返ってきた期末テストの答案をお互いに見せながら、新聞部の4人はいつもと同じように机を囲んでいた。
「お!?蒼星石、国語のテスト90点ですか。流石、自慢の妹ですぅ!私の倍はあるですよ!! 」
真紅!?この裏切り者め!ですぅ!!ムキー!!いつの間にこんなに勉強してやがったですか!
そして……ほー、水銀燈は相変わらず、大したもんですねぇ… 」
全員のテストの点数を見比べながら、コロコロと表情を変える翠星石。
だが…とっても優秀な成績を取ったにもかかわらず、部員達の表情は冴えなかった。
むしろ、ドンヨリと地面を見つめている。
「どーしたですか!皆、元気無いですよ!? 」
相変わらず高いテンションで、全員の背中をバンバン叩きまくる翠星石。
まるで、そんな彼女の脳天気さに耐えかねる、といった表情で奥歯を食いしばる部員一同。
やがて…意を決した真紅は、翠星石の真っ赤なテストを手に取り、呟いた。
「とても言い難い事だけど……翠星石…あなた…ダブるわ 」
………
「なななななななんですとーーーーーーー!!?!??!?!! 」
今日も元気の良い叫び声が、部室の窓をビリビリ揺らした。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ~ この町大好き! vol.12 ~ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「…すこ…やかにぃ~…のびやか…に~…緑の葉っぱを…キラキラ……キラ…キラ…ふふ…ふふふ…… 」
翠星石は…
散々叫んだ後、椅子に座り、文字通り真っ白になっていた。
今では、何やら謎の呪文をブツブツ呟いてすらいる。
「英語のテスト、26点。数学のテスト、9点。化学のテスト、13点。
4年間の高校生活、プライスレス。ですぅ……ふふ…ふふふふふ…… 」
壊れた蓄音機みたいに、渇いた笑い声が部室に広がる。
「あ…チョウチョです……素敵ですねぇ……ふふふ…… 」
虚ろな視線で、存在しない蝶々を追いかける。
「翠星石!しっかりして頂戴!! 」
そう叫ぶ真紅のビンタで、翠星石は夢の世界から帰ってきた。
「……はッ!?し…真紅…私は…… 」
「大丈夫よ翠星石!まだ追試が有るわ! 」
そう言い、真紅がバッと部室内を指し示す。
そこには…
蒼星石が、水銀燈が……誰より心強い、仲間達が……
諦めるには…早すぎる。
まだ、追試というチャンスは残されているのだから。
瞳に輝きを取り戻した翠星石は、ゆっくりと立ち上がる。
そして…全員の顔を見て、力強く頷いた。
「そうです…まだ…終わってはないですよ……早速、作戦会議ですぅ!! 」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「さて!この私が後輩になる、という恐ろしい事態を避けるためにも!!
今こそ私たちの本気の力を示す時ですよ!! 」
翠星石がバン!と机を叩く。
(やっと、いつもの調子を取り戻してくれたようね… )
真紅が力強く頷く。
翠星石は、全員の顔を改めてグルリと見渡し…そして、ホワイトボードをバン!と叩いた。
「とりあえず!買収で行こうと思うです!
先生にお中元を贈って、追試をパスしてもらうですぅ!! 」
………
「……何を言ってるの? 」
真紅が呆れた声を出す。
「それとも、色仕掛けですか!?いや!それはダメですよ!!というより、こっちがお断りですぅ!! 」
「……翠星石…あなた…… 」
見る見る内にドンヨリしだした水銀燈が呟く。
「となると…やっぱりここは、カンニングですかね!?背に腹はかえられん、ってやつですぅ!! 」
「……いや…普通に勉強しようよ… 」
明らかに苦笑いを浮かべた蒼星石が、小さな声を上げた。
「………マジ…ですか…? 」
『勉強』という言葉を、完全に脳から消し去っていた翠星石は、冷や汗をダラダラ流す。
「普通は、最初にそう考えるものよ 」
「私も…少しは協力してあげても良いわよぉ? 」
「とりあえず、二人とも今日はこれから暇かい?良かったら、家で勉強会とかどうかな? 」
「え……いや…その……わ…私は部活があるから…遠慮するですぅ…… 」
何とも歯切れの悪い翠星石を、部員達はグルリと取り囲み始めた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
翠星石の部屋に集まって勉強会。
「やっぱり、復讐、って大切よねぇ…?……ねぇ…真紅ぅ…? 」
何故か目をギラリと輝かせながら水銀燈がニヤリと笑みを浮かべる。
「そうね。復習しといて損はないわね 」
不穏な気配に気が付かず、真紅はノートをパラパラめくる。
「二人とも、つき合わせてごめんね? 」
蒼星石がそう言い、お茶とお菓子の入ったトレーを机の上に置く。
翠星石は…一心不乱に、お菓子を食べていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「…何で、勉強してる時に限って、部屋の掃除がしたくなるんですかねぇ? 」
勉強会の合間…例の如く、変な発言を始めたのは翠星石だった。
誰の為の勉強会だと思ってるんだ?
