【梅岡の場合】
ngワードuhouho僕は教師をしている。これまで色恋等にうつつをぬかすことなどなく、ひたすら教育に情熱を注いできた。この学校、この地域で誰よりも熱心な教師だったと自負している。言い寄ってくる女がいなかったわけではない。以外かもしれないが、結構な数が告白してくれたものだ。うれしくなかったといえば嘘になる。自分を魅力的だといわれて喜ばない奴がどこにいる。しかし、相手がどれほど魅力的だろうと、好みであろうと、彼女達の思いを僕は受け入れることができなかった。数年に一度受け持ちは変わるが、僕は常に約40人の生徒達の思慕と尊敬を受けているんだ。彼らを裏切れるわけがない。しかし、今僕はこの掟を破ろうとしている。恋してしまったのだ。自らの生徒、それも男である桜田ジュンに。 自分の思いに気づいた時には悩んだ。ホモではないのに。そう、俺は一部の生徒が噂しているようにホモではない。いたってノーマルなのだ。初恋の相手は女だし、初めて抱いたのも女だし、初めて振られたのも女であれば告白したのもまた女だ。いまだかつて俺は男に告白されたこともなければ、男を抱いたこともないし、男に抱かれたこともなければ男に恋心を抱いたこともなかった。なのに何故?「先生、ホームルームにいかれなくてもよろしいのですか?」ん?ああ、もうそんな時間か。「すみません、すこしぼうっとしてました。ありがとうございます。」「体の具合が悪いんですか?無理はなさらないでくださいよ。」「いえいえ、大丈夫です。」そういって、席を立ち、名簿を手に教室へと向かう。 ガラガラっと勢いよく扉を開け、教室へと踏み込む。「おはよう、みんな!今日もいい天気だね!先生、今日もみんなとあえてうれしいよ!」明らかにげんなりした顔がいくつも映る。確かに、このキャラクターはウザイと正直僕も思う。でも、このくらいの濃いキャラクターでなければ卒業すればすぐに忘れられてしまうし、思い出すときは楽しく思い出してもらえるのだ。それになれてさえくれればそこらの頭の固い親父世りゃ遥かにまし、ずっと信頼も尊敬も集められるのだ。このクラスは受け持ってそう長くはないが、徐々にだが心を開き始めてくれている子もいる。よっぽど馬鹿なことをしなければ生徒に思い切り見下されることはないのだ。この学年でいつもより若干僕に信頼が集まりにくいのはいつぞやのHRでハンドボールについての思いを熱く語りすぎたことが原因だろう。それで一気に引かれたようだ。…あの、桜田ジュンも。 みんながげんなりした顔をする中で、ひときわ嫌そうな顔をしていたのが彼だった。どうしてだろう、普段なら問題児とは言わずとも難しそうな生徒だな、という認識でしかないのに。なぜ、僕は魅力的だな、なんて考えてしまったのだろう。あの中性的な顔立ち、時折見せる優しさが非常に魅力的なのは確かなのだが。「…これぐらいかな。それと桜田!」「はい?」「今日の放課後、科学室に来い。」「うぇ、はい」桜田の事を考えていたからだろうか、思わず声をかけていた。気づくと科学室に来いといってしまった後だった。何をやらかしたんだと言われたのをかわぎりに雑談に花を咲かせている桜田達の声が遠く聞こえる。放課後は科学室に行かなければ。そう思い、教室を後にした。科学室には僕のほうが先に来ていた。用事はなんだったことにしようか。何にもない、ただお前の顔が見たかったではまずいし、キモ過ぎる。「先生、何をすればいいんですか?」声をかけられるまで桜田が隣にやってきていることに気がつかなかった。「んーそうだな。」科学室を眺め回すと箱がいくつか目に入る。確か新しく頼んだ実験機器だっけ。フラスコやビーカーだとかだった気がする。並べてしまってもかまわんだろう。「じゃああの箱の中身を戸棚に並べてくれ。」「はい」桜田は黙々と働いている。さっさと終わらして帰りたいと思っているんだろう。相変わらず男女問わず引き立てる美しいか立ちをしている。指も細く白く長く綺麗だ。透明なフラスコをつかんでいるとその美しさがいっそう際立つ。その指を眺めていると桜田への思いが止められなくなってしまった。「桜田」「なんですか先生?」