それゆけ、おさななじみ!~柏葉巴は二度死ぬ~前編
前編柏葉巴、14歳。成績良好。学級委員。剣道部。ただ流されるままの毎日。とはいえ友だちもいるし、差し当たって日々の生活に大きな不満があるわけじゃない。強いて言うならば、一つだけ、どうしても納得がいかないことがある。その原因はある幼馴染みの男の子。桜田ジュン。14歳。元ヒキコモリ。私の悩みの元凶。彼には親しい女子が何人かいるが、その中でも、いつの間に知り合ったのか、綺麗なブロンドの髪をした真紅という女の子とは格別に仲がよい。彼がヒキコモリを脱するきっかけとなったのは、彼女であるらしい。けれど、私も彼の友人として尽力してきたつもりだ。そしてそれは、少なからず彼の励みとなり、助けとなったはずだった。となれば、なんといっても幼馴染みである私に靡くのが道理だと思うのだが、どうもフラグは、真紅の方にビンビンにたっている気がしてならない。何故だろうか。この不可解な命題は、私をして連日思いあぐねさせた。確かに真紅は器量が良く、その整った顔立ち、容貌は神話の世界の女神のようだ。そのくせ、時に見せる仕草や表情は、のどかな田園に住む汚れを知らないあどけない娘のようで、憎めない。とはいえ、その程度のもの、幼馴染み属性の前では無力だと信じる。いやどんなものも、所詮幼馴染みという偉大なる言葉には塵も同然のはずなのだ。本で読んだ。 結局私の行き着いた解答は、”幼馴染み分が足りないのではないか”というものである。これは大いに考えられることだ。なにしろ、私と桜田くんは幼馴染みとはいっても、数年間のブランクがある。これだけの空白期間があれば、幼馴染みとしての付き合い方が洗練されていなくて当然だ。すなわち、私たちはあるべき幼馴染みとしての形をつくりあげていく必要がある。そのために、私は情報を集めた。情報収集は諜報活動の基本である。…別に諜報してるわけではないが。さて、私の調べたところ、幼馴染みにはフランクでフレンドリーなコミュニケーションなるものが不可欠だ。「やっほー!あれ、どうしたの、元気ないよ?」「うるさいなぁ、昨日はほとんど寝てないんだよ!」「もう、ほら、寝癖!そんなんじゃもてないぞ!」「よ、余計なお世話だよ…だいたい僕はもてなくったって…ゴニョゴニョ」「え、なぁに?」「…!なな、なんだっていいだろ、さ、さっさといこう!」理想的だ。しかし、具体的になにをすればよいのか。前述したように幼馴染み初心者である私には、幼馴染みの作法にいまいち自信がない。それに、まずは桜田くんに私たちが幼馴染みであることを確認させなければ、上記のようなやりとりは期待するべくもない。だがこのIT社会において、調べる手段などいくらでもある。そしてついに、幼馴染みの真髄というか、必要条件なるものを見いだしたのである。曰く、「幼馴染みは毎朝起こしに来るのが常識」とのことだ。 なるほど、それはもっともだ。寝起きといえばその人の一日の始まり。人生の黎明期から親しかったものたちは、当然一日の始まりから世界を共有しなければならない。まったくその通りだ。それでこその幼馴染みだ。というわけで、現在私は桜田家の屋根の上にいる。玄関は開いていないだろうし、インターフォンで桜田くんが起きたりしてはムードがない。起こすといっても、ただ起こすだけではだめだ。「もうっ、いつまで寝てるのぉっ!?」「うー、もう少し寝かせろよ~…」「だーめ!ほら、さっさと起きた起きた、布団はいじゃうぞ~」「うわ、やめろって、わかったよ、起きるからさァ~」といった感じの愉快な会話と共にたたき起こすのが通だ。その際、「えーい!…って、きゃあっ!な、なんて格好してるのよぅ!」「え?……!あ、こ、これは、最近暑かったからちょっとでも涼しくなろうと…」「いいからはやく服着なさいよー!!」こんな感じのハートフルなイベントがあるとポイント高い。といっても、現実は甘くはないことも知っているので、そこまでの期待はしないでおこう…。ガラガラと網戸を開く時の音に若干びくつく。この時期桜田くんは、窓を網戸にしたまま寝ていることは調査済みだ。幼馴染みたるもの常に見辺の情報収集は欠かさない。「おじゃまします…」 窓枠をまたいで桜田くんの部屋に入る。あ…桜田くんのにおいがする。スー…。……。さて、そろそろやるかな。「んー…ムニャムニャ…」ああ、桜田くんの寝顔。とても可愛らしい。眼鏡を外しているのが少し懐かしくて、同時に新鮮だ。プニプニ………ムニュ…………違う。私がしたいのはこうじゃない。