かわりにくちづけ
車椅子に座る結菱一葉の白い手が、蒼星石の肩を撫でた。彼の手の白いのは、手袋をつけているがためである。色の暗いコートから床へ、結晶混じりの水が落ちた。外は、二月十四日という日付に気をつかったのか、はらりはらりと、ひかえめに雪が降っている。が、高台の薔薇屋敷にかかる雪はすぐに溶けて消え、数十年ぶりに蘇った花景色をうもれさせるに至らなかった。蒼星石は、雪のすっかり落ちてしまったコートを脱いで、鞄と一緒に脇に抱えた。学校指定の鞄である。つまり、蒼星石のコートの下は制服だった。バレンタインに関わるプレゼントのたぐいを学校に持ってきてはいけないと担任に言われていたが、この季節、一度家に帰ってまた坂道を上るというのは、あまりにつらく、蒼星石はもうしわけないと思いつつ、鞄のなかに、目的の物をしのばせていた。
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