0. Waltz For Venus
「これなんて素敵じゃない?」めぐがそう言いながら、袖にいかにも西部劇なヒラヒラの付いた服を差し出してくる。「…めぐ、あなた…趣味悪いわねぇ…」水銀燈が呆れ顔で呟く。「うーん…そうかな?…なら、これはどう?」ボロボロの修道服の変わりに服を買ってあげる、と言うめぐに連れられて、水銀燈は到着した町の服屋に来ていた。「…うん!よく似合ってる!格好良いじゃない!」めぐが楽しそうに、着替えを終えた水銀燈に声をかける。「…そんな事言ったって、何もでないわよぉ」水銀燈は少し目を逸らせ、俯く。心なしかモジモジしている水銀燈の顔を覗き込み、めぐは相変わらずな調子で言う。「さて、買い物も終わった事だし…どうせなら、ここらで一稼ぎね」 0. Waltz For Venus 「…一稼ぎって…仕事、って事よねぇ」「ええ、そうよ?」「…でも私、銃なんて撃った事ないわよぉ…」流れ者の仕事など、大体が荒事と相場が決まっている。「うーん…じゃあどうしようか…」めぐに付いて行く形で、水銀燈は町の中心の通りまでやってきた。さて…仕事をしようにも…素人の水銀燈を巻き込む訳にもいかないし、かといって放っておくのも気が引ける。めぐは暫く、頬に手を当てて考える素振りをしてみせ…不意にめぐが振り返り、水銀燈の顔を覗き込んできた。「ねえ水銀燈。面白いもの見せてあげようか?」「面白いものぉ?」思わず聞き返したが…ほんの数日の付き合いだが、水銀燈には何となく理解できた。この楽しそうなめぐの顔…きっと、妙な事を考えてるに違いない、と。そして…その妙な事が気に入りだしている自分にも気が付き…それが何だか恥ずかしくて、わざと不機嫌そうな表情を作る。「どうせロクな事じゃあ無いんでしょうけど…見せたい、って言うなら別に止めないわぁ」めぐは水銀燈の答えに嬉しそうに頷き…「なら、ちょっと待っててね」と言うと、近くの酒場の中に消えていった。 ―※―※―※―※―数分後…水銀燈は頭の上に空き缶を乗せられて、通りの中心に立っている。何が何だか分からないまま、こういった状況に置かれ…今度こそ心の底から不機嫌そうな表情で、数十メートル離れて立つめぐを精一杯睨んでいた。一方、めぐはと言うと…鼻歌でも歌い出しそうな位に満面の笑みを浮かべながら、背負った銃を降ろしている。ウインチェスターライフルを自分の足元に置き…まるで挨拶でもするかのような気軽な動作で、腰の拳銃を抜いた。めぐは暫く拳銃を指先でクルクル回し…そして不意にそれを真上に投げる―――銃が宙を舞い――そして―――めぐは片手で落ちてきた銃を受け取り――そのまま狙いをつける動作も無く、片手で水銀燈に向かって引き金を引いた――!水銀燈は思わず、首をすくめる――通りに響く火薬の爆ぜる音――金属が弾かれる音――水銀燈の頭の上に乗っていた空き缶が宙を舞う―― めぐは片手で銃をクルリと回し、左手に持ち替え――空き缶が地面に落ちる直前――再び銃声――再び空高く踊る空き缶――めぐは踊るように引き金を引き――空き缶もそれに誘われるように宙を舞う――水銀燈はそれらの光景を…まるで夢でも見てるかのような気分で眺めていた…――踊るように引き金を引くめぐと、それにつられるように舞う空き缶―――時間にしたら一分にも満たないであろう時間…水銀燈にとっては、とても永く感じられた時間…めぐは地面に置いていたウインチェスターを素早く拾い上げ―――銃声が一発、虚空に響く――弾かれた空き缶は水銀燈の足元に転がり…糸の切れたマリオネットのように動かなくなった。…一拍置いて、巻き起こる拍手。水銀燈が辺りを見渡すと…酒場の軒下で、家の窓から、店の玄関から、多くの人が顔を覗かせながらこちらを見ている。そして、その人々は水銀燈の足元に転がる空き缶目掛けて、硬貨や紙幣を投げてきている。 まだ夢から醒めないでいるような気分で水銀燈は辺りに視線を向け――「ばーん!」