エピソード010 死闘、ドレイク
翠星石の瞳はしっかりとその光景を移していた。迂闊ではあった。ドレイクの移動速度を完全に見誤っていた。翠星石がドレイクの接近に気づいたのは目の前で大きな口を開き、超高温のブレスを翠星石に吐き掛けようとしている時だった。間に合わない。しかし……その彼女の前を遮る影があった。エルフの盾を全面に掲げブレスを防ぐ騎士だった。しかし、その騎士はブレスにより視界を奪われ、直後のドレイクの爪の攻撃を避けきれずに直撃を受ける。赤い液体が飛び散り、騎士の体がゆっくり宙に浮いたかと思えば、地面に吸い込まれるように急降下する。後を追うように飛び散った液体が次々と地面に舞い落ちていった。翠星石は、ただただそれを見ているだけだった。いや、見てるだけしかできなかった。と言うべきなんだろうか。
「JUM!!!」真紅が叫ぶ。視線は倒れたJUMの方へ釘付けだ。「真紅、危ない!!!」蒼星石に抱きかかえられて真紅は地面を転がる。ローブに砂が付着する。気にしてる場合ではないが。次の瞬間には、真紅の居た所にブレスが吐き掛けられる。「真紅、JUM君は大丈夫……翠星石が何とかしてくれるから。だから、僕らでドレイクの気を引くんだ。今ドレイクに二人の所に行かれたら……二人とも助からない……」蒼星石が次なるドレイクの攻撃に剣を身構えながら真紅に言う。「蒼星石……分かったわ。貴方と翠星石を信じるしかないわね…巴!雛苺!!コイツをひきつけるわよ!」「う……トモエ~、JUMがぁ……」「大丈夫。真紅がああ言ってるんだから……私達は私達の仕事をしないと……いくよ、雛苺。」巴がドレイクに向かって、走り跳躍。そのまま羽目掛けてカタナを切り上げる。「っ……堅い…うわっ!?」巴の斬撃は微かにドレイクの羽を切っただけだった。ドレイクを覆う鱗がその堅さを物語っている。その堅い羽で巴は振り払われ、地面に叩きつけられる。「巴!?蒼星石!!」「うん、分かってる!!」蒼星石の大剣レンピカならば、大きく跳躍をする必要はなく、空中で攻撃を受ける心配は少ない。「トモエ~!癒しの光よ・・・ヒール…」「ごめん、有難う。いったぁ~……刃が通らない…でも、気を引かないと…」4人は懸命にドレイクの注意を引いている。JUMを翠星石に任せるために。
「チビ人間……どうして……」翠星石は地面に倒れているJUMの隣で膝を突いてJUMを見ていた。傷は深い。鎧が完全に切り裂かれている。この鎧がもう少し柔な物だったなら、JUMは見るまでもなく二度と意識が戻らなかったろう。「ぐっ…はっ…無事……だったか……性悪……」「くっ……どうしてですかぁ!?翠星石は……翠星石はおめぇに今まで…!」「どうしてって…はぁ…はぁ…仲間…だからってのじゃ…ダメか…」翠星石は唖然とする。この旅はマザーツリーに言われて仕方なく付いてきてるだけだった。元々人見知りの上にあまり人間が好きではない翠星石にとっては、仲間なんて意識はなかった。だから、自分でも他のメンバーとは距離を置いているつもりだった。それでも……JUMは彼女を仲間だと言った。「……何臭い台詞言ってるですか…ったく、人間は本当に世話が焼けるですねぇ。特にチビはダメダメですぅ。」「うるせぇ……くそっ…体がいう事…きかねぇ……」JUMは何とか体を動かそうと試みる。音が聞こえる。まだみんな闘ってる。自分だけ寝てるわけにはいかない。それでも、ダメージが大きすぎて体が動かないのもまた事実だった。「しゃあねぇですね。ちょっと大人しくしてろです、チビ人間。」翠星石がJUMの体にスッと手を置く。