全員の心が、一つになる。
だが…そんな空気を無視して、翠星石は熱く語りだす。
「なら、逆に考えるですよ。部屋の掃除をすると、勉強したくなるかも知れねーですぅ!!
きゃー!これは大発見ですぅ!!早速、部屋の掃除を―――― 」
………
翠星石の頭に、小さなタンコブが出来た。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ノートをパラパラとめくる音だけが、翠星石の部屋に聞こえる。
と…
「おぉ!?ちょっと見るです!翠星石が授業中に書いた、校長の似顔絵ですぅ!! 」
そう言い翠星石が全員に向け、ノートをバッ!と開く。
『かーじゅきー』と叫んでる校長先生の似顔絵が、ノート1ページにわたってデカデカと書かれていた。
………
翠星石の頭のタンコブが、2個になった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
結局……その後も勉強会は続き、翠星石の頭にはタンコブがドンドン増え……
やがて、もう皆が帰る時間になった。
「二度と来るなですぅ!! 」
と、翠星石に玄関で見送られ、自宅へと帰る真紅と水銀燈。
二人が翠星石の家を出て暫くして…後ろから蒼星石が追いかけてきた。
「…二人に、ちゃんとお礼言おうと思って……そこまで送ってくよ 」
そう言い、3人並んで夜道をテクテク歩く。
「…本当に…翠星石の事、ありがとうね… 」
街灯が道を照らす中、蒼星石が少し照れたように言った。
「そんな事、気にする事では無いわ。だって、翠星石の問題はあなたの問題でもあり… 」
「そして、あなた達の問題は…私たちの問題でもあるわよねぇ…? 」
真紅と水銀燈が、街灯の下で少し微笑んだ。
「…うん…ありがとう… 」
どこか幸せそうな顔をして…でも恥ずかしいのか、俯いてそれを隠しながら、蒼星石がテクテク歩く。
「それにしても、『二度と来るな』は酷いわねぇ? 」
水銀燈が、ちょっと意地悪な笑みを浮かべる。
「そうね。でも、彼女に『また来い』って言われたら…それはそれで気味が悪いのだわ 」
真紅が可笑しそうに目を細める。
「はは…確かに、そんなに素直だと…風邪ひいたのかと心配しちゃうね 」
いつもと同じような苦笑いでも、どこか楽しそうに蒼星石が言う。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「…それじゃあ、また明日 」
「ええ。ちゃんとお姉さんの面倒、見てあげるのよ 」
「じゃぁねぇ…翠星石にも、宜しく伝えといてぇ… 」
街灯に照らされた道を、それぞれの家へと向かって別れる。
一人で夜道を歩く中…
真紅は、水銀燈は、蒼星石は、ふと夜空を見上げた。
きっと翠星石も、部屋の窓から空を見上げているだろう。
いっつも言い争いが絶えないし、しょっちゅう喧嘩もするけど…
やっぱり、皆が大好きだ。
何となく。
証拠になるような物は、ひょっとしたら何も無いのかもしれないけど……
それでも、ちゃんとそう思えた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
そして…運命の朝が来た…。
翠星石は、手の中に隠れる程の小ささの紙切れを見つめていた。
そこには、数式やら何やらがビッシリ書きこまれており…つまりはカンニングペーパー。
口は悪いし、ちょっと変な連中だが…
蒼星石の、真紅の、水銀燈の協力に報いる為にも…この追試は落とせない。
そう考え、こっそり作ったカンニングペーパーだったが…
翠星石は迷っていた。
友の信頼を裏切る事になろうとも、自力で追試に臨むべきか…
自分自身の心を裏切って、カンニングをすべきか……
自力で挑んでも、追試に合格するかもしれない。
そんな事も考えたが…やはり、これまでも点数を考えると…不安だった。
だが、迷ってる間にも追試の始まる時間は迫っている。
(…皆…すまんですぅ…私は…… )
翠星石は心の中でそう呟き……―――――
カンニングペーパーを丸め、ゴミ箱に捨てた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
キーンコーンカーンコーン……
追試の終了を告げるチャイムが鳴り…翠星石が廊下に出ると、そこには蒼星石と真紅と水銀燈と…
翠星石の事を心配した全員が、そこには立っていた。
翠星石はゆっくりと3人に近づき…
片手でVサインを作った!
