『夜ノ夢ト朝ノ死闘』
開けた窓。半月がそこから覗く。微風。寒くもなく、暑くもなく。月光に照らされたカーテンが、夜の闇の中をゆったりとたゆたっていた。「願い事をひとつ、かなえてあげましょう」どこまでも白い部屋。白いベッド、白いカーテン、白い壁、白い天井、白い掛け時計。そのなかにひとつ、場違いな黒。男性の黒い服。塗りたくられた墨のような黒。そこには、ひとりの男の人が、いた。顔は、わからない。ぽーん、ぽーん、と、掛け時計の音が部屋に満ちる。「願い?」「ワタシ」は答える。・・・?「ワタシ」・・・?この女の子が「ワタシ」・・・?そんなわけない。私のわけがない。私の髪は銀色。この子みたいに黒くない。瞳だってそう。私は紅い色。ルビーの色。夕日のような色。この子は漆黒の色。井戸の底のような色。深い深い奈落のような黒。とにかく、私とこの子は絶対的に似ていなかった。下を見る。ほら、私の手はここにある。彼女は私じゃない。ではなぜ? シンパシー? そんなものかもしれない。男の言葉を聞いて、「ワタシ」はベッドへと深く沈みこむ。ベッドは彼女を受け止めるようにやわらかにたゆむ。にぃ、と「ワタシ」の唇が歪む。それはそれは嬉しそうに。黒い瞳が、紫色の唇が、ぬらぬらと輝く。「ワタシ」は嗤う。男を嗤う。「何でも願いを叶えてくれるの? うれしいわ」「ええ、ただし、あなたから一番大切なモノを頂いていきますが」「私の大切なモノ? うふふ。そんなモノ、無いわよ。 大切な人も、大切なものも私にはもう何も無い。私は空っぽの抜け殻なのだから」「存じ上げております」男はためらうことなく、「ワタシ」に言う。その言い草、どう考えても失礼でしょ・・・と突っ込みたくなるが、ここは我慢。「貴女はどうせ、失うものなんて、何もないと思っているのでしょう?」男は無表情を貫く。思い返してみれば、そこそこ風は吹いているのに、彼の服はたなびきすらしない。それに顔が分からないのに、「無表情」というのも変な話だ。「ワタシ」はニコニコと男の顔を見つめる。「・・・じゃあ、私、もう、死にたい。死んで天使になりたい」「私が面白くありません。ダメです」・・・自分勝手が二人揃うと、会話って成り立たないのね。少し学習する。男は天井を見上げ、そして次に少女を見やる。「・・・こういうのは、どうでしょう」「言ってみて」「ワタシ」は相変わらずうれしそうな表情であるが、次の男のひとことで、真っ暗に曇ることになる。「『元気なカラダ』を、与えましょう」その言葉を少女は鼻で笑う。それを見た男が少女に、何故? と問う。「もう、どうやっても絶望的に治らないと言われたのよ。 最初に心臓が壊れて、続けて他の部分もどんどん壊れていって・・・ 私の体に、もうまともな部分はひとつもないのよ?」「でも」男は続ける。「望んでいるのでしょう?」「そんなこと」「嘘」少女は表情を曇らせ、俯き、沈黙する。男はそれを見て、やっぱり、と、下品に嗤う。「先ほども言いましたけど」男の見えない表情がぐにゃりと歪む。「大切なもの、頂いていきますからね」・・・ぶつり「起きよう・・・」目を開いて真っ先に見えたのが白い天井。寝る前と何一つ変わらない、面白味の無い視界。既視感を感じたが気のせいだろうという事で無視。夢を見ていた気がするが、どんな夢だったかは思い出せない。夢なんて、いつだってそんなものだろう。はっきりと覚えている夢なんて気持ち悪いだけ。まるで現実みたいで。まるで過去みたいで。もしくは未来みたいで。ふかふかしたソファは、私の屋敷の穴だらけで軋んだベッドよりずうっと寝心地が良かった。視線を双子の寝ているベッドへと移す。まだ早朝と言われるような時間。きっと誰も起きてはいないだろう・・・と、思ったら、赤と緑の瞳が、そこから私のことを見つめていた。長い髪が、ふわふわと揺れる。それはそれは怪訝そうに、私を眺めていた。「ジュンと蒼星石は騙せても・・・」布団の陰でぼそぼそ言っているのが聞こえる。はっきり聞こえたわけではなかったけれど、こんなことを言っているのだろう。「翠星石は騙せねぇですよ・・・」「・・・とって食ったりなんかしないわよぉ」「嘘です・・・きっとその八重歯で肉に穴を開けて翠星石たちの生き血を啜るに決まってるです。 いくらジュンが健康そうで素敵な若い男でも、血は吸わせんですよ・・・」「・・・好きなの? ジュンを?」「ななななななななななんあなななな!? 何をいってやがるるるるですか!!? おおおおおおおおめーみてーなおかしなこというヤツは、こうです!」もぞもぞ、と布団の下から金ピカの物体を取り出す。