LOVE COMMUNICATION:2
皆との久々の挨拶もそこそこに、いい年した大人十二人の井戸端会議が始まった。説明不可能なほどに時間が経つのが早い。
気が付けばもう皆のカップに、コーヒーや紅茶はなくなっていた。
「で、蒼星石。アンタ進展あったのぉ?この四年で」
会話は先ほどから尽きることなく続いていた。
確か、ベジータがここ最近結婚したっていう事実を笹塚の口から出てそれから、ちょっとした恋愛話になっていたハズだ。
蒼星石の対面に座る水銀燈が会話の節目にそう突っ込んできた。
「え?」
蒼星石が止まる。
「馬鹿言うんじゃねぇです水銀燈!」
椅子から立ち上がり、水銀燈へ向く翠星石。
「けれど…そうね。いくら離れて暮らしていたとはいえ、定期的に連絡を取り続けていたのは貴女だけだもの」紅茶を手に、真紅が水銀燈へ賛同の声を上げた。
(アイツいつの間におかわり頼んだんだ)
しかし、一体なんの話をしているのだろうか。
「ヒナもね、お手紙出したのよー」
「確かに桜田君の近況知ってたの蒼星石くらいだったわね」
雛苺はともかく、柏葉も賛同しているようだ。相変わらずここ二人は仲いいな。
え?僕?
「チビ人間は鉄砲玉だったですからね。ちっとも連絡よこしゃしねぇです」
「付き合ったりとかはしてませんの?」「…………恋人というよりかは……」
「高校の頃から夫婦みたいだったかしら」
いつの間にか蒼星石以外の視線は僕にあった。隣に座っている蒼星石は、顔をキョロキョロと困った様子だ。
「ちょ、お前ら何言ってんだよ」
いい加減僕だって止めに入る。僕たちは、決して……。
「ジュン、高校三年の時蒼嬢への告白ラッシュが急に止んだのは何故だと思う?」
学生時代、蒼星石は男女問わずモテにモテた。先輩から後輩、同期。他校の生徒にだってモテた。
“発情期”ではもう見てられないくらいのものだったな。
特に高校一年の冬、高校二年の夏とか。
「そりゃお前…、受験とかいろいろ忙しいからだろ」
甲斐甲斐しく聞いてきたベジータに応える。何故“甲斐甲斐しく聞こえた”かはわからない。そう感じた。
「ジュンがいたから、だよ。『嗚呼、蒼星石さんにはもう彼氏がいたんだ』って。当時有名だったよ?」笹塚が身振り手振りを交えながらベジータの質問に答える。
……そうだったのか。
「馬鹿野朗、廊下に立たせるぞ!」
と、僕は当時担任だった梅岡の物まねをして悪態をつく。はっはっは、と皆笑った。
僕は少し蒼星石に申し訳ない気持ちになった。
蒼星石の方を見ると、彼女も僕を見ていたのか眼が合う。
お互い苦笑を浮かべ
「まいったな」「ホント」
言葉を交わす。
それを見たのか
「ちょっとぉ、私の質問に答えてないわよ。蒼星石」水銀燈が蒼星石にせまる。
「水銀燈、僕たちはそういう関係じゃないよ」
蒼星石がそう応えた。
僕は、蒼星石と初めて出会った頃を思い出した。
当時の蒼星石はあまり笑わなければ、泣きもしない。怒りもしない。無表情なヤツだった。
いつもクラスが違う翠星石と行動していて、その割りに目立つのは翆星石ばかりだし。どういう理由で仲良くなったんだっけな…。
「えー……つまんないわぁ…」
水銀燈がうなだれるように机に突っ伏した。ホント、女の子ってこういう話し好きだなぁ。
――僕たちはそういう関係じゃないよ。
そう。僕と蒼星石はそういう関係じゃあない。なんてことない、仲のいい友達だ。
申し訳ないと思った理由はそこにある。―正直言うと、僕は蒼星石のことが好きだ。
学生の時はそういう風に思っていなかったのだけれど、町を離れて初めて気が付いた。
嗚呼、蒼星石っていう女性が…物凄く必要な人間なんだな、桜田ジュンって男は。町を離れた四年間、故郷のことを思い出す度にそう感じていた。
いろんな想像(妄想とも言うけど)もした。
きっと蒼星石なら甘える時こういう表情になるだろう。きっと蒼星石なら怒る時はこういう理由だろう。きっと蒼星石ならいい母親になるだろう。きっと蒼星石なら………。
もちろん“そっち系”の想像もした。
学生時代からの古い付き合い、おおよその事は想像で賄える。
我ながら、情けない話しだ。
でも、だからこそわかることもある。僕のこの想いに、蒼星石は応えてはくれない。
いや、応えちゃいけない。と、言った方が正しいかもしれない。
ただ漠然とそう思える。
多分、蒼星石がそう言うと思うんだ。
「ありえねぇです!!蒼星石とチビ人間がそんなことになるなんて翠星石が許さねぇです!」
うなだれている水銀燈に翆星石が叫ぶ。
そうそう、コイツがいてくれるから僕は思いとどまれるんだ。
皆とは、友達でいたいから、思いとどまれるんだ。
「けれど、ジュンと蒼星石ならきっとお似合いなのだわ」
真紅が言う。カップにある紅茶のを口元へ持っていく。カチャ、と綺麗な音を立てながら。
「出来れば僕のいない所で話してくれ」尚も続く話題に、僕は終止符を打ちたかった。
