ずっと傍らに…激闘編 第十二章~ジュンside~
ゴールデンウィークもいよいよ直前となった或る日。この間退院祝いパーティやらで大いに盛り上がった日曜から数日が経ち、再びいつもの日々と向き合うこととなった。ねーちゃんは高校へ行き、家にはいない。あの姉妹も、雛苺以外は小学校か。雛苺だけ幼稚園へも行く年齢では…ということは家にいるのか?…いや、あそこの御両親は共働きだったりするから、保育所に預けてるんだったっけ。──中学校では、そろそろ1時間目が始まる頃だ。例の如く、何もすることがない。とりあえず英語でも勉強してみる。──長続きしない。仕方ないからパソコンを開く。これなら暇つぶしに丁度良さそう…──面白くない。はぁ。外でも眺めながら他に出来そうな事でも考えるか…──何も思い浮かばない。風光明媚と言われているこの街だが、長いこと住んでいる僕からすれば関係なかった。外の景色を眺めても、いつもの風景が広がるだけだ。とりあえず、僕はサーっとカーテンを閉めた。…単調だ。つまらん。でも外に出てプラプラ歩くのも気が引けるし…苦しい…。──やる事ないから数学でもするか…。数学なら何とか長続きするだろう…。~~~~~夕方。黄昏時の外の景色は、普段見慣れているとはいえ、味わい深いものである。こんな感性を手に入れた僕はもはや中学生ではないかもしれない…wこの時間帯はテレビ番組的にはそろそろニュースが始まる時間帯であった。僕は1階のリビングのソファにどかっと腰掛け、テレビの電源を入れた。トップニュースは明日の天気についてだった。低気圧が接近しつつあり、全国的に大雨、暴風、高波、河川の氾濫に警戒せよとの内容だった。引き篭もりの僕にとってはどーでもよかった。地域別のニュースが始まった。トップニュースは全国ニュースと同じく明日の天気について。特集は「最近話題のスウィーツ」だった。おっ…行きつけのケーキ屋が映ってる!すげぇ…この店、そういやこないだ夢に出てきた店と一緒っぽいな…。ピーンポーンあっ、ねーちゃん帰って来た…そういや、そろそろ腹減ったな。ピーンポーン…いや、ちょっと待てよ。ねーちゃんならボタンを2回も押さないよな。いつも鍵持ってるし…僕はインターホンのモニターを見に、立ち上がった。そして確認する────水銀燈だった。ジ「あっ?…水銀燈?」銀『そうよ』妙に低い声の水銀燈。目つきも鋭い。しかも、何でねーちゃんじゃないのか分からなかった。それに、変に帰宅時間が早いところ、部活は無かったのだろうか。とりあえず鍵を開け、ドアを開けた。ジ「…どうしたんだよ?こんな時間に…」水銀燈は無言で僕の目の前まで歩いてきた。銀「…」しかし、水銀燈は何も言わない。ただ、今日の目つきは怖かった。視線がひたすら冷たかった。ジ「…」銀「…」今日の水銀燈は独特の威圧感を放っている…。あぁ…何てこった…。ジ「…」銀「…」──こうして、僕と水銀燈は睨めっこのごとくお互いを見つめあった。僕はずっと水銀燈の瞳を見つめ続けた。怯えもせず笑いもせず。水銀燈はずっと僕を睨み続けた。何か僕に憎悪を目を向けるかのように。…やがて、水銀燈の眼から一粒の涙が零れ落ちた。啜り上げる回数も増え、歯を食いしばっている。必死に泣くのを堪えているようだった。僕はうろたえつつ、とっさに言葉を探し、声を掛けた。ジ「──中に…入る?」とたんに水銀燈も口を開いた。銀「…ごめんなさい。こんな所で泣きたくないの…」ジ「…」ちょっと俯き、上ずった声で言う水銀燈。銀「だから…早く中に入れて…お願い…」ジ「お…おう…」こんな水銀燈を見るのは初めてのような気がした。~~~~~とっ…とりあえず水銀燈を家に上がらせた。あぁ。夜の7時か。水銀燈にしては早い帰りなのかなぁ。