第百十三話 JUMとバレンタイン 後編
「一つ屋根の下 第百十三話 JUMとバレンタイン 後編」
バレンタインの夜。僕は姉ちゃん達に囲まれて真ん中で鎮座して入る。何だか悪い事して包囲されてる気分だよ。そんな事しないでも逃げ出さないってのになぁ。「JUM、今年は何個チョコ貰ったのぉ?正直に言いなさぁい。」銀姉ちゃんに言われて僕は鞄から三つのチョコを取り出した。う~ん、何だか浮気してないか鬼嫁にチェックされてる旦那さんの気分が何となく分かってしまう。「内訳は、これが柏葉。これがめぐ先輩。んで、これがクラスメイトの桑田さん。ね、三個でしょ?」「桑田さん?薔薇しー、どんな子なのぉ?」「心配しなくていい……桑ぴーの本命は蒼星石だから……」「な、何ですってぇ~!許せんです、蒼星石は翠星石のなのにっ……!!」そういえば、桑田さんの本命チョコは蒼姉ちゃんに手に渡ったのだろうか。気になる所ではあるなぁ。何せ、今日蒼姉ちゃんは例年通りチョコ山盛りで帰ってきたからな。桑田さんのチョコがあっても埋もれてて分からないに違いない。にしても、蒼姉ちゃんも毎年律儀に全部食べるから凄いよなぁ。「いいじゃない。私達以外からは全く貰えない……というのも姉からすれば少し残念でもあるでしょう?」何だか随分真紅姉ちゃんの物分りがいい。まぁ、貰ったと言っても全部完全に知り合いなんだけどねぇ。「そうねぇ。それじゃあ、待たせたわねぇ。今年もお姉ちゃん達からの愛の篭ったチョコの送呈式しましょうかぁ。」いつだったかな。昔々、我先にと僕にチョコを渡そうとした姉ちゃん達は大喧嘩に発展してね。それ以来、こんな風に学校が終わってからリビングで全員一緒に渡そうって事になったらしい。ちなみに、一昨年に薔薇姉ちゃんが抜け駆けしたが露見。相当キツイお仕置きを受けたようで、二日くらい部屋から出てこなかった事がある。正に血のバレンタインだったわけさ。「じゃあ先ずは私からねぇ。今年もたぁくさん気持ちを篭めて作ったわよぉ。」最初に銀姉ちゃんが綺麗にハートの型にラッピングしてあるチョコをくれた。そして「早く食べなさぁい」と言わんばかりに僕の目を見つめてくる。これもちなみにだけど、毎年貰ったチョコはその場で少しずつ食べてる。まぁ、姉ちゃん達も感想が欲しいって言うからね。さて、今年の銀姉ちゃんのチョコは何だろな……そう思いつつ袋を開けるとハート型のホワイトチョコが入っていた。
「お、ホワイトだ。美味しそう……じゃあ貰うね。」「ええ、食べてぇ。JUMは普通のチョコよりホワイトの方が好きだものねぇ。」銀姉ちゃんがニコニコしながら僕の食べるトコをジッと見ている。どれどれ、お味はどうかな……端の方をかじる。パキッといい音がして、同時に強いミルクの味が……ん?この味ってもしかして……「美味しいけど、これってもしかして牛乳じゃなくって……」「ふふっ、ヤクルトよぉ。これなら美味しくて乳酸菌も摂れて一石二鳥よねぇ。」おのれジャンキーめ。確かに美味しいけどさ、心なしか乳酸菌死んでるんじゃないかなぁと思ったり。うんでも……普段は銀姉ちゃん作らないけどお菓子も結構上手に作るんだなぁっとね。「ありがと、銀姉ちゃん。美味しかったよ。」それが僕の正直な感想だった。銀姉ちゃんもとても嬉しそうな顔をしてくれる。「ふっふっふ、水銀燈のチョコも美味しそうだけど、このカナのチョコには勝てないかしら!」「う~、ヒナも一緒に作ったのにぃ。」次はカナ姉ちゃんとヒナ姉ちゃんの合作のようだ。なかなか不安な組み合わせだが、何気にすることはない。この二人よりも真紅姉ちゃん単品の方が遥かに恐怖だし。今年も例年通り市販だといいんだけどなぁ。