《怪盗乙女新人訓練養成学校(前編)》
クークーポー!ザザー…カモメ、汽笛の音、そして静かな波のせせらぎ…「ん…んん…」これ以上ないくらいの爽やかな目覚ましに起こされて、僕は窓から外を見る。ほとんどの家が白とベージュを基本とした外壁をもつため、高い場所から街を見下ろすとその風景は特質なものがある。海に面する緩やかな丘に民家が立ち並ぶのも新鮮だ。そう、これは昔みた『魔女の宅急便』の舞台のような…「ジュン、朝よ。起きているの?」静かで心地よい思考に耽っていた僕を呼ぶ、この朝に似つかわしい美しく優雅な声。「ああ、いま行くよ」身なりを調え顔を洗う。すると、ますます清々しい朝になっていく。さぁ、今日も彼女と麗しの島々を眺めつつ、水夫達の声をBGMにクルージングと洒落こむ…「さ、早速今日も『訓練』を開始するのだわ。死なないようにきちんと祈っておくのよ?」「・・・ハイ」…とは、いかないのだった。ここは欧州イタリア共和国の南西、ティレニア海を臨むシチリア島の港街、パルレモの外れに位置する民家の一つだ。さっきも言ったが、ここの風景は日本とは似ても似つかない(実際日本ではないのだから当たり前だが)。 クリスマスでの客船であんなバカをして自ら凍死寸前になり、数日後に目を覚ますとこの風景が出迎えてくれたというワケだ。最初は本気で死んで天国にでも来たかな、なんて思ったりした。 だが、そんな僕を覗き込んできた八人の魔女(あの時の僕にはそう見えた。…今もか?)によって、非情なる現実への理解をするに至ったのだ。さて、その時の話をするために少し時間を戻そう。 ・入学準備~じふんのおかれたじょうきょうをはあくしよう~講師、怪盗乙女全員『先日、極秘輸送されていた“ローザ・ミスティカ”が奪われると共に、民間人“桜田ジュン(19)”が連れ去られるという事件が起き、警察当局は…』「…で、貴方はどうしたいのぉ?」「・・・」とりあえず、まずはよく日本の新聞に目を通した。なるほど、確かに僕は誘拐されたという事になっているようた。「貴方が帰りたいと言うのなら、私は止めないわぁ。まぁ…後ろの人に何されるか知らないけど。ああ、それはここに居ても同じかもねぇ?」「…少しお黙りなさい水銀燈」リーダーの水銀燈もそう言っているし、最初の契約期間は過ぎたのだから、僕がこのテロリスト達に手を貸す理由はない。僕が望めば日本に返してくれると言うし…何の躊躇も躊躇いも無い。 はずなのだが…「・・・」どうしても、帰る事を即決出来ない。それにはいくつか理由がいくつかあった。一つ、自主的に彼女達に手を貸してしまった事。最初の真紅に連れ回されたのは強制的であったのだが、僕を囮にする作戦は僕自身が提案したモノ。そう、あのまま黙っていれば僕は今も日本にいて、彼女達は捕まるか逃げるかしていただろう。 なのに僕はあんな事をした。何故か、と聞かれたら…うん、それが思い出せないから困る。だけど、どうしても助けたい理由があったような…二つ、今までの日常に退屈を覚えてしまった事。これには僕自身が1番驚いている。ぐーたらな生活を心から満喫していたハズなのに、今思うと随分廃れて見えてしまうのだ。まぁ、あんな事があった後だし、一時的なショック状態にあるのかもしれないけれど…ただ言える事は、僕が目を覚ました時、彼女達から多大な感謝の礼を述べられたのが、凄く嬉しかった。 他人のために命をはるなんて僕らしくないんだけど… 三つ、後ろの女性が恐ろしい事。…あれ?これを考えると前の二つが掠れてきたぞ?それじゃあなにか?僕は彼女が怖くて日本に帰れないと?まったく、日本男児がなんたる事だ。我が家訓(そんなものがあったかは定かではないが)にもあった気がするではないか!己が道は自ら歩めと! そうさ!今の僕に怖いものなどありはしない!ズバッと真紅に別れを告げて、今までの生活に戻ろうではないか!というわけで、真紅の方を向く。「…なによ。言いたい事があるのなら言ったらどうなの?」「…何でもないデス」…ほら、あれだ。この世の真理じゃなかったか?長いモノに巻かれろ、強き者には従えってのは。そうそう、うちの家訓(そんなものがあったかは定かではないが)も、身の程をわきまえましょうとかじゃなかったっけ。多分そうだ。きっとそうにちがいない。まぁ、だったらここに居ればいいのだが、気掛かりな事が一つあった。僕の唯一の肉親である姉の事だ。過保護な姉の事だから、今頃心配してるだろう。そんな姉をほっておけるほど、僕は薄情ではないらしい。 「う~ん…そうねぇ…まぁ、こちらの条件を飲むんだったら…」その気掛かりを話してみたところ、なんと国際電話のオーケーが出た。