DIABOROS 第六話 「Dispar」
『―ジュンについて聞きたいって?え?私にとってのジュン? 下僕なのだわ。それ以上も以下でもなくて。 …ただ、彼の淹れる紅茶は、どの紅茶よりも美味しいわね』『―えぇ?私にとってのジュン?面白いおもちゃねぇ。からかいがいのある。 ジュンで遊ぶのは本当に楽しいわぁ。 本気で狙っているのかって?うふふ。どうかしらねぇ。 まぁ、半分位は本気ねぇ』『―カナにとってのジュンかしら?もちろん大切な友達かしら! え?それは恋愛感情になるのかって?どうかしら~。 カナにはよく分からないかしら。 とにかく、ジュンのことは大好きかしら~』『―僕たちにとってジュン君はどんな存在かって?―翠星石にとっちゃ、ただの性格の悪いチビですよ!―そういう割にはよく彼のことを話題にしてるよね。君は。 前、ジュン君が風邪をひいた時には泣きそうになってたし。―な、な何馬鹿なこと言うですか!あれは…そう、そう!あれはただの花粉症ですよ!―ふーん、どうだかねぇ。え?僕にとってはどうかって?友達だよ。―蒼星石だって、ジュンの話をするときは嬉しそうですよ…―えぇっ!?してないよ!? 恋人にしたいかって?いや、ジュン君には真紅がいるし、恋愛対象としては見れないなぁ…。 ん?じゃあ、ジュン君について何か知ってることはあるかって? そういえば、前に裸を見ちゃったことがあるけど…、 って翠星石!偶然だってば!上半身だけだしって違う! えっと、確か左肩に火傷の跡があったような…。 ちょうど鉄の棒を押し当てたぐらいの。―ジュン、大丈夫なんですかねぇ、って翠星石はチビのことなんか、少しも心配してないですよ! というか、蒼星石!うらやま、ゲフンゲフン!何でもないです。 何でもないですってば!』『―桜田君がどんな生徒かって?授業態度は悪いけど、成績はいい子だね。 もう少しだけ真面目に聞いてくれたらなぁ。 僕が彼の望んでるのはそれぐらいだなぁ。 え?彼について知っていることはあるかだって? 別段ないなぁ、ってそうだ。あぁ、でもこれは吹聴するようなことじゃないよなぁ。 それを教えて欲しいって?うーん。本人に聞いた方がいいよなぁ。 って、でも、教えてくれないだろうなぁ。いや、教えられれないんだったな。 どういうことかって?どんな内容かは教えてあげられないけど、本人にとっては、重すぎることだからなぁ。 たぶんそのことについて、意識を閉ざしちゃったんだろうね。 まぁ、そういうことも含めて、面倒を見るのが、先生の仕事だからね! …青春だなぁ。いや、もうひとつのほうかな?いや、両方か!どちらにしても、先生は応援してるからね! 頑張れ!』(桜田ジュンについての報告)DIABOROS 第六話 「Dispar」深い夢の中。思い出したくない過去。封じこめた悪夢。深い霧の中。それは開けてはいけなパンドラの箱。今の“現実”を生きていくための。2018年7月8日。この日、姉ののりの高校入学祝いとして、沖縄へ観光旅行をしに来た。夏休み中ではあるが、名目上は入学祝い。早めに来たとしても、海開きをしていないため泳げない、という理由でこの時期に来たのだ。また、両親が仕事に休みを取れたのがこの時期しかなかったのも理由に挙げられる。当時、僕は小学5年生。旅行と聞き、飛行機に乗れる、と思うだけで、はしゃぐことができた。7月10日。この日は、ひめゆりの塔、健児之塔へと連れて行かれた。ほとんど嫌々だったので、あまり覚えていない。いや、一つだけ印象に残ったものがある。ひめゆりの塔でのりと同じ位の年齢の少女が、静かに涙を流していたことだ。ただそれだけなのだが、妙に記憶に残っている。7月11日。運命の日。日本そのものを変えてしまった日。僕らはこの日、嘉手納基地が一般開放され、カーニバルが催されると聞いていたので、そこに行く予定にだった。そして、その日は3時頃までいた後、夕方には那覇空港へ行き、家へ帰る予定になっていた。その日の天気は雲一つない快晴。