薔薇乙女家族 その六之四
薔薇乙女家族 その六之四時間は何時如何なる場所、場合でも等しく流れていると思われがちだ。だが実際はそうではない。時間は常に変動し、等しい流れは存在しないのだ。皆、それぞれの固有の時間があり、それぞれの時間が流れている。その時間の中で、人は生きていく。時間の差というのは自分では分からない。別の時間の流れを生きた他人や物と接触して初めて分かる。一日という時間は誰にでも流れるのだが、あっという間に過ぎる一日もあれば、なかなか終わらない一日もあるという事で、それは人によって時間の感じ方が違うという事だ。 皮肉な話だ。自分の娘である雛苺、彼女はこの日を待ち望んでいたとの事だ。授業中の自分の姿を見せられるから…という随分自信を持っているみたいで、朝から張り切っていた。憂鬱だ。どうしようどうしようと悩み悩んでたら今日になってしまった。娘の明るい笑顔が嫌みに見えて仕方なかったのだから、嗚呼やはり私は追い込まれているのかと知ってしまう。 カレンダーに振り向く。今日は赤丸でマークされた、雛苺のクラスの授業参観日。つまり、学校に行く日…柏葉巴がいる学校に顔を見せなければならない日なのだ。それで何時終わるのか分からない悩みに頭をかき回されてしまっている。
学校には私だけが行く事になっている。ジュンは仕事で学校に間に合わないからだ。おそらく他の家庭でも母親だけ出席する授業参観になるのではないかと思う。それが僅かな救いになったかもしれない。 と言うのも実は、ジュンには巴の事は伝えていないのだ。娘達にも口を塞がせたし、プリントもビリビリに破って捨てた。手がかりになりそうな物は思いつき次第消していった。隠蔽工作というやつだ。彼は巴の事を気にかけているのは知っている。だったら伝えれば良いではないかと思うが、結局私の心がそれをさせなかった。隠せるのなら隠し通したいと思ってしまったのだ。 それに、伝えたら伝えたで彼は動揺するかもしれない。彼は心の奥にそれをしまい込んで今は落ち着いている。下手に心を揺さぶる様な事をする必要も無いはずだ。この様に考えてはいる。しかし後者は真か虚かの判断はできないでいた。彼を思ってというよりも、自分が怖いから隠しているのではないか。そう考えて一瞬体が震える。落ち着いて、間違ってないはずだと頭に刷り込んでいるが風が吹けば簡単に倒れてしまいそうだった。カッチコッチと時を刻む時計の秒針は、私にいちいち時間というものを知らせようとする。まるで、早く腹を決めろと急かしている様に聞こえる。まあ逃げても仕方ないのは分かっているのだから答えは決まっている。これだけ工作しといて最後に逃げて一体どうするか。娘達の前に醜態晒しといて、極めつけに無様な姿を見せてしまう程、私は恥知らずではないつもりだ。…行こう。私は席から重い腰を上げて時計を見上げた。時計は12時半を指していた。-----校門を抜けて、銀色の道をしっかと踏んで滑らない様に気をつける。今日は朝から雪が降り、そのなごりは溶ける事なく今も残っている。雛苺の母親が、校庭で滑って転んで痛い目にあっただなんて情けない笑い話の種にされるのは御免だ。銀色の道にはいくつもの足跡が残っている。他の親御さんのものだろうかと窺えるのは、それが小学校生徒のものにしては一回りも二回りもでかいからだ。車のタイヤの軌跡も何本か刻まれているのを見て分かったのは、要するに私は少し出遅れたらしい事だった。
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