第三回:京都
第3回:京都雪「そうだ、京都行こう…と、いうわけで!私達は今京都駅に来ていますわ。」薔「…いえー。」雪「ばらしーちゃん、テンション低いですわよ?ほら、もっと元気よく!」薔「だって…あちゅい…」ちなみに現在の気温は34℃。暑さが大の苦手である薔薇水晶は新幹線を降りてからその熱気にまいっていた。雪「ばらしーちゃん、それは夏である証ですわ!夏といえば京都、京都といえば夏ですわ!」薔「祇園祭とかあるしそれはわかるけど…暑いものは暑いよ…」雪「ふふっ、でも暑いからこそ美味しいものもあるというものですよ?では、古の都の伝統を味わいに参りましょう♪」薔「あ、待って…走らせないでよ……」食べ物がからむと勇み足になる雪華綺晶を追いかけながら薔薇水晶は駅から遠ざかった。雪「匂います、匂いますわ。美味しそうな気配が!」2人は碁盤の目と称される独特の細道を歩いている。周囲には歴史を思わせる古びた建物が続きまさに古の都にいるという実感を感じさせていた。その2人の前を和服を着た白塗りの女性が通り過ぎる。薔「あっ、お姉ちゃん…今舞妓さんがいたよ…」雪「ばらしーちゃん、舞妓さんは食べられませんわよ?」薔「……お姉ちゃん…」時折見られる舞妓や歴史的な建物に雪華綺晶は一切構う様子もなくただ一心に自らの美食センサーを働かせている。その様子に今更ながら薔薇水晶は溜め息をつくしかなかった…薔(せっかく京都まで来たのに…今回も観光はできそうにないなぁ。)薔薇水晶がそう思ったその時--雪「むむっ!あれは!」突然雪華綺晶が声を上げた。薔「…どうかした?」雪華綺晶の目を向けた先を見ると、そこには大きな日笠を店先に掲げる古びた御茶処が見える。雪「あそこから出るオーラに私のセンサーがビンビンと反応していますわ!ばらしーちゃん、早速行きましょう!」薔「はいはい…」薔薇水晶はウキウキと店に向かう姉を追ってその暖簾をくぐった。すると冷房が効いた店内の空気が暑さに火照った体を優しく撫でる。薔「わぁ…涼しい…」久々に感じる涼しさを懐かしむように薔薇水晶は目を閉じて全身で涼を感じていた。雪「ばらしーちゃん、何をしてますの?早く注文しましょう!」いつの間にやらさっさと席に着いている雪華綺晶の声に一気に現実に引き戻された薔薇水晶は少しムッとしながらも同じ席に着く。雪「さてさて、何を食べましょうか♪」机に置かれたお品書きを開きながら呟く雪華綺晶はいたくご機嫌である。同様にそのメニューを見る薔薇水晶。するとむくれていたその表情がぱぁっと明るくなった。薔「わぁっ…美味しそうな餡蜜…」メニューに載っていたのは涼やかな器に盛られた餡蜜であった。雪「ふふっ、やはり京都に来たのなら和のスィーツをいただかねばと思いましてね。」薔「餡蜜…好き。」雪「それは何よりですわ♪では…すみませーん。」雪華綺晶は近くにいた和服姿の店員を呼び止めると2人分の注文を終えた。薔「ここ、なんかいいね…夏の京都って感じがする…」注文の品を待つ間、和風の佇まいを持つ店内を見回しながら薔薇水晶が呟く。雪「本当ですね。鉄筋コンクリートで作られたお店ではこの感じは出せませんわ。」およそ1200年前、平安の都として栄えた京都。その街には今も古と変わらぬ和の気配を色濃く残す場所が多く残る。その伝統ある雰囲気に現代の日本に生まれ育った2人は何とも言えぬ穏やかな感情を抱いていた。店員「お待たせしました。」ちょうどその時、2人の前にやって来た店員が机の上に餡蜜を置いた。薔「わぁ…美味しそう♪」器に盛られた餡蜜に薔薇水晶が右目を輝かせる。雪「本当ですわね。さてさて、私のほうは…あ、来ました来ました♪」薔「お姉ちゃんは何を頼……えっ!」店員「お…お待たせしました…」フラフラとした足取りでやって来た店員が雪華綺晶の前に置いたのは巨大な皿の上にチョモランマのように山盛りにされたわらび餅であった…雪「あぁん、涼やかで美味しそうですわ♪」薔「うわぁ……」その光景を見た薔薇水晶は姉とは対照的に呆れたといった様子である。雪「さて、早速いただきましょうか♪」薔「う…うん…」気にしたら負け…薔薇水晶は自分にそう言い聞かせると餡蜜を掬ったスプーンを口に運んだ。瞬間、口いっぱいに広がる涼やかな甘味。