《―――――――――――――――》
学校が終わってから少し経った、青い空と白い雲の色が変わる頃。私は小さな、今は人気のない公園で、人を、悪友を待っていた。悪友は珍しく指定した時間から少し遅れている―10分程だが。根が真面目な彼女だけに、少し心配し…――真正面から聞こえてくる凛とした声に、安心感を覚えた。「いきなり呼び出して、何の用――水銀燈?」「約束の時間に遅れておいて謝罪の一つもなし?礼儀がなってないわねぇ――真紅ぅ」「『約束』って言うのは、一方的に押し付けるものではないと思うけど。しかも、『菓し状』」「ぐ、いきなり精神攻撃とはやってくれるわねぇ、おチビさぁん」そう言えば――悪友は今日、学級委員会があったな、とちらりと頭の中で後悔する。律儀な彼女はわざわざ走ってきてくれた――隠してはいるが、肩が揺れている。どれだけ遅れ様が、私は待っていると言うのに。もっとも、それを踏まえた上で、彼女は駆けてきたのだろうが。「私は幼稚な間違いを指摘しただけよ。――それと、私の背は同年代女子の平均的身長なのだわ」「あらぁ、勘違いしないで頂だぁい。私が言っているのは、その絶壁の事よぉ」「――随分言ってくれるじゃない。………それよりも、用件は?」「随分言わせてもらうわよぉ――だって、用件は………」悪態をつく私に、彼女は冷静に対処する。それは、何時もの日常、何でもない遣り取り――そして、大切な私達の時間。だから、一瞬、口ごもってしまった。私の『用件』が、私達の時間を、遣り取りを、日常を壊してしまうと思ったから。「用件はぁ、彼の事。もしくは、貴女の想い人の事」「聞く必要はない様に思うけど。――付け加えるなら、貴女の想い人の事、ね」「あるわよぉ」「そう」 お互いに短い言葉で切り、真正面に向かいあって視線を絡ませる。悪友の青色の瞳を見て、思う――あぁ、なんと凛々しく、可憐で、美しいのだろう。何時ぞや冗談交じりにそう伝えたら、手痛い返しを食らった――『貴女の瞳の事?』。――私と悪友は、同時に次の言葉を吐き出した。お互いに、毅然と。「私は、水銀燈は『彼』が好きよぉ」「私は、真紅は『彼』が好きなのだわ」「――く、ふふふ、あははははははっっっっ、止めておきなさいよぉ、おチビさぁんっ」「――気が合うわね、同じ事を言おうとしていたわ。勝てないゲームはするもんじゃないわよ?」どうして、私は彼女と同じ人を好きになってしまったのだろう。どうして、彼女は私と同じ人を好きになってしまったのだろう。私達は、お互いを罵倒し、罵り、嘲った。言葉が胸を刺す…そんな綺麗なモノじゃない――是は、言葉の殴り合いだ。「――引く気はないのねぇ、紅茶中毒?」「――折れた方がいいと思うけど、乳酸菌ジャンキー?」「だったら、――」「――仕方がないのだわ」口を閉じ、右手を振り上げる私と悪友。同時に振りかぶり、――直後、乾いた音が静かな公園に響き渡った。―――パァァァンッ―――私達はお互いの顔を一瞬だけ見てしまい…交差する――手と手を強く交わした痛みを感じながら。「さようなら、私の大切な大切な大好きな、悪友―水銀燈」「また逢いましょぉ、私の大事な大事な大好きな、親友。――幸運を」「――祈るのだわ。貴女に」「――幸多からん事を――真紅」振り向く事なく、背中合わせの様な格好で言葉だけをやり取りし合う。私も彼女も、今の自分の顔は見られたくないし、互いに見たいとも思わない。――誰が見たがると言うのだ。親愛なる友人『だった』者の泣き顔など。私は痛みを受け入れた。『失恋』と言う名の、別の痛みを拒否する為に。きっと、其方を受け入れれば、彼女とも相反する事はなかっただろう。何時か何所かでお互いを慰めあえたのだろう。彼女は痛みを受け入れた。共に切磋琢磨する、相手を待つ、楽しいゲームにする――そういう受け入れ方もあるだろう。だけど、私と彼女はそれらを選択しなかった――それだけの事。だから、私達は最後の言葉を交わした後、無言でその場を後にした――泣き崩れない為に。乙女以前の二人は痛みを受け入れ――。私と彼女は痛みを乗り越える為に――。私達は、振り返る事なく前進する――。そう、つまり――五つめ:《かくて少女は痛みと共に進み行く》―――――《かくて少女は痛みと共に進み行く》 END
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