そしてとなりの妹は、姉のテンパりはまるで嘘であるかのように、寝静まっていた。「おりゃー!」ようやく、金ピカの物体が如雨露であることがわかる。翠星石はそれを振り回すと、如雨露の口から水がぶちまけられる。水はびたびたびたと音を立て、絨毯に染みをつくる。「ぎゃー!! 何するのよぉ!! って・・・」私の腕に、一滴だけ、水が触れていた。熱い。熱いっ。それはもう焼けるように。太陽の下に曝されるかのように。鞭で打たれるように。指で水滴を振り払う。水滴に触れた指にも激痛が走る。水滴に触れた場所は、赤黒く変色していた。「いいいいいいいいいっ!?」如雨露を構え、翠星石は得意げに言う。「いっひっひっ・・・一発くれてやったです・・・ 化物のおめぇはこの翠星石が成敗してやるです。口封じです、口封じ」どこから取り出したのか、水筒を取り出し、如雨露へとそそぐ翠星石。ていうかリアルで『口封じ』なんて単語、初めて聞いた気がする。「いーっひっひっひっひっひっ!」魔女。まさにそう形容するのが相応しいだろう。高らかに笑いながら、魔女は如雨露を振り回す。「食らいやがれですゥーッ!」ガヅンッバシャッ悲劇を・・・見た気がする。「うるさいなと思って起きてみたら・・・」大きなタンコブをつくって。全身びしょ濡れで(パジャマはすけすけのえろえろで)。そして満面の笑みで。「何をしているの? 翠星石」蒼星石が、目覚めた。「こ、これにはですね、深ぁ~いワケが・・・」嘘つけ。そっちが勝手に言いがかりつけてきたんでしょうが。「何をしているの、って聞いてるの。まさか、水銀燈苛めてたんじゃ、ないよね」相変わらずの満面の笑み。そこからとめどなくあふれ出す、悪意、邪気。やばい、どうみてもキレてる。間ユニットバスから蒼星石に小脇に抱えられて出てきた翠星石は何から何まで真っ赤だった。「ご、ごめんなさい・・・です」顔も両目も真っ赤っ赤にして、涙で頬を濡らしながら、魔女が私に頭を下げていた。あの翠星石も、こうなってしまうと可愛いもんだ。ではユニットバスでは一体何があったのか?それは私にもわからない。わかりたくもない。音声のみお楽しみ下さい。「何をしてたの! 翠星石!」「す、水銀燈が襲おうとしててですね・・・」「本当なの!? 正直に喋らないと、怒るよ!」「う・・・うぅ。本当は怖くてこっちから聖水かけちゃったです・・・」「! あれだけ信用しようって言ってたのに! 翠星石! お尻出しなさい!」「ひ、ひぃぃぃぃぃ!!」「水銀燈に! なんてことするの!」ぺちん! ぺちん!「ひぃ! ご、ごめんなさいですぅ!!」ぺちん! ぺちん! ぺちん!「僕もびしょぬれだし頭は痛いし! それに水銀燈にもあとでちゃんと謝りなさい!」ぺちん! ぺちん! ぺちん! ぺちん!「ひいいいいいぃっ!! ごめんなさい!! ごめんなさいですぅ!!!」この後翠星石の懺悔大会が始まるわけだけれど、割愛させていただきます。そののち、ジュンが襲来し、三人もろともボロクソに叱られることになりました。でも、蒼星石の格好を見たとたんに、顔を真っ赤にして逃げるようにして出て行ってしまいました。意外とウブでびっくり。蒼星石の顔も翠星石みたいに真っ赤に染まっちゃって、可愛らしいの何の。お父様。まだたった1日しか付き合ってないけれど。わりとこの人たち、好きです。第八夜ニ続ク不定期連載蛇足な補足コーナー「元ひきこもり吸血不健康少女と童貞疑惑』銀「前回のは一体何だったの・・・?」ジ「はい、ということで始まりました蛇足な補足コーナー。 今回はえーと、宮城県のA.Yくんからのおたよりでーす。ありがとねー」銀「・・・スルー? ていうかおたよりコーナーなんてあったのぉ?」ジ「えー、『この物語の舞台設定がよくわかりません』なるほどなるほど。 『屋敷』とは言っても、武家屋敷みたいなのかもしれないしねー。 この物語の舞台は、一応ヨーロッパ風味っぽいあたりなつもりです。 『屋敷』と聞いて武家屋敷を想像して読まれていた方、ごめんなさい。 でも何か妙に和っぽいものが出てきても気にしないで下さいね! 作者の脳内でも大分カオスらしいですから。とりあえず実在しない国だと思ってくれればおkです。 そして時代背景もあやふやです。移動方法は馬車だったり機関車だったりするかもしれません。 そのくせ現在より過去かもしれないけど車とか戦車とか出るかもしれません。 オーパーツとか言わないで下さいね! わかったかな? 宮城県のA.Yくん!」銀「・・・今回も私空気?」完ッ
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