14.盲目の正義 後編
「チッ…!」体勢を立て直しながら、水銀燈は思わず舌打ちをする。雛苺がここに居る理由。翠星石と金糸雀はしくじったと考えるべきか…そしてさらに、2対1の状況。相手の一人は手負いとはいえ…かなりマズイ…そしてさらに…一番マズイのは…体勢を立て直したのは真紅の方が先で、ピースメーカーがピタリとこちらを捉えられてる事だった。おかげで…迂闊に指一本動かせない。真紅は油断無く銃を向けながら、雛苺に足を向ける。その際も、視線を水銀燈から外すといった素人じみた事は一切してくれない。「雛苺…あなた、その怪我…」「ごめんなさいなの…ヒナは…」そう言い雛苺は、フラリと倒れかける。「! 雛苺!!」真紅が弾かれたように雛苺に駆け寄り――チャンスと見た水銀燈がメイメイの銃口を持ち上げようとするが――やはり真紅の動きの方が一瞬早く、再び向けられた銃口の前に再び動きを止められてしまった。真紅は雛苺を片手で支えながら…右手に握った銃を水銀燈に向ける。そして……――「そこまでですよ」背後から聞こえた言葉に、引き金にかかった指が止まった。 「はぁい…待ちくたびれたわよぉ?」思わず、水銀燈から笑みが零れる。視線の先には、睡眠薬『スィドリーム』の瓶を持った翠星石とデリンジャーを構える金糸雀。「持つべきものは、しぶとい仲間ねぇ…」水銀燈に銃を向ける真紅。真紅と雛苺に狙いをつける翠星石と金糸雀。たった一瞬の隙さえ有れば引き金を引ける水銀燈。硬直状態が始まった。「さあ、銃をゆっくり下ろすです…そうすれば、命までは取らんですよ…」「…リーダーがピンチなのに、随分余裕な発言ね」「カナは、雛苺みたいな小さな子に怪我をさせたくはないかしら!」「…私も雛苺も…それに雪華綺晶も、相応の覚悟を持ってこの計画に臨んでいるのだわ」「その計画もチビカナのお陰で少し見えてきたですよ…!何がしたいかハッキリ言いやがれです!」真紅はそこで初めて雛苺に視線を向け…そして、自分の銃に視線を向ける。そして…ピースメーカーを腰のホルスターにしまった。 表情には出さないが、安堵感が全員の胸中に広がる。だが…真紅の目は、何も諦めてはいない。「…私は信じてるのだわ。例え、これだけの時間でも…彼女達は二人を助け出してくれていると」 そう呟き、雛苺を支える左手に一瞬視線を向ける。そして、水銀燈に真っ直ぐ向き直り…「…決着を付けたければ、せいぜい追いかけてくる事ね」「――!!」まだ策を残してる――水銀燈が気付き銃口を真紅に向けるが…それより指を一本、ほんの少し動かす方が早い――轟音が響き、屋敷が揺れる――!!屋敷中に仕掛けられた爆弾が一斉に弾け、床板が崩れ全員が階下に投げ出される――!―※―※―※―※― 薔薇水晶は、岩陰でスヤスヤと気絶する二人の人物を眺めていた。突然行方不明になって、そしてやっと会う事の出来た大切な姉、雪華綺晶。寝食を共にし、苦楽を分かち合ったかけがえの無い大切な仲間、蒼星石。つい先程まで、本気で闘っていた二人。つい先程、同時に倒れた二人。ボロボロになりながらも何故か安らかな顔で眠る二人の頬を、複雑な顔をしながらギュゥゥ!とつねる。…全然、起きない。「……むぅ…」今度は本気で。いっそ、爪を立ててやろう。そう思い、再び二人の頬に手を伸ばした時…轟音と共に、屋敷の至る箇所が爆発し始めた!「…銀ちゃん…!」屋敷に視線を向け――近づいてくる何かに気付き、咄嗟にライフルを構える。スコープ越しに見えるのは…水銀燈達と屋敷に突入した二人の保安官。そして…ボサボサ頭で眼鏡をかけた人物が、衰弱した様子の眼鏡の女性を支えながら後ろに続いてる。薔薇水晶は依頼の内容を心の中で確認する。――二名の人質の確保。一人は『技術屋(マエストロ)』。もう一人は彼に研究をさせる為の餌…その姉。恐らく、後ろの二人はそれだろう。そう考え、警戒を解く。 爆発が収まり…崩壊し始めた屋敷を、薔薇水晶は見つめる。…水銀燈達はまだ出てこない…。信じてはいるものの…少し不安になる…。「…銀ちゃん……」呟きに答える者は、誰も無い。そして…巴とオディール達の足音が近くなってきた…。―※―※―※―※―ガラガラと瓦礫の山が崩れ、水銀燈がそこから立ち上がった。