとした金糸雀をジュンは怒鳴りつけた。 いきなり怒鳴りつけられた金糸雀は、なぜそうなったのか分からず目が点になる。 それで更に重い空気になり、次にめぐが口を開いた。
「巴は、私達とは違う…危険なドールよ」「僕はこの時代で目覚めてからもう二度もあいつと戦ってる。うち一回はめぐも…」「…巴は水銀燈を侮辱し、私を騙してジュンと戦わせた。…絶対に許せない」 険しい表情でフォークを握る手に力が入り、怒りでその手が震えるめぐ。 ジュンも落ち着いてはいるが、その目にははっきりとした怒りに満ちていた。 巴と戦った事を知っている真紅と水銀燈も巴の事を思い出し、暗い表情になる。 さらに、今度はみつも口を開く。「…もう戦ってたのねあいつと。やはり、アリスゲームは止められないのかも…」「くそ、下らない事に執念燃やしやがって…そのせいでじーさんは…」 ジュンのその台詞を最後に重苦しい沈黙が部屋の中に流れる。 すっかり冷め切った紅茶を一口すすり、真紅がジュンにおずおずと問い掛けた。「…ねえ、巴は何で戦いを挑んでくるの? それに、アリスゲームって何? そもそもあなた達ローゼンメイデンっていったい…」「ああもう、一気にそんな事聞くな。…でも、もうそろそろ事情を全部話す頃かな」 ジュンは座り直して紅茶を一口飲んで唇を湿らすと話し始めた。「ローゼンメイデンってのは前のオカルト雑誌に書かれてたとおりローゼン…僕らで言うお父様が作った人形なんだ。お父様は究極の生ける人形を作ろうとして幾つもの人形を作った。それがローゼンメイデン…つまり、僕達だ」「究極の…生ける人形…?」「マッドサイエンティストみたいねぇ…」「…だが、一体、二体と作っても失敗し…ついには六体作っても究極の人形は完成しなかった。…何が究極の人形なのか知らないけどな」「…勝手な奴かしら」「悲観に暮れたお父さまは、ある言葉を残して去った。『すべてのローザミスティカを手に入れた人形を究極の人形として迎え入れる』って…」「ローザミスティカって…つまり…」
「そう、人間で言う魂だ。…ようするに、殺し合いをしろってのさ」「そんな、酷いわ!! 勝手に作っておいて納得が行かなかったから殺し合いをしろだなんて!! 許せない!!」 あまりにも酷い話を聞き、真紅は堪えきれずに声を荒げて叫んだ。 金糸雀と水銀燈も同じ思いで、険しい表情を浮かべる。「…ああ。まったく持って酷い話さ。その殺し合いってのがアリスゲームだ」「その勝者はアリスという究極の人形になれるのよ」 今までずっとジュンが喋っていたのにめぐが加わり、更にみつも乗っかってきた。「でもね、私達はアリスになろうなんて思わなかった。ただただ、平和に過ごしたいだけだったの」「…最初の頃は僕とみつ、めぐ、そしてじーさんと楽しく暮らしてた。ちょうどこんな風にみんなとな」「でも、それは1年も続かなかった…」「…今でもあの日の事を覚えてる。おじいちゃんが巴にローザミスティカを奪われた時のことを…」 その時の事を思い出したのか、三人の顔が怒りと憎悪で歪む。 その様子に真紅達は何も言い出せなくなってしまった。しばらくして金糸雀が口を開いて、沈黙を破る。「…つまり巴がそのアリスゲームに乗り気になってる、そしてみっちゃん達のローザミスティカ…だっけ? を狙ってる事かしら?」「ああ」「じゃあ、巴さえ居なくなればみんな平和になるのねぇ」「…いや、巴以外にも乗り気になってる奴が一人いる」「え?」「言ったろ? 人形は六体作ったって。僕、めぐ、みつ、巴、じーさん…そしてあと一体」「あ…確かにそうなのだわ。一体余ってる…じゃあそのドールも…」「ああ…。ローゼンメイデン最後のドール…オディール」