めぐが脇腹を指先で突いてきたせいで、一気に我に返った。「ちょ…ちょっとめぐ…こんな事するなら、初めにちゃんと言いなさいよぉ!」相変わらずニコニコしてるめぐを、ポカポカと殴りつける。「怖かったじゃないのよぉ!私が怪我したらどうするつもりなのよぉ!」「ふふ…ごめんね、水銀燈…」そう言い、めぐは水銀燈の髪をそっと撫でる。「でも…私の目の黒いうちは、天使さんに弾なんて当たらないわよ」「そのあなたが撃ってきたんじゃない!このおばかさぁん!」若干涙目になりながら、叩き続ける…。…やっと落ち着いた水銀燈と一緒に、空き缶に入ったお金を数える。「うん。この町で使った分は取り戻せて、少しお釣りが来る位かな?」そう呟き…ぶすくれて頬を膨らせた水銀燈のほっぺたをつつく。プヒューと気の抜けた音がして…その音にめぐは楽しそうに目を細めた。「まだ怒ってるの?ふふ…機嫌なおしてよ…ね?何か奢ってあげるからさ?」 ―※―※―※―※―水銀燈のリクエスト「とりあえず…ヤクルトねぇ」により、町のレストランを兼ねた酒場に入る事にした。「私はそうね…何かお酒を」「ヤクルトを」珍しい見世物にすっかり機嫌を良くした酒場の主人が、二人の前に酒とヤクルトを置く。水銀燈は出されたヤクルトを一口飲み、まじまじと見つめた。「…こんなに美味しいのに…料理にすると不味いだなんて…不思議ねぇ…」「味付けが問題なんじゃない?」どこまでも料理下手な二人が、そんな会話をする。「もうちょっと味付けを薄めにしてみるとか?」「そぉねぇ…逆に、もっと思い切った味付けにしてみるのはどうかしらぁ?」メシマズ二人組みは、根本的な問題に気が付かない。「とにかく…いつか究極のヤクルト料理を作って、あなたにご馳走してあげるわぁ」「ふふ…楽しみにしてるわ」期待できそうな要素など一つも無い事に、二人は気付いていない。 お料理談義がひと段落し、めぐはポケットから煙草を取り出し…「煙草、やめなさいよぉ」水銀燈に止められた。「あら?私の事心配してくれてるの?」めぐはどこか嬉しそうに答え…「……煙が鬱陶しいだけよぉ」水銀燈は少し拗ねた表情で呟く。結局煙草に火を付けためぐに、水銀燈はふと先程の事を聞いてみる事にした。「…ところでめぐ。さっきのアレ…何だったのぉ?」めぐは背負った銃と腰に下げた拳銃をテーブルの上に置く。「ああ、あれね。…『曲撃ち』って言うのよ。サーカスとか旅芸人とかが時々してるじゃない?」「…知らないわぁ」水銀燈が育った町は小さく、旅芸人が訪れたという話は全く聞いた事が無かった。「アレ…私にも出来るかしらねぇ…」脳裏に浮かぶのは、銃を構えるめぐの姿。踊るように…舞うように…まるで魔法を使ったかのような、幻想的な光景…「…やってみる?」めぐがそう尋ねてきた声で、白昼夢から醒める。「そぉねぇ…あなたがどうしても教えたい、って言うなら、練習してもいいわねぇ」口の端を持ち上げながら答える。 ―※―※―※―※―酒場から出て、再び通りを行く。だがそれは、町から出て行く方角。「練習するなら、人の居ない所でしないと危ないでしょ?」めぐの実に常識的な発言により、再び荒野へと赴く事となった。町から少し離れた岩陰。手ごろな大きさの岩の上に空き缶を乗せ、めぐから渡された拳銃を構える。「先ずは、銃の練習。あの空き缶をよーく狙って…――」背中を抱くように、めぐが後ろからアドバイスをくれる。撃鉄を親指で起こし…片目を瞑り…空き缶を狙って…引き金を引く――火薬の音が響き渡り、空き缶の近くの地面が弾ける。水銀燈は反動で後ろに倒れそうになるが、それはめぐが支えてくれた。「…案外…難しいわねぇ…」予想では、一発目から的の真ん中に当てて――――『すごいわ水銀燈!』――『ふふふ…これ位、当然よぉ』――『やっぱりあなたは天才ね!』――『ふふ…今頃気が付いたのぉ…?おばかさぁん…』 …「でもこれで、撃ったときの反動がどれ位かわかったでしょ?」