19.それぞれの想い
――からたちの 花が咲いたよ 白い 白い 花が咲いたよ ―――……歌を歌い終えた水銀燈は――静かに目を瞑り――そして、頭上に輝く星空に視線を向けた。「素敵な歌だね…」「…でも…どこか切ない感じがするですぅ」聞こえてきた感想に、水銀燈は少し目を細め…だが、すぐにいつもの表情で全員を見つめる。「さぁて、座談会もそろそろお開きにしないと…明日からの仕事に響いても知らないわよぉ?」手をヒラヒラさせながら、皆に帰るように促す。名残惜しそうに、全員がアジトへと戻る中、ただ一人、その場に残る人影。薔薇水晶がその姿に気が付き、心配げな視線を向けるが――向けられた背中と、いつに無いその雰囲気に…かけるべき言葉が見つからず、躊躇いがちにではあったが、アジトへと戻っていった。 19.それぞれの想い 星空の下。一人残った水銀燈はポケットから煙草を取り出し、オイルライターで火を付けた。…随分と長く使ったせいで、施されていた薔薇の装飾はすっかり剥げ落ち、それが何なのか認識する事すら最早難しい状態。水銀燈はそんなライターを指の腹で撫で…そして、手の中にしまった。…仇を討つ。それに興味が無かった訳ではない。腕の立つ双子の傭兵とチームを組む事にした。敵だった狙撃手を、仲間に迎え入れもした。拠点を定め、情報を集めやすい環境も整えた。そして…弾道を読まれない『曲撃ち』という芸当…。だが…仇の居場所を突き止める。その一番肝心な箇所が、スッポリと抜け落ちたままだった。『荒野を自由に飛びまわる』その目的だけを振り回し、好き勝手に暴れ続けた。そして…全くの偶然。真紅とかいう気に喰わない人間の出現……そして、掴んだ仇の尻尾。「…そろそろ……ケリをつける時…ってヤツかしらねぇ…」一人、呟く。 確かに、一人なら…一人で戦いに行くのなら、問題は無い。唯一、問題が有るとすれば、戦力的に勝ち目が無い事。かといって…荒野を駆け回る中で築かれた絆。初めは、目的が有って仲間を増やした。いざという時は、替えが効くと思っていた時期すら有った。だが、気が付けば、一人一人が決して欠かす事の出来ない仲間になっていた。そんな仲間を、勝ち目の薄い戦いへと連れて行く?「……バカじゃないの…」誰に向けるでもなく、小さく呟く。いつの間に、私はこんな仲間想いな人間になったのだろう?冷笑的に考えていた他人との繋がりに、いつから安らぎを感じるようになったのだろう?考えてみても…結局、答えは見つからない。どうするべきかも、見えてこない。水銀燈は、小さくため息をつくだけだった。 ―※―※―※―※―「ブラボォ!!素晴しい!」真紅は屋敷の一室でテーブルに着きながら、大仰な身振りで話す長髪の男――白崎と名乗った――と向かい合っていた。「まさか梅岡も、流れ弾で死ぬとは運が無かったのでしょうな。しかし、彼と彼が監禁していた『技術屋(マエストロ)』…たしか…」「ジュンよ。桜田ジュン」「ふむ…とにかく、彼らの研究成果は素晴しいものです!」そう言い、白崎は真紅が届けた資料を机の上に置いた。「そんなに素晴しい情報を届けたんだもの。何かお礼をするべきじゃないの?」仮面のように表情を浮かべない顔で、真紅は淡々と告げる。「…確かに。確かに貴方は梅岡の護衛には失敗しましたが…それでも、この情報をもたらしてくれた事にはそれ以上の価値があります」そう言い、大き目の鞄をドサリと机の上に置いた。「十分な報酬をこちらで用意させて頂きました。どうぞ、お受け取り…」「いらないわ」大金の詰まった鞄を前に、真紅は感情の無い声で白崎を遮る。 「梅岡から事情は聞いてるのだわ。……私もお仲間に入れて頂戴」死人に口無し。全くのデタラメだが、梅岡が死んだ今となっては確認し様も無い。全て、あらかじめ決めた予定通りに話を進める。何の問題も無い。大丈夫。自分にそう言い聞かせるも…真紅は、手の中に冷たい汗が広がる感覚に歯噛みした。…ここは、敵の口の中。いつ、その牙が自身を貫いてもおかしくは無い。少しでも感情が出たら、その瞬間に恐怖に押し潰されそうな予感が全身を静かに駆ける。