六話「写真集の少女」
短編「図書館」シリーズ六話「写真集の少女」突然だが、私、真紅は図書委員だ。元々本が好きで、中一のときに初めて図書委員になり…気が付けば図書室、そして図書委員の常連となり早3年。その間に図書室仲間ともいうべく、同じく本の好きな友達連も出来て、図書館をよく利用する人の顔もかなり覚えた。これは、そんな私の図書室でのある日のお話。さて。この話をする前に図書室の構造について説明していた方が良いだろう。この図書室には、中央付近に吹き抜けがあって、そこから下の階へと降りられるようになっている。下の階には主に、古典全集や、図鑑、写真集、画集、専門的な内容を含む書籍、それに禁帯出本等の、要はあまり使用頻度が高くなかったり人気がなかったりする本が主に納められているのだ。だから、この階は普段はほとんど利用されていない。ただ、個人用の勉強スペースが大きな窓の付近にいくつか設けられているので、テスト前になると大入り満員になっていることもあるのだけれど。まあ、ともかくそんな普段は利用する人の少ないその階なのであるが、最近、昼休みに吹き抜けから下を見下ろすと、いつも同じ位置に座り込む人が居るのだ。この階の本を積極的に借りる人間で私が知っているのは、前にも話した翠星石・蒼星石の園芸部の双子姉妹くらいなのであるが、下の階に見える彼女はもちろんその二人のどちらでもない。彼女は一体何を見ているんだろう、と少し興味を引かれることもある。けれど、その後すぐに私は友達から呼ばれて、そのことを忘れてしまうのだ。ところがある日。私は家に財布を忘れて、昼ごはんを食べることが出来なかった。仕方が無いので、私は本を読んで空腹を紛らわそうと休み時間が始まってすぐに図書室へ向かう。中に入ると、昼休みも始まったばかりということもあって人はほとんど居ない。読書スペースに歩いていく途中、私はいつもの癖でまた吹き抜けを覗き込んだ。…もちろん、いつもの場所に、まだ彼女の姿は無い。私は、階段からそっと下の階へ降りていく。下の階は人が少ないので、暖房費節約のために普段は暖められていない、と聞いている。上の階と違って肌寒い空気が流れるそこは、しかし、窓と天井からの光であくまで明るい様子を保っていた。ゆっくりと、彼女がいつも居る棚の前に立つ。そこは、写真集が並ぶ棚だった。上のほう…目線の高さに並ぶのは、戦争や、古い村や、里山等、人とその周辺の景色を写した写真。それが段々下に降りて…座り込む彼女の目の高さの位置になる。するとそこに並んでいたのは…遠い異国の自然の風景。サンゴの海の生き物達。どれも、人間以外の動物達と自然が主役の写真集。重くてサイズの多きいそれらを、ためしに一冊開いてみる。海の中を撮影したその本に写っていたは、どれもとても綺麗な写真だった。たまにはこう言う文字の無い本を見るのも面白いかもしれない、そう思いながら私はページをめくっていく。私はいつの間にか、彼女と同じように床に座り込んで、それらを眺めはじめていた。気がつくと、いつの間にか誰かが近づいてきて本をとり、横に同じように座ったのが分かった。顔を上げると、それはいつもの…上の階から見えた彼女のようだった。目線が会うと、彼女がはポツリと呟いた。「…あなたも、写真集好き?」「ええ。今さっき、好きになったところかしら」「…そう」彼女は、それだけ言うと、ひざに大判の写真集を広げて覗き込む。私も私で別の写真集を見ながら、たまに彼女の様子を観察していたのだが…彼女は1ページ1ページをとても時間をかけてみる。じーっとながめて居たかと思うと、時々目をつぶってみたり。気に入ったページにもなると、そこをずっと開いたままにしていることもあった。それとは逆に、ちらと見てすぐに飛ばしてしまうページもある。気に入らなかったのかもしれない。