―※―※―※―※― 豪華絢爛、そんな言葉がピッタリな屋敷の一室。 その部屋のベッドに、右目に眼帯を掛けた少女が一体の人形を膝の上に乗せて髪を梳きながら座っていた。 彼女の指には白薔薇の指輪が付けられている。それだけの光景が、まるで芸術品のような美しさを出していた。「オディール、今日も美しいですわね」「ありがとう。でも、雪華綺晶はもっと素敵だわ」 雪華綺晶、と呼ばれた少女はそれを聞いて少し複雑な顔をする。 喜ぶべきかどうか迷っているようだ。「そうですか? 私はいつも右目に眼帯をしてるから、不気味だと思ってたんですが…」「私には、それがミステリアスな雰囲気を出してて良いと思ってるわ」「…お世辞が上手ですわね」 参った、と言わんばかりに笑みを浮かべ、髪を更に梳く。 流れるかのように美しい金髪は、撫でているだけで雪華綺晶の心を和やかにさせていく。 それにオディールも心が和やかになっていくようだった。 そんな至福の時間を過ごしていると、不意に扉からノック音が聞こえて来た。「…どうぞ」 気分を害され、少し不機嫌そうな顔で返事をする雪華綺晶。 それからドアが開き、中からウサギ顔の執事が現れた。「お嬢様、ピアノレッスンの時間です。薔薇水晶様も既にお待ちしております。ピアノ室へ…」「…分かりました。すぐに行きますからラプラスは先に行ってお待ちになっていてください」「かしこまりました」 そう言って頭を下げ、ラプラスと呼ばれた執事は扉を閉めようとする。 だがその前にオディールに気付き、再び顔を出した。
「…お嬢様。受験勉強が控えていらっしゃるのに、そんな人形遊びをいつまでも続けていては…」 人形遊び、と言われ雪華綺晶の顔に怒りが浮かぶ。「…この子は人形じゃありません。ローゼンメイデンという誇り高い…」「はいはい、その話は何度もお聞きになりました。しかし結局は…」「…いい加減にしてくださいませんか? オディールは大切な私の妹みたいなものです」「…作用でございますか。人形にうつつを抜かして、成績が落ちるというのだけは止めてくださいませ」「それも何度も聞きました。十分心得ておりますから…」「ならばよろしいのです。先にお待ちしております…」 言いたい事だけ言うと執事は扉の向こう側に引っ込んで行った。 残されたオディールは不機嫌なままオディールを下ろし、ピアノレッスンの準備をし始めた。「…まったく…オディールをただの人形呼ばわりするなんて、失礼極まりありませんわね」「…雪華綺晶…」「…ピアノレッスンに行ってきます。終わるまで待っててくださいね」「うん…。…ねえ」「どうしました?」 準備を終え、いざピアノレッスンに行こうとする雪華綺晶を引き止めた。「前に話した話覚えてる? 私が究極の人形になれる話…」「ええ、それが?」「…ううん。やっぱりなんでもないわ」「ふふ、おかしなオディールですわね」 少し笑って、雪華綺晶は部屋を出て行った。
残されたオディールは雪華綺晶の鏡台の前に座り、指をパチンと鳴らした。 すると、部屋を映していた鏡は瞬く間にジュン達が居る真紅の部屋の画面に変わった。 その音声もテレビのように聞こえてくる。『…じゃあ、そのオディールってやつもローザミスティカを…』『ああ。いずれここを嗅ぎ付けて来るだろうな…』「もう嗅ぎ付けてるけどね…フフフ…」 さっき雪華綺晶と一緒に居たときとは違う、黒い笑みを浮かべる。 ジュン達に立ち向かう準備は出来ている。あとはそのタイミング…。「…お父さま…会いたいわ…」 まだ見たことのないローゼンの姿を想像してうっとりとした表情を浮かべる。 すべてのローザミスティカを手に入れたらどんな歓迎をしてくれるのだろう。 そして…雪華綺晶を迎え入れてくれるだろうか。 雪華綺晶をローゼンに紹介して、ずっと一緒に生活できるようにしてもらう…それが叶えばなんて素敵な事なんだろう。 そうすればあの邪魔な執事も、妹の薔薇水晶にも邪魔される事はない。 永遠に一緒に居られるのだ…。「…私も変わったわね…」 自嘲的にそう漏らす。最初はただローゼンに会いたかっただけ。 だが今は、雪華綺晶とずっと一緒にいたい…それが加わった。 自分を大切にしてくれるミーディアム、雪華綺晶…。