みつ豆にたっぷりとかけられた餡は甘すぎず調節されており、それを補う蜜はあくまで強めの甘さを主張しすぎず、あくまで餡の持つ風味を引き立てていた。薔「美味しい…今まで食べた餡蜜で一番かも……」その一口を含んだだけで和の甘味を体現させてくれるような見事な味わいに薔薇水晶は鮮烈な感激を覚えたようである。薔「なんか…すぐに食べるのは勿体無いな…ここはじっくりと……」雪「すみませーん、追加で白玉餡蜜とところてんを5人分ずつくださ~い♪」薔「!?」一口を食べたばかりの薔薇水晶の前ではいつの間にか空になった大皿を前に次の注文を取る姉がいた。結局、薔薇水晶が餡蜜を食べ終える間に雪華綺水晶は合計30人分の甘味を完食したのであった……雪「美味しかったですね、ばらしーちゃん♪」薔「う…うん。」あれだけの甘味を食べたにもかかわらずケロッとした様子の姉に薔薇水晶は顔を引き吊らせる。薔(ホント…お姉ちゃんの体の中ってどうなってるんだろ…?)今更ながらそんな疑問の視線を姉に向けていた時、ふいに雪華綺晶が立ち止まった。薔「お姉ちゃん…どうかした…?」雪「ばらしーちゃん、匂いませんか?」薔「失礼…私、こいてないよ…」雪「そういうことじゃありませんわ!今、美味しそうな匂いが…くんくん。むっ!あっちですわ!」ダッ薔「あぁっ、またこのパターン!」ダッ以前北海道でも似たような経験をした薔薇水晶度は今度は置いて行かれぬように雪華綺晶の背中を追いかける。それもそのはず、碁盤のように多くの細い道が続く京都では見知らぬ人が迷えば抜け出すことは至難の業なのである。薔「お姉ちゃ…待って…ぜぇ、ぜぇ…ひぃ…」真夏日の京を疾走する2人の乙女。だがその一番の違いはその表情である。白い服の少女は楽しげな表情を…だがもう一人、紫の服の少女は顔中に玉のような汗を浮かべ今にも倒れそうだ。薔(嗚呼、さっきの涼しさが懐かしいよぅ…)走ることの苦しさと全身にまとわりつく熱気に泣き出しそうになりながら走る薔薇水晶…もう限界といったその時、ようやく雪華綺晶がその足を止めた。雪「やっと見つけましたわ♪」そこは道端にある一件の屋台であった。薔「ゼハーッ、ゼハーッ!ゴホッ…ゴホッ!」その直後、やっとの思いで追い付いてきた薔薇水晶が息を切らせながら膝を折る。雪「あら、ばらしーちゃん…だらしないですよ?少し走ったぐらいで。」薔「お……鬼ぃ!」汗だくの薔薇水晶は猛暑の中をあれだけ走っても平然とした様子の姉を「人間じゃない」と心底思ったという…。雪「それより…すみません。これ、おいくらですか?」雪華綺晶はひとまず薔薇水晶を置いて屋台である物を2つ購入したようだ。雪「はい、ばらしーちゃんの分ですわ。」雪華綺晶は今買ったばかりのそれを妹に差し出すが…薔「い…今…無理…水……」だが今の薔薇水晶には固形物を飲み込む余裕すら残ってはいない。雪「しょうがないですわねぇ…はい、私の飲みかけでよろしければ。」薔「!」薔薇水晶は差し出されたペットボトルを受け取ると一気に中身を飲み干した。薔「ふぅ…生き返った……」雪「うふふ、もう大丈夫なようですね。では、改めて…はい。」薔「何…これ?」薔薇水晶は手渡されたそれに目をやる。それは串刺された何かの蒲焼きであった。雪「ふふっ、これはここ京都が誇る夏の名物・ハモですわ。」薔「ハモ…これが?」その名は薔薇水晶も聞いたことがあるが、実物を見るのはこれが初めてであった。雪「そうですわ、京都に来たからにはこれを食べずに帰れませんわ。では、いただきます。」薔「いただきます…。」2人は同時にハモの蒲焼きにかぶりついた。薔「…へぇ、これがハモなんだ…。」口に含んだそれはい甘辛いタレが焦げた香ばしさとあっさりとした味わいであった。雪「うん、なかなかの美味ですわね。」薔「うん、でも…」雪「でも…なんですの?」薔「確かに美味しいけど…悪く言うとなんか脂の乗ってないウナギみたい…これが本当に京都一の名物なのかな?」確かにそれは美味と言われる部類に入る味だ。しかし、薔薇水晶にはこれが決して高級・名物と騒がれるほどのものには感じられなかった。だが、その様子を見た雪華綺晶は何故か得意げに口を開いた。雪「ばらしーちゃん、いいことに気付きましたね♪」薔「…へ?」