薔薇乙女家族番外編 最終章
薔薇乙女家族番外編 最終章~時計塔屋敷~自宅に帰ってきて、また机に戻った。だがもう資料を紐解くことはしなかった。それらの、日記の写しを始めとした資料達はみんな棚の中へと戻してしまった。水銀燈は僕の娘達を全て殺して、僕自身も永遠の闇に巻き込もうとした。彼女からして見れば家族を増やしたかったという願望であったのだろうが、それはあんなにも凶悪な物に化けてしまった。 僕の知る彼女は扱いを誤ると切られる様な印象こそはあったが、優しさをしっかりと体に宿した人だった。だから僕は彼女を好きになった。それがあんな事になってしまうだなんて夢想だにしなかったというのが本音だ。 彼女は、細工をしてまでも子供を手に入れたら実はそれは悪魔の様に凶悪な子供だった…という残酷な現実にぶつかってしまった。それで解れた糸がだんだん裂け目を大きくしてしまい、彼女は壊れてしまったのかもしれない。 親が子供を導いていかなきゃならないはずが、彼女が子供に引っ張られていってしまった。そのまま為す術も無く彼女も染まっていってしまったのだろう。彼女は一体、どんな気持ちでいたのかはよく分からない。日記のコピーはあくまで事件の資料となり得そうな箇所のみを印刷しただけ(時間が間に合わなかった)なので彼女という内面を伺うには材料が足りなかった。今更ながらに、資料を取りこぼしたのは後悔した。分からない箇所が未解明のままで進展の仕様がなくなってしまった。例えば…薔薇水晶の件もそうだ。僕が閉じ込められた時に助けてくれた彼女が、何故牢屋に入れられたのかが分からない。水銀燈は何故彼女を……仮説はできても答えが出ない。…そう言えば、彼女は確かこう言っていた。自分は無の存在で、ただ消えていく運命の下に生まれた…。「…まさか、な」僕はまた、とある仮説を紡いだ。理論も何も無い、名ばかりの仮説だ。ローザミスティカは人の命を元に作られたもので、牢屋で衰弱死させた彼女の命を利用したのではないか。…あまりにも荒唐無稽で話にならない。はぁ…何が何だか…だな。「ただいまかしら~」「ただいまですぅ」「ただいま~なの~」ん、娘達が帰ってきたみたいだ。三人揃って靴を脱いで上がってきた。「おなかすいたの~」「あ、おせんべいがあるですぅ」「こらこら、勝手に食うな。そういう時は一言断ってから…」「おやじ、ケチですねぇ」「誰がケチだよ誰が」「お父さん、カナもおせんべ欲しいかしら~」この娘達も、しばらくは夜眠れずに過ごす事が多かった。毎晩毎晩僕の部屋に駆け込んでは泣きついてきた。睡眠不足に神経衰弱で大分参ってしまった時期もあって、涙のしたたる日が毎日続いた事もあった。傷跡は酷く、みんなを苦しめていたが、ここしばらくは余裕が出てきたみたいだ。こうして生意気な口を利く様になったから少し安心した。だが、それはあくまで表向きな態度でしかなく、やはり内面的には少し不安定さも見られる。現状を維持し続けていけばやがては安定するだろうが、まだ気を遣ってやらないとまずいか。 血肉分けた仲である真紅がいなくなったんだ。僕でさえ未だに胸を痛めるのに彼女達が安易に立ち直れるはずがない。「パパ~、ご飯~」「分かった分かった。少し待っていろ」雛苺に急かされて台所に立つ。適当に娘達の好物を引っ張り出して料理をする中、脳裏に悪寒を感じた。警察は水銀燈の親族に当たったのかどうかについてだ。考えてみれば、彼女の父母の存在自体が今まで出てきていない。僕は彼らを知っているのに。おまけにこんな騒ぎになってもテレビにも出てこないし、触れられない。妙な話である。 情報に規制でも入っているのか?だが何故?一体誰が?またずいぶんと根拠の無い話ではあるが…もしかしたら、彼女の親族らは情報操作をしているのでは…。戸籍も偽物を使用しているとか。この事件自体は明るみに出たが、その中心となる者達はほぼ全て隠されている。無用な深読みだろうが、自分達の存在を暗に知らしめている様にも見えなくはない。……僕の予感が正しいのならという前提ではあるが、悪夢はまだ終わっていない。いつかまた、大変な事件が起こるのではないかと危惧がある。悪魔はあの時計塔屋敷にいた蒼星石と薔薇水晶、雪華綺晶だけだと思っていた。だが、悪魔を召還する門を宿して産まれる事がある…水銀燈がそうだったわけだが、そういう「家系」なのだという事は、いつかの時代にまた誰かが悪魔を産んでそれが繋がっていくという事もあるのではないか。水銀燈と同じ血を引いた存在もいないわけではないはずだ。どれほどの確率で産まれるのかは分からないが、辿って行けば元に着く女性はみんなその可能性がある。悪魔はまだ、日本に潜んでいる…。体がガタガタ震え始めた。フライパンが焦げ臭いが手が動かない。「あああ!フライパンが大変かしら!」「おやじ!何やっているですかあ!」金糸雀と翠星石がすっ飛んで来た。僕をどかして火を止めてくれた。フライパンには炭と化した卵焼きがあった。「………もったいないかしら…」「…おやじ、大丈夫ですか?顔色が悪いです…」「…………ああ…すまない。大丈夫だ」結局台所は二人の娘に任せてしまった。自室の机に戻ってガタンと腰を落とす。もう…手遅れなのかもしれない。この国の裏に、竜巻とは比べものにならないくらいの勢いで邪念が渦巻いているのが見える。それは徐々に侵食を続け、やがて国は丸々食い尽くされてしまうのが眼に浮かぶ。 今回の事件に関心寄せた人々も、今はほとんどが忘れてしまっているだろう。完全に忘れて無防備になった時、悪魔はまた目覚める。その時は悲惨な事態が訪れるに違いない。どうか、そうならない様にと祈るしかない。恐怖に震えながら祈り、これからの日々を過ごす。もう僕には、それしかできないのかもしれない。…暗闇の鼓動が聞こえてくる。一体どこから聞こえているのか、誰のものなのか…。…全ては闇に包み隠され、知る由もなかった…。
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