『暗闇ヲ孕ム瞳』
「これから話すのは、昼までの経緯」部屋にいるのは、私にジュン。翠星石と蒼星石の双子は仲良くそろってソファに座っている。ジュンは口を開く。彼が語るのは、つい先ほどまでの話。私が語るのは、ことのあらすじ。はじまりから、いままで。私の名前は水銀燈。人間の父親、吸血鬼の母親を持つ半人半魔の中途半端な存在。お父様と暮らした屋敷に一人、長い長い間、引き篭もっていた。屋敷に迷い込んだ小動物や小鳥、虫を食らって生きていた。いや、死んでいるのと、殆ど変わるまい。そう言っても過言ではないほど、私は死んだように生きていた。ずっとずっと、自分の中にひとりきりだった。ヴァンパイアハンターを。太陽を。私を取り巻く世界を。恐怖した。恐怖で日々を消費し続けていた。ある夜。私の屋敷に青年が紛れ込む。名は桜田ジュン。人の心を暴く術を持った青年。砲のような銃を振りかざす男。職をヴァンパイア・カウンセラーと言い、そして彼は私にこう言った。「僕は君らみたいな吸血鬼が、人間社会に適応する手助けをしてやれる」「僕はお前の、友達になりたい」そして彼のことを待っていたかのように、屋敷から目覚めたのは大量の生ける屍、つぎはぎの化物たち。化物と戦い、傷つき、私の目の前で倒れるジュン。仮に私が半人半人外だとしても。引き篭もりで、普通の女の子と同じ程度の体格しか持たない私に何が出来る?戦え?冗談。私は弱いんだ。救え?馬鹿な。あれは私よりはるかに強いジュンを打ち倒したんだ。そんなこと。そんなこと。―――あなたには、それができるのよ?脳髄に直接響き渡る、声。背中を貫く激痛。激痛、激痛、激痛。その連続の果てに、私の瞳に映ったのは漆黒。そして私は、翼を手に入れた。化物を打ち倒し、館から抜け出す私たち。ジュンを迎えに現れたのは、二人の少女。紅と翠。不思議な二色を称えた瞳を持つ、姉妹。マシンガンが弾丸を吐き出す如く、暴言をまき散らす、翠星石。姉と違い、落ち着いた態度をとる男装麗人、蒼星石。彼の職場の友人たち。はじめのうちは怪しまれていた私も、幾度かの夜を共にし(別に変な意味じゃないよ)、信頼を得ることができた。そしてジュンたちの仕事につきあうことになった私。仕事帰りの料理屋で怪しい輩を見つけ、ある情報を得る。
『”太陽”なる組織の存在』『そこを裏切り、刺客に狙われている”柏葉”というジュンの知り合いの女性』『彼女の連れた”私の同類”』「そういうことだ」ジュンは翠星石と蒼星石へと、昼間見たこと、聞いたことをを伝える。それを伝える間のジュンの表情は、終始、曇ったままだった。「で、問題は」蒼星石は言う。「それで僕たちがしなければならないことは何か、ってことだよ」蒼星石の紅くて翠な瞳は、冷たく、湿ったように輝いている。「僕としては、別段、どうもしなくていいと思うけど。 障らぬ神に祟りなし。よくある捕り物だ。彼らだって暇じゃない。 こっちから変に刺激しなければ、きっと何もしないよ」ジュンはうつむいたまま、黙る。翠星石はジュンと蒼星石の間を、ふらふらと漂っていた。「で、でも!」翠星石が足を止める。口を挟む。「分団長ですよ! いい情報とか持ってるかも知れねぇです! それにジュンの友達ですよ! きっと私たちの力になってくれるです」「危険な目にあってまで助けるほどの価値はないと思う」彼らが口々に言い争うのは、”柏葉”の価値について。でも。「でも」私が、言う。ずっと言いたかった事を。恐る恐る口を開く。「私とおなじ子が一緒に・・・いるんでしょお? その柏葉って人と一緒に」視線が一点に、私に、集まるのを感じて、私の体は、いっぺんに萎縮する。「太陽がその子を捕まえたら、どうなっちゃうの?」私は彼らに問うた。私だって馬鹿じゃあない、つもりだ。きっと、心の中ではではこの問いの答を、半吸血鬼が”太陽”に捕まったらどうなるかを、わかっていた。予想できていた。それでも。それでも、その恐ろしい想像を否定したくて、否定してもらいたくて、私は彼らに問うた。まるで凍りついたように、時間が止まってしまったかのように、誰も動かない。その中で、ゆっくりと蒼星石が口を開く。「太陽っていうのはね、吸血鬼被害にあった親族、もしくは本人たちが立ち上げた組織なんだよ」蒼星石は綺麗な瞳を伏せる。