真紅の姿が見当たらないが…自分の仕掛けた爆薬で死ぬような女には思えない。「逃げられた…いいえ…まだそう遠くには行けない筈よねぇ…」周囲に警戒の視線を向ける…どうやら一階に放り出されたようだ。といっても、屋敷は至る所が欠け、もはやフロアという概念そのものが無用となっていたが…。体をゆっくり動かし、怪我が無いか確認する。…体中が痛い…が、一箇所を除いて特に大きな怪我は無さそうだ。その一箇所。撃たれた脇腹の血も止まりかけてるが…すでに血を流しすぎた…。気分が悪い…。とにかく、何とか生きている事を実感し、周囲に声をかける。「翠星石、金糸雀…大丈夫ぅ?」「…助けてかしらー」「…死ぬかと思ったですぅ…」へたり込みながら呆然としていた翠星石と二人で、逆さに埋もれた金糸雀の足を引っ張る。「根野菜みたいな扱いは勘弁して欲しいかしら…」助けられた第一声がこれの所を見ると、彼女も怪我は無いようだ。 「良いようにやられっぱなし…ってのは、私じゃないわぁ…。追いかけるわよぉ…!」翠星石に痛み止めを打って貰い、動き出す。相手に逃げる時間を与える訳にはいかない。痛みに膝をついてる余裕は無い。決着も付けたいが、それ以上に聞きたい事もある。治療の道具を広げる翠星石を押し切って、再び足を進める…―※―※―※―※―「ぼ…僕の屋敷が…ここは破棄するぞっ!」梅岡の言葉で、彼の周囲に居た護衛の人間は互いに顔を見合わせ…そして一目散に逃げ出した。「ま…待て!誰が僕の護衛をするんだ!」そう叫ぶが…梅岡自身の人望がそのまま、誰も残らないという結果に繋がる。糸のように細い目のまま、眉間に皺を寄せ…そのまま金庫に跳び付く。そしてその中から幾つかの書類を掴み、梅岡も部屋から飛び出した。廊下に出た瞬間、人影がチラリと視界の端に映る――あれは…腕利きと聞いて雇った三人組…その二人。しかも一人は、自分では歩けそうにない程の怪我を負っている。それでも、無傷な一人はまだまだ役に立ちそうだ。そう考え、声をかける。「ちょうど良かった!僕はここを逃げるから、その護衛としてもう暫く――」そこまで言った時、真紅が突然後ろを振り返った。梅岡も言葉を止めて耳を澄ませる… 「律儀に追ってきたのだわ…全く、厄介ね…」真紅の呟きに、梅岡の顔色が見る見る青ざめていく…恐怖に駆られたように周囲をキョロキョロし…そして叫ぶように言ってきた。「真紅…君は僕の護衛としてついて来て…そして、足手まといな部下をおとりに一緒に逃げるんだ!」「な…ッ!?」あまりの言葉に一瞬、真紅は言葉を失う。「あなたは…何て事を!?」「僕は僕なりに、最高の善後策を言ってるつもりだぞっ!」そして…そんな、口論に発展しそうな雰囲気を止めたのは、他でもない雛苺だった。「…うぃ…ヒナが…足止めするの…」「そんな!雛苺あなた!」真紅が声を荒げる。「…ヒナは今までも…これからも…ずっと願う事は真紅と一緒なの…」そして、真紅に捕まる手を離し、壁にもたれかかる。「…だけど…これからは…真紅にお願いするの…」真紅の胸を、トンと突き放す。「……雛苺…」真紅は雛苺の目を真っ直ぐ見る。「…後は…私に任せるのだわ…」 その言葉を最後に、真紅は屋敷の外を目指して駆け出して行った――頬に流れる、一筋の涙。だが…このやり方でAliceに辿り着く。そう決めたのは自分。それを信じてくれた仲間。もう、振り返る訳にはいかなかった…―※―※―※―※―壁が崩れ、所々から陽の光が差し込む廊下を水銀燈達が走る…「…―…―!?」前方から、口論をするような声が聞こえる。…近い。少し遠くなった脇腹の痛みを堪えながら、水銀燈は進む足に力を込める――そして目の前に…壊れた壁から差し込む一筋の光に囲まれた雛苺が立ちはだかった。思わず持ち上げたメイメイの銃口を、金糸雀に止められる。水銀燈と翠星石は立ち止まり、金糸雀に視線を向ける。…恐らく…この場で誰も死なない。そんな選択があるとすれば…それが出来る可能性が有るのは誰か。その事を感覚として理解した。 金糸雀が一歩前に進み…目を閉じる。――遠ざかる二つの足音が聞こえる。「…今度は…時間稼ぎかしら…?」ゆっくり目を開け、雛苺を正面に見据える。