課題のための訪問
懐かしき思い出金糸雀のことから数日経ったある日。またもや玄関の呼び鈴が鳴った。それはその時のお話。「課題のための訪問」朝早く起きた僕は朝食を早々に済ませあることに取り掛かろうとする。「久しぶりに何か作ってみるか。何がいいかな…」あることとは裁縫だ。僕の特技は裁縫。それを活かしてたまにぬいぐるみや洋服を作っている。今日は久しぶりに何かを作ることにした。「猫…。そうだ黒猫のぬいぐるみを作ってみるか。」最終的にこの頃よく見るあの猫をモデルにぬいぐるみを作ることにした。数時間後には黒猫のぬいぐるみは完成し、棚の開いているところに飾った。材料は物置に色々あるのでそのことでは苦労はしない。ただこの頃は作った物を置く場所に困る。自分の作った物を物置に埋もれさせるのも何か嫌だし。かといって棚の空きスペースももうなくなってきたし。…今度金糸雀が来たときにでもあげようか。「あ~でもあいつ黒猫嫌いだったかな?」上に乗られて怒ってたからな。他のやつあげるか。っとそんなことを考えているとあまり鳴ることのないこの家の呼び鈴がなった。「金糸雀か?いや…あいつなら連打するか…。じゃあ誰だ?」 考える前に出たほうが早いな。「誰ですか~っと…」玄関の扉を開けるそこには水銀燈くらいの背で栗色の長髪をなびかせる赤と緑のオッドアイの少女がいた。「んっ?何か用か?」「えっと…その…こ、これを見るですぅ。」名前も知らないその子が差し出してきたのは学校での必需品ノートだ。最初のページを開くとそこにはこう書いていた。~自由研究予定表ですぅ~今年は早めにするために簡単なものにするですぅ。ズバリ怪しい家の調査をするですぅ。怪しい家の判断点は~周りに溶け込めていない家~~翠星石が見ているときに黒猫が入った家~のみですぅ。さっさとやるですぅ。……今日はめんどくさいので明日やるです。最後日記になってるよな?その前に怪しい家の規定結構難しいぞ。さらにその前に怪しい家の調査って簡単か?なんて考えている間もその子は不安なのか泣きそうな顔でずっと僕を見ている。「あの…だめなのですか?」最後にこの一撃だ。不安な顔で上目遣いで少し涙目で呟くように……いろいろクリティカルヒットした。「つまり家に入りたいんだな。別にいいぞ。っとその前に名前は?僕は桜田ジュンだ。」「す、翠星石ですぅ。」 「そうか。じゃあ翠星石。この家に入るには約束事が一つある。」「約束事ですか?」まあ無いんだけど試しに言ってみるか。「それはな。家にいる間にぬいぐるみを一つ選んで持って帰ることだ。」「それくらいのことはちゃんと守るですよ。」ふぅ。よかったよかった。できはよくわからないが誰かに見てもらうのは作った者として嬉しいからな。「じゃあ入っていいぞ翠星石。」「お邪魔しますですぅ…。」一礼して家のなかに入ってくる翠星石。そういえば何を調べるんだ?「…床は普通…壁も普通…階段も………」何を求めてこの家に入ってきたんだ?魔女の家じゃあるまいし。……まさか黒猫が入ったからって魔女の家だと…「なあ翠星石?」「なんですか?」「ここは魔女の家じゃないぞ。」「えっ!?」あっ大当たりか。まったくこの頃迷惑なことを運んでくるな黒猫よ。「そ、そうなのですか……」「そうだよ。何考えてるんだよ。大体なぁこのご時世に魔女なんて……」「うっ…ぐす…ひっく…」 えぇ~ここで泣く?ぼ、僕のせい……か?「すまん翠星石。ちょっと言い過ぎた。泣くなよ。」「…だって…ぐす…こんな間違い…ひっく…恥ずかしすぎて…ぐす…死ねるですぅ。」「まあそれが大人ならな。お前はまだ子供じゃないか。そんな間違いの一つや二つあったほうが女の子らしくていいぞ。」今僕ができるであろう渾身の慰めである。頼むからこれで泣き止んでくれよ。「そ、そうですか?なら…よかったですぅ。」涙を拭きながら顔を上げた翠星石の顔は笑顔になっていた。よかった。これ以上泣かれたらこっちが罪悪感で死ぬとこだった。「でも…これじゃあ計画が台無しですぅ。何かいい自由研究は無いものですか…。」いや…しかし魔女の家があったとしても自由研究の題材にはならない気がする。まあそれは置いとくか…。「そうだな。僕が教えられることは料理と裁縫ぐらいだけど…」これも自由研究になるのか?昔パンが黴びるまでとかいう自由研究やった気がするが…「一番やれそうなのは料理ですぅ。ジュン教えてほしいですぅ。」「よし。いいぞ。そうだな~まずは自分が何ができるかやってみろ翠星石」っとここまではよかったのだが…。 「うっ…ぐす…」また泣いちゃったよ…。いやいくら相手が小学生だからって生卵をそのまま電子レンジに入れたり油引いてないフライパンに直で肉を入れたりそのフライパンになぜかあったワインを一気にかけたりするとは思わないだろ? ………いや僕の責任か…。