21.震える世界
「さあ…こちらへ…」白崎に連れられ、真紅が立つのは薔薇屋敷の最奥。広間へと続く扉の前。重苦しい音を立て扉が開き…その先には―――『Alice』この存在の為に、どれだけの争いが繰り広げられたのか…どれだけ、この手を汚してきたのか…真紅の手は無意識に、腰の銃に触れていた。…だが、そこに愛銃ピースメーカーの感触は無い。突然やって来た客人。真紅の銃はとっくに、白崎に押さえられていた。当然の事ではあるが…流石にここまで順調に行くと、その事が悔やまれる。仮面のように動きを止めた表情。人形のように凍りついた感情。それを決して崩さぬようしながら、広間の中央まで進み…――――部屋の隅に、気配も無く存在する車椅子の人物に気がついた。 21.震える世界 車椅子の人物は、まるで死人のように気配も無く窓辺に存在していた。「二葉様。こちらのお嬢さんの処遇について、ご相談が…」白崎はそう言い、車椅子の上で微動だにしない二葉に近付き、小声で相談を始める。その声は真紅には聞き取れなかったが…例え聞き取れたとしても、視線以外の全神経を『Alice』に向けている真紅の頭には入らなかっただろう。(Aliceはすでに起動している……なら…もう…時間は無いという事ね……)仕掛けるべきか、否か。敵はたった二人。その内の一人はこちらに背中を向け、一人は足が不自由な様子。だが…武器が無い。内心の張り詰めた緊張感に、呼吸が浅くなる。それでも…真紅は、あと一手の決め手の存在を見出せず、動けずにいた。「……いいだろう」「…感謝します、二葉様」最後に短く二葉が答え、白崎は大仰に頭を下げた。そして白崎は頭を上げると、横目で真紅を見て―――その口の端をイヤミに持ち上げる。「そう…それと……どうやらネズミが迷い込んできたようです…」「――!!?」心臓を鷲掴みにされたような感覚。感情を抑えてはいたが、突然の言葉に真紅の呼吸は思わず止まった。 真紅の、ほんの僅かな感情の動き。それを目の端に確認しながら、白崎は暗い喜びを目に浮かべる。「…早速、彼女にも役立って頂きましょう……」真紅はその言葉から、自分の事を示してる訳では無いと安堵に胸を撫で下ろしかけるが…だが、白崎は相変わらず嫌悪感すら感じる笑みを向けてきている……何を考えてるのか…何が目的なのか……真紅には、妖しく光る白崎の目の奥の思惑に予想がついた。Aliceから遠ざかり、仲間と共に散るか…自分の手で仲間を殺し、これからの展開に賭けるか…真紅のその決断を、最も近くで、嘲笑いながら眺める。白崎の歪みきった心に、真紅は嫌悪感以上に寒気すら感じた。白崎が靴音を鳴らし、口には笑みすら浮かべながら、真紅に近付く。(やるなら…今しか…)迫る白崎を前に、真紅は静かに拳を固める。喉が張り付いたように動かない。緊張感で肺がピリピリする。心臓の鼓動が、やけにうるさい。そして―――白崎の足があと一歩で真紅の間合いに届く時――「…白崎……悪いが、君一人で相手をしてきて貰えないか…」二葉の声が、部屋の中の全ての動きを止めた。 「ですが、二葉様…」白崎は振り返り、車椅子に座る二葉に視線を向ける。その声は相変わらず軽い感じのするものだったが…明確な反論の意思が見て取れた。「…折角、久々に君以外の人間が来た事だ…少し話をするだけだよ…」何気なさを装い、二葉が告げる。その声は静かではあったが…有無を言わせぬ何かが込められていた。白崎は、何も答えない。真紅も、動かない。Aliceが作動する低い音だけが、部屋に広がった。「…こうしてる間も、ネズミは待ってはくれないのだろ…?」