第百八話 JUMと夜食
「一つ屋根の下 第百八話 JUMと夜食」
カリカリカリ……ペラペラペラ……ゴシゴシゴシ……カリカリカリ……「はぁ~、しんどいな。でも、学年末近いしな。」時間はすでに夜中の十二時近く。僕は部屋の机の上には教科書、問題集、ノート、参考書等が散らばっている。時期は一月の後半。ウチの高校は学年末テストの時期が他の高校より早い。故に、試験勉強などをしているわけ。まぁ、これ落としたら留年の可能性出てきちゃうしね。ちなみに、すでに大学も卒業も決定している銀姉ちゃんとカナ姉ちゃんは余裕綽々で、食後も妹弟達が勉強するために部屋に戻っていくのを尻目にリビングでPS2なんぞをしていた。「ん~……ふぁぁ、ちょっと眠気が来たかな。でももう少しやりたいし……コーヒーでも飲みに行くかぁ~。」ギシッと椅子が音を立てる。僕は立ち上がり部屋を出て階段をトントンと軽快に降りていく。リビングの前に着くと明かりが少しだけ漏れているのが見て取れる。もしかして、まだ銀姉ちゃんとカナ姉ちゃんが起きて遊んでるんだろうか。とりあえずリビングのドアを開く。「ん?JUMじゃねぇですか。どうしたですか?」しかし、予想に反して中に居たのは翠姉ちゃんだった。翠姉ちゃんはお気に入りの緑のパジャマ姿でソファーに座って、大きなヌイグルミを抱きながら夜中のお笑い番組なんぞを見ている。「ん、勉強してたけど、ちょっと眠かったからコーヒーをね。翠姉ちゃんは?」「翠星石はちょっとした気分転換ですぅ。あんまりシコシコ勉強してても頭ガチガチになるだけですよ。」「それはそうだけどさ。学年末もうすぐだから、勉強しないとね。」「まぁ、精々頑張りやがれです。翠星石は普段から真面目に勉強してるから無問題ですぅ~。」フフンと翠姉ちゃんが胸を張って言う。いつも蒼姉ちゃんに泣き付いてノートとか借りてるのは気のせいだろうか。「ふ~ん、まぁ留年とかしないようにね。来年翠姉ちゃんが僕等と同じ学年になったら恥かしいでしょ?」「う、うるさいうるさいうるさいですぅ!ちゃっちゃとコーヒーでも飲んで部屋でシコシコ手を動かしやがれですぅ!」ボフッと僕の顔に翠姉ちゃんの抱いていたヌイグルミが直撃する。とりあえず僕はヌイグルミを持ったままリビングを出て台所でコーヒーを淹れる。ブラックにしようかな。あんまり好きじゃないけど、眠気覚ましにはいい。
「はい、翠姉ちゃん。ヌイグルミ。」僕は淹れたコーヒーを片手に、ヌイグルミを持ち主である翠姉ちゃんに手渡す。それを受け取った翠姉ちゃんは再びヌイグルミを抱っこしてテレビを見ている。さて、僕もコーヒー飲もうかな。先ずは一口、口の中に苦味が染み渡る。うん、実に苦い。まぁ、ブラックだしね。テレビでは、若手の芸人コンビで漫才をしている。案外早く去ると思われていたお笑いブームだけど、未だに根強いよなぁ。女優が芸人と結婚するケースも結構あるみたいだし。「ぷぷっ、馬鹿な事言ってやがるですぅ~。はぁ~……JUM、ちょっと翠星石も喉が渇いたからよこせです。」翠姉ちゃんは一通り笑い終えると僕のコーヒーの入ったカップを奪い取り口に入れる。「あ、翠姉ちゃん。それブラック……」「ぶふっ!?げほっげほっ……うええ、苦いですぅ。JUM!翠星石になんてもの飲ませやがるですかぁ!?」勝手に飲んだじゃん。流石に吐き出しはしなかったけど、今現在翠姉ちゃんは物凄い顔をしている。少なくとも、少なからずいるであろう翠姉ちゃんに好意を持ってる人には絶対見せられない。「全く、最悪です。最低です。折角気分良く休んでいたのにJUMのせいで一気に台無しになっちまったですぅ。」「いやさ、僕の説明も聞かずに勝手に飲んだのは翠姉ちゃんなんだしさ。」「う、うるせぇですぅ!大体JUMはですね、姉に対する気遣いが足りてないですぅ!コーヒー淹れるにしても日頃から世話になってる翠星石の為に、砂糖入れたコーヒーを持ってくるとかしたらどうですか。」翠姉ちゃんがここぞとばかりにビシッと僕と指差して言う。まぁ、確かに日頃から世話にはなってるけどもさ。翠姉ちゃんの勢いは止まらない。よっぽど予想外のブラックが効いてるんだろう。「聞いてやがるですか!?