なんとでもない日常 第一話
ゆったりとした休日の昼下がり。窓の外ではしんしんと雪が降っている。僕はコタツの暖かさに浸りながら、 ミカンを一粒口に放り込んだ。テレビから流れるのは探偵くんくんの……確か3年前の劇場版だったか。正直何度も見たので、 積極的に観る気にはなれない。しかし、 コタツをはさんで反対側に座っている真紅は、 飽きもせずに見入っているようだ。廊下では姉が友達と電話をしているらしく、 途切れ途切れに笑い声が聞こえてくる。今日は雪が降っているからか、 休日に決まって遊びに来る雛苺や金糸雀、 翠星石と蒼星石は来ていない。家には僕と姉、 それと居候の真紅だけだ。居候と言っても、 非常に図々しい居候だが。「ふわぁ……」不意に欠伸が一つこぼれる。すると、 それに引っ張られるように眠気が襲ってきた。僕はゴロンと寝転がると、 もぞもぞとコタツに潜り、 今まさに夢の世界への第一歩を踏み出そうとして――「ジュン、 紅茶を煎れて頂戴」――見事につまづいてしまった。「イヤだ」身体を起こしながら、 きっぱりとそう答える。普段だったらしてやるところだが、 今日はいかんせん寒い。コタツの魔力は普段の4割増しだ。「あら?下僕が主人の命令を聞けないの?」空になったポットを持ち上げながら、 真紅が言う。どちらが主人だよ……と言いたくなったが、 そんな事を言えば殴られるだけ。触らぬ神になんとやらってやつだ。しかし、 真紅の紅茶を煎れるためにコタツから出るのだけはイヤだ。今日のコタツの魔力は我らが神を越えている。これぞまさに新世界の神に違いない。それに、 こちらにはまだ切札がある。「イヤだ。それでも紅茶を煎れろって言うんならチャンネル変えるぞ」ぷらぷらとリモコンを振りながら言う。真紅の表情が、 わずかに歪んだのが分かる。沈黙が少し続く。すると、 真紅はゆっくりとポットを置いた。そして、 キツく握りしめた拳を高々と持ち上げる。少し間を空けて、 僕はそれが意味することを理解した。僕もリモコンを置くと、 ゆっくりと拳を持ち上げる。そして、 一呼吸置いたところで――「最初はグー!じゃんけんぽん!」「……なんで私がジュンのお茶まで……」台所から真紅がブツクさ言っているのが聞こえる。僕がグー、 真紅がチョキで軍配は僕にあがり、 真紅自身の紅茶のついでに、 僕のほうじ茶も煎れてもらう事にした。僕は相変わらずコタツの魔力の恩恵を受けている。その気になればすぐに夢の世界に飛び立てなくもない。窓の外を見ると、 雪が積もり始めていた。今ごろ雛苺あたりは喜んでいる事だろう。台所のほうへ視線を移すと、 真紅が急須にお茶っ葉を入れていた。普段見る事のない、 何とも珍しい光景である。しばらくすると、 紅茶の甘い香りとほうじ茶の香ばしい匂いが漂い始め、 もう少しすると、 カチャカチャと音を立てながら真紅が台所から戻ってきた。「感謝することね」急須を僕の前に置き、 ポットをそのままコップに傾けながら真紅は言った。「はいはい、 ありがとうございます。ご主人様」イマイチ心の込もっていないお礼を述べながら、 僕も湯呑みにお茶を注ぐ。「まったくジュンは……」などと真紅は言っていたが、 ここはスルーだ。僕は注いだばかりのほうじ茶をすすった。火傷しそうな熱さの中に、 何とも言えない香ばしさが広がる。「へぇ、 煎れるの上手いじゃないか真紅」予想外の美味しさにそう感想を述べると、 真紅は少し顔を赤らめた。「あ、 当たり前なのだわ。下僕の貴方に出来て私に出来ない事なんてないのよ」プイと顔を背け、 そんな事を言う。素直じゃないと言うかなんと言うか。その後は、 ただゆったりとしていた。外の雪も、 相変わらずマイペースを保っている。「なんか……悪くないな、 こういう休日も」不意に、 僕はポツリと呟いた。こちらを向いた真紅の綺麗な青い目が、 僕を捉える。「そうね、 悪くないわ。こういう休日も」その微笑みに、 トクンと心臓が高鳴り、 急に暑くなった気がしたが、 それはコタツの魔力と、 お茶の熱さのせいだろう。ゆったりとした、 休日の昼下がりだった。
このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー と 利用規約 が適用されます。
1文字以上入力してください
本文は少なくとも1文字以上必要です。
1文字以上入力してください。