18.Under the same starlight
満天の星空。部屋からそっと抜け出して、荒野の中心で眺める。町に背を向けて夜空を見上げると、どこまでも広がる煌く星がとても綺麗。そうしていると…後ろから小さな足音が聞こえた。振り向かなくても、誰だか分かる。無口で、ちょっと変わってって…とても大切な、たった一人残された家族。「…見つかってしまいましたわ」背中を向けたまま、声をかける。返事は、無い。でも、きっと…怒ってる訳じゃありませんわよね?今度はちゃんと振り返り、そしてちょっと悪戯っぽく声をかける。「よかったら、ご一緒しませんこと?可愛いお嬢さん?」18.Under the same starlight「……また…どこかに行っちゃうのかと思った……」薔薇水晶はそう言いながら、雪華綺晶の横に腰掛けた。「もう…勝手に出て行ったりしませんわ…」伏し目がちに、雪華綺晶が答える。暫くの沈黙。二人で、夜空を見上げる。血の繋がりは無くとも、そこには確実に姉妹としての絆が存在していた。雪華綺晶が何気なく、横に座る薔薇水晶に視線を向けると―――同じように、何気なく振り返った薔薇水晶と目が合った。たった一つしか残されてない視線が、ほんの少しの距離を優しく行き交う。「…ねえ、ばらしーちゃん…私達が始めて会った時のこと…覚えておいでですか?」「……うん…あの頃は…きらきーの事、苦手だった…」「ふふ…でも、それを正直に教えてもらえる程、仲良くなれて…本当に私は果報者ですわ」雪華綺晶は少し微笑み…そして、再び星空を見上げた。「…ばらしーちゃんに会う前の私は…家族に先立たれ、この世でたった一人になって…ずっと…ずうっと、一人で…本当に孤独で…。でも…そんな時、『お父様』に拾われ…」雪華綺晶は、懐かしむように目を細める。「…白馬の王子様なんて、信じてた訳ではありませんけど……でも…私には……」
そこまで言うと、雪華綺晶は俯き……「でも…お父様が突然失踪して…私はせめてお父様を近くに感じたくて、お父様の書斎に篭り…そして、お父様がAliceの復旧に『技術屋(マエストロ)』として呼ばれた事…そして、それらの騒動に私たちを巻き込まない為、黙って出て行かれた事を知って…気が付いたら、お父様を追いかけて私まで家出してしまいましたわ」少し微笑みながらそう告げるが…薔薇水晶にはその微笑が強がりにしか見えなかった。「うふふ……不思議ですわね…ばらしーちゃんの方が、ずっとやんちゃでお父様に注意されてたのに…大人しかった私が、家出するだなんて…」「……きらきー…」薔薇水晶にも、雪華綺晶の気持ちはよく分かった。ずっと一人っきりで、それでも精一杯無理して、何とか日々を生きて…そして、そんな日々の中で突然出会った、大切な誰か。自分にとって…例えば、突然、水銀燈が居なくなってしまったら…そう想像するだけで、薔薇水晶の胸はギュッと締め付けられる。膝を抱え、小さくうつむく雪華綺晶に視線を向ける。失くしたはずの雪華綺晶の右目。涙を流す事すら出来ない、白い薔薇飾り。薔薇水晶には、それが泣いているように見えた…
「………お父様の事…好きだったの…?」「あら?それは、ばらしーちゃんも一緒でしょ?」「うん……でも……」薔薇水晶は、そっと雪華綺晶の髪を撫で…そして、視線を星空に向けた。「…きっと……きらきーのは…私とは違う『好き』だと思うよ…?」雪華綺晶は、ピクンと肩を震わせ…そして―――何かを堪えるように、星空を見上げた。今にも降ってきそうな星々に、雪華綺晶はうんと手を伸ばす。「…今となっては…もう……」どんなに近くに見えても…星空は、この手に掴むには遠すぎた…――――※―※―※―※―白と黒に塗り分けられた、自作のチェスボード。その前で、金糸雀は本を片手に一人、駒を動かしていた。「う~~ん……」小さく唸りながら、盤面と本を行ったり来たりする。と……「きゃわ!?」雛苺が正面に座ってる事に気が付いた。「び…びっくりして変な声が出ちゃったかしら……で…雛苺はいつからそこに居たのかしら?」「うい、さっきからなのー」金糸雀はとりあえず、額の汗をぬぐうような動きをし…そして、食い入るように盤面を睨みつける雛苺に気が付いた。「……うゅ……全然…わからないのよ…」そう呟き、白と黒のマス目に顔を近づけている。「この局面は、カナでも難しいところかしら~」そう金糸雀が説明すると…雛苺は急に、何かを思いついたのか、顔をパッと上げる。「だったら!そんな頑張り屋さんのカナリアにプレゼントなのよー!」そう叫ぶと、一体どこに隠していたのだろう…ピョコンと、一輪の赤い薔薇を取り出した。
