第七話 「昇段」
第七話「昇段」「……で、これどういう訳ぇ?」「……注文した制服が届いた、それ以上でもそれ以下でもございません」「……」窮屈で無機質この部屋はローゼンメイデンの奥の部屋。いつもとは違い夕方の時間にこの店に来てここに居る。店は今、表に休憩中のプレートを掲げ休憩中としている。で、店を休憩にまでして何をしているかというと水銀燈の制服の製作期間の延長を一週間程前に金糸雀のお姉さんなる人から申し出されてからずっと制服の完成を待ってたわけだ。そして今日完成して届けられたというので早めに店に来てその制服を拝見してるという訳だ。何故こんな雰囲気になってるかというと、「何このマニアックな服!?こんなのが制服なのぉ!!?」「いやはや……まぁスポンサーが指定してきたので」「にしては冗談がひどいわぁ!?何この黒のゴスロリ服! ご丁寧に逆十字まで着けておまけに黒い羽までもっ!」「はは……まぁ……慣れたら可愛いもんじゃないでしょうか?」
届いた制服はスポンサー、つまりは金糸雀のお姉さんの趣味がかなり入っていて水銀燈の言うように黒のゴスロリ服だった。まぁ確かに誰でもこんなの着て働けと言われたら反論するな。しかもこれ、今、巷でよくあるメイド服みたいだし。「可愛い!?これがっ!?人形にでも着せるようなもんでしょうこれぇ! 何で現実でこんなのを着なきゃならない訳ぇ!?」「まぁ落ち着いてください」「落ち着けないわぁ!白崎さん着て見せて欲しいわぁ! 嫌でしょう!?」「まぁ落ち着いて下さい水銀燈さん。こういう服は素材……つまりは 着る人がいいからいいものなのですよ。 つまり私なんぞが来ても似合わないという事で……。 つまり水銀燈さんにこそ似合ってると。でしょう?ジュンさん」え、ここで僕に振るのですか?白崎さん。「ジュンはどうなのぉ!?」え、水銀燈まで?参るよほんと……。
「うーん僕はいいと思うよ。水銀燈は可愛いから似合いそうだし。 何よりこの服よく出来てるよ」「けどぉ!それでも恥ずかしいわぁ!」「まぁまぁ、お客さんも皆、可愛いと思うだろうし着て損は無いと思うよ?」「う……けどこんなの……」「まぁ水銀燈さん、これはスポンサーがかなりの時間をかけて あなたの為に作ってくれたふくですよ? それを着ないとスポンサーも悲しみますよ」「ううう……」水銀燈は涙目でしょんぼりとしている。こんなのを着ないといけないの?という悲しみと言い負かされて何も言えないからだろうか?果たしてどうなるのか。水銀燈のこういう姿も見てみたいのだけどね。「今日一日じゃ……駄目ぇ?」「一日だけっていうのは制服じゃないですよ」「……あーんもう!着ればいいんでしょぉ!着れば!」
あ、吹っ切れた。「水銀燈着るの?」「着なきゃならないんでしょう?しょうがないから着てあげるわぁ!」「これで一件落着ですね」白崎さんがそう言うと水銀燈はゴスロリ服もとい制服を持って向かいの着替え室にへと行った。大きな足音から不機嫌なのがよくわかる。「さて、今は何時でしょうか?ジュンさん」「え、四時ですね」「うん、ジュンさん。第二段階へとそろそろ移ってみませんか?」「……と言いますと?」「つまりは社会復帰トレーニングの第二段へと移ってみませんかという事で」「!」二週間ぐらい前からずっと続けてきたトレーニング。正直効果はあったかはわからない。今でも人と会ったりするだけで恐怖を覚える。多少はマシにはなったかもしれないが……。
「そう焦らないでいいですよ。そう簡単に治るものではないのですから。 第二段階に移っても移らなくても落ち着いていきましょう。 で、どうされますか?」「……では、お願いします」第二段階がどんなのかはわからないがやらないには先に進む事も出来ないだろう。だから……やる。「はい、と言っても何の準備もいりません。 バイトのシフトの時間を変更させてもらうだけです」「変更?」「はい、夕刻の今。客は夜と違ってほとんどいません。 その時間にシフトを変更してもらおうと」「……?何故客の居ない時間にですか?」普通ならもっと客の多い時間帯に変えるのならわかるが何故に逆にほとんど居ないような時間帯なのだろう?「えーその代わりジュンさんにはカウンターの死角でではなく お客さんからも見えるようなカウンターの所に立ってもらいます」「え、思いっきり見える場所にですか!?」「ええ、そうです」
