授業参観の日
授業参観の日「きょうのじゅぎょうさんかんはこくごだよ。ぜったいきてね」朝ご飯の途中での、娘の一言で思い出す。そういや今日はこの子が小学校上がって初めての授業参観でしたね。忘れてました。授業参観といえば、親が来たらなんだかこっぱずかしいし、来なかったら来なかったで寂しい思いをする複雑はイベントだったな、と思い出しました。「そうか。じゃあ僕も行くかな」「パパもくるの? おしごとはだいじょうぶなの?」「ははは、お前は大人だなぁ。そんなことを心配するなんて。大丈夫だよ。締め切りまだ遠いし」「そんなこと言ってるから、いつもギリギリになるですよ。学習しないですねぇ、パパは」「かたいこと言うなよ、授業参観なんて滅多にないんだし」「じゃあ、パパもきてほしいな」「それなら僕も行こう。いったい何をやるんだ?」「さく文よむの。わたしがかいたのだよ」「それは楽しみだ」「かなりあせんせいも、『桜田さんちには夫婦そろって是非来て欲しいかしら』っていってたよ」「そういやあのおバカにも長い事あってないですね。そろそろ結婚くらいしたですかね」「まだ独身だってよ」「そうですか。ま、チビの幼児体型のおバカですから、当然ですねぃ」「ママいいすぎだよ」「…」「ママよりお前の方がずーっと、大人だな」「なっ…ジュ…ジュンまで…」ジュンに怒られたです…。そしてそのジュンは笑顔で娘の頭撫でてやがるです…。我が娘と言えどジェラシー感じずにはいられねぇです。だがしかし! 私も大人。まさか娘の前で「翠星石も撫でて下さいです」なんておねだりはできません。我慢…我慢…ですよ、翠星石!
……そーです、この子を早く学校に行かせちまえば、ジュンを独り占めできるです。そーしたら外聞なんて気にしねぇで甘え放題ですよ。新婚気分ですよ。うふふふふ。ということで、考えを実行に移すです。「…え、えーと、お前、そろそろ時間は大丈夫ですか?」「うん、じゃあそろそろいってくるね。…ねぇ、さく文じょうずによめたら、ばんごはん、ハンバーグがいいな」「わかったですよ。考えとくです。それじゃ、行ってくるです。気をつけるですよ」娘は上手に靴の紐をちょうちょ結びにしました。ちょっと前までは泣きながら「できないー」と言っていたですのに。子供の成長ってのは早いものですね。「はーい。パパー、ママー、ぜったいみにきてねー」「おーう」「わかってるですよー」「いってきまーす」娘は小さな歩幅でコトコトと走って玄関へと出て行きました。リビングに戻ったら、ジュンはソファに座って朝のワイドショー見てました。翠星石はみ○もんたあんま好きじゃねぇですのに、やたらジュンはこの番組ばっか見やがります。そのことは置いといて、作戦を実行に移すです。「ふーぅ。やっと行ったですね。それじゃジュン…」「どうしたんだよ、そんなすり寄ってきちゃって」「翠星石もさっきあの子がされたみたいに、ジュンにいい子いい子してもらいたいです…」「やけに素直におねだりするな。何か変なものでも食べたのか?」…こいつは乙女心ってモンがわかってねぇんでしょうか……たとえ娘とは言え、別の女とベタベタされて気分いい妻なんていねぇですよ。このバカチン。え? そんなのお前だけだって? …少なくとも私はそうなんですよ! あんま気にすんじゃねぇです。「いいから黙っていい子いい子しろです! 鈍感! 唐変木! スカポンタン!」「そんなこと言うのならしてやんないぞ」うっ…こいつ、下手に出てやれば調子に乗りやがって…。こうなったら強硬手段です。無理やりにでもいい子いい子させてやるです。「ジュンがいい子いい子してくれるまでここからどかないです!」そう言って、私はジュンの膝の上に座ってやったです。昔から、ジュンの膝の上は翠星石の特等席です。こればっかりは娘にも譲れねぇです。……そして、何かをおねだりする時はいっつもここに座ってたです。それをこの鈍感がわかっているかはわかりませんが……。「うわっ…お前、何やってんだよ! 恥ずかしいよ! それに重い!」…流石に、この温厚で心優しい翠星石もキレたです。何ですか乙女に向かって「重い」って…。特等席とか、おねだりとか、全然わかってねぇじゃねぇですか、こいつ。