大体JUMは『ぐぅぅ~』……J、JUMは……ですねぇ……」破竹の勢いだった翠姉ちゃんが急にトーンダウンする。そして顔を真っ赤に染めてお腹をさすっている。「うぅ……翠星石とした事がきらきーみたいな事しちまったですぅ……怒鳴ったらお腹空いちまったですよ。」お腹か。そう言えば、僕もお腹空いてきた気がする。晩御飯食べてから約五時間。「ん~……翠姉ちゃんのお腹の音聞いてたらなんか僕もお腹減ってきたな。」「むっ……何だか気に入らない言い方ですけど。まぁ、JUMがそう言うなら仕方ねぇですねぇ。翠星石はお夜食を作ってやるですよ。」翠姉ちゃんがパジャマの袖を捲ってムンとポーズを取る。さてさて、何を作る気なんでしょうかね。
トントントンと僕は包丁でキャベツを切っている。隣では翠姉ちゃんが人参と玉葱を。「ねぇ翠姉ちゃん。一体何を作るのさ?」「焼きうどんです。うどんが少し余ってるですし、お手軽で美味しくて最適なんですぅ~。」翠姉ちゃんはご機嫌に野菜を切り刻む。もしかして、よっぽどお腹空いていたんじゃないだろうか。「そうだ、JUM!卵が冷蔵庫にあるですからゆで卵作れです。焼きうどんに乗っけるですから。」「ん、分かったよ。間違っても電子レンジでチンはしないから安心していい……あいてっ!」「自業自得ですぅ。何時までもそんな人の失敗をネチネチ言うんじゃねぇですぅ!」僕は少し笑いながら冷蔵庫から卵を取り出してお湯を沸かす。ちなみに、昔々翠姉ちゃんはゆで卵を作ろうとして、直接レンジに入れて卵を爆発させた伝説がある。料理を特技に挙げる翠姉ちゃんにとっては最大級の汚点とも言えるだろう。まぁ、子供の時だったし気にする事はないと思うんだけどなぁ。鍋のお湯が沸騰すると僕は卵を二つ入れる。お湯の中で温める事約三分。卵を取り出して冷水で一気に冷やす。それと同時進行で翠姉ちゃんが野菜とうどんをフライパンで炒めている。醤油の香ばしい匂いがこんな時間なのに食欲を増幅させる。うん、実にいい匂い。さて、僕は冷やしたゆで卵の殻を剥いて包丁で二つとも真っ二つにする。すると、なかからトロトロと黄身の出てくる半熟卵の完成。翠姉ちゃんの方も炒め終ったうどんをお皿に盛り付けて、紅生姜にゆで卵を飾りつける。これにて完成。「出来たですぅ。翠星石特製お野菜たっぷり焼きうどん~♪麺よりお野菜が多いですから、こんな時間に食べてもヘルシーで太りにくいんですぅ。」む、もしかして僕まで巻き添え?僕は野菜より麺が欲しいんだけども……まぁ、いいか。僕と翠姉ちゃんは焼きうどんの盛ってある皿を片手にリビングに向かう。そしてすっかりお馴染みのコタツに足を入れて箸を持つ。さて、食べますかね。「ん~、美味しそう。んじゃあいただきま~す……って、何で翠姉ちゃんわざわざ隣座ってるの?」「い、いいじゃねぇですか!?何となくです、気まぐれですぅ。だからって翠星石に変な事したら張り倒すですよ。」普通に正面にでも座ればいいのに、翠姉ちゃんはわざわざ僕の隣に体をすり寄せるように座る。ま、別にいいかな。それより食べよ食べよ。そう思って僕はうどんを箸で掴もうとする。が……言い訳だけすると僕は別に箸の使い方は下手じゃない。でも、うどんはスルッと箸にかからず滑り落ちていった。
「ぷっ、下手くそですぅ~。マトモに箸も使えないんですかぁ~?」「う、五月蝿いな。たまたま滑っただけだよ。ちゃんとやれば……あれ?」僕は再びうどんを掴もうとするがスルッと滑り落ちる。おかしいな、油で滑ってるかな。「しゃあねぇですねぇ。ほれっ、優しい優しい翠星石が食べさせてやるですから、あ~んしろです。」そう言って翠姉ちゃんは僕の皿からうどんを掴んで僕の口元に持ってきた。鼻に醤油のいい匂いが伝わってくる。う~ん、少し恥ずかしいけど食欲の方が大事だな。僕はそのうどんを口に入れた。「美味しいですか?」「もむもむ……うん、美味しいよ翠姉ちゃん。」実に美味。翠姉ちゃんの都合で野菜が多めになってはいるが、調味料のバランス具合が絶妙だ。僕は今度こそ自分の箸でうどんをつかむ。一緒に野菜と卵を口に入れて噛み締める。うん、シャキシャキの野菜とトロトロの卵。