「え!?…ええ…次こそは空き缶の眉間ぶち抜いてやるわぁ…!」頭をブンブンと振り、変な妄想を吹き飛ばす。今度は一人で立ち、狙いをつける…―――※―※―※―※―空き缶を置いていた岩がすっかり砕け、太陽が赤くなってきた頃…百発百中とはいかないが、ようやくそれでも、狙った通りに撃てるようになってきた。「大したもんじゃない。流石、天使さんは上達も早いわね」めぐが焚き火を熾しながら声をかけてくる。「でも…暗くなってきたし、そろそろ止めにしなきゃ」上達が実感でき、いつまでも続けていたかったが…それでもめぐの言うとおりに、水銀燈は銃を下ろす。焚き火の横で、オイルライターで煙草に火をつけるめぐの横に座る。「煙草なんて早死にするだけよぉ…?」そう注意されるめぐは…いつかのように、少し寂しげな表情を一瞬見せただけだった。 パチパチと焚き火の音だけが聞こえ…水銀燈はそこではたと気付く。「近くに町が有るのに、野宿するわけぇ?」「…ベッド…嫌いなのよ…」「…ふぅん…」別にそれ以上は詮索しようとも思わない。神様が嫌いな修道女だって存在していた位だから、柔らかいベッドが嫌いな人間だって居るだろう。夕陽が地平線に溶けていく。「そういえば、この銃…」「ううん。返さなくって良いわよ。新しい相棒へのプレゼント」「何よぉ…相棒、って…勝手に決めないでよぉ…」「あら?私の相棒は嫌なの?」「……」空の色が赤から闇へと変わっていく。「暫くは、荒事は受けずに、旅芸人の真似で食いつなぐ、ってのはどうかしら?」「あらぁ?相棒にそんな気を使ってて良いのぉ?」「ふふ…そうね…これじゃあ将来、尻に敷かれるのが目に見えてるわね」「…なに言ってるのよぉ…バカじゃないのぉ……」果てしなく澄んだ星空が、今にも落ちてきそうなほど近い。こうやって…星空を眺めながら旅をするのは、どんな気分なのだろう… 「ねぇ…めぐはどうして…旅をしてるの…?」「……何で天使さんは、突然空から降ってきたの?」「……」「……」パチパチと木の弾ける音だけが、小さく聞こえる。「…つまらない理由よぉ…。…親に捨てられて…町を追われて…殺されかけて…逃げてきた…。それだけ…」焚き火が小さく音を立てて、崩れる。めぐは無言でその中に枝を放り込む。「私はね…生まれつき体が弱かったの…。ずっとベッドの上だけが私の世界だった…。私ね…心臓に病気があったの。もう、長く生きられないだろう、ってずっと言われてて…。家族は優しくしてくれたけど…でも、その優しさは、私が死ぬのを前提にしてるんだな…って。そう考えたら、そんな優しさなんて嘘っぱちじゃない?それで家を飛び出した、って訳よ」ポケットから煙草を取り出し、火をつける。「…煙草も、この格好も…ベッドの上で考えてた『荒野を自由に』ってイメージなのよ?カッコイイと思わない?」めぐはそう言い、微笑んでみせる。 水銀燈は無意識に、微笑むめぐから視線を逸らしてしまった…。人間は、いつか死ぬ。そう知ってた筈なのに…何故だろう。今は、めぐの笑顔を見るのがとても哀しい。そんな水銀燈を、めぐは胸元に抱き寄せ――「ねえ水銀燈…生きてる内に、思いっきり…二人で自由に生きてみたくない?」めぐの呼吸が、鼓動が、聞こえる。決して力強くはないけど…それでも、今という時を刻む音が聞こえる…。「ごめんね?辛気臭くなっちゃったわね」そう言いめぐは抱き寄せていた水銀燈を放し、ギターを手に取る。「景気付け、って訳にはいかないけど…ね」焚き火に照らされ、静かに歌うめぐの横顔はどこか儚く――そして、美しかった――。 ―――私には…翼なんて生えてないけど…水銀燈は果てしなく広がる、水晶のように輝く星空を見上げる――…どこまでも…飛んでいけそうな気分がした…―――― ⇒ see you next Wilds...
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