第八話 「傷」
第八話 「成長」 沈黙が訪れる。入り口でバイオリンケースを持ったまま呆然と立ち尽くす金糸雀。制服姿のまま椅子に座って顔を手で隠す水銀燈。口を金魚のようにぱくぱくしながらどうしていいかわからず戸惑っている僕。そんな中沈黙を破ったのはその光景を何故か微笑ましく笑っている白崎さんだった。「おやおやジュンさん、金糸雀さん見ても卒倒したりしてないじゃないですね」それを聞いて全員がハッとする。「あ、ほんと……ですね……」「え、あ、ほんとかしら」「良かったじゃないですか」「私は良くないわぁ!!!!!!」水銀燈がそんな中怒り狂う。涙目でこちらを見てくる。「お客って……何で金糸雀が来るのぉ!? こんな姿見られちゃったじゃなぁい!」「え、あ、な、何で水銀燈がいるかしらー!」
「水銀燈さんはジュンさんの復帰トレーニングの為 ジュンさんと一緒にバイトをしてもらってます。 その服は制服です。 金糸雀さんはバイオリンをする場所が無い為に この店で夕方の間、時々弾きにきています お分かりでしょうか?」それを聞いて二人が黙り少し場が落ち着く。水銀燈が目を腕で擦り一呼吸置いて喋りだす。「金糸雀、絶対こんな服着てバイトしてる事言わないよねぇ?」その表情は鬼気迫っていてかなり怒っているのが分かる。「い、言わないかしら……みっちゃんが作ってた服ってあなたのだったの……」「そうよぉ?制服を注文したらこんなのがきてねぇ? あなたが制服を着てのバイトでのお客さん第一号よぉ? まぁ、それは後ででいいわぁ。ジュン全然平気なのぉ?」そう言って水銀燈が僕の体を揺さぶってくる。僕はハッとして口を開く。「ああ、呆気にとられてた……」「こっちも同じかしら……」
少しして場がようやく落ち着く。金糸雀と水銀燈は結構前から友人だったらしい。学校で水銀燈があの桑田から金糸雀を庇ったりする事もよくあるのだと。「……注文のアールグレイですわぁ」「ど、どうもありがとうございますかしらー」金糸雀が注文した紅茶を制服姿の水銀燈が運んでいく。自分の姉が服を作っていたのは知っていたけどそれを着るのが水銀燈だとは知らなかったらしく戸惑っている。それは兎も角、言わなくちゃ。僕はそう思いながらカウンターから客席の方へと歩いていく。そして金糸雀の居る席の向かいに座る。水銀燈も近くまで椅子を持ってきてそこに座る。「あの……何ていうか……ごめん」「え?」「前、此処で金糸雀の話を聞いてて御免」「え、あ、その事かしら」「ほんとに御免、勝手に聞いてしかもその後迷惑かけて……」僕は話を聞いてただけではなく、その後に卒倒して家まで知らないうちに家まで運んでもらっていた。とてつもない迷惑をかけてしまっている。「別に気にしてないかしらー!それよりもう大丈夫なのかしらー?」
「……許してくれるのか?」「当たり前かしらー、別にあなたは悪い人ではないかしら。 ただ“聞いただけ”かしら、気にすることないかしら」「……ほんとにごめん。体調は今は大丈夫みたい。 最近ほんの少しトレーニングしててそのお陰で大丈夫なのかな? けど他の人が来たらまた卒倒してしまうかもしれない……」「そんなの少しずつ治していけばいいかしらー。 もう結構治ってるようでよかったかしらー」「ほんとに……よかったわぁ」水銀燈が手のひらに自分の顔を置きながら言う。凄く嬉しそうな表情をしている。水銀燈を……ほんの少しだけども……喜ばせれて嬉しい。まだまだだけど……心の底から喜ばせれるのは。
「金糸雀は大丈夫なのか?」「カナは大丈夫かしらー! 此処でバイオリン弾いてるし平気かしらー! 桑田なんかと関わらないかしらー!」「と言っても……関わる人なんて一人も居ないけどねぇ」「一人も?」「そうよぉ、彼女学校では孤立してるわぁ。 だって皆関わろうとしないものぉ、彼女の性格が性格だからぁ」「……まぁあんな性格だしな」僕も彼女の事を好きになれない。むしろ嫌いと言える。彼女は“異常”だ。兎に角普通では無い。
