第八十九話 JUMと練習
「はい、ここだよ。初心者練習場。」さてさて、めぐ先輩に連れられてやって来たのは、ゲレンデから少し離れた緩やかな坂や、手で?まって上っていく小型リフトがある広場だった。練習場とは言うが、その面積は相当に広く、転びやすい初心者がぶつかり合って怪我しないように配慮がなされてるのが見て取れる。「ここならみんな初心者だから安心でしょ。じゃあ、早速練習しようか。」僕が銀姉ちゃんに言う。しかし、銀姉ちゃんはとてもとても不満そうなお顔だ。「………本当にここでやるのぉ?」「練習場はここしかないからね。嫌なら、いきなり山頂から滑る?滑らないと、帰れないから滑れるようになるかもよ?コブコース通るのも面白いかもねぇ~。」「そ、それは無理だけどぉ……」めぐ先輩が鬼のようなことを言う。この人は本当に銀姉ちゃんを弄くるのが好きなんだなぁ。「ほらほら、銀姉ちゃんも観念してさ。また翠姉ちゃんや真紅姉ちゃんに笑われるよ?」銀姉ちゃんがう~う~唸って悩んでいる。何がそんなに嫌なんだろうか。滑れないのはもう姉妹にばれてるし、これ以上隠すような事はないと思うんだけど。「………だって……が……」「?何?」「だってぇ……ここ小さい子ばっかりじゃなぁい……」まぁ、当たり前だろうが。ここは初心者練習場。大人より寧ろ子供が多いのは当然な訳で。
「大丈夫だよ水銀燈。ほら、あそこでも子供に教えてるお父さんいるし。」「そ、それは教える側だからでしょぉ!?私はね、教えられる側なのよぉ?あの子達と同じなのよ?」「いいじゃん、別に。何なら、私がここで大声で『このお姉ちゃんは全然滑れないからみんなで笑っちゃおう!』とか叫んでもいいよ?」外道よりさらに格上の言葉があるなら僕はとても知りたい。冗談ならともかく、めぐ先輩は本気で言いそうだから困る。そんな事されたら、今回の旅行中銀姉ちゃんはホテルに引き篭もりかねない。「そ、そういえばさ。銀姉ちゃん旅行は楽しみにしてたじゃん。スキーなのは分かってたのにさ。」「それはぁ……こんな早く滑るなんて思ってなかったのよぉ。それに……みんなで旅行行くのが楽しみじゃないわけないでしょぉ?本当なら適当に雛苺や金糸雀と遊んで、やり過ごそうと思ってたのよぉ。」まぁ、そんな目論見はあっと言う間に打ち砕かれてる訳ですが。「だったらさ。やっぱり滑る練習しようよ、銀姉ちゃん。」「……JUM……」「僕だってさ、やっぱり銀姉ちゃんと一緒に滑りたいしさ。きっとその方が楽しいよ。」銀姉ちゃんはみんなで旅行行って遊んだりするのは嫌じゃないはず。寧ろ、楽しみって言った。だったら……やっぱり練習して少しでも滑れるようになって。みんなで滑れるようになったほうがいいと思う。「そうそう。それに、山頂から滑ってる最中にJUM君と偶然コース外れて偶然山小屋見つけて偶然吹雪になって偶然捜索隊も来なくて、必然的に素肌で温めあったり(以下自主…めぐ規制)だしね。」いや、それはないから。偶然が重なりすぎだから。そして、何で最後だけ必然なんでしょうか。銀姉ちゃんは少し考える顔をして、決心したように顔をあげる。「ふぅ、分かったわぁ。スキー場来て滑らないのは、海に来て泳がないのと同じ。カラオケで歌わないのと同じ。来ても来なくても同じだものねぇ。JUM、めぐ。スキー教えて頂戴。」と、それだけ言った。
「先ずは、板をハの字にして……ああっ、違う違う!!前を広げるんじゃなくて!!」「えっ、えっ!?きゃあああああ!!!」スキーの基本は先ず板をハの字にして滑ることだろう。もちろん、先を閉じてハの字にするわけだが。「うぅ、いったぁい……ちゃんと先に言ってよぉ。」銀姉ちゃんは前を広げたハの字にして見事転んだ。めぐ先輩はゲラゲラ笑っている。「御免御免。ついでに、起き上がる練習しよっか。板を揃えて、足の力ばかり使わないでストックを支えにして…」「こ、こぉ?……よいしょ!…できたわぁ。」よし、一つレベルアップ。どんな上手な人でも、転ぶときは転ぶからな。起き上がれないと話しにならない。「じゃあ、もう一回。今度は先を閉じてゆっくり滑ってみて。」「わ、分かったわぁ。ええっと、ちょっと内股にすればいいのよね……わ、わ、滑った!滑った!」そりゃあ滑るでしょ。スキーなんだから。銀姉ちゃんはビクビクしながらも、ゆっくりと緩やかな坂を下っていく。「水銀燈さ、運動神経はいいから慣れちゃえばすぐ上達しちゃうと思うんだけどね。」「僕もそう思います。まぁ、人は万能じゃないですしね。」