記憶の物語 【記憶の話】
白い部屋に白い壁。そこに閉じ込められている少女が一人。悲しそうに空を眺めている。重く冷たい雲に覆われた空は寂しげな雰囲気のこの部屋を余計に寂しく感じさせた。季節は冬。年明けの少し手前の28日。ただひたすら寒いだけのこの季節、さっきまでこの肌で感じていたんだから間違いない。せっかくの休みだというのに僕は彼女と二人で部屋に篭っていた。「ねぇ、雪って何色だと思う?」ベッドの上でこっちに向きながら緑色の髪の彼女は言った。相変わらず無表情だったがあの日から彼女が人と目を合わせて話すのは珍しいことだった。「はぁ?何言ってんだおまえ?」僕が無愛想に返事をすると「いいから」と彼女もまた無愛想に答えた。僕は少し考えた後、「白だろ?」と当然のように答えた。まぁどっからどう見ても白だしな。それを聞いた彼女は「そっか」とだけ言ってまた空を眺めてしまった。「なんでそんなこと聞いたんだ?」「別に」彼女はまだ空を眺めている。別にって……せっかくこっちがまじめに対応してやったのになんて淡白な奴なんだ。まぁ俺も理由聞いたところで「別に」って感じになるだろうが。彼女の名前は金糸雀。僕と同じごく普通の学生。学校では室長や生徒会書記なんかもやったりしていた天才で秀才で努力家でドジッコの高校二年生だ。そりゃ天才なだけあって定期テストではいつも上位のそのまた上位くらいにはにいるし、学年末なんかは10位以内に入っているのが彼女の場合常識だ。そうなると当然先生や生徒の評価も良くて非常に理不尽だが必然的に室長なんかになってしまうわけで……。それは彼女がどれだけ努力して得たものなのか俺は知っているがそれはまた別の話。一方俺のほうは……考えたくもない。
まあとにかく彼女と俺の知能レベルは雲泥の差+月とすっぽんってわけでベルリンもビックリの決して越えられない高い高い壁があるわけだ。しかしその壁だが、今なら簡単に越えられる。高い壁はもうないに等しいからだ。いや、それ以前に壁を図る事すらできないのだが……。意味がわからないと思うがそれが事実なんだからしょうがない。その壁の高さを測る物差しの一つが定期テスト。定期テストと言うのは記憶だ。数学の公式にせよ古文の訳にせよ歴史の大名にせよ全ては見て、感じて、聞いて、理解し記憶に収めていくしかない。学年末になると長い間つかってない、ほこりをかぶった知識を、必死で引っ張り出そうとするが記憶とはそう言うものだ。何処に記憶を入れたのか書いてある、ぼろぼろの本を片手に、脳の奥底に眠る記憶を引っ張り出すのだ。時々滲んだり欠けたりしているが何とかそれを読み取り思い出す。また外部からその知識を得て書きなおしていく。それを繰り返していけばそのうち定着し知識となるのだ。 さて回りくどくなったが本題に入ろう。なぜ彼女、金糸雀はこんな狭い部屋でひたすら空を眺めているとか言うと、とても単純だが一般人は多分体感した事ない非常に稀有なことだろう。彼女は本をなくしてしまったのだ。記憶の居場所の本を。それを今、母親や親族や精神科の医師が探しているがなかなか見つからないのだ。少しわかりずらいかもしれない。ようするに「記憶がない」と言うことだ。つまり彼女は、記憶喪失だった。
このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー と 利用規約 が適用されます。
1文字以上入力してください
本文は少なくとも1文字以上必要です。
1文字以上入力してください。