「そそそんな…カナはチームの頭脳派として、当然の特訓をしてるだけかしら~!?」ちょっと照れて、慌てる金糸雀。「うい!いっつも隠れて頑張ってるカナリアは、すごい努力家だと思うのよー!」雛苺は純粋な眼差しで、手にした一輪の花を向けてくる。金糸雀は「コホン」と小さく咳払いをして、雛苺の手にした薔薇を受け取ろうとして…不意に、そのデコがキランと不適に輝いた。「! 良い事を思いついたかしら!ちょっと待つかしら!」そう言い、キョトンとする雛苺を置いといて、部屋の隅のガラクタの山にダイブする。『ガシャーン』と音が聞こえ…「これがこうで…これをこうして…」何やらゴニョゴニョ言う声が聞こえ…『カーンカーン』と金属を叩く音が響き…「――完成かしらっ!」一分程して、金糸雀がガラクタの山からひょっこり顔を出した。そして、服の埃を払い、居住まいを正して、再び雛苺の正面に座り―――その手には、赤く塗られた金属製の薔薇の造花が握られていた。「だったら、カナからは、雛苺にこの花をプレゼントかしら!」チェスボードを挟み、向かい合った二人が、赤い薔薇を交換しあう。「カナリアとは、これからもずっと仲良しさんなのよ?」「友情の証ってやつかしら!」
「うい!…そうと決まれば…二人で『なんかいなきょくめん』を打破するのよー!」そう言い、雛苺は再び盤面に視線を向け―――だが、金糸雀はスクッと立ち上がる。「雛苺!脳のリフレッシュも、策士にとっては大事な仕事かしら!」「うゆ?」「つまりこんな素敵な夜は、二人でお散歩するかしら!」「うい!りょーかいなのよ!」金糸雀のテンションにつられて、雛苺のテンションも上がり…「そうと決まれば!お外に突撃かしら~!」「とつげきなのよー!!」
―※―※―※―※―アジトの屋上で、翠星石と蒼星石が夜空を眺めていた。いや、実際に夜空を眺めていたのは蒼星石で…翠星石はそんな蒼星石の横顔をチラチラと見ている。(ぅぅ~…何だか、急に元の蒼星石に戻ったと思ったら、やけに積極的になってるですよ…いや、それが嫌という訳ではないんですが…でも、少し恥ずかしいですぅ…でも、それも嫌という訳では…って!何なんですか!この状況は!!そうです!仲良し姉妹がのんびり夜風に当ってるだけです!!それ以上の意味は無いです!!)距離ができたように感じれば、切なくなって、相手に近づこうとするが…そんな時不意に、相手から距離を詰められると…何だか戸惑ってしまう。まさにそんな状況の翠星石は、そわそわと視線を泳がせていた。だが…そんな姉の様子に気付かず、蒼星石は幸せそうな…穏やかな表情で星空を眺めている。そして…「あれ?…あそこに居るのって…薔薇水晶達かな?」下のほうを指差し、そう聞いてきた。蒼星石が示す先には…なるほど、岩場に座る二つの人影と…それに接近している小さな二人組。「…それと、チビカナとチビチビですぅ」こんな時間に何をしているのやら…最も、他人の事を言えた義理ではないが。
「ふふ…何だか楽しそうだね。…僕達も行ってみようか?」そう言い、蒼星石は翠星石の手を握り―――「ひゃう!?」未だに少しまごついていた翠星石は、咄嗟に手を引っ込めてしまった。「…翠星石?」蒼星石が、とても切なそうな表情で小さく声をかける。…決して、嫌な訳ではない。ただ、いきなりの出来事に、少し驚いてしまっただけだ。突然の蒼星石の行動と、咄嗟に自分が返した反応で、頭の中がグルグルとする。(…でも……そんな寂しそうな顔をするのは…反則ですぅ…)とっても寂しそうにしている蒼星石の顔を見ていると、何だか翠星石も悲しくなってきた。翠星石は、少し緊張しながら…それでも、蒼星石の手をとり――そして、握った蒼星石の手を引き寄せる。「…そんな…寂しそうな顔するなです……」「……うん…」「…心配しなくても翠星石は…ずっと蒼星石と一緒ですよ…」「……うん…ありがとう…」煌く星空の下で、身を寄せ合いながら、そっと囁く。
