男だと思ってた 後編
ザワザワ「えーマジキモイんですけどー」「ちょwwwおまwww」 ザワザワ「男なのにお姫様のドレスのデザインってww」「桜田君ってちょっとキモイ趣味してるよね…」女子達が僕をバカにする声が何所からともなく聞こえる……分かってる…これは幻聴だ…分かってる…けど…気分が悪い…「…ジュン君…?」蒼星石の声で我に返る。…僕は…一体…そう思い、駅前に備え付けられた時計を見る。どうやら…ほんの一瞬だけ、ボーっとなっていただけみたいだ。オーケェー…落ち着け僕…こんな時こそ、クールな判断をだな…そう…クールな判断を…クールな…………――――zzz……!?目覚めよ僕!目覚めよ桜田ジュン!! 軽いパニックになりながらも、平静を装い蒼星石に声をかける。「え…いや…その…あれだよ…いつもと服装が全然違うからさ…だから…その…あれだ…」オーケー、オーケー。いつも通り、ごく自然な会話だ。実にフランクな、イタリア人も真っ青な位にスムーズに言葉を紡げてるね。そんな僕の思いを他所に、蒼星石は少し恥ずかしそうにスカートを弄る。「…いっつも学校では花壇さわるからズボン穿いてるし…やっぱり…似合わないかな…?」…いや、マジで冷静になろう。…とりあえず…彼…いや、彼女か。蒼星石は女の子だった。確かに、男が花壇って珍しいとは思ってたけどねーいや!そんな事より!この窮地をどうするか!?頭の中で緊急会議が開催される。…――素直に、ちゃぁんと言ってあげなさいよぉ。――そんな事したら、蒼星石が傷つくだけなのだわ!――ここで問題が起これば、後で翠星石、ひいては他の女子が黙ってないかしら!?――うにゅー――……とりあえず…頑張ろう…――貴方なら…大丈夫ですわ…よし!…ここは無難に行こう!それがベスト!それが最も日本人的発想!「い…いや…その…少し驚いたけど…その…に…似合ってると…思う…よ…」何とか搾り出すように、そう答える事が出来た。…偉いぞ僕!確実に過去のトラウマを踏み越えつつある証拠だ!「ホント?…ふふ…そう言ってもらえると嬉しいな」蒼星石はキラッキラの笑顔でそう言い、楽しそうに続ける。「映画までまだ時間有るし、ちょっとお茶でも飲もうよ!」「ハヒィ!?」「え?」「!…いや、ウン!そうしようか!」咄嗟に出た裏声を、何とか誤魔化す。やっぱり全然トラウマ消えてねーじゃん僕。…いや、頼むから誤魔化せててくれ…。とりあえず…二人で映画館の近くにあった喫茶店「Alice」に入る事にした。…アリスっていっても、低い声で『You are king of kings』なんて呟く歌が流れてたりはしない。でも…僕もただの男に帰りたいです…女性恐怖症なんて無い、ただの男に…ライラライラライラライラライ…♪…ハッ!?…僕は一体何を考えてたんだ!?これは明らかに世代が違うじゃないか!「僕は紅茶とケーキを。…ジュン君は?」蒼星石の声で我に返る。「え!そうだな!僕は……紅茶を」とりあえず、まとまらない思考回路を必死に働かせて、何とかその場を凌ぐ。出てきた紅茶を飲みながら、蒼星石と他愛の無い会話をする。 「僕、小さい頃とかよく男の子に間違われて…だからかな?特別な日以外は、あんまりスカートとか…恥ずかしくって…」頬を少し赤く染め、節目がちにそう言う。「だから…ジュン君が似合ってる、って言ってくれて…すごく嬉しかったんだ…」なるほど!つまり、最初の僕の選択は正しかった!そういう事か!そして…この陣形…これは…これはそう…まるで『デート』みたいじゃないか!!だとしたら!何故、三択の選択肢が何所にも出てこないんだ!?『本当のデートは三択じゃないらしい…』たしかそんな噂を聞いたことはあるが……それが本当なら…僕はどうしたら良いんだ!?「…え…いや…でも…ほら!ホントによく似合ってるからさ!うん!いやホントに!」…オーケー…いつも通りを心掛けるんだ…平常心だ…明鏡止水の心でだな…宇宙だ…宇宙を感じるんだ…僕が世界で世界が僕なんだ…いいぞ…いい感じだ…フフフ……時が…時が見える…!「……?どうしたんだいジュン君?…ボーっとして」蒼星石の一言で、僕は白昼夢から目覚める。「ハ?…いや!その…ねぇ?」「??」そんな他愛の無い会話をする。…いや…頼むから会話として成立しててくれ…。「あ!…いや…ほら…そろそろ、アレだ…映画館にアレした方が…」アレって何だ。あんまり指示語ばっかり使っていると、バカだと思われるぞ。 でも、そんなぎこちない会話でも、何とか蒼星石には通じたみたいだ。「そうだね。そろそろ映画館に行っとこうか」…映画館のトイレの洗面台で、僕はバシャバシャと顔を洗う。一人になると、さっきまでどれだけ自分が冷静さを欠いていたのかがよく分かる。そして…鏡を見ながら、心の中で呟く。…大丈夫…大丈夫さ…昨日まではあんなに仲良く話してたじゃないか…今日はその…たまたまいつもと格好が違うだけで…蒼星石自信は何も変わってはいない…だから…きっと大丈夫。自分の顔をパンっと叩き、気合を入れる。そしてトイレから戻り…蒼星石の姿を見た瞬間…やっぱり、手の平から汗が滲み出てくる感覚。