狼禅百鬼夜行 六つ目の話 都姫狗妖話 第二部
子供の頃から様々な憑き物に悩まされていた大臣の姫。そんな彼女の目の前に、ある日突然落っこちてきた矢ガモならぬ矢烏。無様にもがくその烏を、ちょいとした気まぐれで助けた姫であったが、ところがどっこいその矢烏、実は烏に化けた烏天狗だった!そんな事実を知った後も、姫はひるみすらせず烏に迫る。結局押し切られて、ある約束をさせられることになる烏であるのだが、それが実行されるはずであった満月の晩、とうとう烏の正体が他の人間にもばれてしまった!その場の勢いで名乗ってしまった挙句、姫を抱えて逃げた烏。そんな緊迫した状況であるにもかかわらず、とても楽しげに抱えられていく姫。二人の今後は一体どうなってしまうのか!烏は人一人抱えたまま、無事目的地まで飛べる事が出来るのか!?姫の体に秘められた秘密とは一体!!狼禅百鬼夜行 六つ目の話 都姫狗妖話 第二部!請う御期待!そんなわけで。はじまりはじまり~ チョンチョンチョンチョンチョン……(拍子木)
朝の光に照らされた、小さな村の小さな社。前に広がる泉のほとりで、欠伸をするのは一人の青年。「あ~……今日も天気がいいな。 此処しばらくは雨降らせないほうがいいって話だし、しばらくはこんな日が続くかな……」澄んだ泉に手を差し伸べて、すくった水で顔を洗う。秋にもなると随分と水も冷たく感じるが、しかしその分すっきりと目がさめる気がする。今一度大きく伸びをした所で、其処へ、不意に大きな風が吹く。昇り始めた日とは反対の西のほうから吹くその風は、赤く染まった落ち葉の他に、大きな荷物をこの泉へと送り届けることになる。それは……「ちょっと!其処を退いて!退きなさぁい!」「お?」風とともに響く声。森の方へ目をやったが、しかし森から何かが出てくるという訳でもない。「聞こえないのぉ!?JUM!!ああ、もぉうっ!!」名前まで呼ばれて、改めて首をかしげたその青年が、少し視線を上に向けたところで、目が合った。それは存外に目の前で。「うおっ!!!?」慌てて避けようと身を硬くした時点で、空から突っ込んできた何かは青年の真横を通り過ぎていった。直後にずぅん、と腹に響く音。しばらくして、なんの衝撃も来ないことを不審に思った青年がやっと振り返ると、そこには。
「何の音なの!?」丁度その時、社の近くに建てられた民家の扉が開かれる。其処から慌てて現れたのは、赤い着物に黄金の髪が美しく映える一人の少女。彼女の瞳にまず映ったのは、呆然と向こうを見る青年の姿。自然にその視線を追っていけば、まず見えたのは大銀杏。社付近では一番の大きさであるその木は、黄色い葉も少々匂う実も存分についた立派な大木だった。そんな銀杏の根元、太い根と根の間の辺りに、人が二人。折り重なるように倒れていたのだった。「一体どういう状態なの、これは」呆れた顔で、金の髪の少女が近寄っていく。青年も、我に帰ったようにその後を追った。傍まで寄ってまず判ったのは、上に覆い被さった少女。彼女はまるで貴族のように豪華な衣を羽織っており、見た所怪我も無くいたって無事であるようだ。「……?此処は……?」赤い少女と青年が傍まで近づいてきたとき、その上の少女がむくりと起き上がる。しかし小さくつぶやいたあとは、ぼんやりと座り込んだまま立ち上がる様子も無い。目をこすり、眠たげな表情で辺りを見回しているのを見ると、もしかしたら今の今まで寝ていたのかもしれない。気になるのは、彼女が何気なく姿勢を変えるたびに下から聞こえるうめき声。見かねた青年が手を差し出すと、上の少女は素直に引かれて立ち上がった。そこで、やっと下敷きにされていた方の様子が見えた。背中の黒い羽を見る限り、正確に言えば人ではないのであろうが。ともかく、そちらの方は惨憺たる有様、というのが一番正しいだろうか。