翠星石の手にJUMの体温が伝わり翠星石は、少し顔を赤らめる。「翠星石が今治してやるですぅ……」「ははっ……お前が僕を…ねぇ…」「か、勘違いするんじゃねぇですよ!?べ、別に翠星石はチビがこなくてもあれくらいかわせたです。それをおめぇがわざわざ出てくるから…そ、それに……このままおめぇが死んだらちょっと後味が悪いって言うか…そ、それだけですぅ!!……癒しの水よ かの者を再生させよ ウォ ヒーリ リプロ…ネイチャーズタッチ!」水がJUMの体に浸透していく。そして、それと同時に深い傷を負ったJUMの体が徐々に癒えていき、失われた体力が戻ってくるのをJUMは感じた。「これは……傷がふさがって…力が戻ってくる……」「水は万物の命の源。魔力を通した癒しの水がおめぇを治してくれてるんです。これが生き物の自然治癒力を極限まで高めるエルフの水の精霊魔法ネイチャーズタッチです。」
「凄い……これ、どんな傷負っても治るのか?」「馬鹿は治ってないですねぇ。一撃で即死するようなダメージは治せないです。何故なら、その時点で生物の再生力を超過してるですから。ただ、多少の傷なら瞬時に癒えるはずです。さ、治ったらさっさと戦いにいけですぅ。ちょっとした傷なら水が浸透してるうちは治るですから。」JUMは起き上がり、剣と盾を持ち直す。体が自由に動く。これでまた、闘える。「ははっ、鎧買いなおさないとなぁ。」「安物なんか使ってるからですよ、貧乏チビ人間。」「うるせっ。でも、有難う翠星石。これで僕はまた闘える。みんなの盾になれる。よしっ、いくぞ!!」JUMはドレイクに向かって行く。翠星石はそんなJUMを見て自然と顔が紅潮するのを感じ、首を振る。「な、何チビの癖に格好つけてるですかねぇ。それに…なんで翠星石の胸がドキドキしないといけないんですか……あーもう!どれもこれも、あのデカブツのせいですぅ!腹いせにギタギタにしてやるです!」翠星石は一人でブツブツ言いながら弓を携えて戦場へ向かっていく。彼女が自分の気持ちを知る日は来るのか。それはまた、別のお話。
「JUM!無事だったのね?」「すまない、みんな!さぁ、早くコイツを退治しよう。」ドレイクと闘っていた4人に、JUMが。少し遅れて翠星石が加わる。これで、活路を見出せなければならない。「真紅、ドレイクを覆ってる鱗は堅い……剣じゃ効果が薄いかも…」巴が言う。それは、自らドレイクを切った手応えでの感想なんだろう。事実、ドレイクは中型とは言え、立派な竜族だ。鱗が堅くても何もおかしくない。「……となると魔法ね…雛苺!!貴方の一番強力な魔法をお見舞いしてあげなさい!」「う……でもでも…早すぎて狙いが定まらないのぉ……」ただでさえ、制空権を持っているドレイク。さらに巨体の癖に動きもかなり素早い。強力な魔法を当てれば勝機も見出せるだろうが、先ずはこの速度を何とかしなくてならない。「柏葉の攻撃でもダメージは微々たる物か……かなり厳しいな…」JUMがドレイクの爪を受ける。今度はしっかり盾で防御しダメージを通さない。「鱗が物理攻撃に強いなら……翠星石!!少し援護して!!」真紅達が攻め手に迷っていたとき、蒼星石が叫んだ。