真剣に写真集に見入る彼女の様子が気になった私は、彼女にそっと声をかける。「ねえ」「…?」彼女が振り返った。気になったことを聞いてみる。「どうしてそんなにゆっくり見ているの?」聞いてみてから馬鹿な質問だと思う。見る速度なんて好きずきだ。きっとそのような答えが帰ってくるだろうと思っていると、しかし彼女からは予想外な答えが帰ってきた。「風とか空気を…想像してる」「風?」「…うん」どういうことなのだろう。キョトンとしている私を見て、彼女は、今まで見ていた写真集を床に置いたまま私に向ける。写っているのは広大な草原と、そこにそびえたつ岩山。「こうやって、この景色を見て…頭で想像する。どういう風に風が流れているか、とか 此処に立ったら寒いかどうかとか…この景色のある場所に立った自分の感じるものを想像する。」…なにやら難しそうだ。でも、私は彼女に倣って目をつぶって、そこに立つ自分を想像してみた。風が吹いていて、私はこの草原に立っていて…風が…だめだ、やっぱり難しい。「…ちょっと難しいのだわ…」「ううん、意外と簡単。」「そうかしら…」「言葉じゃなくって、今まで自分が感じた感覚を思い出せばいい」「感覚?」「うん、例えば…この風景なら、夏場の高原に旅行に行ったときに感じた、 冷たい風とか葉っぱの感触や音を思い出せば良いし」言いながら別のページを開く。そこには雨の降る熱帯雨林が映し出されている。「この景色なら、夏の夕立を…こっちなら、冬の夜の冷たい空気を」次々ページを変えながら説明していく。その過程で、なんとなく、分かったような気がした。「もう一度やってみるのだわ」開かれているのは、雪に覆われた冬の森。私は、それを目に焼き付けてから目を閉じ、去年スキーに行った時に感じた、雪と、風の冷たさを思い出す。それが丁度、寒いこの階の空気と重なって…その時の静けさと、肌に感じた寒さが一瞬感じられたような気がした。それを感じてから改めて写真を見なおすと…なんだか、同じ写真が違って見えた。「…ああ、確かにこれは…すごいかもしれないのだわ」思わず感心する。今まではただ、綺麗だなあと思いながらぱらぱらと最後まで見て終わってしまっていたの写真集が、全然違う、もっと面白いものに見えてくる。驚く私を見て彼女がにっこり笑った。そして、またぼんやりとした表情に戻ると、遠くを見るようにして呟いた。「今はまだ…いけないけれど。 いつかきっと、この写真集の、想像じゃない本当の感触を感じに行きたい…」彼女にとって夢、なのであろうその台詞は、とても真剣に聞こえた。…なので、私は「大人になったら…きっといけるのだわ」そう彼女に微笑みかけて、見せてもらっていた写真集を返す。「そう…だね」受け取る彼女も、小さく微笑んだ。そうして、私達はその昼休みの間中、一緒に下の階で写真集を見てすごしたのだ。次回「蒼星石」
<おまけ>予鈴が鳴って、二人で階段を上がっていく。上がりきると、さっきから下を見下ろしていたらしい、水銀燈先輩の姿があった。「…珍しいわねぇ。真紅が下の階に居るなんて」「ちょっと、写真集を見ていたのだわ」「へぇ。後ろのその子は?」「ああ、ええっと…」「…薔薇水晶」「そぉ。学年はぁ?」「…真紅…と同じ、中3」「あら、そうなの。私は水銀燈。高一よぉ。よろしくぅ」水銀燈先輩が、手を差し出すと、薔薇水晶はそれをぎゅっと握り返す。…双方やたらと力が入っているような気がするのは…なんだろう。そんな事をしているうちに、みっちゃん先生の声が聞こえてきた「ほら、そこの3人戻らないと!授業始まっちゃうわよ!」その声で、改めて時間が無いことに気がついた私達は、急いで荷物を持って、教室へ走ることになったのだ。
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