姉の言葉が何のことか解らず薔薇は素っ頓狂な声を出す。雪「流石に私の妹ですわ。そうです、これは『おばんざい』といって大衆用に作られたハモ料理なんですの。」薔「…おばんざい?」雪「ええ、ハモは高級というイメージがありますが京都では昔から一般的な食べ物として親しまれてきたんですの。これからの本番を備え、一度大衆的なハモを味わっておこうかと思ったのです。そして、そのついでにばらしーちゃんの味覚をテストさせてもらったのです。高級というイメージは舌を紛らわせますからね……しかし結果は合格ですわ♪」薔「お姉ちゃん…ズルい…」雪華綺晶の行動に薔薇水晶はぷぅと頬を膨らませる。雪「まぁまぁ、気を悪くなさらないでくださいな。ささ、ではこれから早速本物のハモを味わいに行きましょう。」そう言うと雪華綺晶はタクシーを呼び止め、乗り込んだ2人は京料理を出す店へと向かった。しばらく車内から京都の風景を楽しむと、車は一件の建物の前で停車した。運ちゃん「ほい、着いたで。ここの店の料理なら間違いないないやろ。」雪「ありがとうございます。お釣りは結構ですわ。」運ちゃん「うはwwwおおきに♪」雪華綺晶は運転手に諭吉を一枚渡すと薔薇水晶と共にその店の中へと入った。店員「いらっしゃい!」暖簾をくぐりカウンターへと座る。お品書きを開くとそこには真っ先にハモという字が書かれていた。雪「すみません、私たちハモを食べに来たんですが、何かお勧めなどございますか?」「へい、ハモの本当の持ち味を味わうならやっぱり落としでんな。」雪華綺晶の言葉を受けた店長らしき男性はにっこりと笑いながら答える。薔「…落とし?」店長「簡単に言うと洗いのことですわ。ハモには他にも天ぷらや押し寿司なんかがありますねん。そやけどハモ料理の代表は落としですわな。」雪「ならそれをお願いしますわ。」店長「へい。では…」すると店長はそばにあったタライの中から細長い魚を取り出した。雪「まさか、それが?」店長「そう、これがハモっちゅう魚です。」初めて目の当たりにする本物のハモ。ウナギに似た体系だがその体には銀色を帯び、何より口先は尖りそこからは鋭い牙がのぞいている。店長「ごっつい歯でっしゃろ?ハモの名前は元々『噛む』が語源で、首を切って締めてもしばらくは噛み付いてきはるんですわ。」雪「まぁ、凄い生命力なんですわね。」店長「そやけど、その生命力こそがハモを京都に根付かせたんです。」慣れた手つきでハモを捌きながら店長が言う。薔「…どういうことですか?」店長「まだ輸送技術が不便やった昔、京都は海のもんが入りにくかったんどす。そやけど、ハモの生命力なら真夏でも少しぐらいの輸送にも耐えられる。そやから京都には長い間ハモが一般的なもんとして根付いたんです。」雪「まぁ、ハモが本場なのはそんな理由があったんですね。」薔「知らなかった…。」流石に地元。店長 の説明に2人は納得したように首を動かした。店長「勿論、京都の近くで穫れるハモが極上品っちゅうことも理由ですけどね。…さて、ハモ料理の極意はこれからやで、よ~く見とき。」店長はそう言うなり開かれたハモに向かい包丁を入れた。薔「えぇっ!?」雪「まぁ…」ーージャリッ、ジャリッ、ジャリッ…店長はまるで精密機械のようにハモの身に小刻みに包丁を入れていく。そのたびにハモの身からはジャリジャリと小気味よい音が上がる。薔「一体…何を…?」雪「これは…骨切り!」店長「そや、よう知っとりまんなぁ。ハモの身には細かい小骨がようけぇ入っとって普通には食えへん…そやからこうやって細かく包丁を入れてその小骨を断ってくんどす。」雪「皮を切らないように身だけを一定の感覚で切り続けるにはかなりの修行をしなくてはならないんですって。」店長「はは、普通は一寸(3cm)に26の包丁を入れんと一人前やないといいはりますが、流石に慣れたもんですわ。……よしっ。」次に店長は骨切りを終えたハモを一口大に切ってゆく。そしてそれをグラグラと湯が煮える鍋にサッとくぐらせた。店長「さぁ、仕上げや。」すると湯にくぐらせ白みを増したハモの身を次はたっぷりの氷を浮かべた冷水に晒す。すると…雪・薔「「わぁっ!」」熱湯から氷水に移されたハモの身は一瞬で締まり、骨切りされた身を外側に大きく反り返る。それはまさに氷の中に咲く涼やかな白い花のようであった。