夏と女王様と間接キス
「あー……喉渇いたー……」眩しく照りつける太陽の下、 夏独特の蒸し暑さを感じながら、 僕は一人呟いた。体育で思いっきり酷使された身体は、今すぐにでも水分を欲している。しかし、 連日の真夏日により水道は断水中。まったく、 日本の梅雨は何をしていたのやら。そんなワケで、 僕は一滴も水が落ちてこない蛇口を恨めしそうに見つめながら、 近くに腰を下ろしていた。すると、 急に視界が歪む。それと同時に目の辺りに走る冷たい感触。「うおっ!」突然の感覚に、 思わず声が溢れた。それと重なるように、 悪戯っぽい笑い声が聞こえてくる。すると、 すっ、 と先ほどまで目を覆っていたものが取れた。その正体はペットボトルだった。それも中身はミネラルウォーター、 まさに今一番欲しい物No.1である。そしてその先には、 これまた悪戯っぽい、 笑顔が一つ。「ヒッヒッヒ……ずいぶん情けない声出してるですね」ニヤニヤしながら話すその少女とは、 ご近所さんで尚且つ同級生という、 見事な腐れ縁の間柄だ。けれども、 いや、 だからこそかもしれないが、 なんだかんだでよく一緒にいたりする。もちろん、 今みたいな悪戯も日常茶飯事だ。「うるさい。性悪」そのニヤニヤが気に食わず、 一応反論してみる。 もちろん、 効果なんてないのだが。「ん?反抗するつもりですか?あーあ、 せっかくコレあげようと思ったのに」なんとも胡散臭い溜め息を吐きながら、 見せ付けるようにペットボトルをぷらぷらと振る。非常にムカつくが、 それが喉から手が出るほど欲しいのは確かだ。だけど負けるな僕。我慢だ、 我慢……。「どうですか?翠星石様」なんとも情けないが、 やっぱり喉の渇きには勝てなかった。僕は女王様の奴隷その1となって肩を揉みながら、 ペットボトルをねだり続けている。「そうですねぇ……少しは働いてくれたみたいだし、 コレ、 あげるです」僕に肩を揉ませながら、 手に持ったペットボトルを掲げ、 エセ女王様は呟いた。それを見て、 『さすが、 翠星石様は分かってらっしゃる』なんて感謝してやろうと思った瞬間――……。なんと、 エセ女王は褒美のペットボトルを飲み始めたのだ。それも凄い勢いで、 半分くらいまで一気に飲み干しやがった。ぷはっ、 なんてサラリーマンがビール飲んだ時のような声を出して口を離すと、 半分ほど残ったそれを、 僕の前に突き出す。「はい、 残りはあげるです」突然の出来事と、 予想外の事態に、 僕が返事できないでいると、 彼女は不思議そうな顔をして言った。「どーしたです?要らないですか?」いや、 欲しいのは山々なんだが……。「そりゃ要るけど……一応これって間接キス……」半分停止した頭で、 無理矢理ながらも言葉を搾り出すと、 彼女は笑いながら言い返した。「アハハ。なに乙女みたいな事言ってるです。……それとも、 翠星石と間接キス、 イヤですか?」少し上目使いに見つめられて、 不覚にも一瞬ドキリ、 としてしまう。何考えてんだ、 僕。「あ、 いや、 別にダメなワケじゃないんだけどさ。お前はイイのか……んっ」言い切る前に何かで口を塞がれた。唇に感じる柔らかい感触。汗の匂いと甘い香りの二つが、 鼻をくすぐる。それがキスだと判るのに、 時間はいらなかった。彼女は、 ただ呆然とする僕から唇を離すと、 ペットボトルを無理矢理僕に押し付けた。「こ、 これで、 別に間接キス、 大丈夫ですよ?」真っ赤な顔でそう言い放つと、 くるりと踵を返し、 どこかへ走っていってしまった。僕は熱くほてった身体に対象的な、 冷たいペットボトルを、 ぎゅっと握りしめる。それは何とも言えないほど、 心地良かった。
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