桜田くんを急いで起こさなくてはいけない。幼馴染みの起こし方は当然調査済みだ。それに必要なものはもってきている。袋に入れてきたフライパンを取り出す。愛のこもったフライパンは瀕死の重傷人も起こすことができるらしい。同じく袋の中にあったおたまもとりだす。私は桜田くんのすぐそばでおもいっきりそれらをかち鳴らした。幼馴染みより愛をこめて。ガンガンと耳の中に嫌な金属音が瞬発的に流れこみ、脳内で反響を繰り広げる。まもなく、桜田くんはバッと飛び起きると、愕然としてこちらを見た。「うわあっ…!か、柏葉ぁ!?」「起きた?桜田くん」「え…いや、おま…こんなとこで何して…」「起こしに来ただけよ。幼馴染みだもの、当たり前じゃない」「え…あ…あぁ?」「それじゃあね、遅刻したらだめだよ」 そう言って、私は再び窓の外から桜田くんの部屋を出ることにした。寝ぼけていたのか、桜田くんは終始見えないものでも見たような不思議な顔で私の顔を見つめていた。∴何か違和感を感じながらも、何事もなく、登校、朝練。それも終わって今は教室。…あれ、桜田くん、まだ来てない…。そう思っていたら、朝礼のベルと一緒に桜田くんが入ってきた。…せっかく起こしてあげたのに、こんなに遅く来るなんて…。じっと桜田くんのことを見ていたら、彼が席に座るときに目があった。桜田くんは普段目が合っても、すぐに逸らしちゃうんだけれど、今日はちょっと違った。一瞬(そう、ほんの一瞬だったけど)氷像みたいにびたっと硬直したあと、慌てて(少なくとも私にはそう見えた)前を向いて、彷徨いがちな視線を黒板にうつした。これはもしかして、幼馴染み効果があったのだろうか。…そのときはそう思ったけれど、それからは特に何事もなく一日が終わってしまった。一回やっただけで、そう劇的な効果は望むべくもないということかもしれない。しかし、幼馴染みだというのに、一日中何も話さないなんてことは当然許されない。…というわけで、放課後会いに来たのはいいのだが、果たしてどう話を切り出したものか…。そう考えていたところ、どうやら目標は雛苺と戯れている模様。となれば、それは容易いことだ。 「ジュン登りぃ~」「う、うわ、お、重い!前が見えない!っていうかこんなところでひっつくな!」「ええー、ヒナ重くないのよ!れでぃーにそんな失礼なこといったら、めっ、めっ、よ」「いやそういう問題じゃなくて、学校でそういうことをされるとどこで誰が見てるか…」「私とか、ね」「か、柏葉!?」桜田くんは、朝のときと同じ調子で驚いた。まるで幽霊でも見たような。「あーっ!トモエなのー!」桜田くんに登っていた雛苺は、そう叫ぶなり私に飛びついてきた。ああ、可愛い…。ところが、比較的自然に話しかけることができてほっとしたのも束の間で、桜田くんは私を見るなり「あ、じゃあ、僕は用事があるから…」ってそそくさと走り去って行っちゃった。いつもならそんなことはないんだけど。なんていう無礼。幼馴染みにあるまじき態度。まったく桜田くんときたら…。……。……。……っていうか私、避けられてる……?∴私はとんでもなく阿呆だった。あの後、雛苺に頼んで桜田くんが私のことを避けているのか確かめてもらった。結果はこうだった。 『いや…なんか今朝、柏葉が僕のこと起こしに来てたような気がして… そんなはずないんだけど…でもなんかすごい記憶に残ってて、あんまり現実感があったから、なんか夢だとも思えなくてさ… あー、なんでこんなこと思うんだろ…変だよなぁ。 それでちょっと、なんだか気まずかったんだけど、柏葉には言うなよ?』とのこと。雛苺は、それは嬉しそうに「柏葉には言うなよ」まではっきりと伝えてくれた。結局、私のことを過度に意識してのもので、避けられていたわけではないらしい。意識されるっていうのは、悪いことじゃない。けれど……違う!私はこんなおばけみたいな意識のされ方を望んでいたわけじゃない。だいたい、私が朝起こしに来ることについて、そんなはずないとはどういうことか。やはり桜田くんには私の幼馴染みであるという自覚が足りないらしい。…けれど、これには私自身にも原因があったのだ。よくよく調べてみたけれど、「毎朝起こしに来る」なんていうのは幼馴染みじゃない。違ったのだ。私は勘違いしていた。けれど、今の私にはそれがわかる。間違いは修正していけばいい。そう、幼馴染みとは、「毎朝起こしに来て登下校を共にする」ものだったのだ。
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