そしてシコシコした麺が素晴らしいハーモニーを醸し出している。「ま、まぁ翠星石が作ったんですから当然ですぅ!お、ようやく箸の使い方覚えやがったですかぁ?」「だからさっきのはたまたまだって。ほら、翠姉ちゃんも僕が食べさせてあげるからさ。」僕は翠姉ちゃんの断り無しに皿からうどんを掴んで目の前に差し出す。翠姉ちゃんは少し顔を赤くした後に目を瞑って口を開ける。僕はその中にうどんと野菜を一緒に入れてあげる。「ん~、やっぱり美味しいですぅ。ほれ、次は翠星石が食べさせてやるですよ。あ~んしやがれですぅ。」今度は翠姉ちゃんが僕の皿からうどんを掴む。その次は僕が翠姉ちゃんの皿から。要するに僕等はいつの間にか交互に食べさせあっこをしていた訳で。冷静に考えれば、こんな状況他人には絶対見せられないな……夜の妙なテンションのせいだった事にしとこう。そんな時、僕が翠姉ちゃんに食べさせようと近づいた時だった。僕の左手が何か柔らかいモノに触れる。「ひゃあ!?J、JUM!!何翠星石の太股触ってやがるですか!この変態チビィ!!」「えっ、いや違うって……たまたま当たっちゃっただけで……」どうやら触れたのは翠姉ちゃんの太股らしい。しかし、翠姉ちゃんに僕の弁明が聞き入れられる訳もなく翠姉ちゃんは僕に取っ組みかかるように飛び掛ってくる。僕も何とか抵抗を試みる。そんな事をしてるうちに、何故か……そう何故か。僕は翠姉ちゃんに馬乗りされてる状態になっていた。
「翠姉ちゃん、少し落ち着いて……触ろうとして触ったわけじゃなくてだね……」僕は必死に弁明する。しかし、翠姉ちゃんは聞いている様子も無くキョロキョロしている。「……誰もいねぇですね……JUM、目を瞑りやがれです。勝手に翠星石の太股触った罰です。」馬乗りのまま翠姉ちゃんは徐々に顔を下げてくる。はらりと翠姉ちゃんの前髪が僕の鼻に触れる。翠姉ちゃんのシャンプーの甘い香りがなんとも言えない。「早く目!瞑れです……」僕の顔から拳二つ分くらいの位置に翠姉ちゃんの顔がある。僕は言われるままに目を閉じる。当然、暗闇が広がってはいるけど、徐々に翠姉ちゃんの顔が……いやきっと、唇が近づいてくるのが分かる。僕の顔に翠姉ちゃんの息がかかる。目を開ければきっとすぐ目の前に翠姉ちゃんの顔があるだろう。もちろん、開けないけどね。バレたら至近距離で殴られそうだし。「JUM……好き……大好き……ですよ……」小さな。本当に小さな声が聞こえる。そして次の瞬間。僕が聞いたの音は『バタン』と『ゴツッ』だった。
「ひいいいいいああああああああああああ!!??」「ぎぃやあああああああああああああああああ!!!」「むにゃ……くんくんくん……いい匂い……です。」多分入ってきたのはキラ姉ちゃんだろう。獣並みの嗅覚が寝ていても焼きうどんの匂いを辿ってきたようだ。そして当の僕は唇から血を流していた。さっきから口の中が鉄の味で一杯だ。どうやら、乱入者に驚いた翠姉ちゃんの歯が僕の唇に直撃。大惨事に至っているようで。「き、き、き、きらきー!?な、何で!?」「ふああ……あら翠星石とJUMではないですか。何か美味しい匂いがしたもので……それより何を?」「こ、これは……ちょっと欲情してエロい事してきたJUMをお仕置きしていただけですぅ!!」翠姉ちゃんが必死に弁解する。何やら僕の立場を悪くするような発言してるけど、まぁ半寝のキラ姉ちゃんには届いていないだろう。彼女の目的は多分焼きうどんだけだし。「あら、焼きうどんではないですか。頂いて宜しいですか?」「両方食っちまえですぅ!食って食ってさっさと寝やがれですぅ!!ぐすん……」キラ姉ちゃんは嬉しそうに残ったうどんを食してる。翠姉ちゃんは折角のチャンス(?)を見事に邪魔されたせいで半ベソだ。そんな翠姉ちゃんを黙って見ていられるほど僕だって薄情じゃない。だから、僕は一言だけ言った。「夜食、美味しかったよ翠姉ちゃん。もうすぐテストだからまた一緒に作って、二人で食べようね。」「JUM……しょうがねぇ……ですねぇ。言えばいつでも一緒に作ってやるですよ♪」END
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