5.右目で見る夢
水銀燈達のアジトの一角…『作戦会議室』とかかれたプレートのかかった部屋… 中からバンッと何かを叩く音がして…扉に張られたプレートが落っこちた。白衣を着て眼鏡をかけた蒼星石がホワイトボードを叩く。「…なんで蒼星石はあんな格好をしてるのかしら?」「……作戦のプレゼンする時の伝統…私が考えた…」「ちょっとそこ!静かにする!」こそこそ話す金糸雀と薔薇水晶を、蒼星石が注意する。それにしてもこの蒼星石、ノリノリである。コホン、と小さく咳払いをして、蒼星石が作戦概要を伝える。「つまり、先行してるであろう、3人組のチームに対する遅れを取り戻す為にも、僕達は最短ルートで施設跡に向かう。道中での補給が無いから、各自、準備はしっかりしといてね」5.右目で見る夢目標の施設跡地までの最短距離を、ガタゴトと馬車でひた走る。時々馬を止め、地図を確認する。夕日が沈むまで馬を駆り…星が明るくなり、焚き火を囲む。銀ちゃんと私は明日に備え、銃の手入れをする。「さーさー、お待たせですぅ!翠星石特製の○○入りシチューですよ!」毎度の事ながら何が入っているのかはよく分からないが…彼女の料理はとても美味しい。ただ時々、食後に眩暈がする。多分、何かの薬の実験を兼ねてるのだろう。…勘弁してほしい。…美味しいけど。正直、銀ちゃんの事は好きだけど…ヤクルト鍋やヤクルト煮は……。そう考えながら翠星石の作ったシチューを食べる。いつの間にか頬が緩んでる自分に気付いた。お腹もいっぱいになり、のんびりと辺りを見渡す。銀ちゃんは、食後の一服中。…うん。やっぱり、銀ちゃんはカッコイイ。素敵だ。蒼星石は、周囲の見回りを買って出てくれた。やっぱり彼女は頼りになる。翠星石は、晩御飯の片付けを終え、薬を調合しながら黒い笑顔を浮かべている。…時々、黒いけど…でも、彼女の作る医薬品に何度助けられた事か。金糸雀が、すやすやと寝息を立ててる。そのあどけない寝顔は、とっても可愛らしい。…多分、銀ちゃんの次くらいに。銃の手入れもすっかり終え、その場でうんっと身体を伸ばす。「薔薇水晶も、見張りの時間まで少し休んでおきなさぁい」銀ちゃんが言ってくれた通り、少し休む事にする。その場でころんと横になる。―※―※―※―※―仲間に囲まれ…眠りに落ちる…。眠りに落ちて…夢を見る。とっても昔の夢。とっても幸せな夢。とっても…孤独な夢。…… …… … …~~~~~私は放射能に汚染された場所でこの世に生を受けた。戦後生まれとしては、珍しくも無い。放射能濃度の高い地域で生まれた子供は…特異な成長が見られることがまれにあった。それはプラスにもマイナスにも…もっとも、多くはマイナス要素だったが…。私はそう考えると、とても運が良かった。ちゃんと人間の形をして生まれてこれた。病気もハンデも無く、育ってこれた。だけど、私は皆とは違っていた。私は目が良かった。どんなに暗い夜道でも、私が道を見失う事は無かった。どんなに遠くの、どんなに小さな動物も、私にはその細部まで見えた。周囲には気味悪がる者もいたが…お父様はやさしかった。お父様が注いでくれる愛情が、何より嬉しかった。そのお父様が、幼い私に突然告げた。「薔薇水晶、紹介しよう。新しい家族だ…」お父様はそう言いながら、一人の少女を連れてきた。「君の…お姉ちゃんになる人だよ…」彼女は雪華綺晶という名前だった。遠縁にあたる人物で、孤児となる所をお父様が引き取った、という事だった。お父様は言う。「この子は…君と同じで、少し特別な子なんだ…」この頃の私は…雪華綺晶が嫌いだった。お父様の愛を奪っていかれる気がして…。そして…何より、雪華綺晶が怖かった。…やんちゃだった私は…よく、壊れたライフルを使って、チャンバラゴッコをしていた。そんなある日…遊んでた私は、壊れたライフルを棒のように振り回し…皿を一枚、割ってしまった。すると、大人しく読書をしていた雪華綺晶は本をパタンと閉じると、私に近づき、「こんなものふりまわしたらあぶないよ?