しかし、この場所の発覚は避けねばならないので、この場所については話さない、会話は皆に聞かせる、金糸雀の逆探知機が反応したら即回線を切る、という条件つきだ。 無事を知らせるだけでも安心するだろうから、是非とお願いした。プルルル…プルルル…ガチャッ『…はい、桜田です』『あ、僕だよ。ジュンだ』『ジュン君…?本当にジュン君なのぅ!?』やはり心配をかけていたらしい。これは…帰った方がいいのかな…。何を言うか、どう謝るかを考えていたら、向こうから喋り始めた。 『ジュン君凄いじゃない!聞いたわよぅ、ローゼンメイデンのお仲間になったんですって?お姉ちゃん嬉しいわぁ!応援してるから頑張ってね!そうそう、その人達に宜しくって伝えといてくれる?不出来な弟ですがお願いしますって。 あ、そーだ!ローゼンメイデンの人達って若い女の子達なのよね?そんな職場で働けてジュン君幸せ者よぅ。それで、幸せついでにお嫁さん貰ってきなさいな。一人じゃなくても構わないわよぅ?早くジュン君の子供の顔が見たいわ~! じゃあ頑張ってねジュン君!朗報期待してるわよぅ!』ガチャン!ツーツーツー「・・・」…訂正。日本に帰れなくなりました。「何というか…貴方も大変ねぇ」「あら、素晴らしい姉なのだわ。よい家族を持ったわね、ジュン」「お嫁って…!な、何言ってるですかぁ!?」「不出来な弟を任されてしまったかしら~」「あはは…よろしくね?ジュン君」「遊び相手が出来たの~!」「ジュンシスター…GJ」「なんだか急に美味しそうに見えてきましたわ♪」『先日誘拐されたとみられていた“桜田ジュン”は実は怪盗の一味という事が判明し、ローゼンメイデンに次いで国際手配される事が決定。また…』「・・・」こうしてめでたく、忌まわしき姉の後押しもあり、僕は正式に“ローズJ”の名を手に入れる事になったのだった。 ・ホームルーム~れんらくじこうをしっかりきこう~講師、真紅と水銀燈。「おはようJボーイ。今日は貞操守れたぁ?」「…オハヨウゴザイマス」この人のコレは軽い挨拶なのだと脳内完結させたので軽めにスルー。朝の食卓につくと、水銀燈が既に食べ終えコーヒーを飲んでいた。他の人達は姿も見えない。そんなに寝坊した覚えは無いんだけどなぁ…「朝から下品な人ね。ほらジュン、紅茶を浸れてきて頂戴」「ん?真紅は朝ごはんまだなのか?」「そうよぉ。この子ったら、『ジュン君の紅茶が無いと食べれないのぅ~』って。朝からお熱い人ねぇ」それはまたなんとも…可愛いい事だ。ここは萌え所なのか?「私は出発の準備をしてからゆっくり食事をしたかっただけなのだわ!ジュンもなにボーっとしてるの!早くしなさい!」…どうやら違ったらしい。ふむ、なかなか難しいことだ(なにがだ?)。「…で、皆居ないけど今日は何かあるのか?真紅が準備とかなんとか…」朝食のガーリックトーストをかじりながら聞いてみる。それにしても、本場のガーリック・オリーブオイルは一味違うぜ!…日本でもろくに食べた事ないけど。「ああ、今日からロゼーン島に行くのよぉ。皆支度してるわぁ。普段は装備の点検が主なんだけど、今回のメインはあなただから頑張ってねぇ♪」「ロゼーン島?」「すぐ近くの島よ。リバリ諸島、ストロンボリから数キロ離れた島に私達の保有してる島があるのよ」テロリストが保有してる、島…?「それってまさか…」不安げな僕に水銀燈が色々な意味で的確な答えをくれた。「んふふ♪ア・ジ・トよぉ♪」そういえば、この住家には銃器などの物騒な類いのモノが少ないと思ってはいたが…なるほど、ここは民衆にまぎれた居住空間であってアジトではないようだ。そして彼女達は定期的にそのロゼーン島(ネーミングは自分達で付けたらしいが…大丈夫なのか?)に出向き、自主トレや装備開発に励むのだと言う。そこには各自の訓練施設があるので、今回僕が彼女達一人一人から直々に教えをこうという事らしい。今までも訓練はしてきたが、それはあくまで基礎的な事でしかなく、第一僕はまだ銃を撃った事もない。 朝の真紅の言葉からすると…いよいよ実戦的な訓練の始まりか…なら、ちゃんと祈っておくかな。あれ、何に祈ればいいんだ?えっと、恐れ山のイタコ?いやいや、僕死んでるよそれじゃ。 ま、マダガスカル島の神アタオコロイナにでも祈っておくか。原住民にも有り難がられてないヘンテコな神サマだけど、僕にはそれくらいが調度いいだろう。半ば、悟りに近い覚悟をしていたせいか、水銀燈がフォローしてきた。「始めのうちは皆基本から教えてくれるからそんなに緊張しないで平気よ。むしろ…女教師と野外で危ない授業ができるんだからぁ、楽しみよねぇ~?」「…貴方が言う事はなんでも卑猥に聞こえて仕方ないのだわ」「あら真紅ぅ、私は貴方が一番アブナイって思ってるのよぉ?