これは……大きな変更だ。人がほとんど居ないといっても夕方。ほんの少しは来るだろう。その中で表に立つのは正直きつい……けど。「やります」「大丈夫ですか?」「もっと……大きな苦痛を味あわないと進歩できませんから。 恐怖に免疫をつけなきゃなりませんから」「……成長しましたねジュンさん。承知いたしました。 それともう一つお知らせが」「何ですか?」「夕方にはほぼ毎日ある一人のお客さんが来ます」正直だがもしかしたら一人のお客も来ないんじゃないかという甘い甘い思いを浮かべていた。しかしまさかほぼ毎日来る客が居るとは……。「それと、そのお客さんとお話しする事を勧めます」「え、何故ですか?」「そのお客さんはあなたが喋りたいとも思える人です。 それにお客はその人一人とも言っていい程なので自由に喋りあえます」「はぁ……」
僕が喋りたくなるような客?そんな人が居るのか?「まぁひとまずはその人と会ってみる事を勧めます。 会わなかったらわからないでしょう。 あなたは少しですが成長してます。きっと大丈夫ですよ」「……わかりました。ではお願いします」「まぁもし喋れなかった場合はまた他の事を考えましょう」……そうだ。まだこれが駄目でも他の方法に変える事が出来る。もう少し落ち着こう。クールになれ桜田ジュン。「もう……いいわよぉ」その時、カウンターの外側の方から水銀燈の声が聞こえてきた。心なしかあまり元気は無さそうだ。
「さて、呼んでいますし行きますか」「はい」しかし、水銀燈が着たらどんな感じなのだろう?少し楽しみだ。普通の人はこんなのを着ない、だからこそこんなのを着たら可愛いかもしれない。にしても、あの服凄いな……。そんな事を思い浮かべる内にカウンターの内側に出る。カウンターの外側、開いた所に水銀燈は立っていた。バックに入り口から差し込む夕日、それをバックに黒衣のゴスロリ……じゃなく制服を着ていた。黒い羽が着いていてまるで堕天使にも見える。うん、何ていうかこれ凄く……いいかも。恥ずかしがってるのか涙目にもなってもじもじとしてる。「うう……」「え……何ていうかこれ凄く……いいよ」何ていうか感想がモロに口から漏れてしまう。
「うん、似合ってますよ水銀燈さん。 看板娘になれますねこれぐらいなら」「これ……凄く恥ずかしいのよぉ!」「けど可愛いよ」「けど可愛いですね」白崎さんとタイミングよく同時に言ってしまう。気持ちは同じ、男の性か?「さて、開店しますか」「ふぇ……ええ……!」「仕事なんですからそろそろしませんと。 今日も頑張っていきましょう」「はい」「ううう……」という訳で白崎さんが表にかかってた“ただいま休憩中”というプレートを外しこの店は開店した。と言っても白崎さんの言うとおりほんとに人は来ず僕らは客用のテーブルに座りくつろいでいる。白崎さんは奥で料理の作り置きをしている。
「人がほとんど居ないわねぇ」「うん、だけど一人はほぼ確実に来るらしいよ」「って事はこの姿見られる訳ねぇ……」まぁ確かに僕の向かいに座る水銀燈は“制服”姿、見られるのは恥ずかしいだろうな。可愛いんだけどね、夜のあの時間帯にこの姿で出たら注目を思いっきり集めてしまうな。それはそれで面白そうだけどな。「ジュン、ほんの少しだけど変わってきたわぁ」「そうか?」「そうよぉ、人を怖がるのも前よりは少しマシになったわぁ」「うーんそうなのかな……けど……」「けど?」「まだ見るんだ、夢を、悪夢を」それは僕が恐怖に襲われる夢。拒絶しても拒絶しても逃げられない恐怖。ほぼ毎日にように見続けこの夢を見なかった事はほとんど無い。例外で言うならあの日。水銀燈が隣で寝ていた時はかなりマシだったと思う。