蒼星石は…格好以外はいつもと何も変わってない。いつもと違うのは…傍から見たら、僕なのだろう。蒼星石の笑顔が、眩しく僕の心を抉る。…今まで勘違いしていた自分。寄せていた信頼を一方的に穢した自分。そんな自分自身が情けなくなり…だが、心に刻まれた女性に対する恐怖心はそれ以上に強く…結局僕は、どこか曖昧な会話と、意味も無く泳ぐ視線でしか蒼星石に応えられなかった。 映画が上映されてる間も…僕は不用意な接触を恐れて、手は常に膝の上。そして…何が怖いのか…決して蒼星石の方を見る事は無かった。映画も終わり、帰りの電車の中…蒼星石は手すりにもたれかかり、しずかにまどろんでいる。僕はその蒼星石を見て思う。学校で会った時より…ずっとはしゃいでたから、きっと疲れたんだろうな…僕も…今日はかなり頑張ったから…少し疲れたな…うとうとと消え落ちそうな意識の中で…考える。何で僕は…こんなに頑張ってたんだろう…?きっと…蒼星石に向けてた信頼が…蒼星石が女の子だからっていう理由で壊れるのが嫌だったんだ……やっぱり女の人は苦手だけど…僕は男とか女とかじゃなくて…きっと同じ人間として蒼星石が………――――いつの間にか溶けるように消えていた意識が、駅に到着したアナウンスで覚醒する。「ジュン君…着いたよ?起きて…」いつの間にか目を覚ましていた蒼星石が、僕にそう声をかける。どうやら僕は、蒼星石より早く起きる事のできない星の下にあるようだ。 二人で電車から降り、夕日に照らされた街を並んで歩く。不意に蒼星石が呟くように…消え入りそうな声で告げてくる。「…やっぱり…僕と一緒でも、楽しくなんてないよね…」「え…?」突然の内容に…何も気の利いた答えが返せず、僕はただその場に立ち止まった。「だってジュン君…何だか今日一日、すごく無理してた感じだし…やっぱり…僕と居ても…」蒼星石が今にも泣き出しそうな声でそう言ってくる。その言葉は…その声は、僕の心を茨のように締め付けてくる。――違う――そう伝えたいが…その言葉が出てこない。まるで心臓が飛び出して別の何かになったかのような…体中の血が全て逆流したかのような…そんな感覚が全身に広がる…。僕は…精一杯の力を足に込め、地面を踏みしめ…そして、力の限りを尽くして…やっと出た小さな声で答えた…。「僕は…昔色々あって…女の人が苦手なんだ…。苦手って言うより…怖い、って言った方が正確かな…」蒼星石は、語る僕の表情の全てを読み取ろうとするように…真っ直ぐ僕に視線を向けてくる。「最初僕は…蒼星石の事…男だと思ってたんだ…本当にごめん…だから…その…女の子だって知って…どうすれば良いのか分からなくなったんだ…」 僕は真っ直ぐこっちを見る蒼星石と視線を合わせる。自分の心臓が早鐘のように激しく鳴る音が聞こえる。「だけど…僕は…始まりは僕の勘違いだったけど…蒼星石という人と会えた事を…その…大事にしたい…そう思ったんだ…」そして広がる、暫くの沈黙…蒼星石が僕に近づき…そして…僕の頬を張る音が、夕焼けに照らされた街に小さく響いた。蒼星石が目元に涙を溜め…それでも精一杯に悪戯っぽく微笑んでみせる。「…ひどいなぁジュン君…でも…これでおあいこだよ…?」「え…あ…うん…」やっぱり僕は、こんな時には間抜けな答えしか返せない。それでも…僕はこの日…初めて心から蒼星石の顔をちゃんと見れた気がした。いつの間にか夕日も、そのほとんどが地平線に消えかけている。僕らは並んで…家路に着く。こんな時…どうすれば良いんだろう…考えるが、答えは見つからない。考えて分からないなら…素直に思ったまま行動する事にした。隣を歩く蒼星石の手に、そっと自分の手を重ねてみる…。なけなしの勇気を振り絞って…でも、やっぱり体に染み付いたものの力は強く…咄嗟に僕はその手を放してしまった。再び沈黙が広がり…二人の靴の音だけが、まるで世界に存在する全てのように響く。僕は…静かに、沈む夕日を眺めていた。不意に、腕に違和感を感じる。視線を自分の手に落とす。それは…僕の服の袖を掴む蒼星石の手。心臓が痛い位にドキドキする。手の平から蛇口をひねったみたいに汗が出てくる。でも…不思議と…気持ちが悪くはならない。むしろ…落ち着かない気持ちと落ち着いた心。そんなアンバランスな感じがして…何故だか心地良い。僕は、僕の服の袖を掴む蒼星石と二人で…夕日の中を歩いて行った。 …月日は流れ、季節は巡る…たまの休日。僕はいつもよりゆっくりした時間に目を覚まし…そしてリビングに行き、今日は家に誰も居ない事を思い出した。遅めの朝食の後、窓から空を眺める。良い天気だ…。僕はふと思い立って、洗濯をする事にした。庭に出て、洗濯物を干していく。僕の服は…どれも袖の部分だけが、見事なまでに伸びきっている。僕はそれを見て苦笑いをし…そしてあれ以来、二人の合言葉のようになっているフレーズを口にする。「髪の毛短いし、青いズボン穿いてるし、絶対、男だと思ってた…」
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