上がらない雨は無い。朝の来ない夜は無い。
誰が言った言葉か……。
例えそれが、どんなに絶望的な状況でも…希望の灯りを消してはいけない。
実に、陳腐な言葉。
だが…だからこそ、忘れてはいけない言葉。
夜は必ず明け、日は再び昇るのだ。
そう…『日曜日』という、僕らの太陽が!
これは、とある休日の彼女達。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ~ この町大好き! vol.5 ~ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
翠星石の朝は遅い。
たっぷり昼過ぎまで、容赦なく寝過ごす。
「ふゎ~~~ぁ… 」
大きなアクビと共にゴソゴソと布団から抜け出して、朝食兼昼食を食べにリビングへ移動した。
「…おはよう、翠星石。もう昼過ぎだよ? 」
昼食の準備をしながら、妹の蒼星石がそう声をかけてきた。
翠星石がこの時間まで起きてこないのは毎週なので、すっかり慣れたもの。
そんな感じで、蒼星石は湯気の上がる茶碗を翠星石の席の前に置いた。
「ふぃ~…たまには惰眠を貪るのも悪くないですぅ… 」
目を数字の3みたいにしながら、翠星石はモゾモゾと昼食を食べ始めた。
「全く…若いんだからシャキッとしないとダメだよ? 」
そう言い、蒼星石もテーブルに着く。
誰も居ない休日。二人だけでご飯を食べる。
と…蒼星石はふとした事に気が着いた。
「ねえ翠星石…ちょっと…太った? 」
「な!?そそそそんな事ねーですぅ!こ…これはその成長期というやつで…その… 」
「…その? 」
「ですから!…これはその…決してオヤツの食べすぎとかではなく… 」
「………はぁ…もう…今日はオヤツ食べたらダメだよ? 」
「…はいですぅ 」
食事が終わり、翠星石は自分の部屋へとすっ飛んで行った。
そして…こっそり、自分のお腹をプニプニ突っついてみる。
小憎らしい柔らかさが…ちょっと哀しかった。
「これは…今日からダイエットですよ! 」
背景に炎を灯らせ、翠星石が力強く宣言する。
「そうと決まれば…! 」
そう言い、部屋の中を見渡す。と、とある一点で視線が止まった。
パジャマのまま、翠星石はソレの近くに移動する。
蛍光灯から垂れ下がった、一本のヒモ。
「はぁぁああ!!ほぁーちゃー!! 」
奇声を上げながら、ヒモに殴りかかる。
ご存知、国民的スポーツ・ヒモボクシングだ。
吹っ飛ばされたヒモが、重力によって再び戻ってくる。
翠星石はそれを華麗な動作で避け、再び殴りかかる。
避ける。殴る。避ける。殴る。
(これは…きっと、ポッキー一箱位のカロリーを消費したですよ…! )
そんな事を考えながら、軽やかなステップで蛍光灯のヒモと戦い続ける。
(この戦いが終わったら…故郷に帰ってプロポーズするですぅ…! )
何だか変な電波まで受信しだした。
「とぉぉぉぉりゃぁぁぁ!!! 」
目の前に迫る蛍光灯のヒモ。それ目掛け…今だ!必殺アッパーだ!
バチン!