ばらしーちゃん」そう言うと…素手でライフルを…まるで飴細工でもそうするかのように…へし折った。私は雪華綺晶のその見た目にそぐわぬ怪力より…彼女の心が怖かった。私にとって雪華綺晶は、私の大切なものを平然と奪っていく存在にしか映らなかった。彼女が直接何かしてきた事は無い。全て、私の一方的な思い込み。だが…幼かった私には、雪華綺晶を嫌う十分な理由だった。でも…あれは…あの事は…今でも、はっきりと覚えてる。お父様と…雪華綺晶とで、大掃除をした日。庭の小さな焼却炉の中に、いらない物を片っ端から放り込んだ。雪華綺晶が苦手だった私は…多分、何も考えず、早く終わらせようとしか考えてなかったのだろう。だから、私は気付かずに『アレ』も焼却炉に投げ込もうとした。「ばらしーちゃん!」雪華綺晶の突然の叫びに、私は驚いて振り返った。その動きがやけにスローモーションに見えたのを覚えている。そして…私の手から滑るように、それは焼却炉の中に入っていった。町一番の『技術屋(マエストロ)』だった、父の作った…弾丸を詰め込んだ箱。…気が付くと私は、病院のベッドに横たわっていた。体中に激痛が走った。でも、それ以上に、視界が今までとは違う事に違和感を持った。左側が、何も見えなかった。やって来た医者が、私に鏡を見せて言う。私の左目が失明した事…雪華綺晶が突き飛ばしてくれなければ、目どころか命さえ危なかった事…そして…雪華綺晶の右目は光を失うどころか…それ自体を失ったという事…私は意味も無く雪華綺晶を恐れた自分を呪った。そして…その日から、私と雪華綺晶は、心からの姉妹になった。…私達は、二人でいる時間が多くなった。私達は、その特別な力で、お父様を守りたいと思った。腕のいい『技術屋』を我が手にと考える賊は、掃いて捨てる程いる。でも…雪華綺晶の、誰にも防げない強力な一撃。私の、絶対に外さない狙撃。誰も私達に敵う者など無かった。でも…そんな日々も唐突に終わりを告げた。私も雪華綺晶も大きくなったある日、お父様に突然一枚の手紙が届いた。その日から、お父様は部屋から出てくる時間が減り、目に見えて元気が無くなっていった。私と雪華綺晶が理由を聞いても、「大丈夫…何も心配する事はないよ…」と、優しく頭をなでるだけだった。そして…ある日突然…お父様はどこかに行ってしまった。お父様の部屋に入ると…私の名前、雪華綺晶の名前、そして…『愛してる』とだけ書かれた手紙が置いてあった。私は泣いた。何日も無き続けた。お父様を思い、延々と泣き続けた。雪華綺晶は一人、食事の時以外、お父様の部屋で難しい本を読み続けていた。…そして…私が16歳になり数ヶ月たった日…突然、お父様と同じように、雪華綺晶までいなくなった。全ての家族を失った。その絶望が、私の心を支配した。…私は…一人ぼっちになってしまった…。ある日突然、何者かが襲撃してきた。あるいは、お父様がまだここに居ると思った盗賊だろうか…。私は一人で、それでも銃を取った。戦う理由もなく、ただ応戦するだけ…。守る者など、誰もいないのに…。たった一人の狙撃手に何が出来ただろう。敵はこれまでに無く統率されていて…孤独な私は、ジリジリと追い詰められた。そして…家に火が放たれ…私は逃げ出した。わき目も振らず、ひたすらに走った。あても無く、逃げ続ける。お父様の…雪華綺晶の事を思い出すと、涙があふれてくる。思い出の詰まった家は焼けてしまった。孤独感に胸が締め付けられる。泣きながら、荒野を一人で逃げ続けた。…気が付いたら、小さな町をさ迷っていた。服はボロボロ。財産も家と共に燃えた。生きる術は、無い。もう…体を売るしか…一瞬そう思うも、即座に頭を振って否定する。そして…私は別のものを売る事にした。私は、私の持っている技術を売る事にした。その日から私は…殺し屋になった。
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