-日曜のアラベスク-
~♪日曜の昼下がり。どこからか聞こえてくるピアノの音色に、耳を傾ける。心地のよい音色は喧騒を忘れさせ、平日の疲れをどこかに吹き飛ばす。不思議な音色だった。一体どこから聞こえてくるのかと、音のする方向を見ると--小さな教会が、あった。-日曜日のアラベスク-~出会い~(こんなところに教会なんかあったっけ?)昔からあったのか、建物は古い。恐らく僕が知らなかっただけのこと。3月の終わりにこっちに越してきたばかりで、まだまだ知らないことが多い。大学が始まる前に、せめて近所のコンビニの場所くらいは抑えておこうと散歩していた時のこと。都会でも、田舎でもないがのどかな街。白いこじんまりとした建物は、頂上に十字架を掲げしっかりとその場所にあった。~♪桜並木が続く歩道の外れ、ソメイヨシノの花弁が舞う。吸い込まれるように、僕はその教会へと足を向けた。
そのピアノの旋律は、淀みを知らない。一定の流れを保ち、聞いているものを引き込む力がそこにあった。教会のドアの前に立ち、僕は躊躇する事も無く音色の元へと進もうとする。躊躇するという思考をさせる余裕すらない。完全に圧倒されていた。~♪そんな魔法のような旋律を奏でる人は、とても眩しかった。僕が入ってきたことにも気付かずに、ずっとピアノを引き続けている。年は、同い年くらいだろうか?髪の毛は、明るい栗色をしてとても長い。翠色のセーターが目に付く。~♪近くのイスに座り、瞳をとじる。その音色に吸い込まれそうだ。だが、淀みなく続いていたその旋律がピタリと止まる。「誰ですか?」どうやら、気付かれたらしい。彼女はこちらを見ている。
「あ、ごめん。近くを歩いてたらピアノの音が聞こえてきてつい・・・。」「別にいいですけど、お邪魔しますくらい言ったらどうですか?」「折角の演奏を止めてもらいたくないから、無断でお邪魔しました。」「それはどうもです。おめぇは暇なんですか?」「ん、そうだね。」「なら、もうちょっと聞いていくといいです。」「そうさせてもらうよ。」~♪再び演奏が始まる。聞いていてとても心地のよい音色。全ての穢れを落とし、潔白にしていくようでその場にいるだけで、心が澄んでいくようでとにかく、綺麗だった。演奏が終わると、もう夕方。日も傾いている。「いつも弾いてるの?」「毎週日曜日の午後だけですぅ。」「そっか。あのさ、一つ聞きたいんだけど。」「なんですか?」「僕が入ってきた時に弾いてた曲名教えて欲しい。」「おめぇが入ってきた時ですか?」「うん。」
「んなもん知るかです。」一喝されてしまった。僕の耳に一番残っているのは、あの曲なのに。「あ、やっぱりわかったです。」「(何だよ。覚えてんじゃん。)何?」--アラベスクですぅ。アラベスク?何だそれ。ロシアの都市?いやそれはハバロフスク。「ん~知らないなぁ。」「おめぇはアラベスクも知らねぇですか。覚えとくですよ?」「うん。覚えとくよ。」「で、名前はなんですか?」「僕?」「おめぇ以外に誰がいるんですか?」「そらそうだけどw」「ったく、しゃーねーやつです。こっちから言ってやるです。」--翠星石ですぅ。「翠星石、ね。僕はジュン。桜田ジュン。よろしく。」「よろしくしとくですぅ。」
「大学生?」「そうですよ?薔薇大学ですぅ。」「あ、じゃあ一緒だ。」「そうなんですか?学部は?」「法学だけど?」「ならキャンパスは違うですねぇ。翠星石は外国語学部ですから。」「何回生?」「2回です。おめぇは何回ですか?」「僕は今年から。」「と、年下ですか?」「そうなるね。」「の割には老けて見えるですぅ。」「酷いなw」「翠星石の目に狂いはないですぅw」「なんじゃそりゃwそれよりさ、来週も・・・来ていいかな?」「かまわねーですよ?そのかわりジャマしたらぶん殴るですぅ。」「邪魔なんかしないよ。ありがとね。そんじゃ、また。」「待つです。」その場を離れようとしたら、いきなり彼女に呼び止められた。何だろう?この緊張感。「・・・何?」「タダで帰すわけにはいかないですぅ。あ、そろそろ晩御飯の時間ですねぇ。」彼女は、物凄くニヤニヤしている。こっちからすればどれほど憎たらしい事か。