真っ暗になりました。
「ほぁぁぁぁぁあああああ!!?!?!? 」
自分のしでかした事なのに、何の臆面も無く叫ぶ。
「ど…どうしたの!?翠星石! 」
と、乙女の悲鳴を聞きつけた別の乙女が、部屋の中に駆け込んできた。
「う…うぅ…突然真っ暗になったですぅ…ポルターガイストですぅ… 」
翠星石は泣き真似をしながら蒼星石にしがみつく。
間違っても…ヒモボクシングの事は言えない。バレたくない。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
蒼星石の朝は早い。
休日でも、いつもと同じように7時には目を覚ます。
「……… 」
ちょっとだけ、ぼーっとしたままの頭で、目覚ましの為に顔を洗いに行った。
そして蒼星石が部屋に戻り…次に部屋から出てきた時には、彼女は動きやすい格好に着替えていた。
そのまま玄関まで行き、靴を履き、家を出る。
軽く20分程のランニングを兼ねて、公園をグルグル走る。
そして立ち止まると…ポケットからストップウォッチを取り出した。
すっと息を吸い込み…走る。
朝の公園に、少女の軽やかな足音だけが過ぎていった。
何度、同じように走っただろうか…
蒼星石はストップウォッチに浮かんだ数字に、少し嬉しそうな笑みを浮かべた。
(『謎の正義の味方』(第一話参照)として、体力はつけておくに越した事は無いし…… )
呼吸を整えながら考える。
(…それに…翠星石に近寄る『悪い虫』は、一匹一匹、潰せるようになっていないとね……ふふふ…… )
清清しい位に素敵な笑顔を浮かべ、蒼星石は軽く走りながら家路についた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
真紅の朝は早い。
せっかくの休日、もっとゆっくり寝ていたかったが…体が自然と目を覚ましてしまった。
枕元の時計を見ると、8時過ぎ。
いつもなら、学校に着いてる時間だ。
朝食の代わりに、温かい紅茶で体をゆっくりと覚醒させる。
それから、読書。
昼食。
さらに読書。
時折、思い出したようにテレビに噛り付く。
それ以外は、読書。
哲学、錬金術、経営学、経済学、医学。
とにかく、読書。
のんびりと、紅茶片手に本を読む。
これが彼女にとっての、何よりのストレス解消だった。
そんなこんなで、気が付いたら夕方4時前。
いつもなら、部活の時間だ。
真紅は深いため息をつき、読んでいた本をパタンと閉じた。
しおりは挟まない。何度も読んだ本だから。
それでも…やっぱり本には、読むたびに新たな発見があった。
「そろそろね… 」
真紅は小さく呟き、携帯電話へと手を伸ばす。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
水銀燈の朝は遅い。
それこそ遅い。むしろ夕方だ。
もぞもぞと布団が動き…やがてピタリと止まった。
数時間後…
もぞもぞと布団が動き…のっそりと水銀燈が布団から顔を出した。
血圧の低そうな、いかにも寝足りません、な表情をしながら、地面を這うように移動する。
そして辿り着いた冷蔵庫を、ガサゴソ漁る。
数分後、彼女が手にしていたのは、ご存知ヤクルト。乳酸菌の権化だ。
それを飲み干し、やっと目が覚めましたみたいな表情で水銀燈は時計に視線を向けた。
4時前。
「…え? 」
(まさか!? )
そう思い、テレビの電源を入れる。
(…そうよ…きっと…深夜の4時に違いないわぁ…! )
『来週も、よろし―――くんくんッ!! 』
テレビから聞こえた声が、全ての希望を打ち砕いた。
「いやぁぁぁぁ!!折角の休日なのよぉ!!? 」
堪らず、叫ぶ。
水銀燈は慌てて、せめて今からでも休日を有意義に過ごすべく、行動を開始した。
携帯電話を引っ掴み、メールを…いや、一刻も早く!と、電話をかける。
プルル……プルルル……
コール音がやけに遅い。
そうこうしてる間にも、月曜日はそこまで迫ってきてるのいうのに…!
イライラが最高潮に達し、電話を切ろうとした時―――
まるで、『あなたの事なんて手に取るように分かるのだわ』と言わんばかりのタイミングで相手が出た。
「ねぇ、暇なら今から、翠星石達も誘ってご飯でも食べに行かなぁい? 」
水銀燈はいきなり、用件を伝える。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
5時過ぎ…
水銀燈の指定した駅前に、真紅が―― 翠星石が――― 蒼星石が、到着する。
「全く、こんな時間から遊びに行くなんて、とんでもねー不良ですぅ! 」
「まあまあ、ご飯を皆で食べるだけだし、気にする程じゃないと思うよ? 」
「そうね。その代わり、今日は誰かさんの奢り、というのはどうかしら? 」
「……それは最悪ねぇ 」
彼女達の日曜日は始まったばかりだ ―――――!!