二葉の言葉で再び時間が正常に流れ出す。「…確かに、その通りです……」白崎は短くそう答え、大仰に一礼をした。「それではこれで……パーティーに遅刻してしまいます故…」取り出した懐中時計を閉じると、足早に広間を後にした。―※―※―※―※―ゴーストタウンの東側。「さて…来たみたいだね……」蒼星石が町から少し離れた場所で呟く。その足元には…斬られ、潰された機械人形の残骸が山のように転がっていた。 「ひゃぁ~今度はまた、とんでもねー数ですぅ…」翠星石が街から近付いてくる砂埃に、思わず声を上げる。そして……そんな彼女達の近くに、謎のダンボールがゴソゴソと近付いてきた。「!…てめぇ…お馬鹿カナ!遅いですよ!!」翠星石が乱暴にダンボール箱を蹴り上げる。すると―――「ひゃう!?…び…ビックリしたかしら……見つかったかと思ったかしら…」小さく縮こまった金糸雀が、中から出てきた。「チビカナがあまりにも遅いから、第一陣はとっくのとうにやっつけたです!!」「ひ…ひどいかしら!これでも精一杯急いだかしら!」「…で……首尾はどうなんだい?」「もちろん!バッチリかしら!『策士、策に溺れる』はカナには通用しないかしら~!!」金糸雀が大声を張り上げる中……街から迫ってきた砂埃は近付き……そして、それが地を埋め尽くす程の機械人形の大群であると肉眼でも確認できる距離まで迫った。「…どうやら、ゆっくり話してる時間は無さそうだね…」蒼星石が敵の群れを前に、目つきを細くする。「…二人とも…サポート頼んだよ…!」言い終わると同時に、鋏を構え地面を蹴った――― 蒼星石の視界は、白く染まらない。土色で統一された荒野と、斬るたびにオイルが飛び散る敵。蒼星石はその光景を綺麗だとは思わなかったが……心が震える程に猛るのを感じていた。離れても共に戦う仲間の為―――後ろに立つ翠星石の為、鋏を振るい続ける。敵の中に突っ込めば、同士討ちを恐れて銃はそうそう使えはしない。後は足を止めず、斬り続けるだけ。蒼星石はすれ違いざまに機械人形を斬り伏せ―――「!!」目の前に一列に並んで銃を構える一団を発見した―――「くッ!!皆!避け―――」「その必要は!無いかしら!!」蒼星石の警告より早く、金糸雀が飛び出し―――突然!傘を広げた!次の瞬間、空気が震える程の轟音――一斉射撃―――「究極の円を計算して設計されたコレは…全ての弾丸を受け流すかしら!!」弾丸が何か金属に弾かれる音が轟く中、金糸雀が不敵な笑みで叫ぶ。「これこそカナの設計した究極の盾!その名も『ピチ―――」「チビカナ!大見得切ってる暇は無いですよ!」翠星石が金糸雀の後ろに身を隠しながら叫ぶ。。「…助かったよ……でも…確かに、これじゃあすぐに囲まれちゃうね……」蒼星石も金糸雀の傘の後ろに身を滑り込ませながら、敵の一斉射撃をやり過ごす。 「…確かに、その通りかしら。…翠星石。悪いけど、カナは『ピチカート』で手が塞がってるから…変わりに、リュックを開けてほしいかしら」首だけ振り返りながら、金糸雀は背後に立つ翠星石に告げる。「この私に指図するとは…チビカナも偉くなりやがったですぅ」ブツクサ言いながらも、翠星石は金糸雀の背中のリュックを漁り……「はて?これは……?」「…スコーン…だね」「………チビカナ!てめぇ!こんな時に朝食ですか!?」リュックの中のスコーンを大量に抱えながら、翠星石は金糸雀の頭を叩いた。「ちょ…!違うかしら!!それは雛苺の発破『ベリーベル』の外装を変えて翠星石用に作った武器かしら~!!」鳴り止まない銃声の中……機械人形たちが、取り囲むように動き始め…―――突然、その中心。