あまりにもムカついたので脳天でバカジュンのあごに頭突きしてやったです。見事クリーンヒット。どさりと音をたててソファに倒れこむジュン。「どうです。これが乙女心を理解しなかったバツです! わかったら優しーく丁寧にいい子いい子するです」…って、あれ?ジュンが起きねぇです。ゆさゆさ「おーい、ジューン」…悪ふざけもほどほどにしてもらいたいものですねぇ。ゆさゆさゆさゆさ「ジューン、おーきーるーでーすー」……まったく、度が過ぎてるですよ。ゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさ「ジュン、ジュン、み○さんもういなくなるですよ。見なくていいですか」………そろそろ腹立ってきたですよ。ゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさ「いい加減に起きてください、ジュン!」…………ジュン?ゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさゆさ「…ジューン! 死ぬなですよぅ。翠星石を残して行かないでくださいぃ!」……………むくり「そんな…マジ泣きするなよ、この程度の悪戯でさ…」ジュンが…ジュンが…うぐっ、ひぐぅ…、って、あれ?「冗談だよ、冗談。本気にすんなって。ハハハ」何がハハハですか。こんちくしょう。「…冗談で済むかですぅ! 純真なる乙女の心を弄びやがってぇ!」渾身のストレートをジュンの腹に食らわせてやったです。「ぐばぁッ」ビューンと吹っ飛び、ズザザと床を擦って、ゴツンと壁にぶつかるジュン。「さてジュン。今日の晩御飯はハンバーグにして、ってあの子言ってましたねぇ」ジュンにちょっとずつ近づく私。その手には肉切り包丁。「ちょ…そんな…やめ……包丁とかマジ冗談になってないから、ホントごめん。僕が悪かった」「いーっひっひっひっひっひっ」包丁を思いっきり振り上げる!「ひぎゃああああああ」頭を抱えて丸くなるジュン。「って、お前、ホントに刺すと思ってたですか」「…お前はたまに本気で冗談にならないことするから…」私は包丁を捨てる。カランカランといい音がする。乙女モード開始。「…ジュンは最近あの子と遊んでばっかりですぅ…翠星石にかまってくれんですぅ… だから翠星石は寂しかったんですよぅ…うっうっうっ……」涙目+胸に抱きつく+告白=乙女モード。これで落ちん男は不能ですぅ。「そうか…。翠星石。ごめんな」ジュンがギュってしてくれる。ああ、ジュンの匂いがするです…。久しぶりにジュンを独り占めです。幸せ。いい子いい子してくれる手も、とってもあったかいです。「…もっと…ぎゅーってするです…」ぎゅー。ああ、ジュン。とってもあったかくてきもちいいですよぉ…。このまま寝ちまいたいです…。無論、非性的な意味で。不意にジュンがぎゅーを解く。なんですか、いいところですのに。「もうこんな時間だよ、翠星石。そろそろ授業参観の時間じゃない?」「そうですねぇ…残念ですけど、そろそろ行かなきゃですね。それじゃ、服の支度してくるです。 ジュンも翠星石の旦那として、ちゃんとカッコよくして行くですよ?」「はいはい、分かってるって」私はジュンが自分の部屋に入るのを確認してから、私の部屋に戻りました。私も美しく可憐で優雅なママにドレスアップするです。ジュンもイチコロです。気合いれてくですよ。あ、皿洗いとか洗濯とか掃除とか家事諸々するの忘れた。
とりあえず僕は外に出ても恥ずかしくないような格好をする。基本的に家の中にばかりいるので、外出用の服はあまり持ってない。服のデザインやらを仕事にしているのに、服を持っていないとは。ちょっと笑える話だ。衣装箪笥の奥の方にくしゃっとしまいこまれていたスーツを取り出す。ちょっとシワはあるが、気になるほどではない。今日はこれを着ていこうか。―――ベルトを締め、襟を鏡の前で整える。上着のシワを整える。翠星石もこれくらいやっときゃ文句は言うまい。「よし、と」ネクタイもバッチリだ。僕はリビングに向かう。と、そこには、既に外に出る準備を終えた翠星石がいた。「遅ぇですよ、ジュン」頬を膨らめて怒る妻。一児の母とは思えない程に子供っぽい仕草。