「金糸雀はまだ桑田に何かされたりしてるのか?」「相手が何かしようとする前に会わないようにしてるかしら。 ……ジュンも桑田に何かされたのかしら?」「……うん、まぁ。それが原因でこんな事になってる」「……ジュン、前から聞きたかった事聞いていい?」「ん?何だ水銀燈」「ジュン、あなたはあの子に……何されたのぉ?」「!」思わずその一言でビクッとする。反射的にその言葉で昔の事を一瞬思い出したから。「……色々と」「色々じゃわからないわぁ」「だから……」「ジュン、私の話をジュンが聞いていたのなら ジュンも自分の話を私にしてみたらどうかしら? 傷は隠しても治らないかしら」痛い所を突いてくる。体の傷も薬を嫌って傷を隠してたらそれが治ることもないだろう。心の傷も同じだろう。見せるのを嫌がったら治る事はない。ただ、心の傷に薬は無いのだけども。傷を背負っても立ち上がるようにならなければならないのだけども。
「……わかった、けどその話をするのは休日じゃ駄目かな?「私はいいわぁ」「カナもいいかしらー、何時にかしら?」「昼の……11時くらい」僕がそう言うと白崎さんが少し反応する。まぁそりゃそうだろうな……。「何か理由でもあるのぉ?」「うん、まぁ一応ね」「まぁ待ってるかしらー」「さてさて皆様、そろそろお客さん気分は終わりに……。 仕事に戻って仕事をしながらの会話にしてください。 ほんとのお客さんが来るかもしれませんし」「それもそうねぇ、ジュンやりましょう」「だな、金糸雀はどうするんだ?」「カナはバイオリンをそこで弾いてるかしら」そう言って金糸雀は小さな舞台のようなものを指差す。ほんとに狭いがバイオリンを弾くのには不満は無いぐらいの広さだ。前々から見かけていたが何かわからなかったが金糸雀専用の舞台だったのか。
「そうか、なら僕はスタンバイしとこうか」「そうねぇ」そう言って僕はカウンターの内側に水銀燈はそこらへんに立つ。基本的に客が来ないので待つしかない。そんな中金糸雀はカウンターの奥の方へと進んでいく。「何してるんだ?」「着替えにいってるのかしら」そう言って金糸雀は更衣室へと行く。「……まさかねぇ、白崎さん。もしかしてぇ……?」「……多分お察しの通りだと思います」「ってことは……」水銀燈と僕が顔を見合わせる。水銀燈の服を作ったのが金糸雀の姉ならば……と。数分後、金糸雀が戻ってきた。
ただしその姿は水銀燈と同じくゴスロリ姿だった。それも黄色でかなり目立つ。水銀燈は絶句してると同時に何処か安心してるようだ。自分だけがこんな服を着るのではないと思ったからだろう。「さて弾くかしらー」水銀燈と違い別に恥じる様子も無く舞台へと向かっていく。昔から着させられてるのだろうか?それならもう慣れて恥ずかしがるのも不思議じゃない。金糸雀はバイオリンケースを開き慣れた動きでバイオリンを肩に乗せる。そして一呼吸を置いた後弾きはじめた。……何というか“幸せな曲”だった。聞いてるこっちが楽しくなるような……心に響く曲。水銀燈も僕もそれをじっと聞いていた。
「……ねぇ」「なんだ?」「何で桑田はこんだけ楽しそうな金糸雀にひどい事したのぉ?」「……金糸雀がバイオリンをやってるのと同じ理由だと思うよ」「え?」「“楽しいから”、あいつはそんな無邪気で残酷な理由でやってるだけなんだよ」「……そうなのねぇ」幸せを潰すのが幸せ。それが桑田なんだろう。彼女は彼女で幸せを求めてるだけだろう。けど……絶対こういうのは間違ってる……。他人を不幸にする幸せなんて。
―土曜日ローゼンメイデンに僕はいつもより早い時間に来た。いつもより三時間は早い。そして待ち合わせの時間には一時間も早い。……ドアの前で深呼吸をする。そして気合を入れて僕はドアを開けた。「やぁようこそ……ジュンさん、やはり」「……ええ、こんにちわオディールさん」僕が声をかけた女性は驚いた顔をしている。そりゃそうだろう、来る筈の無い客が来たのだから。言葉を直接は交わした事は無い僕が。僕はカウンターのオディールさんの隣へと座る。「体調は……大丈夫なのですか?」「……最近少し平気になってきました。 それでも学校は怖いんですがね」「少しでも……成長できてよかったですね」
