「 what a wonderful world 」-10-
~ ホワット ア ワンダフル ワールド ~ ♯.10 「 薔薇水晶 」 -there is no rose without a thorn-『俺は人形を辞めるぞォー! くんくんーッ!!』テレビからシュールな叫び声が聞こえる。最近はこうやって真紅と二人、テレビを眺めながら紅茶を飲むのが日課になっていた。「この人形劇、子供向けって思ってたけど… 結構な人間ドラマねぇ 」水銀燈がテレビに視線を向けたまま、机に肘をついて呟く。「ええ… なかなかリアルだわ… 」食い入るように画面を見つめ、真紅も答える。『来週もよろし くんくん!』30分の放送時間も終わり、テレビが次の番組を映し出す。水銀燈はリモコン片手に煎餅を齧り、チャンネルをワイドショーに変えた。そんな水銀燈の様子に、真紅が呆れ気味にため息をつく。「全く、うら若き乙女が二人して、何って生活を送っているの… 」そうぼやく真紅も、しっかり煎餅を齧っているが。そんな風に、二人でのんびりと過ごす。きっと、こんな何でもない日常が、後から懐かしく思えるのだろう。そんな事をぼんやりと考える。暫くして ― リビングの外から電話の音が聞こえる。「しんくぅ… 」水銀燈が甘ったるい声を出す。「あなたの家なんだし、あなたに用なのだわ 」真紅は軽く一蹴する。「でもぉ、どーせ通販とかに決まってるわぁ 」そこまで言い、机の上にだらしなく広がる。「ねぇ… おねがぁい… 」「全く、仕方ないわね 」そう言い、真紅はのっそり立ち上がる。まだ鳴り続けている電話を、真紅が取る。「もしもし? 」『もしもし、真紅? 私、柏葉よ。翠星石に連絡先を聞いて…。実は ――― 』電話を切り、リビングに戻ると、水銀燈がさっきの姿勢のまま、青竹を踏んでいた。「巴からだったわ 」そう告げると、水銀燈の動きがピタリと止まり、首だけがくるりとこっちを向いた。「雛苺が帰って来たそうよ。ローザミスティカは奪われたそうだけど… 幸い、大きな怪我は無いそうだわ 」それを聞いた水銀燈は、再び足を動かしながら言った。「それは何よりねぇ。 ひとまずは、安心したわぁ… 」一見そっけない答えに見えるが、それでも真紅には、水銀燈が心から安心したのが分かった。紅茶と煎餅という、風変わりなティータイムを再開する。しかしそれも、来客を告げるチャイムの音にまたしても遮られた。「しんくぅ… 」水銀燈が甘えた声を出す。「これはデジャヴかしら? 今度こそ、あなたの番なのだわ 」真紅は軽く一蹴する。「 … 」「 … 」どちらも動かない。「いじわるぅ… 」そう呟き、水銀燈がのっそり立ち上がった。「はぁい? 」ドアを開ける。するとそこには、一人の少女が立っていた。「何かしらぁ? 」そう言い、少女を見る。薄紫色の髪。左目の眼帯。(どこかで、聞いたような…)不意に少女がその手を水銀燈に差し向けた。―――――真紅が相変わらずテレビを眺めながら紅茶を楽しんでいると ― 何やら玄関の方が騒がしい。(やれやれだわ…。人のティータイムを何だと思ってるの… )そう考えた矢先 ――「真紅ぅ! 」叫びながら水銀燈が駆け込んできた。「ちょっと、騒が ―― 」悪態の一つもつこうとした瞬間、轟音が響いた。水晶の柱が何本も地面から伸び、家を破壊しながら迫って来る。「何事!? 」そんな真紅の叫びを無視して、水銀燈は真紅を小脇に抱える。そして、そのまま窓を開けると翼を広げてそこから飛び出した。飛ぶ水銀燈に抱えられたままの真紅が振り返ると ――無数の水晶の柱が家を押しつぶしていた。―――――「ちょっと水銀燈! 一体何事!? 」水銀燈の腕の中で、真紅は改めて尋ねた。「私にだって、分からないわよぉ… 金糸雀が言ってた、薔薇水晶、だっけ?その子が突然やって来て … 」遥か後ろに過ぎ去った、今は無き家の方向を振り返る。「私の家に、何って事してくるるのよぉ…。今度会ったら、くびり殺してあげるわぁ… 」「危ない! 」真紅の突然の叫びに、空中で止まる。すると、目の前を水晶の飛礫が横切った。「このままでは、狙い打ちにされてしまうのだわ…どこか見晴らしの良い所に逃げましょう 」飛び交う飛礫を避けながら、真紅の指示に従い、海辺を目指す。―――――断崖を背に、作戦を練る。「ここなら背後を取られる心配もないし、狙撃も出来ないと思う。それにいざとなれば、海に向かって飛んでいけば、当座は凌げるのだわ 」「とりあえず、何がしたいのかは聞いておきたいわねぇ… 」水銀燈がそう言い、視線を向けた先には、薔薇水晶がこちらに歩いてくる姿があった。