「あのね、ヒナと金糸雀でね、トモエに手伝って貰って作ったのよ~。」成る程、二人の合作かと思ったら柏葉も絡んでいるらしい。少し安心感がアップだね、これは。「絶対美味しいかしら。さ、食べて食べて~。」カナ姉ちゃんとヒナ姉ちゃんが大きめの箱をくれる。その箱の中には、沢山のミルクショコラが入っていた。「お、これも美味しそうだね。どれ、一つ……」僕は一つを手に取り口に放り込む。チョコを噛むと中から練乳か、甘くしたミルクかが溢れてくる。美味い。いや、本当美味い。文句なしに美味い。これ、ほとんど柏葉が作ったんじゃないか?なんて失礼か。「どうどう?JUM美味しいかしら?」「JUM~、美味しいよね?」二人はしきりに感想を求めてくる。はっきり言って過去最高の味だ。特にカナ姉ちゃんなんて、以前チョコエッグを作ったかしら~と言うからチョコを食べると中から卵が出てくる凄まじいチョコを作った事あるし。「うん、美味しいよ二人とも。有難う。」これならまた食べたいくらいだ。中のミルクの甘さが何とも言えないんだよね。
「……何だか美味しそう……」「あ、折角だしみんなで食べる?美味しいしさ。僕だけで食べたら勿体無いよ。」僕がそう言うと姉ちゃん達は一斉にショコラに手を伸ばした。食べたかったのか……どれ、なくなる前に僕も。「えへへ~、みんな美味しそうで良かったの~。あ、あのね~、そういえばトモエからお手紙あるのよ~。」僕達がモシャモシャとショコラを食べているのを満足気に見ていたヒナ姉ちゃん。すると、思い出したように同封してあった手紙を開いて読み出した。はて、何の手紙なんだろう。「うーと、『桜田君へ。ショコラ食べましたか?二人が一生懸命作ったから美味しいと思います。』」うん、美味しいよ。案外柏葉は監督役で見てただけなのかな。「『特に一番大事なチョコの中身は、私のミルクを使いました。』」ブフッ!?何だってぇ~!?衝撃の告白に、ショコラをつまんでいた姉ちゃん達も凄い顔をしている。「『美味しいと思います。田舎のおじさんが送ってくれた私の家のミルク。』って書いてあるの~。」引っかけか!?しかも、普通こんな事わざわざ手紙で書かなくてもいいのに……流石は柏葉だ……「ごほっごほっ……思わずむせてしまったわ。巴……恐ろしい子……」真紅姉ちゃんが自前のハンカチで口を拭いている。もしかして、ちょっと吹き出しちゃったんだろうか。「全く、変な想像しちまったです。ほれ、次は翠星石と蒼星石の合作ですよぉ。持ってくるです、蒼星石。」「うん、ちょっと待っててね。」そう言って蒼姉ちゃんは席を立つ。その間に翠姉ちゃんは準備してあったお皿をみんなの前に置いていく。少しして蒼姉ちゃんが大きな箱を持って戻ってくる。そして、ゆっくりと中身をお披露目した。「うわっ、凄い……流石は翠姉ちゃんと蒼姉ちゃんだね。大きいチョコケーキだなぁ。」その箱の中身は綺麗に作られた大きいチョコケーキだった。所々にホワイトチョコでコーティングが施してあり、色彩も黒と白が合わさってて実に綺麗。テレビとかでプロのケーキ屋さんが作ったケーキみたいだ。「ふっふっふ、当然ですぅ。これは翠星石と蒼星石の超力作ですからねぇ~。」「あはは、今日の朝までかかっちゃったからね。お陰で授業中寝ちゃってたよ。」蒼姉ちゃんが笑いながら言う。成る程、これ作ってたから昨日の夜はおにぎり持ってきてくれなかったんだろうか。でも、これならばおにぎりと比較するのが失礼なくらいだ。「ははっ、豪勢だね。これ、みんなで食べるんでしょ?分けようか。」「まぁ、これだけ大きいとJUM一人じゃ無理ですからね。でも、一番最初に食べるのはJUMじゃないと許さないですよ?特にきらきーに注意してるですからね。」配られた分けたケーキを早速食べようとしていたキラ姉ちゃんがビクッと動きを止める。さて、一口……