「…ヒナは…優しかった真紅のために…最後までがんばる、って決めたのよ…」雛苺が壁にもたれながら、発破の入った鞄を自分の足元に落とし、片手にその起爆スイッチを握る。「雛苺をおとりにして…優しくなんてないかしら!」「…カナリアには分からないの…ヒナが…どんな気持ちで今まで生きていたのか…」「そんなの!だったら今から分かり合えばいいだけかしら!」金糸雀は大きく頭を振り、雛苺に歩み寄ろうとする。「だから…もう…そんな物捨てて、こっちに来るかしら…」雛苺が起爆スイッチを水平に持ち上げ、金糸雀の足を止める。「みんな…みんな、死んじゃったの…。ヒナは一人になって…でも、真紅に出会えたの…。真紅に会えて、オディールに会えて…巴と出会えたの…」目の端に涙を溜め…そして…それでも精一杯、微笑んでみせた。「だから…もう…ヒナは一人じゃないのよ…」ゆっくり、小さな手に握ったスイッチに指をかける――そして―― 一発の銃声が全てを遮った。小さな音を立て、起爆装置が床に転がる――。水銀燈はポケットから煙草を取り出し、火をつける。そして、壊れた壁から差し込む夕陽に視線を送った。「…そうね…誰も一人なんかじゃないわぁ…。大切な仲間が居る…あなたにも…私にもね…」そこには夕陽を背にライフルを構える薔薇水晶の姿。―※―※―※―※―「流石、雪華綺晶の妹さん。大した腕ね」オディールがそう声をかけてくる。薔薇水晶は何も答えない。…いや…オディールから先程聞いた事に嘘が無いとすれば…私はきらきーについて語る言葉なんて無い…薔薇水晶は無言で、崩壊した屋敷に向けて歩き出す。そして、崩れた壁から見える4人の姿を等しく眺めながら、呟く。「……私達には…そもそも…戦う理由なんて…」 ―※―※―※―※―荒野の只中を、息をきらせながら走っていた男が立ち止まり、膝に両手をつき呼吸を整える。振り返り自分の屋敷の存在していた方角を見やるが…果てしなく広がる地平線以外、何も見えなかった。「…どうやら…追っ手は今の所無いようね…」横に立つ真紅が、そう呟く。それを聞き安心したのか…梅岡は大きく深呼吸をする。「とりあえず…ここから真っ直ぐ北に在る町まで僕を送ったら…それで仕事は終わり。それまで、しっかり頼んだぞっ」「…地図は無いの…?」真紅が感情を隠した目で尋ねる。「そんな無用心な物は存在しないぞ。だけど、僕が居れば迷わずに辿り着けるさ!」そう言うと梅岡はコンパスで方向を確認し、歩きだした。「そう……ここから真っ直ぐ、北へ…ね」真紅はそう呟き、腰に下げたピースメーカーを手に取り、バラバラと薬莢を地面に落とす。そして、確実な動作で再び弾をただ一つだけ込める―――梅岡は背後から聞こえた音に足を止め振り返り――凍りついた。「…な…何を…」銃口をピタリと自分の眉間に向ける、自分が雇ったはずの人物。少しの距離を開け、銃を向けてくる真紅。その目は…まるで人形のように、何の光も放たない…真紅が冷たい視線を向けたまま喋りだす。「あなたは小さな村を襲い、その平穏を蹂躙した。あなたは家族を想う気持ちを利用し、一人の人間を狭く暗い部屋に閉じ込め続けた」「な…にを…言って…」冷や汗を滝のように流しながら梅岡が何かを言おうとする。「あなたはどれだけの人間を苦しめたのか…その自覚すら無い」梅岡の細い目が一瞬、大きく見開かれる。「ぼ…僕なりに、世界の事を考えて――」「あなたに滅ぼされた村の保安官として、裁きを下すのだわ」 タン ――………虚空に渇いた銃声が響いた――― ―※―※―※―※―真紅は地面に広がる血を避け、梅岡の手に握られていた書類を拾い上げる。そして、その作成者として名を書かれてる人物の名前を、そっと指でなぞった。――桜田ジュンもう…会う事は無いだろう。本当は会って伝えたい事がいっぱいあった。一緒に笑いたかったし、彼の淹れた紅茶も飲みたかった。それでも…全てを終わらせる為…そして、Aliceの名の下に散っていった多くの命の為…ここで引き返す訳にはいかない。横顔に西日を浴びながら、北へと進む…
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