この話題を楽しめそうにないから。
「あらぁ、なんでぇ?」「なぜ?」「どうしてかしら」「なんでなのー?」「どうして?」「何故ですの?」「…………無理」「諦めろジュン」「残念だったね、ジュン」
どうやら他の皆は物凄く楽しいらしい。
「オメェら蒼星石を困らせるなーー!!ですぅ」
「大きい声出すなよ、恥ずかしい…」
「チビ人間は黙ってるです!オメェがしゃべるから余計ややこしくなるです!」
軽く錯乱している翠星石は続けた。
「大体なんで蒼星石ばっかりに連絡するですか!いっつも翠星石は蒼星石に聞いてばっかです!」
顔を真っ赤にして僕に詰め寄る。……錯乱という表現は訂正した方が良さそうだ。
「…なんだよ、心配してくれてたのか?」
「?!ち、違うです!!」
詰め寄ってきた距離はそのままに、顔だけをそむける。
いやはや、僕はもう少し周りに目が行くようにならないと、な。
「……でも」
突然、困惑し苦笑を浮かべていただけの蒼星石が口を開く。
「皆、心配してのはホントなんだよ?姉さんはあぁ言ってるけど」
「よ、余計なこと言うなです!蒼星石!」
「おかえりなさい、ジュン君」あたふたと動く翠星石を尻目に、蒼星石は僕に向かって言った。
さっき車の中でも同じような笑顔で挨拶されたハズなのに、僕は少しドキっとした。
「おかえりぃ、ジュン」蒼星石に続いて水銀燈も言った。コイツはこの笑顔で何人男を泣かしてきたことか。けれど、水銀燈の笑顔に嫌味なんて一切なく…泣いた男たちの気持ちもわからんでもない。
「あ、待つです!翠星石も言うです!!」先ほどから慌しいというか荒々しいというか、表情をコロコロ変える翠星石。
「おかえりです、ジュン」水銀燈もそうだが、この言葉を貰うのは二度目だ。何故こんなことになっているのか考えるのは無粋だ。今はこの悦に浸っていたい。
「フフ。またジュンには紅茶を入れてもらわないと……おかえりなさい」コイツの紅茶好きにはほとほと参っていたが、それも今ではいい思い出。また日常的に紅茶を入れるのも、そう悪くない。
真紅の目線の先には、学生時代の騒々しい日々が蘇っているハズだ。僕と同じように。
「おかえりかしら!今度、みっちゃんにも会うといいかしら!」元気印金糸雀も後に続く。
そうか、みっちゃんさんとも会っておかないと。あの人には返しきれない恩がある。負けて帰ってきたことを、報告しないといけない。
「おかえりなさい桜田君」「ヒナ、もうジュン登りしたいなんて言わないから何処にも行かないでほしいの」
「駄目よ雛苺。桜田君がつぶれちゃうわ」「あ!巴失礼なの!ヒナそんなに重くないの!」
物静かで、騒々しい日常に一番似合わなかった柏葉と、花丸元気な雛苺。対極的な二人の仲は、いつも周りを癒していた。
でも、僕登りだけは勘弁な。
「そうですわ、今度ウチにもいらっしゃってください」「…ジイも喜ぶ……」
その二人とほぼ同時に、白と紫が目に映える双子が僕に向く。いまだにこの二人は眼帯の位置だけでしか見分けがつかない。
「お父様もきっとお喜びになるでしょう」「……それはオススメしない」
「あら、どうしてですの?」「……………さぁ…」
妹想いの姉に、姉想いの妹。裕福な家庭で育ったはずのお嬢さま二人は
「…それはともかく…」「あら、わたくしったら」
「「おかえりなさい」」
とてもほほえましい。世界中の皆がこうあれば、きっと戦争だってなくなる。なんて。
「今度は男同士で酒でも飲みに行こうじゃないか、ジュン」「駄目だよ、僕とジュンはお酒なんて飲めないんだから」
友達というよりかは、親友。
「馬鹿野朗、男たるもの酒のひとつやふたつ軽くいけ」「奥さんに言いつけちゃうぞ?」
親友というよりかは、悪友。
「おい!それは反則だろ!」「聞いた?ジュン。ベジータは奥さんに頭上がらないんだよ」
僕らには、こんな馬鹿さ加減が丁度いい。
「ジュンお前もなんとか言え!」「“おかえり”ってのは後から言う日本語なんだから」
帰りたい帰りたい。
そう思い続けた四年間。後悔はもちろんのこと、目標を失った生活になんら意味はなかった。
帰りたい。そう思い続けた。
「ああ。ただいま。…皆―」
―僕の人生も捨てたもんじゃあない。今はそう思える。
「―ありがとう」
だから余計に申し訳ない気持ちになる。
蒼星石のことだ。
こんなにも皆、友人として僕を想ってくれているのに僕は蒼星石にそれ以上のことを想っている。これはいけないことだ。
僕の気持ちを表に出すだけで、この関係が崩れる。そんな気がするから。
これはきっと勘違いなんだ。僕が寂しいからって、蒼星石を利用することはない。これは勘違いだ。蒼星石に、迷惑を掛けちゃいけない。
今は皆が用意したこのぬるま湯につかっていよう。
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