坂の上でふらふらと滑る銀姉ちゃんを見守りながら僕はめぐ先輩と話す。「そういえば、先輩は滑れるんですか?」「私?まぁ、そこそこにはね。あ、水銀燈が下まで行ったね。じゅあ、私たちも行こうか。」めぐ先輩はそう言って、板を平行にシャッシャッっと華麗にターンしながら滑っていく。パラレルターンって奴か。「そこそこなんてもんじゃねぇじゃん……普通に僕より上手いし。」本当に幼少時は病弱だったんだろうか。そんな疑問を浮かべながら僕も下まで降りていく。「ど、どぉ?少しは滑れた……かしらぁ?」「うん、生まれたての小鹿みたいに足がプルプルしてたけど、基本はあんな感じだね。」めぐ先輩が絶妙な例えをする。確かにフラフラと滑っていく銀姉ちゃんは生まれたての小鹿みたいだったな。そんな事思ってると、坂の上から『キャー!!』と聞き覚えのあるハシャギ声が聞こえてきた。
「あー!JUM達なのぉ~~!!」シャーっと滑ってきたのはヒナ姉ちゃんだった。ただし……板じゃなくソリでだが。「ちょ、ちょっと巴強く押しすぎかし…らっ!?と、飛んでるかしら!飛んで……ふぎゃ!!」そして次に来たのはカナ姉ちゃん。物凄い勢いでソリで滑ってきたと思えば、何かに引っかかったんだろうか。ソリから放り出されたカナ姉ちゃんは、空中でしばし手足をバタバタした後に雪にオデコから突っ込んだ。「大丈夫ですか?金糸雀先輩。」そして、カナ姉ちゃんの台詞から察するに、カナ姉ちゃんを押した柏葉がスキーで滑ってきた。「ちょ、ちょっとカナ姉ちゃん!?大丈夫?」「うぅ……オデコが痛いかしらぁ。巴ったら酷いかしらぁ。」「うよ?そんな事ないのよ~。あれくらい早いほうが楽しいのぉ~!」柏葉に他意がなければ、同じ強さで押したんだろうが。案外ヒナ姉ちゃんはスキード狂かもしれない。「あ、貴方達なんでここにいるのよぉ。滑りに行ったんじゃぁ……」「う?だから滑ってるのよぉ~。ソリで。」「そ、ソリ……!?」銀姉ちゃんの額からダラダラと汗が流れ出てくる。ちょっと前の会話(88話)を思い出す。確かにヒナ姉ちゃんとカナ姉ちゃんは滑るとは言った。ただし、それはスキーでなんて一言も言ってなかったな。「水銀燈先輩達こそ、初心者場で何をなさってるんですか?」「え!?そ、それはちょっと勘を取り戻す練習をぉ…」「聞いてよ巴ちゃん。水銀燈ったら実はスキー滑れないんだよ。ほらほら、このデジカメ見て見て!!このシーンは転んだ水銀燈が起き上がれないで涙目のシーンでしょ!このシーンは、足をプルプルさせて恐る恐る滑る水銀燈!!どうどう!?可愛いでしょ?」めぐ先輩、恐ろしい先輩。何とか誤魔化そうとした銀姉ちゃんの努力を即座に打ち砕き、さらに失態をむざむざろ見せている。さすが、めぐ先輩。僕にできない事を平然とやってのける!ソコに痺れる(ry
「へぇー、水銀燈ったら滑れないの?ちょっと意外かしらぁ。」「う~、そういえば水銀燈。お父様とスキー来た時も何時もヒナ達と遊んでたのよ~。」めぐ先輩の外道行為のお陰で、さらに銀姉ちゃんの弱点が姉妹と柏葉に知れ渡る。すでに銀姉ちゃんは諦め顔で、逆に爽やかだ。「べ、別にいいのよぉ。みっちりJUMと練習して絶対みんなと滑れるようになるんだからぁ!ほら、行くわよぉ。」銀姉ちゃんはそう言うと、簡易リフトに?まり上まで登っていく。「ふふっ、水銀燈ったら頑張っちゃって。いいよね、ああやって頑張ってる姿って。」めぐ先輩がクスクス笑いながら言う。ひょっとして、さっきのは銀姉ちゃんを煽る芝居だったんだろうか。いや、この人は普通にからかってやった気がするな。「好きな人の為なら頑張れるって奴かな?いやぁ、もてる男は辛いねJUM君!!」「ちょ、めぐ先輩何言って…!?」「照れない照れない。ほら、水銀燈登ってるし、私達も行こ!」めぐ先輩は笑いながら、僕の背中をバシバシ叩く。何だよ、これ。「う~、ヒナもスキーの練習するのぉ!みんなと一緒に滑りたいの~!」「か、カナだって負けないかしら!ソリは一旦中止!板借りて来るかしらぁ!」「じゃあ、私も桜田君の為に頑張ろうかな。ふふふっ。」ヒナ姉ちゃんとカナ姉ちゃんも何故かやる気を出す。柏葉が何か言ったがスルーしとこう。「ほらぁ、めぐぅ~!JUM~!いくわよぉ~!!」太陽が雪を照らし、その光を反射して僕らを照らす。楽しい『みんな』での旅行はまだまだ始まったばかりだ。END
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