上に乗った人間をかばったのか肩、背中側からの着地である上に、落ち葉の積もったやわらかい地面とはいえ、そこに着陸跡が出来るほどの速度で突っ込んだのだ。おかげで服は泥だらけで、さらに運が悪い事に、倒れているのは銀杏の根元。もちろんこの木は雌木であって、地面には落ちた実が大量に……ともかく、大惨事だった。そんな悲惨な状況にある相手の顔を改めて確認し、赤い少女は眉をひそめる。見下ろすように腕を組んでから、声をかけた。「今度は一体何をしに来たのかしら?水銀燈……」見た目はにこやかに見せかけつつ、その実怒りを押し殺したような響きの声がとても怖い。対して、大銀杏に寄りかかった“悲惨な方”は、見上げて軽く片手を挙げる。「おはよう、真紅。とりあえず寝かせて。布団で」それだけ言って、そのままガクリと力尽きるように目を閉じた。聞こえてくるのは安らかな寝息。ため息をついたのは、真紅と呼ばれた赤い少女。「JUM。この馬鹿をとりあえず泉に叩き込んでおいて頂戴」「いいのか?そんな事して」「こんな銀杏まみれを家に上げたいと思う?」「……わかった」青年も案外と酷かった。しばらく後、泉には悲鳴とともに大きな水柱が上がったと言う。「南無三!せめてもの供養として姉ちゃん呼んでくるから!」「ちょ、がぼっ待ちなさいよぉ!寒っ!冷がぼっ!!」
後ろの声は聞こえない振りをしつつ、きびすを返して脱兎の勢いで家へと走る青年だった。それから半刻ほどが経ち。「あとは、服の方も乾かしたらにおいも取れると思うから、一寸我慢してね?」「あ、ありがとぉ……」ガクガク震えながら布団をかぶって火鉢を占拠。苦笑しながら、そんな水銀燈を見守る青年の姉、のり。「真紅ちゃんも、だめよ?いくら銀杏まみれだからって泉に放り込んだりしちゃ」「こんな馬鹿、そのくらいで丁度いいのだわ。人んちの庭に突っ込んで、 拾う前だった今年の大銀杏の実を台無しにした挙句、第一声が布団を貸して、よ!?」言いながら水銀燈を睨みつける真紅。隣に座ったJUMは、どうした物かと様子を見守る。「そ、そういわれたってぇ、一日以上、人一人抱えて飛びつづけてたのよぉ。 そんなときに目的地が見えたら気も抜けて眠くもなるわぁ」「非力ね。そのくらい、私なら楽勝なのだわ」「馬鹿力なあなたと一緒にしないでぇ!」そんな何時までも終わらない口論にため息をついて、JUMがとうとう口をはさむ。「で、結局今日はどうしてここに来たんだ?」「そうよ!最近は天候も特に問題は無いはずだわ」「あー、今日はその話じゃなくってねぇ。私今そっちの担当じゃないし……っくしょい!」
くしゃみして、ずびっと鼻をすすりながら、水銀燈が横を見る。其処には、すやすやと幸せそうに布団で眠る少女、めぐ。「この子なんだけどぉ」「その子がどうかしたの? まさか都から攫って来たとか言うんじゃないでしょうね」「まあ、それは置いておいてぇ」「置いておかないで頂戴!もし村に迷惑をかけたりしたら、承知しないのだわ!」「あはは、大丈夫よぉ。……多分。 ともかくこの子ね、随分と霊やらなにやらに憑かれやすい性質らしくってぇ」文句をさりげなく流しつつ、水銀燈は続けていく。「その体質を何とかする方法、何かわからなぁい?」言われた真紅は、眉をしかめつつ答える。「そのくらい、里まで連れて行って調べればいい事じゃない。 長老連なんて私よりもずっと長く生きているのでしょう?」しかし、その答えには首が振られた。「そんな人達が、こんな下っ端の烏天狗の願いなんて、聞いてくれると思う?」「思わないわね。貴方みたいな天狗の里では特にね」「わかってるんじゃなぁい。で、他に聞いてくれるうちで一番知ってそうなのがあなたなのよぉ」
