「少年時代1.3」
「少年時代1.3」「ただいま」所々に建て直しの色が見られるものの、おおむねにおいて年季の入った木造の佇まいが、旧代の日本を想わせる一軒家。その宅の娘とおぼしき少女…トモエは、柏葉と記された表札に帰宅の挨拶を聞かせつつ玄関戸を横へ滑らせ、のろのろとした足取りで三和土へと踏み入った。「あら、おかえりなさいトモちゃん。 早かったのね」「うん……」「ジュン君は? 一緒じゃないの? お母さん楽しみにしてたんだけど」「うん……」やわな身体を前にかがめて脱いだ靴を揃えると、お出迎えに顔を出した母親に何とも気の無い返事を返しながら、変わらず緩い歩みでもって廊下を進んで行くトモエ。伏せがちな顔に並んでいる両目は、涙達が自分らの居た余韻を赤く残している。「ん、どうしたのトモちゃん。 元気無いみたい」「ううん……だいじょうぶ」どこが、と母は言わなかった。1度は開いたもののすぐに閉じた唇から察するに、それに類する事を言いたかったのかもしれないが、娘の様相を慮ったのだろうか。 「お昼、そうめんにするから」「……いい、いらない」階段の板張りを鳴らしながら2階へと上っていくトモエの背中を追いかけて、母親はただひと握りの言葉を投げかけた。緩慢さ豊かに振り向いたトモエは、自分を見上げている母親には目を合わせず、ただ階下に視線と心細い声を落とすと、再び足取り重く階段を上っていった。先ほどまでは陽光を浴びて輝きさえ見せていた白いワンピースが、家屋の影に鮮やかさを抜き取られてしまったのか、どこかぼやけて儚く映る。相反して、髪の色は一層にその深さを増しているが、影の中では艶も見出せず、ただただ黒が濃くなっている。「だめよ、ちゃんと食べないと。 できたら下りてらっしゃいね」階段を上りきったトモエが2階の部屋の障子戸に手を添えたところで、やや強めな声が重ね階下より飛んできた。返事の言葉無く部屋へとこもったトモエだが、後ろ手に閉ざした障子戸が、あたかも彼女の胸中の代弁を受け持ってくれたかの様だった。バンッ!
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