『Princess Bride!』
今夜は私と彼以外、家にいない。そう、いないのだ!是を好機と呼ばず何と呼ぶ?小さな自分の胸が高く鳴っているのがわかる。落ち付け私。彼はお勉強中、慌て過ぎると追い出されてしまう。誰にも渡さない、渡したくない。彼は優しいけれど、もっと独り占めしたい。息を吸い込んで深呼吸。―さぁ、行こう!振り向く彼に精一杯の笑顔で応える。姉妹たちとは違う、此方の手数は少ないんだ。一気に攻め込む、攻め込んでみせる!視界の隅に彼のベッドが映る。それを見てどきっとする私はおマセさん?しょうがないじゃない、女の子なんだもの。深夜の夜食にいつもの好物を勧めてくれる彼。でも、今日食べたいのはソレじゃない。ちょっとふしだら?―偶にはいいじゃない。ターゲットロックオン!彼が座っている椅子によりかかり、ノートを覗き込む。びっくりしている彼に振り向き、必殺の笑みを叩きこむ。
呆れた様な顔をして髪を撫でてくれるけど。子ども対応は淑女に失礼!でも、浮かぶ不器用な微笑みに私もつられてしまう。幸せな時間、幸せだった瞬間。―だけど、だから、それだけじゃもう満足できない!髪だけじゃ、ヤ。もっと別の所にも触れて。言わなきゃわからない?鈍感な王子様、何時もは皆の王子様。貴方だけなのよ。私を大人に変える魔法が使えるのは。今宵、私は貴方だけのお姫様。少女から抜けるのはまだ早い?構うもんか、私は今大人になりたいんだ。彼の瞳に映る小さな私、小さな女の子。身体と同じで心まで幼いままだと思っているのかしら。冗談じゃない、私はもう準備万端なんだから!それとも、この恰好がいけない?だったら着替えてあげる。どんな衣装がお好みかしら。ねぇ、それでも気付かない?少女がこんな時間まで起きている訳ないでしょう。貴方の傍にいる限り、魔法は解けないの。
躊躇いなく手を伸ばし、くしゃくしゃとまた髪を撫でられる。その扱いが心にジレンマを巻き起こす。このままの方がいい?子供の様に振舞って、優しくしてもらう方が。思った矢先に彼の微笑みにぶつかる。―やっぱりこのままじゃ、ヤだ!まだわからないのかしら―皆の王子様。私は貴方だけのアリスになりたいの―私の王子様。気高くなくても可憐でなくても美しくなくても―私だけの王子様。他の誰より貴方に選ばれるのなら、それが私の『アリス』なの―私だけのジュン。ジュンの驚いた顔、嫌いじゃないけど。お姫様のキスを贈られた後での顔じゃないわ。それとも、私はまだ貴方のお姫様じゃない?じゃあ、もっと魔法を強くして―優しい口付けで。瞳を閉じて待っていると、聞こえてくるのはクスクス笑い。何がおかしいの?やっぱり私じゃ子供扱いしかしてくれない?潤む瞳、漏れ出そうになる嗚咽、震える体。―そして、頬に当たる柔らかい感触…?そっぽを向いて頬を掻く貴方。どうしよう、こんなに嬉しくて嬉しくてしょうがないのに、涙が止まらない。頬へのキス程度でこんなに嬉しいのは、やっぱり子供だから?だったら―待っていてね、ジュン。私が貴方のお姫様になれる日まで―もっと素敵な魔法をかけ続けてね、王子様。
――――――――――――――「…で、久々に蒼星石の所に泊って戻ってきたら。是は一体全体どういう事ですか?」目覚めと共に聞こえてきたのは、姉の声。想い人と一夜を過ごした後の朝にしては、無粋すぎないかしら。安心してくださいな、残念だけど進展はさほどありませんでしたから。寝惚け眼を擦りながら、そんな事を考える。「…私に聞かれても知らないのだわ。昨日は水銀燈に引っ張り出されて、いなかったのだし。…貴女も戻るって聞いていたから一日だけ、と誘いに乗ったのだけど」もう一人の姉の声も聞こえてくる。お姉様、隠している様だけど、微妙に語尾が震えていてよ?それに条件はタイの筈―「夏休みの間、ジュンの所に居候」。因みに、横ですやすや寝ている王子様のお姉様も昨日はクラブの合宿で外泊。「…………と、言う事は」「…………昨日は、ジュンとこの子と二人だけ?」今頃気づいても手遅れよ。優しい時間、甘い一夜、昨日は私の独り占め。―寝ころびながら反芻していると、王子様がお目覚め。二人の姉を確認出来なかった様で、可愛らしい欠伸をついている。
「…………ちーびーにーんーげーんっ!」「…………ジュン。説明してもらいましょうか?」翠の姉は激しい怒り。紅の姉は静かな怒り。でも、お姉様方―寝起きの王子様は状況を理解できていなくて混乱してますわよ?きっと、今からは何時ものどたばた。私も乙女から少女に引き戻されるでしょう。だけど、だから、その前に。乙女の顔で贈りましょう―貴方に目覚めの口付けを!「うゆ~、おはようなの、ジュン!昨日も今日も明日も、ヒナはジュンが大好きなの~!!」
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