とりあえず、お茶でも出そう…僕はリビングへ案内しようとしたけど、水銀燈が僕の腕をガシッと掴んだ。ジ「…え?」銀「──あの…ジュンくんの部屋がいいんだけど…」何でまた唐突に…。ジ「どうして?」銀「…2階が…好きだからよ…」そして俯きながら言う。ジ「そうだったっけ?…初耳だなあ?」銀「いいから…連れて行きなさいよ!」ジ「うわっ!」突然ワッと顔を上げてドスの効いた声を上げる水銀燈。銀「…あっ…ごめんなさい…別にジュンくんは悪くないのに──」ジ「…」また水銀燈の目から涙が零れ落ちた。とにかく泣くまいと必死な水銀燈。見た目明らかである。そんな水銀燈に、僕は異様な胸騒ぎを覚わざるを得なかった。~~~~~僕の部屋に上がると、水銀燈はドアの近くにドサッとカバンを置き、逃げるようにして僕のベッドに飛び込んだ。そして瞬時に布団を被って丸くなり、ざめざめと泣き始めた。啜り上げる音とか、しゃくり上げる音とかが聞こえてくる。──これには唖然として言葉も出なかった。ただただポカンとその様子を見ていた。この状態がしばらく続いた。気まずい空気がこの部屋を支配した。僕はずっとベッドの方をぼんやりと見つめ続けた。水銀燈がこうも壊れてしまったのは何故なのか考えながら──ようやく落ち着いたのか、布団の中から出てきた水銀燈。僕もこのタイミングでようやく勉強机の椅子に座ることが出来た。水銀燈もそのままベッドに腰を掛け、僕を見つめて口を開いた。銀「この事、誰にも言わないでよ…」もちろんだ。ジ「あぁ。秘密にしておくよ。2人だけの──」言ったところで誰も得しないしな。僕だってそれで水銀燈が傷つくのは最高に嫌だ。銀「ありがと…」ジ「そんな大げさな…」まだ眼は泣き腫らして何時もより赤いままだったが、水銀燈に少し笑顔が戻った。しかし、すぐに水銀燈は俯き、ボソッと呟くようにして言った。銀「まだのりは帰ってきてないでしょ?」ジ「あ、うん…」銀「のりはまだ学校に残ってるわ。先生に呼び出し食らってね」…呼び出し?ジ「えっ?」銀「何でか知りたい?」知りたくないわけがない。ねーちゃんが呼び出し食らうだなんて…想像がつかないからだ。ジ「知りたいです…」銀「“です”って何よ──」ジ「え?…あぁ…すみません」銀「“すみません”って何よぉ──」ジ「ごめんなさい」銀「…まぁいいわ」今になってようやく水銀燈の言いたい事が分かった。僕自身、機嫌が悪い時は説教される時と同じ姿勢で臨めばいいものだ…と思っていたのだが…──それはともかく、水銀燈は言いづらそうに口を開いた。銀「あの…ね…」ジ「…うん」銀「…私にも分からない」なっ…ジ「何だよそのフェイントは!w」銀「“知りたい?”とは聞いたけど“教える”なんて言ってないわぁ」ジ「…あれ?さっきまでやたら怒ってたのに元気になったね」思わぬ形で空気が和んだので、このままこの流れを持っていけたら…と思ったがマズかった。水銀燈は急に立ち上がって拳を握り締め、ワナワナと震え始めた。銀「……分からないから怒ってんのよ!」ジ「ひぃ…!」半ば八つ当たりのように怒鳴り出す水銀燈。今日の水銀燈は明らかに情緒不安定だ…。銀「しかもこの前からおかしいのよ。あの一日練習の時から! 変に効率の悪い練習を組ませられて、私とのりは別メニューだし、 変な雑用させられるし、ちょっとミスしただけで怒鳴りつけるし… それも粗捜しをするかのようにずーっとマークしてんのよ? まるでストーカーみたいに!」ジ「…」怖すぎて椅子ごと後ずさるしかないのだが、それでも水銀燈は僕との距離を絶対に離そうとはしなかった。むしろ迫ってきた。銀「…絶対あの顧問狂ってるわっ!…そう思わないかしらぁ?」ジ「…」 銀「だって見るからにおかしいのよ!