もしローゼンメイデンのポジションが逆だったら R 第2話ー1
「…はぁ…」 休み時間、真紅は校庭を眺めながら溜息を吐いた。溜息の原因は当然、ジュンの事である。 昨日いきなりやってきては偉そうな態度をとり、しかも無茶苦茶な戦いを繰り広げられて部屋はボロボロ。 まあ部屋はすぐに戻ったから良いものの、そんな人形と同居なんて考えたくない。 だがのりは、ジュンがそんな危険な人形だと知らずに歓迎してしまったのだ。 順応性が早いのは長所だが、ここまで行くとある意味考え物だ。 いったい、自分の生活はどうなってしまうのだろう…。 そんなことがずっと頭の中を駆け巡っている。「…ああもう…」「どうしたの真紅? 何か悩み事?」「な~んか浮かない顔してるですよ?」 頭を抱える真紅に、翠星石と蒼星石の二人が様子を伺いに来た。 ゆっくりと二人の方を向くと、少しだけ笑って見せる。「…いや、大した事じゃないわ…大丈夫よ」 二人に生きて喋る人形が来たなんて言っても到底信じてくれないだろう。 金糸雀なら信じてくれるかも知れないが、騒がれるのは目に見えている。『何で真紅のとこにきてカナのところには来ないかしらー!』と。「…あんまり一人で悩まないでね。そろそろ次の授業の準備しないと」「あ~次は梅岡の授業ですぅ。嫌になるですよ~」「やれやれ、面倒臭いわね」 三人ともうんざり気味に溜息を吐くとそのまま教室を出て行った。 今日は図書館への移動教室である。
図書館へ行く道すがら、思い出したように蒼星石は口を開いた。「…そういや今日も水銀燈休んでるね。今日で三日目だよ」「水銀燈が休むのは珍しくねーですぅ。明日にはケロッとして来るですよ」「翠星石、そういう言い方はよくないのだわ」 心配した素振りを見せない翠星石に、真紅は厳しい目を向けて諌める。 翠星石は注意されると、ばつが悪そうに真紅から目を逸らして口笛を吹いて誤魔化そうとする。
水銀燈は体が弱く、休む事が多い。 故に、翠星石の言うとおり続けて休む事は珍しい事ではなかった。 休んだ分は家でちゃんと勉強しているので授業が追いつかない事はないが、それでも学校での話題に乗り遅れてしまう事は多い。 それをフォローしようと、真紅達は最初気を使っていた。 だが、今ではそんな事を考える必要も無いくらい親しい関係になっている。
「配られたプリントとか届けないと。でも僕は園芸部の活動があるし…どうしよう?」「う~、私は今日料理研究部の活動があるですぅ…」「じゃあ私が行くわ。今日は部活も休みだし…」 何より家に帰ると面倒な事が待っているということもあるのだが。「そう? じゃあお願いするよ。よろしく言っといて」「頼んだですぅ」「ええ」 そこまで話したところで図書館に着いた。
梅岡の授業が終わり、後は帰るだけだ。その前に、水銀燈に渡すプリント類を確認する。 クラス通信、フリーマーケットのお知らせ、その他諸々。 全部あることを確認し、クリアファイルにそれらを挟み鞄へ入れた。「じゃあ頼んだよ。また行くからって言っといてね」「私達の悪口言うんじゃないですよ~」「言わないわよそんなの」 苦笑いを浮かべて冗談を流すと、二人は教室を出て行った。 それから真紅も教室を出て、そのまま学校を出る。 校庭に出ると、運動部が夕日を浴びていつもの掛け声を上げながら練習に励んでいた。 いつもと何ら変わりの無い光景…この光景を見ていると、ジュンの存在が嘘の様に見えてくる。 だけど夢じゃない…そのことを思い出して真紅は今日何度目かの溜息を吐く。「…水銀燈の家に行かないと…」 独り言を言い、真紅は駐輪場に停めてあった自転車に乗って水銀燈の家へ向かう。