「聞いてくれ」「いや聞きますけど」「僕はお前のことが好きだ。」「は?」「僕は本来ノーマルなんだが、お前を見ているとそんなことがどうでもよくなってくる。 何故だろう、惚れたんだよ男のお前に。 その白い指が、美しい瞳が…」「先生」僕の告白の最中、桜田が口を開く。「僕、そういうのはちょっと…」当然だ。「ああ、そうだよな。 僕も実際そう思うよ。 すまんかったな桜田、嫌な思いをさせて。」ショックでないといえば嘘になるがショックと畏怖の度合いにおいては桜だが感じているものの方が上だろう。「いえ…。その、おそらくまだ二年間先生と学校生活を送るだろうから今日のことは無かった事にしましょう。 僕は何も聞いてませんし、先生は告白もしてません。 ただ、科学室に来てフラスコを戸棚に並べただけです。 勉強上の注意をいくつかするために、先生は僕を指名したんです。」「ありがとう、桜田。」そのあと、僕たちは口も聞かずに黙々とフラスコを並べ続けた。桜田の指はなおいっそう白く見えた。その晩、僕は何故あんな事したのだろうと悔やんだ。桜田が優しかったからよかったものの下手をすれば教師生命が絶たれていた。そう思うとぞっとする。けれどあの時のあの感情は止めようがなかった。そして、思いどころか告白という行為すらも桜田に拒絶されたことを思い出し、すこし胸がいたんだ。けれど拒絶されて少しほっとした。僕はホモじゃない。思いが受け入れられたら、ひょっとしたらあの時の桜田以上に僕は戸惑ったかもしれない。「おはよう、梅岡だよ!今日もいい天気だね!」告白から三月が流れた。もう桜田達は高二、季節は五月。奇しくも今年の受け持ちも桜田のいるクラス。思いを殺し、挨拶をする。桜田への思いはあのことがあってからもますます募っていく。自分がだんだん嫌になってくる「おはよう、梅岡だよ!だんだん寒くなってきたね!」十一月。桜田が愛しくてたまらない。最近、桜田が嫌そうな顔をよく向けてくるようになった。そうか、僕はそんなに桜田のことを眺めていたのか。自分が嫌で仕方ない。「やあ!みんな!今年もみんなと会えてうれしいよ!」もはや苦痛でしかない。彼らが高三になった四月。今年も桜田のいるクラスの受け持ちだった。ひょっとすると桜田は僕が意図的にそうしていると勘違いしているかもしれない。けれど、意図的にしているわけではない。受け持ちはくじ引きなんだから。「みんな、受験が近づいてきたね!がんばろう!」そういうと、オーッという声が聞こえるほど、みんなも僕に対して心を開いてくれるようになった。桜田はといえば、どうなのかわからない。当然といえば当然だがやはり悲しい。可愛さあまって憎さ百倍というように、恋も受け入れられてこそ甘いもの。拒絶されればその苦さはとてつもないものになる。僕はいまでもこれははっきりいえる。僕はホモじゃない。自分自身に吐き気を感じるほど嫌悪感を感じた。もともと、僕は軟弱でなよなよしたオカマが嫌いだった。その延長線上にあるホモも。嫌いなものに近づいていく恐ろしさは死の恐怖より大きいかもしれない。最近夜中に絶叫しながら目覚めることが増えてきた。そして、今日は卒業式。「みんな、元気でな!たまには遊びに来いよ!」みんな大なり小なり涙ぐんでいる。この瞬間いつもなら可愛い生徒と別れなければならないということでいつもは頭がいっぱいになったのに、今日は桜田のことしか考えられない。ああ、もうあえないんだな。「先生。」「ん?ああ、桜田か。なんだい?」「三年間、お世話になりました!」「…ああ!ありがとう!桜田!」思いは受け入れられなかった。当然だ。またそのほうがよかった。けれど、教師として信頼を集めることができた。僕はそれがうれしくてたまらない。桜田。ありがとう。教師って、本当に素晴らしい職業だ。この日以来、悪夢は見なくなった。それから、数年して。何人もの女、そして幾人かの男に思いを告げられた。いままでのように、すべて断った。いままで以上に教職への愛と崇拝をこめて。それよりも強く桜田への感謝をこめて。
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