「・・・で?」「物分りの悪い奴ですねぇ。ついて来るですぅ。」「え?ちょ、引っ張るなって。」彼女は僕の手を引っ張り、外へと駆け出した。「どこ行くんだよ?」「黙ってついて来るですぅ。」これがあの旋律を奏でていた手なんだろうか?物凄く強引だ。あの旋律にはこんな強引さは、微塵も無かったのに。彼女に手を引かれつれて来られたのは、小さな隠れ家的な居酒屋。あぁ、僕の懐がやっと春に近づいてきたと思ったのに・・・。「今日は外で食べるつもりでしたから丁度いいです。1人じゃ食ってても味気ねーですから。」「それで僕を?」「暇そうにしてたし丁度良かったですぅ。こんな美人と夕食をに出来るなんてお前は幸せですぅ。翠星石に100万回感謝するですぅ。」僕の彼女のイメージは、既に焼け野原。まさかここまでとは・・・。驚くばかりである。「ささ、今日は飲むですぅ」
オマケに酒にまで付き合わそうとしている。いやはや参った。「あの・・・一応未成年なんですけど?」「慣習法で大学生は大人だからいいんです!お前法学部ならそれくらい知っとけですぅ。」強引オブザイヤー。決定。一体どんな解釈だよ。結局、飲まされた。一応躊躇はしたが・・・。まぁ、高校の時から飲んでいたので特に問題はない。「おめぇ相当行ける口ですねぇ?ww」さっき見た顔。この人の頭の中で何が起きているかが知りたい。でないと命の危険になりかねない。そんな気がした。「そうかな?」「そうですぅ。ほら、もっと飲むですぅ。」あーあ、出来上がっちゃってるよこの人。「イーッヒッヒヒ、翠星石が世界を征服するですぅ。」終いには怪しい電波が発せられる始末。「ちょいと姉さん、世界征服の前に飲み過ぎですよ。」
「なぁに言ってやがるですか!ほら、もっとイケイケですぅ。」初対面の、しかも男相手によくまぁここまでできるものだ。「あのさ・・・一応初対面だよな?」「そうですよ?(ヒック)あ、おめーやらしいこと考えてるですねぇ?」「ねーよww」「おめーにそんな甲斐性ねぇですぅwww」「ちょwwヒドスww」こんな感じで、更に1時間ほど飲み続けた。恐怖のお会計タイムは、「心の広い翠星石が払っといてやるですぅ。」と、酔っ払いの姉さまに助けられた。まぁ後が怖いっちゃあ怖いが。「で、家どこ?」「上がりこんで襲う気ですかぁwそんなことさせないですぅww」「どこまでピンキーなんだよ。こんな状態で一人で帰せるかっての。」「お、偉いですねぇ。翠星石のポイントアップですぅ。」「そらどうも。で、どこ?」「教会の近くですぅ。」桜並木はライトアップされ、夜桜を楽しむには充分すぎる環境だった。この次期だけは、日本人でよかったと心底思うものだ。彼女も少し落ち着いたのか、桜に見とれていた。
「綺麗ですねぇ。」「そうだね。僕の地元よりすごいや。」「そうですかぁ。翠星石の地元の一番のお気に入りは、ホームに桜の木が生えてる駅ですぅ。」「へぇ~。そんなのあるんだ。」「あ、ここです。」「今日はご馳走様。」「また返すですよ。」「そのうちねwそれじゃ、また。」「じゃ、ですぅ。」桜が舞い散る中、僕は帰宅した。少し肌寒い、春の夜。これが、僕と彼女の出会いだった。-日曜日のアラベスク-~出会い~fin.
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