「泣くな泣くな。台所がぐちゃぐちゃな上に翠星石にまで泣かれたらこっちが滅入るよ。」「…でも台所が…ぐす…ぐちゃぐちゃになったのは…うっ…翠星石の…」「あ~も~さっきも言ったろ?お前はまだ子供なんだ。できなくて当たり前のな。無理矢理させた僕が悪かったんだよ。」僕の声を聞いてなのか泣きじゃくる声が無くなったのでとりあえず安心………か?「まあこれは置いとくとしてだな。どうする?裁縫。教えてやろうか?」「お、お願いするですぅ。」いまだに下を向きながら目を擦っているが返事だけはしっかりとしてくれた。僕はその弱々しい頭を撫でると朝方使った裁縫道具を取りに二階に戻った。「ほら見てみろ。これが簡単な例だ。自信はないけどな。」「…これはジュンが作ったのですか?」翠星石は二階に行っている間に泣き止んだようだ。 その翠星石に裁縫道具とは別に持ってきたぬいぐるみを手渡した。選んだぬいぐるみは朝方作った黒猫のぬいぐるみだ。「ああ。暇潰しにな。」「縫い目が分からないくらいうまくできてるですぅ。それに…か、カワイイですぅ。」「そう言ってもらえると作った者として嬉しいよ。」先程まで暗い顔をしていた翠星石がぬいぐるみを見たとたん明るくなった。それは製作者としてとても嬉しいこと。自分が認められたという証。たとえ相手が子供であっても……いや子供だから嬉しいのかもしれない。「翠星石は…」「んっ?なんだ?」「翠星石はこんなにすごいぬいぐるみ作れる自信が無いですぅ…。」人は時として自分が認めたことに『絶対に越えられない壁』を作ってしまうことがある。今の翠星石はまさにそれだ。自分ではこんなものは作れない。絶対に失敗してしまう。そんな考えが深層意識に擦り込まれ無意識にできないものとしてしまう。経験者が言うのだ。間違いないだろう。「大丈夫だよ翠星石。」「えっ?」「たしかに人にはできないことがたくさんある。でもできることもたくさんあるんだ。」「…答えになってないですよ…。」 確かにそう…答えになってない。でも翠星石の顔は僕の言ったことを理解できた顔つきだ。「…でもなんだかやれる気がしてきたですぅ。さっさと教えてくれですぅ。」「まあ始めはぬいぐるみなんて無理だから………」それから小一時間。翠星石に裁縫を教えてみた。始めは自分の指に刺してしまったりほつれてしまったりしていた。しかしなかなか筋がよく教えたことを理解し吸収していった。「う~ん。これくらいにしておくか翠星石?そろそろ集中力もきれてきただろ?」「そうですね。今日のところはこれくらいにしておいてやるですぅ。」なぜだろう?ついさっき会った時と今とでは翠星石の随分接し方が違うような気がしてなはない。「どうしたのですか?」「いや随分会った時と感じがかわったな~っと思ってな。」「何を言ってるんですか…。まだ会って半日も経ってないですよ。」たしかにその通りなんだけど……まあいいか。「それじゃあそろそろ帰らせてもらうですぅ。」「んっ?裁縫で題材になったか?」「え~っとそれはどうか分からないですが…。とりあえず楽しかったからいいのですぅ。」いいのかよ…。まあ僕には関係ないけど…「まあ頑張れよ。」「言われなくてもわかってるですよ。」そんな悪態を吐きながら玄関へと進む翠星石。そして玄関の前でその長い髪をなびかせながら振り向きこう告げだ。「また今度きてやるですから裁縫教えろですよ。あ~それと翠星石の家は時計屋をやってるですぅ。時計が壊れたら持ってくるですぅ。格安にしとくですよ。」「タダじゃないのかよ。まあタダより安いものはないっていうしな。覚えておくよ。」翠星石がまた来ることは先程の言葉から予想していた。だって「今日のところは…」って言ってたからな。「じゃあまた今度ですぅ。」少し前の泣き顔など思い出させないほど純粋な笑顔を見せながら翠星石は玄関から外へと飛び出した。その視界の片隅に黒い何かが見えたのは気にしないでおこう。だって今の僕には台所を片付けるという使命があるのだから。…………………現在あれから六年経ったわけだが…「ジュンできたですぅ。」「へぇ~結構な出来じゃないか。」僕の前には自分で作ったぬいぐるみを抱く翠星石の姿が映っている。その出来はまずまずと言ったところだ。「ま、まあここまで出来たのは翠星石の実力ですがそれを教えてくれたのはジュンですぅ。そこだけは感謝するですよ。」他から見たら素直ではないお礼の言い方だが僕には今までにないくらいのお礼に見えた。何故なら翠星石が抱いているぬいぐるみは二つ。一つは翠星石自身が作った物。そしてもう一つは………あの時僕があげた黒猫のぬいぐるみだった。
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