「…って!てめぇは!な~に姉妹で『良いフインキ』作ろうとしてるですか!」翠星石は身を離し、いつもの調子でそう言う。「それを言うなら『雰囲気』だよ?」蒼星石も、ちょっと楽しそうに答える。「!? わ…わざと間違えただけですよ!!」「ふふ…そういう事にしとくよ」「なぁ!?信じてないですか!…もう蒼星石なんて知らんです~」翠星石は楽しそうに微笑んだまま、階段を駆け下りる。「待ってよ翠星石!」同じように微笑んだ蒼星石が、その後を追いかけていった―――
―※―※―※―※―「…あらぁ?全員集合ねぇ…」水銀燈が散歩をしてると、岩場で談笑している皆に出会った。「水銀燈こそ、こんな時間に散歩だなんて、珍しいね?」翠星石の隣をしっかりキープしている蒼星石が、そう尋ねてくる。「ちょっと、寝付けなくてね…ぶらぶらしてた、って訳よぉ」適当に、そう答えた。(言える訳ないわぁ…『寝てたら、隣の部屋からちびっ子の騒ぐ声で目が覚めて…気分転換に屋上に行ったら誰かがイチャイチャしてたので、仕方なく外に出てました』だなんて……言える訳ないわぁ…)水銀燈は、少しどんよりする。自分の周りには、変な奴しか居ないのかと。眼帯姉妹は、何を考えてるのか分からないし…双子は最近…特に妹の方が、シスコンっぷりに拍車がかかってる。ちびっ子達は…子供に常識を求めるというのも、どうかと思う。水銀燈は、ばれないように小さくため息をつき…そして、適当な岩に腰掛けた。(でも…このメンバーが気に入ってる時点で…私も相当な変わり者ねぇ…)そう思うと、少し笑みが零れてきた。
暫くの間、夜の荒野に吹く風をBGMに会話を楽しむ―――。「! そうです!良い事思いついたですよ!」翠星石が話の合間に突然、そう声を上げた。「ちょっとの間、そのまま待ってやがれです!」そう言うと、異常な速さでアジトの中に戻り―――そして、異常な速さで再び帰ってきた。「こんな夜は何か歌うですよ!」そう言い手に持つのは、一つのクラシックギター。そして翠星石は、ちょうど良い高さの岩に腰掛け足を組む。得意満面の表情で、膝の上にギターを乗せ…「…と…ところで…誰か…ギター弾ける奴は居ないんですか…?」期待の眼差しを向けていた全員が、同時にため息をつくのが聞こえた。そして…「しょうがないわねぇ…ほら、貸してみなさぁい…」水銀燈がそう言い、立ち上がる。翠星石は水銀燈にギターを渡すと、そそくさと近くの岩場に腰掛けた。
「へえ…水銀燈とクラシックギターだなんて…変わった取り合わせもあるもんだね」蒼星石は、珍しい光景に思わず声を上げる。雛苺が期待の目を、キラキラ輝かせながら向けてくる。「……銀ちゃんは…何をやっても素敵なんだよ…?」薔薇水晶が何故か誇らしげにそう言う。雪華綺晶はそんな薔薇水晶に、苦笑いを向けている。「…この一曲しか知らないんだから…あんまり期待しないでよぉ?」水銀燈はそう言い、岩に腰掛ける。ポケットから煙草を取り出し、その先に火をつける。「何ていう歌なのかしら?」金糸雀が、ギターを構えた水銀燈に質問してきた。水銀燈は少し目を瞑り…そして満天の星空を眺めた。「…さぁ…忘れちゃったわぁ…」―――嘘だ。忘れる訳が無い。だが、結局この歌の名前を教えてもらう日は来なかった。それだけ。
火をつけたばかりの煙草。水銀燈はそれを、横に置き…空に吸い込まれるように上る、一本の煙を見上げながら、静かに弦を弾く――――「――からたちの――とげは痛いよ――――青い――青い――…」―――忘れる訳がない。荒野に飛び出した日の事―――そして―――そこで過ごした、かけがえの無い日々――――⇒ see you next Wilds!
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