薔薇乙女家族番外編弐 その二
薔薇乙女家族番外編弐 その二~旅人~ 薄暗闇の中、街灯とライトを頼りに走る一つのバンがあった。 別に何の変哲もない一つの車だと思う人がいるみたいだが、それはおそらく日が暮れたせいでその車をよく見なかったからだろう。しっかり眼で見た人ならば、その車が土埃で白のボディをくすませているのが分かったはずだ。 それを一体どう解釈するだろうか。 その車のオーナーはがさつ者で洗車を怠っていると考えるか、あるいは「何故あんなになるまで放っとくのか」の時点で考えをやめてしまうか、それは人によって違うだろうし、そもそもそれらの人の考えなぞ当のバンのオーナーは気にもしないだろう。 一部の人の振り返る視線にテールランプで応え、道路をまっしぐらとバンは薄暗闇を突き抜けていき、何重にも交差する光と光の中へと交わっていく。 そのバンの後ろについた、ないしは真横についた車両は皆そのバンを目にするや、「ずいぶん古い型だな」と思っていた。まして、車体が汚れきっているのだからなおさらである。 「原油高高騰」「エコの時代へ」と言われ続ける昨今にこの様な型の車を乗り回しているなんて環境破壊と呼ばれるに等しい行為、それもあってバンは随分と地味に注目されていた。 当のバンのオーナーは、そんな視線どこ吹く風といった様子(もっとも、そもそも周りの視線に気づく由もないだろうが)。ご機嫌にハンドルを握っていた。 彼の傍らには、助手席のシートに身を任せてぐっすりと休んでいる妻、後ろにはシートを寝かせて簡易ベッドの様にして、体を大の字にして休む娘がいた。まだ夜になったばかりの時刻ではあるが、二人は深い眠りについていた。 愛する二人の寝息を耳に、少しにっこりと微笑んだ彼…ジュンはシフトレバーをチェンジさせ、車をさっそうと駆け上がらせた。----- 山の横っ腹を駆け抜ける様に、いくつもの光が走る。彼らのバンもまた、その光の一部となっていた。 ジュンはそこから見える風景を傍目に、走り行く光の中を真っ直ぐ走る。 …もしこの山のふもとに海があり、今が昼間だったとしたら、きっと素晴らしい大海原を見晴らせるだろう。 だが、実際は街のネオンの光を散らかした様なきらめきがそこに広がっている程度だ。面白くない光景である。 太陽の輝きを受けた綺麗な海というのは一見の価値がある。透き通った海が鏡の様に空を映すから、一滴一滴が青々と輝く。それが陽の輝きで一層際立つのだ。青い宝石が無数に散りばめられている様な光景を感じるはずである。これが地球を青い惑星としているのだ。 もし地球をそのまま指先ほどの大きさにするとしたら、大層美しい宝石になるだろう。海はまさに、地球の輝きそのものである。 …捨てた故郷が海とは縁のない内陸部だったからかジュンは海というものをいたく気に入っているみたいである。若干の疲れもあって、彼の頭は少し自意識に陶酔している様子であった。 それを覚まさせる物が光に混じって見えた。 車は高速で走っているからそれは直ちに視界から消えてしまうが、それが一体何であるかが一発で分かったジュンはハザードランプを点灯させて路肩に停車させた。 旅している中でたまに見かける姿だ。これで何人目だろうかとそれを見た。 ジュンが見たのは紙を持った男性だ。その紙の内容までは不確かであったが、「私を○○(目的地)まで連れて行って」と書かれていると分かったのは彼の旅の経験のおかげだろう。 停車したバンを見て、男性はトコトコと走り寄ってきた。「助かった、有り難い」と言いたげな顔をしていた。 「どこまでですか?」 ジュンが彼にそう訊くと、彼は両手に持っていた紙を見える様に広げた。 「この町までなんですが…」 彼の目的地はどうやら、ジュン達の目的地の途中にある町の様である。なら断る理由もない。妻と娘は寝こけているが邪魔にはならないはずだ。
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