私達は小数精鋭なんだから、ちゃんと避妊はしてねぇ?」「水、銀、燈!!!」ふぅ、水銀燈は真紅を弄るの好きだよなぁ…。う~ん、しかし…個人レッスン…背徳的授業…女教師…なんか危ないゲームみたいだな。あ!一応言っておくが、僕はそういったゲームをしたことはないぞ!笹塚から借りたアト●エか●やのソフトでティッシュを消費することなど無いんだからな!本当だぞ! ん、笹塚か…そういや何してるかな…まぁいいや。「はぁ、はぁ、はぁ…と、とりあえずジュンは生活用具だけもっていけば大丈夫なのだわ…たいていのモノは向こうにあるし…はぁ」「あ、そう…」水銀燈に抗議の言葉をエンエンとまくし立てていた真紅が息を切らして言う。てか、何でそこまでムキになるんだか。冗談だって解っているだろうに。淑女の思考は理解に苦しむ。 「じゃあ出発は10時だから遅れないでねぇ」そう言うと水銀燈は部屋を出ていった。ちなみに真紅は息が切れて上手く紅茶が飲めないでいる。ご愁傷様だ。さて、じゃあ僕も準備をするとするかな。ここに来た当初みたく、女モノの服を着せられてはたまったものではない。 「ジュ~ン。こっちなの~!」時間ギリギリに港へ行くと、皆はもう乗り込んでいた。今回使う船は逃走の時に使った高速船ではなく(そんなものが港にあれば目立ってしまう)クルーザーと言う表現が似合う綺麗な船だった。港には他にも沢山のクルーザーが停泊していて、リゾート地の雰囲気を醸し出している。 「ほれ、とっととトランクを積み込むですよ~」「お、おお…よっ!」場所が人が沢山行き交う場所だけあり、皆ラフな私服である。こうして見ると確かにただの観光客だ。そして僕は姫君達に囲まれハーレム!まさに麗しの島シチリア…!!幸せの絶頂さー!!! …はい、精神エネルギー充電終了。これである程度の苦難なら耐えられる。ハズ。「出船~!」ブォォオオオオ!!エメラルドの海を突き抜けるクルーザー。その以外な速さに驚きつつも、青い空、白い雲、華やかな服に身を包む乙女達が眼下にあれば…ああ天国ナリ…ドワアオン!!!「だあああ!お、落ちるぅ~!」ダッ、ガシッ!「あ…ああ…あ?」足首に手の触覚。助かった…?「ふむ…まずまず…」「あらジュン様。今日のトランクスは花柄なのですね。良い事ですわ」何が良いのか何がまずまずなのかサッパリだが、両足捕まれ逆さ釣りの状況では反論もままならない。というか何でいきなりこんなに揺れて…!?「ヘイッ!銀嬢!!また戻ってたんだな!!」揺れの原因はコイツらしい。いきなり別のクルーザーがスレスレに付けてきたのだ。「あらぁベジータ。お久しぶりねぇ。そちらの景気はどお?」「まずまずってトコだな!最近はレアメタルが好調さ。それよりそっちはまた上手くやったみたいだな!」「まぁねぇ。ぽどほどに頑張るわぁ」「謙虚で結構なことだ!じゃあオレ様は仕事があるんでな!ハーッハッハッハ~!」ベジータと呼ばれた男はなんとも豪快に去っていった。僕は反対側でぶら下がっていたので気付かれなかったらしい。…ていうか雪華綺晶に薔薇水晶、そろそろ上げてくれないか?頭に血が上ってきたんだが… 「あ~、気持ち悪い…で、誰なんださっきの」「ヤツはベジータ。この周辺を管轄するマフィアの幹部ですぅ」「マ、マフィア!?」「別に驚く事でもありませんわ。マフィアとゆかりの深いこの地で同業者ですから、多少の交流は必要なのです」あんなアロハシャツで爆走するのがマフィアとは…どこかのバカな王子かと思った。「本来なら傘下に入れられてしまう所だけど、僕達は小数だし輸出入には手を出さないから見逃してもらってるんだよ。ただ、ある程度はご機嫌は取らないといけないけどね」 まぁ、怪盗とマフィアではお互いに不利益を被ることも無いのだろう。水銀燈は沈んだ顔で『あ~、ウザい…』なんて呟いていたが。それからしばらく船を走らせると、金糸雀が元気に知らせてくれた。「ほらジュン、見えてきたかしら。あれが私達の島かしら!」金糸雀の指差す方向を見ると、確かに島がある。ある、が…「あれって…あれか!?」「あれかしら」「…マジで?」「マジかしら」「なにを愚痴っているの?そろそろ上陸準備に取り掛かるのだわ。手伝いなさい」僕が想像していたのは…こう、島らしい(?)島というか…少なくとも、人が住める環境だと思っていたのだけれど…「久々の我が家なの~」あの…家っていうか…建物が見当たらないんですが…?「じゃあ入港するよ~」あの…入港って…入江が無いんですけど…!?そこにあった島は、断崖絶壁に覆われた、木々生い茂る巨大な岩山であった…。
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