他の子だってそう思ってるみたいだし。 今日の部活が終わってからずっとそれで話題になってたぐらいなんだから!」ジ「あ、今日部活あったんだ…やけに早くに帰って来たからどうしたんだろうなって思ったら…」銀「えぇそうよ。今日も散々だったわぁ…ほんと…」ジ「…」銀「あぁ…どうしたのかしらねぇ。この間から変なんだけどぉ。 今までは化けの皮を被ってたから優秀な監督に見えたのかしら。 このままじゃ大会で優勝できないわ… ラクロス部の建て直しを図らないとダメね。 その建て直しには…そうね。革命しかないかしら…?」ジ「革命っておいおい…」銀「私は本気よぉ。もし今の状態が続くなら、この手であのジャンクを叩き潰す!!」ジ「…そんな大げさな…もうちょっと冷静に」銀「なれない!」ジ「うっ…」銀「だって…何で私とのりだけがこんな目に遭わなきゃならないのよ?」ピーンポーン銀「あら、誰か来たようね」ジ「う~ん…今度こそねーちゃんかなぁ…」ピンポンピンポンピンポンピンポン!!翠『オンドリャー!!早く出てきやがれです!!』──窓を閉め切ってるにも関わらず聞こえてくる声。銀「…」ジ「…」銀「…はぁ。ごめんなさい。うちの妹が──」ジ「いやいやそんな…ちょっと見てくるよ」銀「じゃ、私も一旦荷物置きに帰ろうかしら…」ジ「また来るの?」銀「今日は泊めさせてもらうわ」なっ…何ぃ!?ジ「そ…そんなの聞いてないよ!」銀「今日は朝のうちからのりと話してそういう事にしてたし、 家にも連絡入れてるからねぇ」ジ「あ、そなんだ…」銀「なぁに?横で寝て欲しいの?」ジ「いや、決してそういうことじゃなくて…」銀「えぇ?w…無理しちゃってぇ」ジ「違うよ違うってw」だんだん機嫌も良くなってきてくれたかな。やっぱり水銀燈はこうでないと…ね。銀「あ、そうそう…眼、腫れてないわよね?」ジ「ん~…もう腫れてないみたい」銀「──そう…なら安心だわ…」ジ「今日はホントにハラハラしたよ…」ピンポンピンポンピンポンピンポン!!銀「──ねえ、ちょっとほっぺ貸しなさいよ」ジ「ほっぺ?」水銀燈は優しく包み込むように僕を抱き締めた。チュッ…ジ「!」──それは、あまりにも唐突だった。銀「ありがと、ジュンくん…大好き」~~~~~ついさっき起きたハプニングをぼんやり思い浮かべながら1階へと下りる僕。…あれはあくまで…“家族”としてのキス…だよな?ピンポンピンポンピンポンピンポン!!ジ「はいはい、今すぐ行くってば…w」銀「ふん…w」ガチャ…ジ「よ。今日もノートを届けに来てくれたのか?」門扉を開けて玄関に近づいてきた翠星石。学校から直接来たわけでもなさそうで、既に私服だ。翠「んまぁそうですけど…お前、出てくるのが遅すぎるです!」銀「…ん~?やっぱり翠星石だったのね」翠「──水銀燈!?」ジ「そんなに驚かなくても…w」翠「…何で…お前の後ろに水銀燈がいるですか…?」ジ「今晩泊るってさ…」翠星石は怪訝の目を向けてきた。銀「じゃ、一旦帰るわぁ」ジ「おっけー」──今は気づいてないふりしとこ…銀「翠星石、これから連打禁止!判った?」翠「はいです…」水銀燈は一旦家へ帰っていった。そうして、姿が見えなくなった頃、今度は翠星石がさっきの水銀燈と同じ目つきで僕を睨みつけた。翠「今、家には誰もいないんですよね~?」ジ「あ、あぁ…」翠星石の薄ら笑いが怖い…翠「そーですか、のりがいないんですか…」ジ「…」翠「お前…水銀燈と2人きりで何をしてたですか?」ジ「まぁ、話し合い」翠「へぇ~…そーですか…」何でここまで執拗に聞いてくるんだ?まさか今の顔ってそこまでにやけてるんだろうか。ジ「勘違いするなよ??…あれだ、あれ…部活のことで…顧問がどうたらこうたらって…」翠「あっ!今日ここに来た理由を思い出したです!」