「ど、どうですか……?」「どう?JUM君……」二人がジッと僕を見てくる。う~む、そんなに見られると何だか照れるんだけどな。って、そんな事考えてないでしっかり味を確かめないと。ふむふむ……スポンジにはしっかりチョコの味が染み込んでる。さらに、コーティングしてあるホワイトチョコが僕的には最高のコラボレーション。ああ、もし僕がアニメのキャラだったら巨大化して大阪城を破壊したい気分だよ。目と口から七色の光線出しながらね。「う……う~~ま~~い~~ぞ~~~~!!!」とりあえず台詞だけなりきってみる。心なしか大きくなった気がするよ。「うぅ……我慢できません……私も食べたいです。」キラ姉ちゃんがダラダラとヨダレを流している。キラ姉ちゃんさ、もう少し女の子なんだからさ……「ふぅ~、よかったですぅ。ま、まぁJUM如き翠星石達の手作りに文句言うなんて五百万年は早いですぅ。」「よかったぁ。美味しくなかったらどうしようかと思ったよ。」二人は安堵の息を漏らす。実際、翠姉ちゃんの言うように二人の料理にケチつけるなんて僕には恐ろしく出来ない。それになにより……二人の気持ちも篭ってるしね。「うんうんうん……これは美味しいです。ああ、今度私にも作ってくださいね。」早くもキラ姉ちゃんは完食。うんでも、僕もまた食べたいなぁって思ったよ。「さて……次は私の番ね。」その声に僕はビクッとする。そして油のきれたロボットのようにギギギと首を動かした先……真紅姉ちゃんだ。途端、蒼姉ちゃんと翠姉ちゃんがガクガクと震えだした。待て、何があるんだ?「光栄に思いなさい、JUM。毎年市販のでは少し味気ないから……今年は手作りにしたの。」よ、余計な事をーー!多分翠姉ちゃんと蒼姉ちゃんは味見でもさせられたんだろう。蒼姉ちゃんなんて、顔が真っ青だし。僕、これ食べないといけないの?真紅姉ちゃんは意気込んでラッピングを丁寧にはがしてくれる。現れたのは、何だか瘴気を纏ったカオスな形のチョコ(?)だった。「少し恥かしいけど……ハート型にしてみたのよ。さ、食べなさい。」ああ、それハートだったんだ。僕はてっきりスプーかと思ってたよ。僕は息を呑んでチョコを口に近づける。姉ちゃん達はとても心配そうに僕を見ている。心配なら助けてくれてもいいのに……ああ、世は無常。「じゃ、じゃあいただきます……」僕は一度息を吐いて覚悟を決める。そして、一気にそのチョコを頬張った。
僕、頑張ったよね?だから、もうゴールしてもいいよね……?「ちょっと、どうしたのよ。余りに美味しくて感激して気を失ったの?」はっ!?僕はブンブンと頭を振って気を取りもどす。危なかった、危うくゴールしかけた。真紅姉ちゃんのチョコの味は、混沌としていて、死の香りが強く、ある意味堕落しそうな。どうやればこんなチョコが作れるのかとある意味感心してしまう味だった。それはまさに凶器。これなら完全殺人狙えるんじゃないかと思うような味でした。でもまぁ、そんな事言えるはずもなく……「お、お、美味しかったような気がしないでもないような、そこはかとなくギリギリ食べれたような……」そんな意味不明の感想しか出てこない。しかし、運悪く真紅姉ちゃんには、最初の『美味しかった』しか聞こえてなかったようで。「まぁ、よかったわ。私の料理も案外進歩してるみたいね。ふふっ、また今度お菓子作ってあげるわよ。」ごめん、もしかしたら僕この物語が終わるまで生きてられないかもしれない。「次は私ですね。