「話が通じれば、だけどね 」「地面をえっちらおっちら歩いて来た割には、随分と早いわねぇ? 」「 … … 」水銀燈を無視して、薔薇水晶は近づいてくる。「あなた、何故こんな事をするの!? 」真紅がそう叫んだ瞬間、薔薇水晶の足がピタリと止まった。「 … 全ては … お父様の為 … そして… あなたは許せない… 」金色の瞳を、鋭く真紅に差し向けた。「あなた、あの子に何したのぉ? 」緊張した顔にニヤリとした笑い顔を浮かべ、水銀燈が小声で聞いてきた。「知らないのだわ。第一、会った事も無いのに… 」「本当にぃ? 人には言えないような事したんじゃないのぉ? 」薔薇水晶に視線を向けたまま、水銀燈が囁く。「ふざけないで 」短くそう言い、水銀燈を黙らせる。薔薇水晶が、数メートルの距離まで迫ってきた。薔薇水晶が立ち止まり、何かを握り締める。すると ―― 指の間から眩い光が漏れ広がり ―― 真紅の声が、わずかに震える。「ローザ…ミスティカ… 」指を広げた薔薇水晶の手には、3つの赤い石が輝いていた。空気が静かに震えだす。立っているだけで息切れを起こしそうな緊張感が広がる。薔薇水晶がその手を地面に向けると ――大地から水晶で出来た剣が、植物のように生えてきた。「水銀燈、あなたは… 援護して… 」真紅はそう呟くと同時に、一足飛びに薔薇水晶に躍りかかった。駆け寄った真紅目掛けて、薔薇水晶が剣を横に薙ぎ払った。しかし真紅は身を屈め、そのままの姿勢で水面蹴りを薔薇水晶に見舞った。突然足元を掬われ、薔薇水晶がバランスを崩す。そこを目掛けて水銀燈の羽根が弾丸のように迫る。それを剣で受け止める ――突然、脇腹に激痛が走る。見ると ――真紅の拳が腹にめり込んでいた。薔薇水晶が苦しそうに呻き、数歩ヨロヨロと後退る。「止めよぉ! 」水銀燈が多量の羽根を薔薇水晶に向け飛ばした。その時、薔薇水晶の持つ赤い石が、再びボゥッと光った。当の本人以外、誰もそれに気付かなかった。間違いなく薔薇水晶を捉えていたハズの羽根は、全て地面に突き刺さっている。さっきまで、薔薇水晶が立っていた位置に。「消え…ちゃったぁ…? 」呆気にとられていると ―― 「水銀燈! 」真紅がそう叫び、突然駆け寄ってきた。そして、その拳をこちらに向けて伸ばし ―― 水銀燈の首目掛けて振り下ろされた水晶の剣の腹を殴り、すんでの所でその軌道を変えた。「あ…ありがとう… 真紅… 」「お礼を言うのは、まだなのだわ 」そう言い、真紅が振り返る。いつの間にだろう。始めに対峙したのと同じ位置に薔薇水晶が立っていた。「 … 残念 … 。 あなたにも、何分の一かでも… 私と同じ気持ちをさせたかったけど … 」薔薇水晶がそう言い、無用心に歩み寄ってくる。「真紅ぅ、本当に心当たり無いのぉ… 」少し強張った顔で水銀燈が尋ねる。「… 残念ながら、ね 」そう言うと真紅は再び薔薇水晶に飛び掛った。薔薇水晶が剣を横に薙ぎ払う。しかしその速度は、先程とは比べ物にならない。真紅は身を一歩引き、かろうじてその斬撃をかわす。斬られた金色の髪が数本、風に舞う。水銀燈が弾丸のように羽根を飛ばす。しかしそれも、薔薇水晶が片手を上げると、飛んできた水晶の飛礫に叩き落されてしまった。薔薇水晶の注意が羽根に移った一瞬、真紅が間合いを詰める。そして、脇腹へのフェイントから上段に、三日月蹴りをいれる。薔薇水晶は剣の腹でそれを受けるも、その勢いに押され少しよろめく。だが、それを意に介さないかのように、そのまま剣を振り下ろす。真紅は半身になってそれを避け ――「ちょっとちょっとぉ… 」あまりに二人が接近している為、羽根での援護が出来ない水銀燈が、誰にでもなく言った。―― たしかに、剣の攻撃は一度でも入ったら致命傷だ。刀と違い峰打ちなんて存在しないし、そもそも薔薇水晶も本気で斬る気だ。でも ――どんなにローザミスティカの力で身体能力が上がっていようとも … 場数の違いが、そして戦いのセンスが、薔薇水晶を追い詰めだした。真紅の足刀蹴りを辛うじて受け止めた薔薇水晶が、たまらず後ろに跳んだ。(ちゃーんす! )そう思った水銀燈が翼を広げるのと、薔薇水晶が水銀燈に手を差し向けたのは、全く同時だった。黒い羽根を蹴散らしながら、地面から何本もの水晶の柱が水銀燈に向け迫る。あまりの異様に、足がすくむ。― 避けられない ―そう思い、目を固く瞑る。その刹那、目の前に赤い影が飛び込んだ気がした。