ジ「今更かよw」よし、流れが変わった!翠「ちょ~っとお前の部屋で話したいことがあるです」ジ「えっ…僕の部屋で…?」翠「そうです」~~~~~今度は翠星石を連れて再び2階へ上る。翠「あっ!」僕の部屋に入るや否や、ベッドを見た翠星石が声を上げた。さっきまで水銀燈が潜っていたベッドの上に、布団がクシャクシャになって置かれているだけなのだが…翠「はは~ん…判ったです」ジ「…」翠「このベッドの中で、水銀燈と2人で何をしてたんでしょうねぇ~?」ジ「何も…ないよ」確かに2人でベッドの中には入っていないが、ベッドの中には誰も入れたりしなかった!というわけでもない。しかし、僕には守秘義務がある。どうも苦しい展開だ…どうやって説明すればいい?何とかこの尋問を乗り切れば──しかし、翠星石の考え方は少しズレていた。翠「きぃぃぃぃっ!悔しいです!…今日は絶対に泊まってやるです!」ジ「お前も泊まるのか!?」翠「…今日は、しっかりお母様から許可を得てますよ?」ジ「妹たちからは?」僕はここで不安に思った。絶対不満をぶちまけそうな奴が1人ぐらい出て来そうなことを。翠「ま…それは何とかなりますよぉ…」ジ「えー!」自信なさげにボソッと言う翠星石。ってことはつまり来るってことなのか?翠「心配無用です。真紅が片付けてくれるはずですから…」ジ「へぇ~…」そう上手くいくもんかぁ?翠「あ、それと…決してお前に甘えるために泊るわけじゃないですよ? お前の…傍にいてやらねぇと…心配で…心配で──」しかし…ばらしーの事だからなぁ…今頃向こうの家では真紅とばらしーの利権争いでも展開してるんだろうか…翠星石は急に窓際へ向かい、この部屋の全てのカーテンを閉めだした。──何をするつもりなんだ…?そしてまた戻ってきてベッドに腰掛けた。翠「で、話…なんですけど」ジ「おう…」カーテンまで閉めなければならない話って何さ?w翠「聞かれるとマズイですから、耳の穴かっぽじって、よーく聞くですよ?」ジ「ん。了解」翠「耳を貸せです…」翠「Aの親父が水銀燈の高校で体育教師やってるらしいんです──」──えぇっ?ジ「ウソだろ?」泣いている水銀燈の姿と、たった今聞かされた翠星石の言葉とが僕の中で融合した。翠「ホントです!…ていう話らしいですぅ…」ジ「どこの情報?」翠「園芸部と剣道部とSTUの3人からの情報ですぅ…」ジ「STU?…あいつらもこっち側に入ったのか?」翠「そうですよ?」え?また新情報?そんな話初めて聞いたぞwしかも…あの小学校の頃からの悪友たちがこっち側かよw いやっほぉぉぉうぃ!!身体の奥底からエネルギーが漲って来たぁぁぁぁ!!ピーンポーン翠「あ、のりが帰ってきたですか?」──おいおい…大変だぞ色々と…w~~~~~僕はまた1階へ下りてインターホンのモニターを見た。何故か真紅だった。ジ「はい?」紅『真紅だけど…』ジ「ほ?」紅『ジュンよね?こっちに来なさい』ジ「どういう意味?」紅『あなたがこっちに泊りに来なさいってことよ』ジ「…」そう来たか…紅『早く来なさい。クリームシチューが冷めてしまうわ』ジ「でもねーちゃんが…」紅『のりなら水銀燈と一緒に来てるわ』ジ「何ぃ?」紅『だから、さっさと翠星石と一緒に来なさい』3歳年下なのに命令されてる僕…僕ですら水銀燈に命令なんてしたことないのにさ…まぁ…真紅だから別にいいけど。──そうして僕は、何故か翠星石に酷く罵られつつ向こうの家に向かうこととなった。しかし水銀燈には伝えるべきなんだろうか。もしラクロス部の事に関連があるならば、余計に取り乱したりしないのかが心配なんだけど…。
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