こんな表情は、僕にしか見せてくれないだろう。妹にさえ、娘にさえ、見せないだろう。このかわいらしい翠星石は僕しか知らないと思うと、少し優越感を感じる。で、翠星石はカジュアルスーツを着ていた。淡い緑色で……僕が翠星石のためだけに趣味で作ったものだ。そんな世界に一つだけの服。「どうですかぁ? 似合っていますかぁ? 綺麗ですかぁ?」そんな。似合わないわけがないだろ。おまえだけに似合うように作ってあるんだから。彼女が嬉しそうにニコニコと笑いながら、こっちを見ている。その笑顔が、眩しすぎて、可憐すぎて。「……きれ…いだ…よ」目をそらして、小声で言う。きっと顔も赤くなっていることだろう。こんなクサいセリフ、面と向かって言えるかっての。彼女のニコニコ度が30%増量する(当者比)。「え~、ジュン~、聞こえなかったですよぉ~。も う い っ か い、大きな声で言うです」彼女が立ち上がって僕の傍に来る。吐息を感じる程、彼女と僕の距離は縮まっている。ニコニコニコニコと笑う。確実にわかってやってるよね、この嫁。「ね~ぇ、ジュ~ン~」顔が赤くなるのがわかる。体中が熱い。こうなれば、仕方ない。そっちがその気なら…ぎゅっ「ひゃっ! ジュン!?」「あんまり僕をいじめるから、おしおき」スーツのシワとか、体裁とか、知った事か。僕は翠星石を抱きしめる。少しずつ、翠星石の顔がアップになっていく。そして、限界までアップになったところで、彼女と触れ合ったところで、目を閉じる。「ん…じュ…」翠星石にキスしてやった。ふにゃりと柔らかな感触を感じる。リップだろうか、仄かに甘い香りがする。「…ん…むう」翠星石の頭を抱きしめる。身体をぴったりと寄せてくる。もう一度ぎゅうと抱く。彼女の唇の柔らかさと温かさといい香りをより一層、感じる。僕は再度、力を入れて彼女を抱き寄せる。―――翠星石が僕の身体を押しているのがわかって、僕はハグを解く。「ぷはぁ…ジュン、突然何するですか。それに長すぎです。結構苦しかったです」「意地悪するからおしおきしてやったんだ」目を合わせないようにして、言う。翠星石も、顔を赤らめて、そっぽを向く。「こんなおしおきなら、いつも意地悪してやってもいいかもしれませんね」そんなことを言っているのが聞こえた気がする。そんなこんなで、結構時間もいい感じだ。「さ、出かけようか」僕は彼女へと手を伸ばす。何も言わずに彼女は僕の手を掴んでくれる。これでいい。出発準備完了。―――「あらあら、相変わらずアツアツかしら、お二人さまぁ♪」なつかしの母校の廊下で、僕たちが真っ先に出会ったのは、僕らと同じくこの学校の出身で、今では「チビッコ先生」と有名な金糸雀だった。ちなみに娘の担任も彼女だ。そして、僕たちを見ていやらしい笑みを浮かべている。昔から変わらない、「何か企んでる笑顔」である。「相変わらず仲睦まじそうで何よりかしらぁ」ちょっと、金糸雀先生。廊下通ってる生徒引かせてますよ、あなたの笑顔は。「バ金糸雀、その恐ろしい笑顔はやめろです」妻が指摘する。いいぞ、もっとやれ。しかし、金糸雀の暗黒微笑は止まらない。「これは面白そうな授業参観になるかしらぁ」ぐふふふふふと笑う金糸雀。キャラ違うぞ、お前。「さすがにもうその笑みはやめとけ、子供たち引いてるから」僕の言葉で、ハッとしたような表情となり、あたりを見回す金糸雀。その視線の先には、何かおぞましいモノを見るかのような目つきで金糸雀を見つめる生徒たち。「…あ…あら…ぁ?」大きくひらけたデコからは冷や汗。と、ここで都合よく始業のベルが鳴る。「さ…さぁて、みんな、授業かしら! 教室に戻るかしら!」生徒たちは金糸雀に不審な目を向けてから、教室へと戻る。「さ、それじゃ、教室にカップル一組ご招待かしらぁ」生徒たちがいなくなったと思ったら、また暗黒微笑発動。キム自重しろ。―――不穏な笑みを浮かべながら教室へと入る金糸雀。後のドアから教室へ入る桜田夫妻。「じゃーみんな! 国語の授業、始めるかしら! 挨拶してちょーだい!」先ほどのダーク金糸雀から一転、さわやかな金糸雀先生の声とともに、日直と思しき男の子が立ち上がる。「きりーつ、きょーつけぇー、おねがいしまーす」男の子の「おねがいしまーす」にあわせて、みんなで「おねがいしまーす」の大合唱。