こげ茶の髪が揺れる。「色々派閥がある。 政府とか、権力に干渉する派閥、吸血鬼をひたすらに狩り続ける派閥、 タチが悪いのには、宗教みたいになっちゃってるところもあるらしい。 けれど、全てに共通してるのは、吸血鬼を仇として、憎んでいる事」彼女は一度そこで言葉を切り、ひとつ息を吸う。そして切り捨てるように言いはなった。「ただじゃあ、済まないだろうね」蒼星石は、私の想像を肯定した。彼女の言葉に、背筋が凍りつく。だけれど、私の心へ、脳髄へ、ひとつの強い思いが湧き上がるのを感じた。柏葉? そんなヒトはどうでもいい。ジュンの友人だろうが、なんだろうが、そんなことは知ったこっちゃない。だけれど、その傍に、私の同類がいるというのなら。弱い弱い、私の同胞がいるとするなら。私の仲間を狙う者がいるとするなら。私よ。思い出せ。私がここにいる訳を。彼とともに、あの館から出てきた訳を。彼を助けて、あの館から出てきた訳を。助け出すため。せめて幸せな私が。害されず、侵されず、障られず、生きてきた私が。害され、侵され、障られた者たちを救うため。「私は・・・その子を助けたいわぁ」再び、部屋を沈黙が包む。「やっぱり」深い深い沈黙、それを切り裂くようにジュンが、言う。「お前なら、そう言ってくれると思ってた」蒼星石がため息をつく。数字の上では3対1。数で蒼星石の意見を押しつぶしたことになるけれど。でも、どことなく、その表情はうれしそうだったように見えた、というのは傲慢かしら?「しょうがないなぁ」私たちの、やるべきことは決まった。『柏葉なる女性の救出』『彼女の連れた半吸血鬼の救出』そして、『それを阻害するものの鎮圧』。決行は明日の夜。第十夜ニ続ク不定期連載蛇足な補足コーナー「何処かにいる誰かさんたち」「ごめんなさい・・・ごめんなさいなの・・・」小さな子供の泣きじゃくる声が聞こえる。薄暗い部屋、湿った空気、カビの臭い。そのなかで、女の子はショートカットの女性へと縋り付いて泣いていた。ブロンドの髪をゆらし、涙をぐしぐしと拭いながらも、しかしやっぱり、女の子は泣き続けていた。女の子を抱きかかえる彼女は母親なのだろうか?だいぶ若い母親ということになりそうだが、ありえない話ではない。しかし、少女と呼ぶにしても幼すぎる子供と、ショートカットの女性。似ているところが一ツたりとも見当たらない。強いて言うなら、どちらの肌も蝋燭のように白く不健康に病的に透き通っているところくらいか。生まれつきで白いのかもしれない。だとしても、彼女らは不気味なほどに白かった。きっとろくな物を食べていないに違いない。部屋を占めるのは、繰り返される女の子の謝罪の言葉。それを宥めるように彼女の髪をなで続ける女性。汗と埃にまみれ、艶を失った髪を、幾度も、幾度も、丁寧に、なで続ける。「いいのよ、雛苺。あなたはそうであるべきなんだから」「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」少女はひたすらに謝り続ける。必死に謝り続ける。「あなたはあなたが生きるために必要な事をすればいい」女性の目に、光はない。輝きを吸い込む暗闇だけが、彼女の目の奥には広がっている。その目に映るのは、絶望か、憎しみか、それとも。女性は女の子を、ひっしと抱きしめる。「ごめんなさい・・・」謝り続ける彼女を、これでもかというほど、抱きしめる。そして、女の子は、口を開く。その中は、血のように、赤く、黒く、淀んだ色。しかし、たった一ツだけ、鋭く輝く白。そして、女性は上半身の服をはだける。女性の首が、鎖骨が、肩が、白い素肌が、露わになる。肩口にあったのはいくつもの傷痕。まるで、獰猛な獣に咬まれでもしたかのような。女の子は、ゆっくりと女性の傷だらけの首筋にその牙を突き立てる。女性は小さく呻くが、顔色も、表情も、変わることはない。深く肉を穿ち、血管に穴を開ける。白い素肌を流れ、滴る紅色。ずるずるとそれを啜る音。真珠色の刃は赤色に染め上げられ、ぬらぬらと妖しく、ゆらめき、輝く。「ごめんなさい・・・」呟きは、誰のものか。こぼれおちた涙は、誰のものか。誰も知らない。終
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