Ace combat rozen 『第三話 敵』
―ACE COMBAT ROZEN THE Revenger 『第三話 敵』―
「はっ……はっ……はっ……はっ……」
ジュンは走っていた。通学中に突如飛来した戦闘機。その戦闘機からの攻撃は未曾有の喧騒と呼びかけを上げ、街中に悲鳴と怒号が飛び交う。ジュンは走りながら後ろを振り向いた。それほど離れていない街中の一画が紫色に染まっている。紫の煙に包まれた中からは鳥の囀りも、人の声も聞こえない。そこには冷めたい『死』が充満していた。おそらく、あの煙は毒ガスだろう。あれじゃあ学校にいたやつらは今頃……「ジュン、あとちょっとだから頑張って!「桜田君。余所見しないで今は急いで!」 共に走っている、眼帯の少女とショートカットの少女の声が彼を叱咤する。それをかき消すように遠雷のような轟きを発しながら、鋼の怪鳥が頭上を飛び去った。鮮血のような深紅のカラーリングが施されたその機体は凄まじいスピードで日本機を叩き落し、ジュン達の遥か後方に毒ガスのたっぷり詰まった爆弾を落としていった。
(エイリス野郎なんて皆地獄に落ちてしまえ!)
ジュンは心の中で悪態をつく。そうこうしているうちにようやく避難場所であるシェルターについた。そこでは軍人や警官が避難民を誘導している。ここまでくれば安心だ――ジュンは膝をついてぜえぜえと喘いでいた。「ジュン君、ジュンくーん!」 シェルターから誰かが手を振っている。彼の姉、桜田のりだ。どうやら先に避難していたらしい。「おーい巴ぇ!」「巴さん、無事だったのねぇ」そこにはショートカットの少女――柏葉巴の両親もいた。「お父様! お母様!」柏葉は両親の元へ駆け出した。彼女は笑っていて、両親も彼女を笑顔で迎えようとした。ジュンもみんなが無事だったことに安堵して姉達の元へ駆け寄ろうと――
「だめぇ!」 眼帯の少女に後ろから腕を掴まれ思わず立ち止まる。「だめ。 そっちに行っちゃだめぇ!」そのまま、後ろに引っ張られ、よろりと数歩後退った。
瞬間。何かが爆発したような衝撃が体を襲い、焼け付くほどの熱風に吹き飛ばされて二人は否応無く宙を舞う。 二人の体は硬い地面に叩きつけられ、ボールのように跳ね返る。 ようやく回転が止まったときにはジュンは意識を失っていた。
「ン………」
数秒後、ジュンは目を覚ました。側には眼帯の少女が倒れている。まだ意識が戻らないのか、彼女はぴくりとも動かない先の爆風の影響がまだ残っているようで、体中が痛んだ。そのとき、ジュンは異様な雰囲気を感じた。周囲に、鉄の臭いが充満していたのだ。いや、それだけではない。なにか肉が焼けるような臭いもただよってくる。なんなんだこの臭いは……? ジュンは痛む体を押さえつつ、起きあがって辺りを見回すと――
「…………… ! ア、アアァァッ!!」見ないほうが良かった。でも、もう遅かった。
惨 劇
そう呼ぶことすら出来ない光景が、そこにあった。シェルターは跡形もなく消え、後にはすすけたコンクリートの壁が見えるのみ。……いや、勿論それだけではない。周りをよく観察してみると……黒焦げた塊がいくつか、確認できた。その、『黒い塊』は、いくつかは塊で残っていたが、ほとんどが四散して元の形がわからないほどにバラバラになっている。四散した塊の一部は中身は赤く、且つ赤い液体がぼたぼたと滴っている。それは、シェルターに避難していた人達の慣れの果てだった。「ジュン、ジュンしっかりして。ジュン?」 呆然としていたジュンは、眼帯の少女に肩を揺さぶられてはっと我に返った。「柏葉は……姉ちゃんは……!?」 ジュンは少女の手を払いよたよたと駆け出した。(二人はどこだ? まさか……そんなことは……) 地獄のような光景。ふと、ジュンの濁った視界に映るものがあった。黒い髪に包まれた、ボーリングの珠と同じくらいの大きさの物体。そして、焼け焦げた衣服をまとわりつかせ、ねじくれた形で無造作に横たわる女性。「………………っ!」 一瞬心臓が止まった。それは、紛れもなく衝撃波に叩きつけられ四肢が吹き飛び首だけになった柏葉と……桜田のりだった。
「あ……ああ……うぁあ……!」 震える足を前へと進め、一歩づつそれに近付き、傍まで行って血に座る。見たくはなかった。信じたくはなかった。しかし、それは紛れもない現実だ。柏葉は薄く目を開けていて、ジュンを見詰めている。姉はうつ伏せになっていて顔はわからない。その首から、体から、ジュンに向かって怨念に満ちた声が聞こえてくるように思えた。
(ねえ桜田君。私こんなになっちゃった。まだやりたいことも沢山あったのに、貴方が助けてくれないから、守ってくれないから……)
(ジュン君、お姉ちゃん死んじゃった……もう、ラクロスできないよぅ……ご飯も作れないよぅ……)
怒り、悲しみ、後悔、憤り、ありとあらゆる感情が混ざり合った激情が腹の底から込み上げる。ジュンは、両手で二人をぎゅっと抱きしめて
