第百六話 JUMと写真
「一つ屋根の下 第百六話 JUMと写真」
「それでだな、俺は言ってやったんだよ。俺に惚れたらギャリック砲だぜ……ってな。どうだ?イカスだろ?」「あー、そうだな。うん、そうだな。よかったな。」放課後。僕はべジータの妄想話を聞きながら帰路についていた。そもそも俺に惚れたらギャリック砲って激しく意味不明だし。まぁ、聞いている分にはそこそこ面白いからいいんだけどね。それにしても寒い。まだ四時くらいだと言うのに風が強い。冬だから仕方がないとは思うけども。「それでだな、JUM。それでも俺にすがるから言ったのさ。俺には蒼嬢という生涯を共にする伴侶がいるんだ。俺は帰ったら彼女と結婚するんだ……だから忘れなってよ!!」それ、何て死亡フラグ?多分ベジータを抹殺するのは、奴の妄想の中で何故か婚約者となっている蒼姉ちゃんの気がする。しかしまぁ、本当に妄想逞しい男だ。僕がそんな事を思っていると、ふと隣を歩いていたべジータが足を止める。「あん?どうしたんだよべジータ。」「JUM、たまにはゲーセン寄って行こうぜ。」そこはゲーセンの前。店内では派手に色々な色の光が点滅している。ゲーセンか……正直五月蝿くて好きじゃないんだけどなぁ。でもまぁ、たまにはいいかもしれない。クレーンゲームでもやっとこう。「ああ、構わないよ。」僕がそう答えるとベジータは嬉々としてゲーセンに入っていく。僕もそれに付き添うように入っていった。「あったあった……見とけよJUM!この俺がいかに強いかってのをよ。」べジータがゲーム機の前に立って制服の学ランを脱ぐ。ああ、こりゃ体育会系が好きそうなゲームだ。そのゲーム『リアルファイト』といって、センサーで動きを感知してCPU、或いは通信対戦で全国の猛者と本当に戦っているように思えるゲームである。「ふん!!ふぬりゃあ!!どりゃああああああ!!!」早速声を張り上げて体を動かしまくるべジータ。通信対戦のようで、相手は一方的に殴られている。こりゃあ負けるまで時間かかるな。僕はそう思うとクレーンコーナーに移動した。「お、くんくんのヌイグルミ。持って帰ったら真紅姉ちゃん喜びそうだな。」まぁ、渡すときは内緒じゃないと他の姉ちゃん達に文句を言われるんだけどね。カチャリとコインを入れてボタンを押す。クレーンが動いていき、僕の目算点で止まるとヌイグルミ目掛けてクレーンが降りる。運良く一回目でヌイグルミは引っかかり、そのまま景品穴へ落ちる。よし、いい感じだな。僕は鞄にヌイグルミを詰めて……ふと外を見た。そして目を開いた。外には、知らない男と歩く銀姉ちゃんが……
「ちっ、ラグで偏差で負けちまったぜ。もっと通信機能しっかりして欲しいもんだ……あれ?銀嬢じゃないのか?」やって来たべジータも銀姉ちゃんを見つける。まぁ、あの姿だ。目立たない訳がない。「お、おいJUM……あれってよ……まさか……」僕は見てしまった。銀姉ちゃんがその男からいくらかは不明だけど、お金を貰っている姿を。お金を貰った銀姉ちゃんは満足そうな顔でその男と別れて歩き出す。男も反対方向へ歩き出した。「銀姉ちゃん……くそっ、来いべジータ!!」いてもたってもいられなくなった。信じられない……信じたくない……あの銀姉ちゃんに限ってそんな……「お、おいJUM!お前まさかいきなり問い詰めるとか言うなよ?もっと落ち着け!」落ち着いてなんかいられるか。もしあれが、あれが……汚れた金だったら僕はどんな顔をすればいい?僕はべジータの手を引いて走る。銀姉ちゃんは相変わらず飄々と歩いている。と、そこにまた……「おい、JUM。お前あの男知ってるか?」「知るわけ無いだろ!!」中年の男が銀姉ちゃんに話しかけた。銀姉ちゃんも適当に笑いを振りまいてその男と話している。「何を話してるんだ。くそっ、どうすればいいんだよ……」「だから落ち着けJUM。決まった訳じゃないだろう?お前が信じてやらないでどうするんだよ。」べジータに言われて僕はようやく正気に戻る。僕は銀姉ちゃんを疑っていたのか?そうだ……冷静になれば銀姉ちゃんがそんな事するわけない。するはずないんだ。だって銀姉ちゃんは僕に……「ッ……悪いべジータ、助かった。