― 何とも…無い…? ―そう理解した時、安心よりも疑問が先に出た。しかしその疑問も… 目を開けるとすぐに解けた。目の前には誰かを庇うような形で ――水晶に閉じ込められた真紅が居た。―――――無表情な瞳の奥で、薔薇水晶は意外な展開にほくそ笑んだ。思わぬ強敵だった。ローザミスティカの力3つ分をフルに使っても、難しい相手だった。しかし ――今やその相手は、自分から射線上に飛び出し、完全に動けないでいた。(… 少し… 早い気もするけど… )止めを刺す為、水晶もろとも貫かんと、剣を差し向ける。―――――「待ちなさい! 」突然あがった声に、薔薇水晶は動きをピタリと止める。声の方を見ると… 水銀燈が断崖絶壁に立っていた。そしてその手には、ローザミスティカが…。水銀燈は、手を海へと突き出す。「このまま海に捨てちゃえば、探すのとっても大変よねぇ… 」水銀燈が、ニヤリと笑う。―― 確信は無い。―― それでも、このような事態になる心当たりは、これしかない。「 … … 」薔薇水晶が、ゆっくり剣を投げ捨てた。(ビンゴォ… )いつかの雪華綺晶といい、目の前の薔薇水晶といい ――どうやら片目を隠した連中は、どうしてもこのローザミスティカが欲しいらしい。そうと分かれば、手の打ちようもある。「とりあえず、そうねぇ。真紅を出してやってくれなぁい? 」相手の顔色から ―かなりのポーカーフェイスではあったが― 主導権を得たと確信した水銀燈が猫なで声でそう告げる。「 … … 」薔薇水晶は暫く無言で立っていたが …やがて手を少し動かすと、真紅を包んでいた水晶が砕け散った。真紅がドサリと、その場に倒れる。すぐにでも駆け寄りたいが、今はまだその時ではない。剣で止めを刺そうとした。という事は、死んだわけではない。自分にそう言い聞かせ、かろうじてその場に踏みとどまる。しかし ――薔薇水晶は水銀燈の注目が真紅に移った瞬間を見逃さなかった。人間とは思えない速度で、水銀燈目掛けて駆け寄る。(こいつ、後ろは崖だってのに ―― 止まる事を考えてない!? だったら… )水銀燈が手を開き ―― ローザミスティカが重力に従い、落下する。薔薇水晶が地面を蹴り、跳ぶ。しかし赤い宝石は、空中で跳ねたかと思うと、そのまま宙に留まった。よく見ると ― ローザミスティカの端に、細いチェーン。そしてその先は、水銀燈の指に …「おばかさぁん… 」崖から飛び出さん勢いで跳ぶ薔薇水晶に、水銀燈がニヤリと言う。しかし …薔薇水晶は水銀燈に向けて、真似をするかのように、ニヤリと笑った。突然、地面から水晶の柱が生える。そして、薔薇水晶はそれを蹴り、空中で方向を変えてみせた。体当たりされるような形で、水銀燈と薔薇水晶がもつれながら断崖から落ちた。「心中なんてごめんよぉ! 離れなさい! 」空中で薔薇水晶を突き飛ばす。しかしその拍子に、ローザミスティカの鎖が切れ、落下する。「あぁ! 」「…!! 」二人同時に手を伸ばすが、その指が何かを掴む事は無かった。(私の…ローザミスティカ…! )二人して、同じ事を考えた。突然、薔薇水晶は水銀燈を空中で蹴り、その勢いを利用して落下速度を上げる。そして、高速で落下しながらも、空中でローザミスティカを掴むと ――そのまま自身を水晶で包み、波間に消えていった。水銀燈は ―― (生身でこの高さじゃあ、流石に助からないわねぇ… )ローザミスティカを奪われ、もう足を動かす事も出来ない。ずっと飽き飽きしてた人生。それでも、いざ死ぬとなると ―― どうしようも無く、悲しくなった。今までの人生を振り返る。欠陥品として生まれ ―― 楽しい思い出など、無かった。ふと、真紅の姿が目に浮かぶ。こんな時だというのに、笑みがこぼれる。「ふふ… なぁんだ。いい思い出もあるじゃなぁい… 」「思い出にひたるのは後にして頂戴 」突然聞こえた声にハッとする。「真紅ぅ!! 」幻覚ではない。見ると、真紅がもの凄い勢いでこちらに落ちてきている。「上から見ていたのだわ。私はローザミスティカを二つ持っているから、私につかまれば、きっとあなたは飛べるのだわ。 多分 」そう言いながら真紅が手を伸ばす。「多分、ってなによぉ… そんなので、あなたまで落ちてきたのぉ…本当におばかさんなんだからぁ… 」うっすら涙を浮かべながら、水銀燈も手を伸ばす。海面に赤い光が反射し ――何かが羽ばたく音が聞こえた。 ♯.10 END
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