銃弾を弾く傘の背後から、何かが投げられる―――そして、それは機械人形の群れの中心で派手な爆発を起こした――!!一瞬乱れる陣形。止まる射撃。その一瞬の隙に、再び何かが飛び出した――「はぁッ!!」声と共に鋏を横に薙ぎ、蒼星石が再び戦場を駆ける。「派手に…ぶっ飛ぶですぅ!」翠星石がスコーン型爆弾を敵陣目掛けて投げつける。「ほ~っほっほ!無駄かしら~」金糸雀が高笑いをしながら、敵の銃弾を止める。 どう見ても、強いのは誰かは明白だった。だが…まるで決壊したダムのように、機械人形の群れが三人に迫る。一体、どれだけの数を破壊しただろう?どれだけの銃弾を防ぎ続けただろう?疲れを知らない機械人形は、一向にその数を減らす事は無い……純粋な、数の暴力。それを前に…ジリジリと、彼女達は疲弊していく……―※―※―※―※―薔薇屋敷の広間で真紅は、今となっては貴重品であるエンジンの音が遠ざかるのを聞いていた。「…ああ、あのエンジンかね?なに、古い車だよ…偶然手に入れてね……」窓辺の二葉がそう声をかけてくる。だが、声とは裏腹にその表情はまるで死人のように硬いものだった。(これは…この男さえ倒せば……)真紅は二葉の言葉を聞き流しながら、相手との距離を測る。 相手は銃を持っているの?持っているとしたら、その腕は?それに…この状況自体が罠の可能性も……足りない。強さが。速さが。距離が。そして…武器が。真紅は人形のように表情を無くしたまま、それでも、二葉に一歩、近付く。「…ああ見えて彼は…白崎は貪欲でね……あの車も私の物だったが…気がつけば彼の物になっていたよ…」二葉は真紅から視線を逸らさず、告げてくる。「白崎は…いずれAliceですら、手中に収めるつもりだろうな……」真紅は二葉の言葉を聞きながら、また一歩、足を踏み出す。「その為に…彼は君を招き入れる事に賛成したのだろう……私を暗殺させる為に……」真紅の足が止まる。二葉は相変わらず感情の消えた目で真紅を見つめる。まだ、届かない…。「…私とて…白崎に多くを奪われたが、まだ情報網は残っているのでな……それぐらいは、分かる……君は…私を殺す為にこんな場所まで来たのだろ…?」」そう言うと、二葉は懐から黒い塊を取り出した。心臓に針を突きつけられたような感覚が全身を支配する中……真紅は二葉の手に握られた黒く光る金属の塊を見つめる。奪われた愛銃、コルトシングルアクションアーミー。通称・ピースメーカーを…… ―※―※―※―※―ほんの少し、時間は遡る。街の正面に、水銀燈は立っていた。視線を左右に向けると――街の東西で、戦闘による派手な土煙が上がっている。「…ついに始まったわねぇ」「そうだな…」恐怖に顔を少し引き攣らせて、ジュンが隣で頷く。東西から分かれて攻撃を仕掛け、その隙に中央から乗り込む。確実に、考えるまでもなく、敵にも読まれそうな作戦だが…東の蒼星石チーム。西側の薔薇水晶チーム。それぞれの予想以上の猛攻に…街の中心は静かなものだった。気遣わしげに視線を荒野に向ける水銀燈に、ジュンは心に忍び込んでくる恐怖を紛らわせる為にも声をかけた。「やっぱり…心配なのか?」「!!」水銀燈は勢いよく振り向くと、ジュンの頭を軽く叩いた。「誰が!心配なんてしてないわよぉ!ただ、あの子達に万が一の事があったら…今後の仕事に影響が出るでしょぉ?…それを気にしてるだけよぉ…」そこまで言うと、再び砂煙の上がる荒野に視線を向け――そして、目の前のゴーストタウンを睨みつける。 戦力差を考えると、勝ち目は無い。