「夢って、前言ってたあの悪夢?」「うん、前水銀燈が横で寝てた時はマシだった気もする……」「じゃあ今少し寝てみるぅ?」「え」そう言うと水銀燈は僕の横に椅子を持ってきて横に座ったかと思いきや僕の体を倒し自分の膝に置く。此処最近は水銀燈に触れてもそう怖いと思うことも無くなってきたので一応平気だ。ってそうじゃない。これって……。「ひ、膝枕ぁ?」「そうよぉ?私の側で寝てたらあの夢はマシだったんでしょう? なら久しぶりにゆっくり良い夢を見てぇ」そう言って水銀燈が軽く頭を叩く。確かにいい夢は見れるかもしれないけど……しょうがない。この際は好意に甘えさしてもらおう。「……じゃあお客さんが来るまで寝てるよ。 御免ね、こんな事させてもらって」「いいのよぉ、あなただからさせるんだからぁ。 それじゃあお休みぃ」「お休み」
そう言って目を瞑る。さて……目を瞑ってもすぐには眠れたとは思えない。けど暖かく……気が付かぬ内に僕は現実にさよならを告げていた。
「ほら、玩具立てよ」「そうそう、玩具は元気じゃないとね。 楽しくないよね桜田君?あははははは」恐怖「ほらほら、もっと元気になりなよ?」「そうそう、遊ばせてよ」恐怖が襲い掛かってくる夢「こんな気持ち悪い趣味を持たないでさぁ もっと僕らを楽しませてよ?「うん、そう。桜田君は玩具なんだから」夢とは記憶、記憶とは思い出「ほらほら、ほら!」「あははははははは、楽しいね」すなわちこれは、“恐怖の思い出”
現実からはある程度逃げれるかもしれない。しかしこれは記憶、夢、思い出。その鎖は切れなく……逃げれない。「うわあああああああああああああああああああ」怖い、怖い、怖い。逃げたいけど逃げれない。足を……結ばれている。恐怖という鎖で。お願い、鎖よ切れて。僕を恐怖から……拒絶させて。「落ち着きなさぁい」突如そんな声が聞こえた気がした。振り向いてみるとまるでそれは……黒衣に身を纏った堕天使。いや、これは……。「ふふ……私の胸の中で安らぎなさぁい」ああ、声が頭の中に響く。 堕天使が僕を……導く。
「そう……ゆっくり……安らぎなさぁい……」ああ、癒される。救われる、声が、ぬくもりが僕を。「ああ……」それが最後に発した声かもしれない。僕の意識は深く……深くに沈んでいった。恐怖じゃなく……安らぎと幸せで。ほんの少しの時の間、僕は癒された。
「ん……」気が付くと目が覚めていた。夢はどんなのを見たかは覚えていない。けど……悪くは無かったと思う。「水銀燈?」顔を見上げてみると水銀燈は船を漕いでいる。どうやら一緒に寝てしまったのか。「安らぎ……なさぁい……」何か夢でも見てるのだろうか?なら放っておこう、起こしてしまっては悪い。そう思って起こさないように慎重に起こそうとした瞬間、ドアが開く。それもかなりの勢いよく。その時の音で水銀燈も起きてしまった。「ん……なに……」「あ……あ……」
今、僕は戸惑っている。一つは水銀燈に膝枕してるシーンなので客に見られたらこれはかなり恥ずかしいと思ったからだ。そして一つは客誰であろうと怖くそれでどうしようと思い怖いと思ったから。そして……。「え……え……これは何なのかしら……?」「やぁようこそローゼンメイデンへって金糸雀さん。 おやおや、見ての通りですね。店員二人が寝ていたようで」「ん……なぁに……ふぇ……か、金糸雀ぁ!?」「あ、えと、夕方の客て……え、え、え?」恐らくはこれが夕方に毎日のように来る客。そしてそれは金糸雀。水銀燈は一応名は知ってるようなので自分の事も相手を知ってるかもしれない、そして知ってる相手にこの姿を見られて戸惑ってるのだろう。金糸雀は目の前の状況が全く把握出来ずに戸惑ってるのだろう。そして僕は何をしたらいいか全くわからず兎に角、戸惑っている。さて……どうすりゃいいんだ?
このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー と 利用規約 が適用されます。
1文字以上入力してください
本文は少なくとも1文字以上必要です。
1文字以上入力してください。