人形のように、感情を見出せない表情で、真紅は紅茶を口に運ぶ…「良いリーフを使っているわね」本当は味覚を感じる余裕など、無かった。 ―※―※―※―※―小さな音を立てて、半分程まで紅茶の減ったポットがテーブルの上に置かれた。「いただきます…」小さくそう言い、巴が透き通る紅茶のカップを口に運ぶ。テーブルを囲む、ジュンと巴とオディール。カップがカチャカチャと鳴る音以外は、何一つとして存在しなかった。「それで真紅は……死ぬのか…?」沈黙を破ったジュンの声が…さらに深い沈黙を広げる。誰も、何も、答えない。まるで物音を立てる事すらはばかられるように、巴とオディールはカップを宙に静止させる。呼吸ですら止めたくなるような静寂だけが、部屋に広がった…。「……説明が必要なのか?」苛立たしげにカップを置き、ジュンが再び静寂を破る。「…ずっと…梅岡に閉じ込められて、研究させられてたんだ…分かるさ。『Alice』はじき、起動する。そうすれば…『Alice』は大気に散った水蒸気を集め雲を作り…雲を集めて嵐を作る。……自由に嵐を操る敵…そんなの、勝てる訳が無いだろ…」語りかけるようなジュンの口調も、やがて、搾り出すような小さな声になる。 「だったら…嵐を起こされる前に、『Alice』を破壊する。その為に、真紅は一人で残ったんだろ?……自分の逃げ道も考えずにさ…」カップの中に残った紅茶に語りかけるように、低いトーンの声だけがジュンの口から流れ出た。「なあ、柏葉……何で…何で止めなかったんだよ!」声を荒げる、という程では無かったが…それでも、どんな声より痛々しく、その言葉だけが響いた。巴は持ち上げていたカップを静かに置き…だが、何も答えようとはしなかった。再び広がった沈黙。…それを破ったのは、苛立たしげなジュンでも、俯いた巴でもなかった。「…あなたに何が分かるのよ……」オディールが小さく、呻くような声で呟く。そして、ジュンの目を射すくめるように真っ直ぐ見つめながら、今度ははっきりとした声で口を開いた。「…守るべき村を、目の前で破壊され…自分の無力さに自殺すら考え…それでも真紅は、こんな悲劇を二度と繰り返さない為……自ら手を汚し続けてきたのよ…?」オディールは胸に下げたロケットを、そっと撫でる。「…私だって、そう。目の前でおばあさまを殺され…絶望に囚われていた。だけど、闘い続ける真紅と雛苺に出会って……私は『あなたも闘いなさい』と、おばあさまが導いてくれた……そう思ったわ…」 「真紅は、自分なりのやり方で『Alice』に至る。そう言って、私達を導いてきたわ…。それは…それだけが、私や巴や雪華綺晶や雛苺にとって……希望だったのよ」氷のような視線を、オディールはジュンに向ける。ジュンは…その目に気おされ、何も言えずにいた…。「……ごめんなさい…喋りすぎたわね…」そう言い、オディールはジュンから視線を逸らし、再びカップを持ち上げる。そして内心を隠すかのように目を瞑り、紅茶を口にした。重苦しい沈黙が再び場を支配する。確かに、たった一人の生贄で『Alice』を止められるのなら……たった一人が死地へ赴くだけで、脅威が無くなるというなら……うんざりする程、合理的で……哀しい程にドライな作戦。その考えも、ジュンにはよく理解できた。過去に交戦し、圧倒的な力に打ちのめされ…それから囚われの身として敵の内部を見てきたジュンには…それが最上の作戦にすら思えた。「でも……それでも…僕は認めない…認めないぞ!」乾いて、張り付いた喉で叫びながら、ジュンは立ち上がった。部屋から駆け出し、扉を乱暴に開き、留めてあった馬に飛び乗り、走らせる―― アテは…有る。『技術屋(マエストロ)』は、その技術秘匿の為に横の繋がりが強い。こんな頭で良かったら、いくらでも下げてやる。それに……あの時…唯一、師と仰いだ人間が連れてきた、銀髪の少女。自身の救出の際にも、現れた人物。残された時間は、そう長くない。ジュンは水銀燈のアジトを目指し、荒野へと走り出した――― ⇒ see you next Wilds!!
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