唯一、勝てる方法が有るとすれば……仲間が敵を引き付けてる内に、中央を討つ。水銀燈は自分の双肩に仲間全員の命が懸かってるのを感じ…軽く腕を回した。「さぁて…さっさと行くわよぉ…!」短くなった煙草を投げ捨て、走り出す――――※―※―※―※―「うゅ…ありがとうなの…」額に包帯を巻かれ雛苺は、少し強張ってはいたが、それでも微笑んでみせた。「……気にしなくていい……」薔薇水晶は疲労の浮かぶ表情で小さく答えると、そのまま大地に腰掛けた。つかの間の休息。だが…それを味わう暇も無く、遠くの街から砂煙が起き…敵の行進により、地面が細かく揺れるのを感じた。「……よっ…」小さな掛け声で薔薇水晶は立ち上がると、陽の光を避けるように岩陰に佇む雪華綺晶に近寄る。「………」薔薇水晶は何も言わなかったが、雪華綺晶には何が言いたいか理解できた。圧倒的な戦力差。永遠に続くかに思える波状攻撃。……撤退を考えるべきでは…雪華綺晶の脳裏にも、そんな考えが過ぎる。 だが…雪華綺晶はあえて微笑みを浮かべ、隣に立つ薔薇水晶に向き直った。「もし…黒薔薇のお姉様が敵陣に一人で潜入してたら…ばらしーちゃんはどうするかしら?」「………」「同じ事ですわ。…私にとって…私達にとって真紅は…大切なお仲間ですもの…」「……うん……私も…銀ちゃんの為……がんばる…」薔薇水晶はゆっくり目を閉じ…そして、ゆっくり目を開いた。その右目にはもう、先程までの弱気な光は影を潜めている。「うい!まだまだこれからなの!!ヒナだって…負けられないのよ!!」いつの間にか二人の近くに立っていた雛苺も、まだ挫けてはいない。それを見て、左目を楽しそうに細めた雪華綺晶は、ブーツのつま先で地面を叩き、靴に付いた泥を落とす。そして…―――「…ダンスの相手がお人形というのは無粋ですが……お相手をしてさしあげますわ……」その目に異様な光を宿らせながら、舞うように機械人形の群れへと進んでいった――――※―※―※―※― 水銀燈とジュンは、人目を避けるように視線を低くしてゴーストタウンを駆け抜ける。人目…実際そこには人間は一人も居なかったが…それでも、数体の機械人形が哨戒に通りを歩いている。物陰に溶け込むように身を潜ませながら、規則正しい足音をやり過ごす…。そして…廃墟を壁にし、顔を少し出し通りの様子を探る…。敵の本拠地。薔薇屋敷まで続く大通りが一本。身を隠せそうな場所は、無い。さらに…その通りの中心に…一人の男が車から降り、立ちはだかるのが見える…。「…あなたは、どこか迂回路を探しなさい……ここは…私が引きつけといてあげるわぁ……」水銀燈は目を猛禽類のように鋭く、細くし、ジュンに告げた。「…無茶は…するなよ……」ジュンは小さな声で水銀燈に答え、別に道を探して、伏せるような姿勢のまま引き返して行った。ジュンの静かな足音が遠ざかる…やがて、それも聞こえなくなる。水銀燈は立ち上がり―――そして…通りに一歩、踏み出した。 ―※―※―※―※―屋敷へと臨む大通り。そこに立ち、機械人形に指示を飛ばしていた白崎は、突然聞こえた足音に振り返った。そこには…敵地だというにも拘らず、優雅な足取りでこちらに近づく一人の女性。十数メートルの距離を挟んで立ち止まった銀色の髪をした人物は―――静かな闘志の宿る紅い瞳で白崎を睨みつけた。通りに響くのは、小さな声。それでも、決して聞き逃す事の無い声。「…久しぶりねぇ…ラプラス……」 ⇒ see you next Wilds !!
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