前日までは薄曇りで、なんで今日に限って、と思っていた。晴れの日に海で泳ぎたかったのだ。バスに揺られ、着いた頃には不満なんて忘れていたが。朝からそこで、様々なものを見て回り、そのまま昼食を摂り、戦闘機の中に入って、かっこいい、などとはしゃいでいた記憶がある。確かに、幸せだった。僕らは。あの時、までは。3時頃までしかいられないことを惜しく感じながら歩き回っていると、人が集まっているのが見えた。何があるのだろうと、さらに人は集まってゆく。僕らも例に違わず。そこにいたのは数十人の男たち。全員銃を持っている。今思い出してみると、それはAK-47、カラシニコフだったはずだ。この時、気付くべきだったのだ。その銃がもたせるイメージに。しかしこの時、集まった人々は、何かのパフォーマンスとしか考えていなかったに違いない。米軍基地。そのせいもあるのだろう、銃の存在を異様なものと捉えることができなかった。リーダー格らしき男が言う。「我々は“ローザミスティカ”。この日本に、いや世界を変えるために作られた。世界に反旗を翻すことを、ここに宣言する」拍手が起こった。無理もない。どんなショーになるのか、これをただの開幕の宣言くらいにしか思ってなかったのだ。その男は、観客に向けて、銃弾を一発放つ。音なんて、発砲音しか聞こえない。いや、それすらも曖昧だ。気が付けば、女性が一人倒れている。腹部から、赤い何かが流れだす。その何かとともに、その人の命も減っていくように見える。「何の罪もない諸君らには悪いが、今、ここで新世界への礎になってもらう」芝居がかった、その声だけが響いた。何が起きたのか、少しずつ皆気付き始め、それはすぐに悲鳴へと変わった。それから先のことはあまり覚えていない。手を引かれ、逃げまどい、こけそうになりながら必死で走り、いつの間にか、米軍兵士が応戦し始め、辺りのテントに火が付き、そして、気付けば、両親が僕ら姉弟を庇うようにして死んでいた。揺すっても、話しかけても何の返事もしない二人の体。死に触れたことはある。昔、祖父が老衰で死んでいる。しかし、これを死とは思えなかった。不条理すぎて。理不尽すぎて。何の、理由もなくて。見渡すと、他の人の死体。一般人、米軍兵士、そして、テロリストたち。テロリストにちょっとした共通点があるのに気が付いた。左肩には白い、薔薇のタトゥー。この時、僕は壊れてしまっていたのだろう。それが、何かの病気のしるしのように見えていた。それが出てくると、人を殺すようになってしまうような類いの、病。そして僕は、無意識のうちに、よく焼けた、鉄の棒に左肩を、だいたいタトゥーがある位置に押し付け、焦がしていた。決して、何も浮き出てこないように。そこで、僕の夢は途絶えた。次は真っ暗な闇。自分の体すら、溶けてしまいそうなほどの。夢を夢と分かっていても、目覚めることの出来ない状態。仕方がないから、あの時のことについて考えてみる。それと同時に、自分が冷静でいることに驚いた。閉じこめていた記憶を思い出したというのに。いや、その記憶の中に全ての悲しみを置き忘れたような。その方が正しいか。あの時の騒動はただの陽動だったのだろう。中を素早く鎮圧するための。内部の人間のどれくらいが、テロリスト側に付いていたのかは分からない。だが、鎮圧出来るだろうと踏めるほどの人数がいたに違いない。そんなもののために、両親が、多くの人が殺されたと思うと、やりきれなかった。だが、怒りがなぜか湧いてこなかった。そして、そんな武力のさきに、得られるものなんて何もないだろう、と思った。どうやら、夢から覚めるようだ。ゆっくりと、夢の底から体は浮き上がって行く。DIABOROS 第六話 「Dispar」了
このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー と 利用規約 が適用されます。
1文字以上入力してください
本文は少なくとも1文字以上必要です。
1文字以上入力してください。