苦笑しながらも、真剣な目で真紅を見つめる水銀燈。布団かぶって鼻をすすって股火鉢、なんて格好のおかげでその真剣さも台無しだが、一応気持ちは伝わったらしい。真紅はため息をついて答えた。「わかったわ。まさか貴方が人間のためにこんなに動くなんて思わなかったわね。 その驚きに免じて、今回は特別に貸し一つでね」「あはは、免じた上で貸し一つなのぉ?ケチねぇ。」軽口を叩きながら、目線は隣の布団の方へ。「まあ、今回のは単なる気まぐれよ、気まぐれ。特に大きな意味も理由もないわぁ」「そうなの?ならなおさらびっくりね」肩をすくめて、真紅は改めて人間の少女めぐを見下ろした。「……あら、この子」「何かわかったぁ?」早速わかったのか、と期待の視線を向ける水銀燈。しかし、返ってきたのはとても意外な言葉だった。「人間じゃないわ」―――しばらく時間は巻き戻り、朝焼けが照らす都にて。「御心配には及びません。この私が必ずや、あのにっくき天狗から姫を取り戻してまいります!」大きな屋敷の門前に、鎧を着込み武士の一団を引き連れた、若き貴族の姿があった。言葉に頷き見送るは、この家の主。人々から柿崎の大臣と呼ばれる身分の高い男だ。少々やつれた顔を引き締めて武士達を見送った後、彼は一人重々しく息を吐いた。都の大路を武士達は行く。先頭に立つは白馬に跨る貴族の男。その後ろを行く、鹿毛の馬には女武者。「若君、狼禅山は都からはかなり離れています。最初からそのように鎧を着込んでいては……」「だから、もう若君と呼ぶなと言ってるだろう巴。第一、この方が良いのだ。 大切な姫を攫われて消沈する大臣に、この鎧姿を見せて、少しでも安心して待って頂こうという、 俺なりの心遣いなのだからな!」その心遣いは、確かにもっともですけれど。「若君」に、巴と呼ばれた女武者は思う。しかし、周囲を通る人々の視線が、一体何処で戦があるのかという興味と不安を伴って、巴の背中にぐさぐさ刺さる。この若君は、考える事は悪くないのだが、どうにも周囲に気をくばらなすぎる。半ば並んで進んでいたのを速度を落として後ろに下がり、巴は小さくため息をついた。それにしても、と巴は思う。一度は父が撃ち落したはずのあの烏……天狗が、よもや生きていたとは。きっと、あの屋敷の奥に囲われていた姫に拾われたのだろう。烏を探して一度屋敷に入った時は居ないと言っていたけれど、もしかしたら哀れに思ってかくまったのか、それともその時にはまだ拾われていなかったのか。どちらにしても、そんな命の恩人を攫っていくとは、なんと恩知らずな天狗だろうか。巴は少し腹を立てる。そして、姫が攫われた現場に若君と共に居あわせながら、止められなかったことを悔やむ。後少し、自分が速く踏み込んでいれば。後少し、剣の振りが速ければ。姫は攫われていなかったかもしれないのだ。さらに困った事に、今回の天狗退治には、最初に烏を落とした父は同行しない。ゆえに、守り役の自分がしっかりしなくてはいけないのだ。前を進む若君も、弱いわけでは決してないのだけれども。先の一件でわかる通り、少々周りが見えていないところがある。巴の後に続く部下達は言わずもがな。少々憂鬱なため息をつく。気付いた部下に気遣われ、なんでもないわと微笑んだ。懐の上にそっと手を乗せ、お守り代わりの櫛が収まる辺りをなでて、きっと大丈夫、巴は思う。故郷のあの子にもらった櫛が、私も皆も守ってくれる。これから向かう狼禅山は、故郷の山からそう離れていない。あの子の力も強くなるはず。それは術の類に疎い巴の願望のようなものだった。けれども確かに櫛は力を持つのだろう。妖怪の、変化の術を一目で即座に見破るなんて、普通は出来ない事なのだから。都の大きな門をくぐって、武士達は道を進みつづける。目指して進むは狼禅山。―――同じ頃、都の広がる盆地からは山をいくつも越えた先、山中にある神社の傍の家の中。