苦難 三番目
人生とは、山あり谷あり。 平坦な人生ほどつまらない物は無く…… 困難すぎる人生ほど厄介な物は無い。 つまり……楽な人生なんて無いって事だ。「あぁ……水銀燈君? そんなに睨まないで欲しいのんだけど?」 と、学校の屋上で水銀燈と対峙する潤は、困った様に頬を軽く掻いて言う。 そんな潤を見てますます鋭く睨む水銀燈。「何か聞きたい事でもあるのかい?」 本当に困った様に潤は、そう水銀燈に問いかけて見ると……水銀燈はやっと口を開く。 相変わらず潤を睨んだままと言うのは、しょうがない事なのかも知れない。「人じゃないモノが、何故表に居る? そして何を目論む」 何時もの口調とは違い、殺気混じりの淡々とした口調で水銀燈は尋ねる。 そんな水銀燈に、潤は苦笑を浮かべながら右手で眼鏡のズレを直した。 潤の眼鏡が、太陽の光を反射しキラリと輝くと同時に水銀燈は、押し潰された。 正確には、潤から発せられる威圧感にだ。 水銀燈の頬を一筋の汗が流れ落ちる。息が苦しい。空気に押し潰されている感覚。 「君を殺す為」 潤の口から発せられる言葉に、目を見開く水銀燈。 相変わらず潤は、口元に苦笑を浮かべている。「と、言うのは冗談」 フッと、水銀燈を押し潰していた威圧感が掻き消える。「確かに俺は鬼だ。人じゃぁない……人じゃぁないが人に仇名すつもりもない。 それに、今の生活を気に入ってるからなぁ……」 この前みたいなのは別として。と、潤は苦笑を浮かべながら頭を軽く掻く。「異形の者は祓うのが私達よ?」 センセも例外なく。と、水銀燈は言うと潤は相変わらずの苦笑を浮かべる。「初代や二代目ならまだしも……今の八乙女じゃぁ俺を祓うのは無理だ…… 力も貧弱。経験も少ない。己の能力に御座掻いてるだけではな…… それにだ……先ほども主張したが…… 人に仇名すつもりも無く平穏に生きる異形の者を祓うのが八乙女の仕事か?」 初代や二代目の八乙女に、聞かせてやりたいもんだ……と潤は空を仰ぎ見る。 いやまぁ……最初は、初代も二代目も祓う為に来てたけど……なんか段々趣旨ちがってきてんだよなぁ…… 部侍威蛇、元気してるかねぇ? などと、思い出にふける潤だった。 「さて、水銀燈君? もうそろそろお昼休みは終了してしまうよ? 授業への遅刻は大変成績に響く。 一回二回の授業への遅刻は、大丈夫だが……後でジワジワと来るよ?」 と、潤はクルリと踵を返し屋上を後にした。 そんな潤の後姿を見て、水銀燈は歯を噛締めのだった。 放課後。「あぁ……私の平穏を返せ!!」 と、潤は八乙女が桃乙女である雛苺を小脇に抱えながら猛然と走っていた。 その潤と雛苺を、追うのは戦国時代の武将達が着込んでいた鎧を纏った異形の者が三体。 何故こんな事態になったのか! と、思い返してみると……偶然と言う名の必然? 仕事が終わりさぁ帰るか……と、帰路に着いた瞬間。 潤の前方から、猛然と走ってくる小さな影一つ。「せんせー! 助けてなのー!」 え? と、雛苺の後ろを見れば……鎧武者三体がやっぱり猛然と追いかけて来ている訳で…… そして今に至る。 「せんせー! あいとー!」「雛苺君! 早急に! 簡潔な! 説明をしなさい!」 小脇に抱えられている雛苺は、暢気に潤に声援を送る。 そんな雛苺に、潤は何故こうなったのかと説明を求める。 ちなみに、尚も猛然と走る鬼ごっこは続いている。「簡単に祓えるとおもったら。失敗しちゃったの」 てへっと笑う雛苺を見て……あぁ、もう桃乙女は初代からこんなのか! と、潤は苦虫を潰した様な表情をつくる。 そもそも、一般人に「簡単に祓える」とか言っちゃいけないだろう!? いや、私は確かに一般人ではないが! あぁもう! 初代も……祓いに来た! と……後ろに魑魅魍魎引きつれながら……結局、祓われるんじゃなくて 俺が、その魑魅魍魎を祓ってやったんじゃないか! 八乙女で一番タチが悪いのは桃乙女か!! と、遠い昔の似たような境遇を思い出し、少しばかり涙を浮かべる潤。 一時間ばかり鬼ごっこを続けていたのだが……段々と潤はイライラとしてくる。 そしてとうとう……ブチンッと切れた。 潤はその場に停止し、クルリと踵を返し……「うざったいわ!! この腐れ野朗どもが!!!」 相変わらず猛然と突撃してくる鎧武者の一体を、その拳で殴りつける。 拉げる音と崩れる音が同時に周囲に響くと同時に、その殴りつけられた一体は、吹き飛び地面にぶつかり 二度ほどバウンドした後動かなくなりサラサラと末端から砂と化す。 「うぇ? せんせー?」「雛苺君? 少々……黙ってろ」「あ、あぃ」 潤の言葉に、ビクッと身を竦ませる雛苺。「本当なら……今頃自宅について……この前やっと購入できた鬼神舞踏を飲めるはずだったのに……」 凄まじい威圧感が、周囲を包み込み雛苺を抱き抱えていない方の腕が陽炎の様に揺らめく。 ちなみに、鬼神舞踏とは酒の名前である。「黙って涅槃に逝け!!」 陽炎に揺らめいていた腕を振るえば、その腕は丸太の如き巨大な腕と化し残りの鎧武者達を叩き飛ばす。 一体目と同じ様に地面にぶつかりバウンドした後、動かなくなり砂と化すのを見届ける潤。 そして、落ち着いた時……潤は自ら墓穴を掘った事に気がつくのだった。「あー……雛苺君?」 鬼の腕と化していた腕は、既に戻ってはいるが……潤は、ギギギと油を指し忘れたカラクリ人形の様に首を動かし 小脇に抱えている雛苺を見る。 「凄いの! せんせー!」「そ、そうかい? 雛苺君? この事は他の皆には秘密だよ? 特に君達八乙女には」「勿論なの! 雛とせんせーだけの秘密なのー!」 そうしてくれると嬉しいなぁ。と、冷や汗を流しつつ雛苺を下ろす潤。 じゃぁ、ちゃんと帰宅するんだよ? と、潤はそう告げるとさっさとその場を逃げる様に後にするんだった。 一人ぽつんと残される雛苺。「……まさか。せんせーがねぇ……もしかして……アノ鬼なのかなぁ」 と、雛苺はくすくすと小さな笑みを浮かべながら帰路を歩き始めるのだった。
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