ほんとそれだ。僅かな僅かな一歩。それでも……進めた。「オディールさんは最近どうですか?」「私は体調やら何やらは大丈夫なのですけど それでもやっぱり……学校も行きたくありませんし 家にも帰りたくありません」「家にも……ですか?」「ええ、ちょっと理由がありましてね」「……オディールさん」「何でしょう?」「あと一時間ほどで此処に僕の友人が来ます」「友人……ですか?」「ええ、二人だけの唯一の。 その人達に今日僕の過去の事を話そうと思うんです」オディールはそれを聞いて驚いた表情をしている。そりゃそうだろう。今まで白崎さんを通した会話の中でそれは禁句に近いものだったから。
「傷は……隠しても治らないって言われまして。 心の傷は傷を晒して、そして傷を背負っても立てるようにならないといけないと思って」「……そうなのですか」「オディールさん、僕の過去の事を話します。 だからオディールさんの過去の話もしてくれませんか?」「!」「同じような傷を持ってるのに僕らは傷を見せるのも出来ませんでした。 だけど……大きな一歩を踏み出すには必要じゃないかと思うんです。 治る一歩だと思うんです」「……成る程、そろそろ私達はのんびりしてるだけじゃいけないという事ですか」「はい……正直昔の事ほど怖いのは無いのですけど……話さないと」「……わかりました、ジュンさんはお話した後でもよろしですか?」「ええ、オディールさん。傷を知り合えばきっと僕らはもっと進める。 もっと強くなれる、頑張りましょう」「……ええ、元に戻れるように頑張りましょう」そこからは待ち合わせ時間までずっと談笑をしていた。今日は休日なので同じ学校の人が来るかもしれないのでずっと警戒をしていた。知ってる人の前ならほとんど冷静だが他人ならどうかはわからない。金糸雀に久々に会ったあの日も客は結局来なかった。だから此処最近、赤の他人とは全く会った事も無い。会ったらどうなるのだろう?
そんな事を考えてると後ろからドアが開く音がする。思わずビクッとして振り向く。そこには普段の学校の制服やローゼンメイデンの制服姿じゃない二人が立っていた。思わずホッとする。「あら?あなたって……」「オディールです、久しぶりですね」「金糸雀はオディールと知り合いだったっけ?」「ほらジュンとはじめて会った日に一緒にジュンを家まで運んでいったのかしら」それは初耳だ。そう言えばあの時オディールはトイレに隠れてた。だから騒ぎを聞いて僕を運ぶのを手伝ったのだろう。「そうだったんですか……すみませんでした」「いえ、結構ですよ。助けない理由なんて無いのですし」「この子……だぁれ?」水銀燈がオディールの事を聞いてくる。そういえばこの中では水銀燈だけがオディールの事を知らない。?マークを頭に浮かべている。「んーオディールはな……」
少しして説明が終わる。水銀燈も納得してくれたようだ。その水銀燈はというと外国人の人が珍しいのかじろじりと見ている。まぁ確かに日本語も喋れるのは珍しいしジロジロ見る気持ちは少しはわかるけど……。「え、何ですか?」「いや何もないわぁ、可愛いと思ってぇ」「え、え?」「くすくす」「水銀燈からかわないかしらー。 オディールが恥ずかしがってるかしら」確かに顔を赤らめて恥ずかしがってる。まぁ初対面の人にいきなり可愛いって言われたらな……。そんな風に喋りながら僕は席を立ちカウンター席から離れテーブル席へと座る。それに続いて他の三人も座る。「何してるんですか?白崎さん」「他のお客さんにお邪魔されるのは嫌でしょう?“休憩中”のプレートを下げに行ってるのですよ」「お気遣い……感謝します」
ずっと客が来たらどうしようという事を考えてたのだがその心配はいらないようだ。白崎さん本当に感謝します。「それじゃあ……話すね」僕が三人に言うと黙って頷いた。僕は一息置いて喋りだした。「もう……半年以上前の話……」冷や汗が出てくる。だが話さなければならない、見せなければならない、傷を。進むためには。
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