『その願い、叶えるの手伝ってあげましょうか?』 ジュン達とは違う、聞き覚えのある声が鏡から流れてきてオディールは後退りをする。 鏡からはジュン達が映っていた映像が消え、代わりに光って波打ちだしていた。 オディールは身構えて中から声の主が現れるのを待つ。「…巴、でしょう? さっさと出てきなさい」 鏡に呼びかけ、それに答えるように中から巴が出てきてオディールの前に現れた。 相変わらず無表情で、狂気染みた雰囲気もそのままだ。「久しぶりね」「ええ…それで、何の用? 勝負を仕掛けに来たの?」 いつでも動けるように警戒したまま巴に問い掛ける。 その様子を見て巴は呆れたように溜息を付いた。「まったく、みんな私の姿を見るなりカリカリしちゃって…カルシウム摂ってるぅ?」 ふざけた事を言う巴にオディールの苛立ちは募る。「ふざけないでくれない?」「やれやれ、冗談も通じないなんてね…。別に今日は戦いに来たわけじゃないの」「…なら何しに来たの」「言ったでしょう? その願い叶えるの手伝ってあげましょうかって…」 そこで巴は少し笑顔を見せ、オディールもとりあえず警戒を解いた。
「私と手を組まない?」「あなたと?」「ええ。同じアリスを目指すもの同士…あの腑抜けた連中をまとめて始末するチャンスだと思うけど?」 どう? と腕を組んでオディールを見る巴。オディールは少し考える。 確かに向こうはアリスゲームを放棄している。とは言え、戦闘で三対一になったりしたら面倒だ。 そうなると確かに手を組んでいった方が無難か…。「…ローザミスティカはトドメが刺した方が手に入れる。これなら文句無いでしょう?」 考え続けるオディールに巴はそう付け足し、それを聞いて顔を上げる。「…分かった。手を組みましょう」「そう来ないとね」 巴は手を差し出し、オディールも同じように差し出してがっちりと握り合った。 これで契約成立だ。「今日はそれを伝えに来ただけだから。私はもう戻るわ。…しかし…」「何?」「…そんなにあのミーディアムが大切? あんな顔したあなた、初めて見たわ」「そう…ね。私も初めてよ。雪華綺晶はとても良くしてくれてる。こんな私に…」「…本性を見たらどう思うかしらね」「…さぁ…」 さっきのような自分の姿を見たらどう思うだろうか。恐ろしく思うか、軽蔑されるか…。 オディールが黙ると、巴は鏡台の方へと向いてそのままイスに足を掛ける。「それじゃ。また近いうちにベリーベルで知らせるから。足手まといにならないようにね」「そっちこそ」 それだけ交わすと巴は鏡の中へ消えていき、鏡も部屋を映すただの鏡へと戻った。「…もうすぐ、開始か…」
―※―※―※―※― nのフィールドを進みミーディアムの家へ戻る途中、巴はさっきの光景を思い出していた。 鏡の中から見えた、オディールと雪華綺晶の仲睦ましい様子を。「…下らない…ミーディアムなんて、ただの力の供給源じゃない。…ただの…」 自分の理論で頭を納得させようとする巴。だがそのモヤモヤはいつまで経っても晴れなかった。「…雛苺…」 巴は立ち止まり、ポケットからロケットペンダントを取り出した。 その中には自分とミーディアムである雛苺のツーショット写真が収められていた。 向こうが勝手に手渡してきたペンダントである。 捨てようと思えばいつでも捨てれるはずなのに、何故かどうしても捨てることが出来なかった。 それがどういう感情なのか、巴には良く分からなかった。「…下らない…ミーディアムなんて…下らない…」 そう何度も呟く。自分を納得させるように。第4話 終わり
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