「?わ、分かったですぅ!!これでも喰らいやがれですぅ!!」翠星石が瞬時に3発の矢を放つ。翠星石の矢は風で作られた魔法の矢だ。通常の矢よりもダメージがあったのか、ドレイクは微かに飛行高度を落とす。その瞬間、蒼星石がドレイクの羽目掛けて飛び上がった。「よいしょっ……とおお!!」羽を掴み、それをよじ登る。激しく上下する羽を足場にし、再び跳躍。そして、ドレイクの胴体部分に着地する。「うわっ、なんつー身軽さだよ……」蒼星石の一連の動きにJUMは感嘆の声を漏らす。エルフの身体能力を見せ付けられた感じだ。「雛苺!!僕が何とか動きを遅くさせるから……魔法の準備を!!」「わ、分かったの…来たれ雷 かの者に神の怒りを与えよ……」雛苺は蒼星石に言われるまま精神を集中させ、マナを集約し始める。集められたマナは、雷雲へと姿を変えて、その裁きの雷を落とす時を待つ。一方、ドレイクも蒼星石を振り落とそうと体を揺さぶるが、蒼星石も振り落とされないように懸命に食い下がりながら、剣を構える。「ちょっと大人しくしててね…炎よ 我が剣に集え フレィ ソゥ ギャザ…ファイアーウェポン!!」蒼星石が詠唱する。すると、蒼星石のレンピカに炎が絡みついた。エルフの火の精霊魔法、ファイアーウェポン。火の精霊力を借りて、武器に炎を絡ませて攻撃力を上げる精霊魔法だ。「いっくよーーー!!」蒼星石がレンピカを振りかぶり、ドレイクの右羽から胴体へ。胴体から左羽に向けて切る。火の精霊力を借りた武器は、ドレイクの鱗を切り裂きドレイクに多大なダメージを負わせる。「っっと…雛苺!いまだよ!!」ドレイクは大きく体をくねらせて何とか蒼星石を振り落とすが、彼女はすんなり着地する。「分かったの!コール!ライトニングなのー!」直後、ドレイクの上に雛苺の集めた雷雲から、一条の光の剣が落ちる。雛苺が、マザーツリーから会得した魔術の一つコールライトニングだ。「グギャアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」バリバリバリッと激しい光を発しながら落ちた雷は、ドレイクを打ちのめした。黒焦げになったドレイクは、そのまま力なく地表に落ちて行き、そのまま力尽きた。
「終わった……のか?」JUMは一息つく。どう見ても、ドレイクはこれ以上動きそうもなかった。「みたいだね……お疲れ様。」巴がスッとカタナを鞘に収める。だが、その顔からは疲労が見える。さすがの巴もきつかったのだろう。「何とか倒せたみたいね。みんな、お疲れ様。なかなかいい経験にはなったわね。特にJUM?」「う……悪かった。ちょっと僕が甘かったよ。今後は真紅を心配させないようにするって。」「その通りよ。全く、主人を心配させるなんてダメな下僕ね。」真紅はそんな事を言いながらも、嬉しそうな顔をする。そして、また真紅達はギランに向けて歩き出す。ドラゴンバレーはもうすぐ抜ける。そうすればすぐだ。が、道中何故か不満そうな顔を翠星石はしていた。「どうしたの?翠星石。」「べっ、別に何でもねぇですよ……チビは不義理です…翠星石もちったぁ心配を……」翠星石はソッポを向く。それを見て、蒼星石は笑う。「ふふっ、ヤキモチ?好きなの?JUM君の事。」「なっ!?そ、そ、そ、そんなわけあるわけねぇですぅ!!な、何でエルフの翠星石があ~んなダメダメなチビ人間にヤキモチなんて妬かないといけないんですか!聞いてますか蒼星石!?」「はいはい……素直じゃないんだから。あ、みんな!ギランが見えてきたよ!」蒼星石は、翠星石を軽くあしらいながら指を差す。その先には、巨大な城と巨大な町があった。「あれがギランね。見たところ、戦争中でもなさそうね。行きましょう。」真紅達はギランに向かって歩いていく。しかし、ギランで待っていたのは休息ではなく、戦いであった。To be continued
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