でもやっぱり心配だな。」僕とベジータは置いてあった看板に身を隠して様子を伺っている。話はまだ続いてる。指が1本だったり2本だったりしている。何か交渉しているんだろうか。そして、恐らくその交渉が終わったんだろう。中年の男は辺りをキョロキョロ見回している。そして、何か決めたように銀姉ちゃんに話して二人で並んで歩いていく。くそっ、どこに行くつもりなんだよ。「どうするんだよJUM。銀嬢とあのおっさん行っちまうぜ?」「……つけるぞ。もし、もし万が一の時は僕が銀姉ちゃんを止める。」周りから見れば滑稽極まり無いどころか、こっちが不審者な気がしなくも無いけど。今はそんな事気にしてはいられない。もし銀姉ちゃんが暴挙に出たら……僕が絶対に止めないといけないんだから。
楽しげに話す銀姉ちゃんと中年。銀姉ちゃんは制服の裾をつまんでヒラヒラさせている。「ハァハァ……まさか制服プレイの話か?ぐはっ!?」「銀姉ちゃんで変な事考えるな。追うぞ。」僕は鼻ッ先を押さえるベジータを引っ張って二人を尾行する。「なぁ、もしあのオッサンがヤクザとかだったらどうするんだよ。お前、タダじゃすまないぜ?」人の良さそうな中年ではあるけど。人は見た目じゃわからないからなぁ。「その為のお前だろ?もし、お前が銀姉ちゃんを助ければ蒼姉ちゃんもきっと喜ぶよ。」「!?そ、そうだよな!?よし任せておけ!!この戦闘民族サイヤ人の王子のこの俺が……」扱いやすくて助かる。こういう条件のかかった時のべジータの強さは、体育祭の時で経験済みだし。そんな事をべジータと話していた矢先だった。二人は道を曲がり路地に入って行く。「お、おいJUM……お前あの先に何があるか知ってるか?」「知らないよ。何があるんだよ。」微妙にべジータの声が震えている。そして、奴はとんでもない事を口にした。「あの先は確か……ホテルがあるんだ。」「なっ……と言うか何でお前そんな事知ってるんだよ。」衝撃より先に浮かんでくる疑問。寧ろ、コイツがそれを知っているほうが衝撃だったんだろうか。「決まってるだろう。いつか必要となる日が来るからさ。主に蒼嬢とな!!」とりあえず死ね。間違いなくそんな日は訪れないから。でも、こいつの話が真実だとしたらいよいよ不味い事になった。僕の聞き間違いじゃなければ、その先は踏み込んではいけない場所。「くそっ!!銀姉ちゃん!!!」「お、おいJUM!!」僕は走った。もう我慢できない。とてもとても傲慢な理由。『銀姉ちゃんを他の男に汚されたくない。』そんな傲慢な理由だ。でも、傲慢だと分かりつつも僕は走った。例え人に蔑まれ罵られても。コレを見逃したら僕等は今まで通りの姉弟じゃいられない気がしたから。走る走る走る。風を切るとはこの事だろう。耳元で切られた風の音が響く。反対から歩いてくる人がシューティングゲームの敵にしか思えない。それをかわしながら走る。そして、二人が曲がった路地。僕はそれを曲がるなりに大声で叫んだ。今なら間に合う。銀姉ちゃんはきっと戻ってきてくれる。そう信じて。「ダメだ!!銀姉ちゃん!!!」息が荒れてる。珍しく思い切り走ったからかな。肩で息をして顔を上げる。しかし、そこには僕の思っていた光景は無く……僕の目にはホテルなんかじゃなく、大きな噴水が映っていた。
「JUM?どうしたのよぉ……それにどうしてここにぃ?」銀姉ちゃんが不思議そうな顔をして駆け寄ってくる。当の中年は不思議そうな顔をしてカメラを構えていた。「あ、あれ……噴水……何で……?」「何でってぇ。オジサンがモデルになって欲しいって言うからなってたのよぉ?」はい?モデル?ちょっと待った。それ以前にここってホテルじゃないのか?そう思っているとべジータが一言。「あり?ここ噴水だったかぁ~。いやぁ、悪いなJUM。ここはデートスポットの間違いだったぜ!へぶしっ!!?」とりあえず殴っとく。さて、纏めると……だ。以前聞いてはいたけど、銀姉ちゃんは雑誌とかの素人モデルとして人気らしい。んで、僕らが初めに見たのはモデル後の報酬。んで、その後このカメラマンにもスカウトされて、いい場所がないかと思っていたらこの噴水を思い出したらしい。