いやぁ、元気がいいね。そして授業開始。金糸雀センセーが保護者に今授業でやってる事を説明している。子供の頃はこの話長くて嫌だなーと思っていたが、やっぱりその思いは今でも変わらない。まぁ概要は娘から今朝聞いたとおりだな、大体。「今日はみんなが書いた『家族の作文』を読んでもらうかしら!」なるほど。上手くタイミング合わせてるな、金糸雀。だけどそれ、聞いてるほうは悪くないだろうが、読むほうはとんでもなく恥ずかしいだろ…。すぐ後ろにそのメッセージの受取人がいるんだから。そして教壇に立つ金糸雀がいやらしく微笑む。あー…何だか嫌な予感がするぞ…。隣の翠星石もそれを察したのか、僕の方を不安そうに見上げている。「それじゃぁあ、パパとママ両方来てくれてる…桜田さんから読んでもらっちゃおうかしらぁ」いやらしい視線がパパとママに突き刺さる。「はーい」嬉しそうな顔をした娘が椅子をガタリと音を立てさせ、立ち上がる。そして、自分の書いた作文の朗読を始めた。―――わたしのパパとママわたしのパパとママはいつもけんかをします。このあいだはめだまやきにかけるものでけんかをしました。パパはおしょうゆがすきです。ママはしおとこしょうがすきです。だからけんかになりました。テレビでもけんかになります。パパがやきゅうをみてるときに、ママはくんくんにチャンネルをかえました。こういうとき、パパもママも、わたしにどっちがいいかきいてくるからこまります。わたしはどちらもそんなにみたくないのに。それよりも、わたしは、パパとママがけんかをしているのがとってもかなしいです。それは、わたしはパパもママも、とっても大すきだからです。でも、パパとママはいつもけんかをしていますが、本とうはとってもなかよしです。けんかもいっぱいしますが、キスもいっぱいします。おでかけのときにもキスをします。なかなおりのときもキスをします。けんかよりもキスをするほうがおおいです。だから、パパとママはとってもなかよしです。だからわたしもとってもしあわせです。わたしもおとなになったら、けっこんして、パパとママみたいになりたいです。そして、わたしのこどもにも、しあわせになってもらいたいです。―――空気が固まる。顔がものすごいスピードで赤くなっていくのがわかる。隣の妻の表情は凍りつき、それを見てニヤニヤと楽しそうに笑う金糸雀。ニコニコとこちらを向いて微笑みかける愛娘。突き刺さる他の保護者からの目線。痛々しい間。金糸雀は一回は生徒の文章を読んで推敲させているはずである。そうか。だからか。内容わかっててやりやがったなキム…。猛烈な恨みと怒りがこみ上げてくるが、羞恥心には勝てなかった。僕たちは顔を見合わせ、コソコソと居心地の悪い空間から逃げ出した。廊下に出、教室から遠ざかっていくときに、逃げ出した方からの大きな拍手を聞いた。顔が真っ赤になっていただろうと思う。翠星石も真っ赤になっていた。―――家路の途中、どんよりと重くなっているムード崩すべく、口を開く。「金糸雀、やってくれたな」「本当です。まさかあんなとこで私生活暴露されるとは思わなかったです」翠星石がプリプリと怒っている。「ということでジュン、とりあえず当面の間はちゅー禁止にします」「ゑー」「で、でも、あの子の前でだけです。ふたりっきりのときは大歓迎ですよ」恥ずかしそうにしながら言う。「それじゃあお買い物いくですよ、ジュン。付き合うです」家とは真反対の方向に翠星石は歩き出す。「え? なに買いに行くんだよ」僕は彼女を追いかける。「今日の晩御飯です。ハンバーグにするです」「あいつのリクエストだったな。そういや」「確かに、かなり恥ずかしかったですけど、とってもうれしかったですから」隣で彼女が笑っている。「私たちみたいになりたい、って思ってくれてるですから」彼女の隣で僕も笑った。「あの子も、僕たちみたいに幸せになってくれればうれしいな」「そうですねぇ」翠星石が僕の腕にしがみついてくる。周りの人々の視線が気にならないわけでもないが、しばらくこうしていることにする。終
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