「う わ あ あ あ あ ぁ ぁ ぁ ぁ ぁ ぁ あ あ あ あ ! ! ! ! ! ! 」
天を仰いで思いきり口を開いた。心の底から叫び声が涌き出てくるのがわかった。シェルターを破壊した機体は見上げた先を優雅に飛び回っている。その戦闘機は、まるで悪魔のように黒かった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
―――――二〇一〇年十月二十五日 午前十一時四十八分 厚木空軍基地―――
「がは! はっ……はっ……はっ……はぁ」 ジュンは目を覚ました。最初に目に入ったのはクリーム色の天井。窓にブラインドが掛かっているせいか、部屋の中がやけに薄暗い。ジュンが目覚めたところは、厚木空軍基地の自室だった。基地に帰還後、ジュンは隊の仲間とは離れて戦闘の疲れを癒すために一人で仮眠を取っていた。
「あの、ジュン?」鈴を鳴らしたような透き通った声が耳に入る。ジュンはぼんやりと視線をさまよわせた。声の主は、ベッドの傍らで、そっとジュンの左手を握ぎりながら静かに微笑んでいた。薔薇模様の眼帯、ツーサイドアップにされた銀色の長髪と、それを束ねる水晶の髪飾り。あの眼帯の少女である彼のパートナー、薔薇水晶だ。
「ジュン大丈夫? なんかうなされてたみたいだけど……怖い夢でも見たの?」「夢……」 ジュンは目を細めてその内容を思い出した。あの夢を久しぶりに見てしまった。 あの全てを失った日の夢を。ここ暫くは夢を見ることもなく、悪夢に苛まれることも無かったのだが。「あのMiGを見て思い出したのか……」 ジュンの脳裏に民家に突っ込んで燃えるMiGの姿が浮かぶ。小声で呟いたジュンに薔薇水晶は訊ねた。「もしかして……桃種のこと?」 ジュンはこくりと頷いた。「……酷かったもんね、あれは」「酷いなんてもんじゃないだろ。あれは……地獄だ」
桃種市――それはジュンの故郷の名前。そして、あの惨劇の中心となった薔薇学園があった街。その日、桃種市に七色に塗装されたエイリス軍戦闘機が飛来した。四方に分散した航空隊は地表に毒ガス爆弾を投下、戦争をしらなかった桃種市に未曾有の大惨事を引き起こした。基地も工場も何もない、人口四万人程度の小さな小さな地方都市。なんのために……なぜこんなことを……人々はそれを知る間もなく、ただ逃げ惑うしかなかった。ジュンは今でもはっきりと憶えている。腹の底に響くような爆音、鳴り止まぬ悲鳴と怒号、そして、姉と幼馴染の最後の姿を――
大切な二人を目の前で失ったジュン。その心に刻まれたものは、癒えない痛みと悲しみ。燃え広がったのは、黒い炎。黒く、黒く、どす黒く。希望 喜び 愛情 友情……そう言った陽の感情を一瞬で焼き尽くすかのような、殺意と憎悪にまみれた黒い炎が彼の心を焼き尽くす。……あいつを絶対に殺してやる……絶対にこの手で、復讐してやる……絶対にすぐには死なせない……じわりじわりと、すぐに死んだ方がいいと思うくらいに、なぶり殺してやる……!この俺から、姉ちゃんを、柏葉を奪った、あの黒いやつを、地獄の、奈落の底に、叩き落としてやる…………!
ジュンが空軍に志願したのは、それから一ヶ月たった後だった。戦争の行く末がどうなるかは全くわからない。しかしジュンは戦う。二人の仇を討つために。そう、それが彼の生きる理由なのだから……。
「そういえば、なんでお前はここにいるんだ?」 ふと、ジュンは彼女がここにいる理由が気になった。「呼びに来たの。もうすぐご飯の時間だから」 壁掛け時計に目をやると、針は十一時五十分を指していた。昼食の十分前だ。「薔薇水晶、悪いけど先に行っててくれないか。寝汗でベタベタするからシャワーを浴びたいんだ」「うん、わかった。それじゃ、あっちで待ってるから」 薔薇水晶は腰を上げて部屋を出ていこうとする。
「あっ、待って薔薇水晶」「…………?」「あんまり一人で俺の部屋に来ないほうがいいぞ。噂になったら困るだろ?」「ああ、それなら気にしないでいいよ」 薔薇水晶はふふっと笑って――「……もう噂になってるから」「なっ!?」 ジュンがなにかを言うより早く、彼女はさっと部屋を後にした。
「……マジかよ。またあの負け犬にどやされるじゃないか……」 ガシガシと頭を掻きながらぼやくジュン。彼はベッドの側にある三つの写真立て。その中の一つに目を向けた。それは、戦前に失踪した恋人、水銀燈の写真だった。「言っとくけど、浮気じゃないんだからな」 我ながら言い訳がましいことを……そう思いつつジュンはシャワーで軽く汗を流し、ツナギを来て部屋を出る。時計を見ると、十二時を五分も回っていた。
続く
次回
―ACE COMBAT ROZEN THE Revenger 『第四話 対立』―
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