『Jack Lantern』 後編
すっかり酔いは覚めた。間違いない、あれは商店街にあったジャックランタンだ。だけどそんなバカな事があってたまるか、あれはただの飾りだったはずだ!ただの飾りが何で動いてるんだよ!?みんなそれぞれに何か口走りながらも、縛り付けられたように窓から離れる事が出来ない。そうこうしている内に、ジャックランタンは屋敷の玄関前にまで来てしまった。玄関前で止まったカボチャは暫く動かなかったが、突然跳ね上がるように僕達の方に顔を向けた。まるで中に激しい炎を燃やしているように真っ赤な光が真っ直ぐに僕達を見つめてくる。「う、うわぁああぁあああ!」思わず上げた悲鳴で金縛りのように動けなかった体が動き、弾かれるようにして窓から離れる。次の瞬間、窓が明るくなった。ガシャァァァァン!激しい音を立てて窓自体が吹き飛ぶと巨大カボチャが部屋の中に飛び込んで来る。「嫌ぁぁぁぁぁ!」「ああぁぁああ!」勝手に喉が叫び続け、体がガクガク震える。薄暗い中を扉に向かって走り開けようとするが鍵がかかったようにびくともしない。「きゃあぁぁぁあ!?」振り向くと雪華綺晶の手足に何本ものロープのようなモノが絡み付いていた。よく見るとそれは蔓で、あの化け物カボチャから何本も伸びている。「雪華綺晶!」「嫌ぁぁぁぁぁ!た、助け、助けてぇぇぇ!」「くそっ、離せ!雪華綺晶から離れろぉぉ!」ズルズルとカボチャの方へ引きずられていく雪華綺晶を4人がかりて引っ張るが力が違いすぎる。次第に蔓が絡みついた部分が黒ずみ、辺りに鉄臭い匂いがし出した。雪華綺晶を引っ張る手がヌルヌルして滑っていく。唐突に雪華綺晶を掴んでいた手が抜けてバランスを失い、後ろに倒れ込んでしまった。慌てて体を起こすと雪華綺晶がカボチャの方に引きずられて行くのが見える。目をこれ以上無い位に開き、必死に何かにしがみつこうとするが空しく空を掴むばかりだ。その間も言葉にならない悲鳴が上がり続け、自分が上げているのか彼女が上げているのかわからなくなっていた。手足をバタつかせる雪華綺晶がカボチャの前に引きずり出された。有り得ない事にカボチャで出来た作り物の顔が笑みを浮かべている。次の瞬間カボチャはギザギザの口を大きく開くと雪華綺晶の足に喰らいついた。液体が飛び散る音。鈍い何かが砕ける音。部屋に響く千切れる音。そして誰かわからない悲鳴。目を背けたいのに出来ない。僕の目の前で雪華綺晶が喰われていく。既に下腹部までカボチャの口の中に入ってしまった。必死に手でカボチャを押して体を抜こうとしているが、どんどん押し込まれて行く。急に後ろから引っ張られ、振り向くといつの間にか扉が開いていて、真紅が僕を部屋の外へ出そうとしていた。部屋から逃げ出す前にもう一度だけ、振り返ると雪華綺晶と目が合う。大きく見開いた目は僕を見ていたが、僕は彼女を見捨てて逃げ出した。階段まで全力で走る。涙でぼやけて辺りがよく見えない。みんなに追いついた所で振り向くが何も追ってこない。月明かりに照らされた顔はどれも恐怖に歪み、泣いていた。「兎に角、外に出よう。」3人は黙ったまま頷いて、足早に階段を降り始める。踊場にさしかかった時、目の前を歩いていた水銀燈が突然消えた。ビシャ上から生暖かい液体が僕と真紅に降り注ぐ。「なによ…これ…?」鉄臭くてむせかえるような匂い。見上げるとあの化け物が水銀燈だったモノをくわえていた。「真の恐怖とは恐怖すら感じられない事だ」昔どこかで読んだ格言が頭の端をかすめる。カボチャは一息で水銀燈を呑み込むと、真紅の真上に落ちてきた。熟れた柿を叩きつけたような音。目の前にはあのカボチャ。燃えるような視線に体の力が抜けてへたりこんでしまう。もうだめだ。だが、カボチャは蔓で僕の後ろにいた翠星石を絡めとり持ち上げる。『直してくれてありがとよ』聞き取り辛いが、カボチャは僕に向かって確かにそう言った。そのまま向きを変えるともがく翠星石を喰い千切りながら、カボチャは出て行った。『次のニュースです。昨日…市で殺人事件がありまし…』『現場は規制され中の様子は…』『生存者の少年はショック状態で…』『大型の獣の仕業と推測され…』いやはや、無知とは恐ろしい物です。ジャックランタン…あれは悪魔を騙し地獄に落ちない契約をしましたが、天国にも行けない農夫の霊などと言われております。そしてもう一つ…ジャックランタンは善霊を呼び、悪霊を遠ざける魔除けでもあるのです。魔除けを足蹴とは…いやはや。そも、恐怖とは理不尽な物。触らぬ神に祟り無しとはよくいったものです。御用心、御用心。では御機嫌よう。
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