件の天狗、水銀燈が間抜けな声で問い返す。「……はぁ?」「だから、人間じゃないのよ。」それを告げた真紅自身が、今やっと気がついたとでも言うように、目を少し見開いている。静かに眠る少女に向けられた視線には、ちょっとした好奇心も含まれているだろうか。「な、だってそれ、普通なんとなく判る物じゃない、でも今まで全然そんな……えぇ!?」「そう言われてもね……」混乱しながら食って掛かる水銀燈。真紅は少々眉をひそめてそれを押しとどめる。そして、言葉を続ける事には「でもそうね。正確に言うならばこの子は半分くらいは人間ね」まったく訳がわからない。再び視線を少女に向ける真紅につられて、水銀燈もそちらを見る。ついでに、今一度目を凝らしてみたものの、見た限り人外の力なぞ欠片も感じられなかった。「見間違いじゃあないの?」「貴方、人を頼っておきながら、その言い草はないんじゃない?」ため息をついて、真紅が言う。「まあ、いいわ。多分これは狐かしらね。あいのこかもしれないわ」「へ?でも、ほら都の有名な術師とか、狐の息子らしいけどすごい目立つって……」その言葉には首が振られて、話は更に続いていく。「この子の場合、何が理由か判らないけれど、狐としての部分が随分弱っているみたいだから。 それで気付けなかったんじゃないかしら。」真紅はちらりと眠る少女の方を見て、肩をすくめた。「憑かれ易いっていうのもきっとその所為ね。魂の半分が弱りきっているのだから。 彼女を治すつもりなら、まずはここまで弱った原因を取りのぞくことからでしょうね」部屋を沈黙が支配する。しばらく後、口を開いたのは水銀燈だった。「ねぇ、真紅。もしかして、狐に悪霊除けの札って、効く?」「多分効くのじゃない?狐って、実体を持っている割に憑き物みたいに人に憑くから」「あと、魔除けのお香とか」「魔除け以前に煙の類からしてダメね。狐退治は煙でいぶすものでしょう?」額を押さえた水銀燈から大きなため息が漏れる。「理由はわかったの?」その様子をみて真紅が尋ねる。「そうねぇ、だいたいは。ちょーっと引っかかる事はあるけどぉ……」水銀燈は疲れた顔で立ち上がる。そもそも彼女は昨日一日寝ていないのだ。先ほどまでかぶっていた布団を降ろし、両手を上げて大きく伸びをする。普段であればここで大きな翼も広がるのだが、今はこの狭い家中で邪魔になるので折って畳んで仕舞われていた。要は、人に近い姿に化けたと言ってもいい。「ああ、もう。ちょっと寝るわ、真紅。一宿一飯の恩義は後で返すからぁ……」「これだけ世話をかけておいて、寝床のうえに飯まで寄越せっていうのね?」呆れたような真紅の声に、不満げな視線を向ける水銀燈。双方の口が開かれるのを、柔らかな声が遮った。「そのくらいいいわよぅ、たべていきなさいな」今まで傍で、事態を把握出来ないままに座して、控えめに聞いていたのりだった。「ありがとぉ、のりさん大好きぃ!」水銀燈が歓声を上げる。一方、口ほど嫌がってはいない真紅は、「のりが言うなら仕方がないわね」澄ました顔で椀に注いであった白湯を一口。隣に座っていたJUMが、そんな真紅に苦笑する。即座にぴしゃりと腕を叩かれた。そんな様子を知ってか知らずか、真紅もこのくらい優しくなればいいのになどと軽口を叩き、水銀燈は寝床へ向かう。程なく敷かれた布団に倒れこみ、うつぶせのまま掛け布団をかぶりなおす。「それじゃ、おやすみなさぁい……ふわぁ……」「まったく。一宿一飯の恩義と、ついでに貸し一つ。後でじっくり返してもらうのだわ」「はいはぁい、わかってるわぁ」何時もの呆れた真紅の台詞におざなりな返事を返しつつ、水銀燈はすぐに眠りの世界へと旅立っていったのだった。
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