「ここね…」 水銀燈の家に着くと、携帯を取り出し水銀燈へとメールする。 インターホンを鳴らして病人に出向かせるのはお見舞いとしてどうだろう、と考慮しての事だ。『私よ。お見舞いに来たのだわ』 内容を打ち込み送信。その返事はすぐに返ってきた。『玄関カギ開いてるから入ってきて良いわよぉ』『分かったわ』 メールに書かれたとおり玄関を上がって「お邪魔します」と言うと、そのまま二階の水銀燈の部屋に向かう。 両親は共働きで、家にいないのが当たり前になっていた。 階段を上がり水銀燈の部屋の前に来ると、トントンと扉をノックする。「水銀燈、開けていい?」『あ、ちょっとまってぇ。今着替えてるから』「そう、終わったら声掛けてちょうだい」 言われたとおりに扉の前で待つ。 しばらくすると、中から「良いわよぉ」と声が聞こえてきて、真紅は中に入った。「久しぶり」「ごめんなさいねぇ。わざわざ来てもらっちゃって」「良いのよ、好きでやってることだから。これ、学校で配られたプリントよ」「どうもありがとう」 真紅は鞄の中からプリント類を水銀燈に手渡し、手短にあったイスに腰掛けた。
「体調はどう?」「もう大分良いわぁ。明日には出られそう」「良かった。みんな心配してたわよ」「心配、ねぇ。翠星石は悪口言ってなかったかしら?」「ふふ、想像に任せるわ」「その様子だと言ってたみたいねぇ。何か仕返ししてやらないといけないわねぇ」 二人とも笑って、他愛も無い世間話に華を咲かせる。やれ最近のテレビはどうだだの、金糸雀がまたドジっただの。 女の子同士だと話題は尽きない物だ。「そう言えば明日の体育は持久走よ。こんな寒い中走るなんて嫌になるわ」「持久走ねぇ…」「もう、ただ走るだけなんて何が楽しいのかしら。疲れるだけよ。今からうんざりだわ」「……私はちょっと羨ましいわぁ」「羨ましい?」 持久走を羨ましがるなんて、珍しい意見だ。思わず真紅は聞き返してしまった。「…私は体が弱いからあんまり走れないし、体育もほとんど見学…。みんなと一緒に持久走で苦しがって、疲れてみたいわぁ…」「水銀燈…」 どこか寂しい目をしながらそう言う水銀燈に、真紅は無神経な発言をしてしまったと少し後悔した。 そんな様子の真紅に気付いたのか、水銀燈はすぐに笑って見せる。「やだぁ、そんな顔しないでよぉ。持久走でへばってるあなた達を見るのも楽しみなんだからぁ」「もう、水銀燈ったら」 水銀燈のからかうような台詞に、二人はあははと笑い合った。
その夜。 水銀燈はベランダに出て、空に輝く星を一人で眺めていた。「…持久走…か…」 真紅が見舞いに来てくれた時に言った、あの台詞が脳に甦る。『…みんなと一緒に持久走で苦しがって、疲れてみたいわぁ…』「…何で私はこんな体なんだろう…」
生まれたときから内臓系に異常があり、体も弱く食事も栄養の事のみを考えられた物ばかりを食べてきた。 当然あまり美味しくないし、多くも食べられない。おまけに、苦い薬も飲まなければならない。 そんな人生、楽しいとは言えるだろうか…水銀燈にはとても楽しいとは言えなかった。 友達と冗談を言ったり笑い合ったりするのは楽しいが、それでもどこか「自分は違うんだ」という引け目を感じていた。 自分はジャンクなんだ、と…。「……寒…」 冷たい風が吹いて、水銀燈は自分の体を抱いた。肉体的に寒いのか、精神的に寒いのか、よく分からない。
「…水銀燈、せっかく良くなったのに、また風邪引くわよ…」「…ごめんなさい、めぐ」 不意に後ろから声を掛けられて振り返ると、黒い長髪が美しい色白の人形、めぐがいた。
水銀燈は部屋に戻ってドアを閉め、冷えた体を摩ってベッドに腰掛けた。その隣にめぐも同じように腰掛ける。「こんな寒い夜にベランダに出て、何してたの?」「…ちょっと星を見てただけよ」「…その割りには寂しい顔してたわ。大丈夫なの?」「大丈夫よぉ。めぐは心配性ねぇ」 水銀燈は笑顔を作ってめぐの頭を撫でる。だがめぐの表情は心配そうなままだ。「…水銀燈…」「なぁに、めぐ?」「……何でもない」 何かを言い掛けためぐだったが結局何も言わずにベッドを降り、そのまま自分の鞄に向かう。「明日は学校に行くんでしょ? あんまり夜更かししてはダメよ」「分かってるわぁ。明日の準備をしたらもう寝るわよぉ」「ならいいわ。私は先に寝るわね。おやすみ」「ええ。おやすみ、めぐ」 それだけ言うとめぐは鞄の中に入り、水銀燈も明日の用意をするとベッドに入って眠りに着いた。
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