やがて水気を取った身を皿に盛り付けた店長は2人の前にそれを差し出す。店長「はい、ハモの落とし…お待ちどうさんです。」薔「綺麗…なんか食べるのが勿体無いくらい…」雪「本当に…これは料理であると同時に、お皿というキャンバスに描かれた芸術ですわ。」器に咲いた数輪の白い花を前に普段は食べ物ならば真っ先にかぶりつく雪華綺晶もしばし見とれていた。店長「綺麗なお嬢さんにそう言われるのは照れまんなぁ…さ、そこの梅肉を付けて食べてみてください。」雪「はい、では心して…」薔「…いただきます。」2人は箸で白いハモの花を掴むと、鮮やかな赤い梅肉を纏わせ口に運んだ。雪・薔「「ーーッ!!」」その身をひと噛みした瞬間、口の中に未知の味覚が広がった。骨切りされた身からは上品であっさりとした味が…皮からは脂による風味としっかりとしたコクが広げる。しかしその脂を絶妙なバランスに抑えるのは梅肉の鮮烈かつ爽やかな酸味。そして喉を通った後、口の中に残るものはかすかな脂の余韻と梅の香りであった。薔「……すごい…これが…本当のハモ…」雪「私…箸を持つ手が震えてますわ。」店長「どうです?本当のハモ、京都の味は…」薔「凄い……凄いです!」雪「嗚呼…私たちは今、まさに京都を食べているのですね。」そのあまりの美味に2人はいたく興奮気味であった。しかし店長は満足げに小さく笑うと言葉を続ける。店長「いややなぁ、京都を食べるんならまだまだこんなもんやおまへんで?京都にはまだこれがあるんやから。」そう言うと店長はカウンターに籠いっぱいの野菜を置く。雪「これは…」薔「…何?このお野菜…八百屋さんのと形が違う…」店長「これは京都だけで昔から作られてきた『京野菜』。ハモと一緒で京都が誇る伝統的な食材ですわ。形だけやなくて味のほうも普通の野菜とはひと味もふた味もちゃいまんねん。」雪「……店長さん、その違い…私の舌で感じてみたいのですが…構いませんか?」ジュルッ雪華綺晶は初めて見る食材に目をキラキラと輝かせている。店長「勿論そのつもりでっせ。さぁ、しっかり味わってってください。」雪「おおきに~、ですわ♪」薔「店長さん…いい人…私の中でラプラスを超えた。」かくして雪華綺晶・薔薇水晶姉妹は夏の京都の味に幸福な時間を過ごすのであった……。翌朝・京都駅…薔「うん…銀ちゃんたちへのお土産ゲット…」雪「ばらしーちゃ~ん、そろそろ新幹線の時間ですわよ~!」薔「うん、今行く…」薔「京都…いいとこだったね。」雪「えぇ、是非また来たいですわね。」薔「…あ、電車来たよ……」ほどなくしてやって来た新幹線の扉が目の前で開く。そこから乗り込んだ2人は指定席の椅子き腰掛けた。雪「もぐもぐ…八ツ橋美味ですわぁ。いっそこの皮に包まれたいくらいです。」薔「ニッキ臭いからやめなよ……」そうこうしている間に2人を乗せた新幹線はゆっくりと動き出し、加速を増していく。その時、車内にアナウンスが鳴り響いた。『今日も、新幹線をご利用いただきありがとうございます。次の停車駅は、新大阪…』薔「……んッ!?今、なんて…」『新大阪を出ますと、新神戸、岡山、広島の順に停まります。』薔「え…えぇええええッ!?」今乗っている新幹線が本来帰るべき方向とは逆に向けて走っていることを知った薔薇水晶は驚愕の声を上げる。薔「お、お姉ちゃん!大変!この電車、間違い。逆に向かってる!」雪「もぐもぐ…ごっくん。ほぇ?ばらしーちゃん、言ってませんでしたっけ?」薔「な…何を?」一抹の嫌な予感を感じながらも薔薇水晶が問う。雪「私たちはこれから中・四国の美味を味わいに行くんですのよ?だからこの方向で正解なのですわ。」薔「ええええっ!?」姉の爆弾発言に薔薇水晶はまたしても声を張り上げる。薔「そんなの…聞いてないよ…」雪「でも今聞いたでしょ?さ、ここまで来たら後には引けませんわよ♪」薔「お…鬼ぃ…」雪「何とでも仰ってください♪さてさて、次は何を食べましょうか。」微塵も悪びれる様子もなくにっこりと天使のような悪魔の微笑みを見せる雪華綺晶。薔薇水晶は姉の暴君ぶりにただただ力なくうなだれるのであった…。 続く。
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