制服をつまんでいたのも、制服美少女特集だとかそんなのらしい。まぁ、要するに僕の早とちり。「はっはっは、確かに僕みたいなのがこんな綺麗な子と歩いてたらそう見えちゃうかもね。」カメラマンは僕の勘違いにも全く怒らず豪快に笑っている。いやはや、今日ほど穴があったら入りたい日もない。「そうだ!折角だし弟君も写真撮らせてよ!仲良し姉弟……うん、いい絵になりそうだよ。」「あらぁ、いいですね。ほら、JUM。お姉ちゃんを疑った罰よぉ?」そう言って銀姉ちゃんは僕の腕にしがみ付くとニッコリと笑った。その極上の笑顔に僕はドキッとしてしまう。「お、いいねいいねぇ!いい笑顔してるねぇ~。ほら、弟君も笑って笑って。」カメラマンに急かされる僕。でも、何だか天使みたいな銀姉ちゃんの笑顔を見てたら自然と笑顔になる。カシャリとシャッターを切る音が聞こえる。カメラマンは大層満足そうだ。「じゃあこれ約束の御礼。また縁があったらヨロシクね。」カメラマンはそう言うとカメラを片手に歩いていった。残ったのは僕と銀姉ちゃん。そして何故か諭吉先生を五枚ほど握り締めてハァハァと息を荒げているべジータだった。「ぎ、銀嬢。俺にもこれで撮らせてくれ。別にこれを使って何するとか考えてないからな!?勘違いするなよ?」下心見え見え極まりない。そして何故ツンデレる?銀姉ちゃんは何故か笑顔のまま言う。「そうねぇ……あ、JUMあれ何かしらぁ?」ピッと銀姉ちゃんが指を差す。僕はそれを目で追うと飛行機雲が一つ。消~える飛行機雲~♪そして、背後からゴキッと何やら嫌な音と『キュピッ!?』と謎の悲鳴。最後にゴトンと何かが倒れる音。「あらぁ?ハゲ寝ちゃったわねぇ。まぁ、いいわぁ、一緒に帰りましょう?」銀姉ちゃんは笑顔のまま僕の腕を抱きしめて歩き出す。べジータ大丈夫だろうか。体はうつ伏せなのに顔は天を仰いでいたけど……まぁ、無駄な心配だろう。不死身だしね。
「へぇ、そんなに沢山モデルとかしてたんだ。」「そうよぉ。結構いいお金になるしねぇ。お陰で毎月お父様から頂いてるお金は大事に貯めてあるわぁ。」そういえば以前、薔薇姉ちゃんのバイトの話してた時に銀姉ちゃんはモデルとかしてる話聞いたな。「でもごめんね、銀姉ちゃん。その……疑ったりして。」正直今更ながら自分の浅はかさに腹が立つ。でも、銀姉ちゃんはそんな僕を抱きしめてくれた。「いいのよぉ。だって心配してくれてたんでしょぉ?だったら嬉しいくらいよぉ。それに、いつも言ってるでしょぉ?」銀姉ちゃんはそう言って僕に軽くキスをする。そして言葉を続けた。「私はJUM以外とする気はないってぇ。」そう言って再び僕に笑みを見せてくれる。こんな僕が銀姉ちゃんに出来るせめてものお返し……そうだ、あれがあるじゃないか。僕は鞄をゴソゴソと漁る。御免ね真紅姉ちゃん。また今度絶対取ってくるからさ。今回だけは銀姉ちゃんに……ね?「銀姉ちゃんこれ。僕のせめてものお返しだよ。」それはゲーセンで取ったくんくんのヌイグルミ。それを受け取った銀姉ちゃんは益々笑ってくれる。「く、くんくん……しょうがないわねぇ。今日はこれで許してあげるわぁ♪」銀姉ちゃんは片手でくんくんを抱きしめて、もう片手で僕と腕を組む。さっきまでは寒かったけど、今は何だか温かい。僕は不思議な温もりと一緒に家へ帰るのだった。
ちなみに。これは話とは関係ないんだけどさ。後日写真の入った手紙が届いた。差出人はあのカメラマンの中年のオジサン。手紙によると、僕と銀姉ちゃんが映っている写真はコンクールに応募したようで。しかもその写真は見事大賞に輝いたらしい。『姉弟の深い絆と愛が表現された作品』とか評価されたらしい。写真は二枚。噴水と少し夕暮れの空をバックに映っている僕と銀姉ちゃん。素人であり、おまけに被写体である僕が言うのもアレだけど……心を奪われるような写真だった。え?写真はどうしてるかって?決まってるよ。一枚は銀姉ちゃんの机に飾ってある。もう一枚は僕の机に。僕と、天使が映ってる写真が飾られてるのさ。END
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