「やったですよ!完璧でした!! 」
そう叫び、3人の輪の中に飛び込む。
「見直したわ、翠星石。一時期はどうなる事かと思ったけど… 」
真紅が翠星石を褒め称える。
「頑張って手伝った甲斐がある、ってもんよねぇ… 」
水銀燈が感慨深く呟く。
「やっぱり、翠星石はやれば出来るんだよ! 」
蒼星石が自分の事のように喜ぶ。
「いや~褒められても何も出ないですよ? 」
翠星石も、流石にちょっと照れていた。
そして……
「いやはや、それにしても、カンニングペーパーというのは、
作る過程でその内容を全部覚えちまうもんなんですねぇ…… 」
実際、小さな紙にビッシリ数式を書き込むという集中力を必要とする作業。
内容が頭に入らない方が不思議ではあるが……
この一言が、命取りだった。
「カンニング…ペーパーぁ…? 」
水銀燈が顔を引き攣らせる。
「……とりあえず、詳しい話は…そうね、部室で聞きましょう 」
真紅の目つきが鋭くなる。
「翠星石…そんな…… 」
蒼星石が、今にも泣き出しそうな顔をする。
「え!?いや、準備だけで、実際カンニングはしてねーですよ!? 」
何かヤバイ雰囲気を察して、後退りながら翠星石は弁解を始める。
だが…
「…そう…そう言うなら……逃げる必要は無いわねぇ…? 」
狩人の目をした水銀燈が、翠星石ににじり寄る。
「……不本意だけど…身の潔白を証明する為よ…調べさせて頂戴 」
真紅が翠星石の肩をガシィ!と掴む。
「大丈夫…すぐに終わるから……ね…? 」
蒼星石が翠星石の背後に回る。
「ちょ…!!だから私は無実ですぅ!!はーなーせーですぅ!! 」
3人の少女に引き摺られ、翠星石がドナドナと連行される。
学園は…今日も、平和だった。
「ちょ!スカートの中になんて隠してないです!やめろですぅ!!私はそんな趣味は…!アッーーー!! 」
時折、新聞部の部室から悲鳴が聞こえるが…
それでも、学園は今日も、おおむね平和だった。
きっと、明日も明後日も…
この町のどこかで、彼女達は小さなトラブルを巻き起こすだろう。
何故なら、彼女達は…――――
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「さーさー!楽しい夏休みが!ついに始まるですぅ!!早速パーっと行くですよ!! 」
翠星石がドン!と机を叩く。
「何なの?夏休みでも、毎日このメンバーなの? 」
「…とか言っちゃって…本当は嬉しいんじゃないのぉ…? 」
「はは…でも本当、毎日会いそうな勢いだね 」
いつもと同じように、話半分といった表情で3人が会話する。
「そこ!しっかり話を聞きやがれですぅ!! 」
翠星石がいつもと同じように高いテンションで叫んだ。
「夏といえば!!海!!山!!そしてぇーーーー!!コレですぅ!!! 」
翠星石が馬鹿デカイ文字の書かれたホワイトボードをバン!!と叩く。
真紅がうんざりとしたため息をつき、そっと微笑む。
水銀燈が呆れながらも、楽しそうに目を細める。
蒼星石が苦笑いを浮かべながら、詳細を尋ねる。
翠星石が満面の笑みで、部員達に説明を始める ――――――
コノマチ ( ゚∀゚ ) ダイスキ!