私は毎年ながら作るのは不得手ですから……沢山食べた結果一番美味しかったチョコをJUMへのプレゼントにしたんですよ。」キラ姉ちゃんが僕にチョコを渡してくれる。成る程、だから前日に山ほどチョコを食べていた訳か。手作りじゃないけど、これはキラ姉ちゃんにしか出来ない事だね。「ありがと、キラ姉ちゃん。姉ちゃんが選んでくれたなら安心だね。」キラ姉ちゃんは何でも食べるけど、悪食ではない。寧ろ結構グルメなんだよ。だから、そんなキラ姉ちゃんが山ほどあるチョコから選んだんだから美味しいに決まっている。「ええ、私が味は保障しますよ。手作りのように気持ちは篭めることは出来ませんけど……JUMに美味しいチョコを食べて欲しいと思って選びましたから。」嬉しいな、本当に。思いを篭めたモノは違うけど、そのカタチは一緒なんだから。「最後は私……JUM……食べたい?」「うん?そりゃあ食べたいけど……ってぇ!?」ある意味、期待は裏切られなかった。いつかきっと、誰かやりそうとは思っていた。しかし、それをやってのけるのは流石薔薇姉ちゃんとしか言いようがない。薔薇姉ちゃんは……いきなり服を脱ぎだした。
「ちょ、ちょっと薔薇姉ちゃん!?」言っても聞かない。薔薇姉ちゃんはセーター、そしてブラウスを脱ぐ。すると、中から出てきたのはリボンで全身を巻いてある薔薇姉ちゃんだった。一応の良心なのか、胸には大目にリボンが巻かれている。「JUM……私を食べて……」そう言って薔薇姉ちゃんは僕を押し倒した。何で僕が食べる方なのに食べられそうになってるんだろう。「薔薇しー!なぁにドサクサに紛れてるですかぁ!そんな事は翠星石が許さないですよぉ。」「誰かやるとは思っていたけど……本当にやるなんて……薔薇水晶、恐ろしい子……」当然のように薔薇姉ちゃんは翠姉ちゃんと真紅姉ちゃんに取り押さえられる。「むぅ……JUMが好みなら私の体にチョコ塗って舐めてもいい……チョコ沢山溶かしてある……」そんなアブノーマルなプレイは僕は望んでません。溶かしたチョコはまた、固めて食べよう。そんな事思っていた時だった。ピンポーンとインターホンが鳴る。銀姉ちゃんが出て行って、戻ってくると大きな荷物を抱えていた。「お父様から国際小包よぉ。もしかして、チョコかしらねぇ。」銀姉ちゃんが箱を開けると、思ったとおりチョコレートが中に入っていた。その数は十個。うん?多くないか?「あらぁ?JUMだけ二つもあるわねぇ。ほらぁ……」銀姉ちゃんが二つの箱を僕に手渡してくれる。一つは姉ちゃん達と同じ恐らく父さんが送ってくれたチョコだろう。ならばもう一つは?僕は疑問にかられながら、その箱を開いた。中には、可愛らしくラッピングしてあるチョコと。そして、何だか不慣れな日本語で書かれている手紙。「う?JUM、そのお手紙なに~?」「ん、分からない。中に入ってた……誰からだろう……」僕は手紙を目で追って読み始めた。そして、この手紙こそ……僕の人生の大きな分かれ道の発端だったんだ。『親愛なるJUM君へ JUM君、お元気ですか?お姉ちゃんは手術や入院生活も終わり、ようやく普通の人と同じような生活に戻れるみたいです。日本に居るJUM君の事思ってたら、バレンタインに気づいてついついチョコ作ってみました。確かJUM君はホワイトが好きだったなぁって思ってホワイトチョコにしたんだ。本当は、もっともっと沢山お話したいんだけど、その楽しみは春に一度帰国した時の楽しみにしようと思います。十年ぶりにJUM君に会えるのを楽しみにしてます。 桜田のり』END
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