第三十話 JUMと花火
「一つ屋根の下 第三十話 JUMと花火」
「JUM~、こっちなのよ~。」「ほらほら、置いて行っちゃうかしら~?」前方でヒナ姉ちゃんとカナ姉ちゃんがブンブン手を振っている。僕はそれについていくように歩く。「人がたくさん……少しだけ暑い……」僕の隣では髪をポニーテールに纏めている薔薇姉ちゃんがいる。そう、確かに人が多い。「でも、浴衣持ってきても良かったわよねぇ。ホテルのじゃ素っ気無いから私服で来たけどぉ。」同じようにポニーな銀姉ちゃん。さて、僕はどこにいるんでしょうか。「まぁ、いいじゃないの。花火大会の時期に来ただけ儲け物なのだわ。」林檎飴をペロペロ舐めながら真紅姉ちゃんが言う。そう、ここはホテル近辺の花火大会の会場だ。全国的にも有名な場所らしく、物凄い人ごみだ。出店も結構出ている。「やれやれ……まぁ、最悪みんなはぐれてもホテルは近くだし何とかなるでしょ。」そもそも、すでに翠蒼コンビは行方不明。キラ姉ちゃんは当然のように出店を回ってる。あの人一日の摂取カロリーどれだけいくんだろ。興味はあるが、実際計算するのも怖いのでやめておこう。んで、さっきまで前を歩いていたヒナカナコンビも今は人ごみに隠れて見えやしない。カナ姉ちゃんは今日二度目の迷子だ。まぁ、今回はヒナ姉ちゃんもいるし、大丈夫……なはず。でも、余計心配なのは何でだろうか……そんなわけで、今僕の回りにいるのは薔薇姉ちゃん、銀姉ちゃん。そして、真紅姉ちゃんの3人だった。3人の目が互いに牽制し合ってるのは気のせいだろうか。うん、きっと気のせいだな。そう思わないと……僕は3人のプレッシャーに押しつぶされてしまう。そう、恐らく今3人の中では誰が最終的に僕と二人になるか、手に汗握る攻防戦が繰り広げられてるだろう。自惚れかもだけど……いや、むしろ自惚れであってください。
「あ、JUM。ほらほら、あれみてぇ~?」銀姉ちゃんが指差す先。そこにはお馴染み射的があった。色々と人形やら賞品が並んでいる。「へぇ~。あれって上手く当てないと重心の関係でなかなか倒れないんだよね~。」「そうそう。ちょっとやろうかなぁ。おじさん、一回ねぇ。」銀姉ちゃんがおじさんに銃を受け取り、コルト弾を詰め込む。左手を前に銃を構える。「ん~~……ちょっと胸が邪魔だわぁ…」グリップの辺りが胸に埋もれている。というか……挟まれてる?いや、変な想像はしてないよ?多分……「ふふっ、無様ね水銀燈。私ならコレくらい簡単よ…はっ!?あれはくんくん!?おじさん、私もやるのだわ。」さて、果たして真紅姉ちゃんは寧ろ自分の方が無様な事に気づいていないのでしょうか。真紅姉ちゃんが銃を構えるとグリップは全く問題になってなかった。これが……胸の差か……二人は狙いを定めて弾を放つ。くんくん人形は2つほどあったらしく、それぞれが別々に命中させる。「やったぁ!こういうのは頭狙えば落ちるのよねぇ。」おじさんに落ちたくんくん人形を貰いご満悦な銀姉ちゃん。同じように真紅姉ちゃんは恍惚とした表情でくんくんと睨めっこしている。「むー………あ、あれはアッガイ!おじさん……私も……」薔薇姉ちゃんが負けじと銃を受け取る。薔薇姉ちゃんの場合は、グリップは多少邪魔になってる感じだ。「ふっ……薔薇しー敗れたり……JUM、こっちいらっしゃぁい?」薔薇姉ちゃんが熱心に狙いを定めていると、僕は腕を銀姉ちゃんに引っ張られた。ああ、こういう作戦だったのか。薔薇姉ちゃんを釘付けにして引き剥がす。この人ごみでは合流は相当難しい。事実上、薔薇姉ちゃんは脱落し、真紅姉ちゃんと銀姉ちゃんの一騎打ちになったのだ。「……やった!アッガイとった!……あ、あれれ?しまった……謀ったな!銀ちゃん!!」某坊やのように薔薇水晶はそんな言葉を呟いたそうだ。
「ほらぁ、真紅ぅ。あっちに綿飴あるわよぉ?奢ってあげるから買ってきなさぁい?」「生憎、まだ林檎飴が残ってるのだわ。貴方こそ、私にカキ氷を奢る為に買ってきなさい?」お互い、互いを引き離す為に工作活動をしている。てかさ、真紅姉ちゃん。それ、追い払うに加えて銀姉ちゃんに出費させるつもりですか?二人は一向に譲る気配はない。僕は携帯の時計を見る。すると、そろそろ予定では花火があがる時間だった。その時……ひゅ~~~~ パパパパ~~~ン ドォーーーン僕らの顔を様々な色の光が照らした。僕も、真紅姉ちゃんも銀姉ちゃんも釣られてそれを見る。それは、その名の通りまるで「花」だった。夜空に美しく咲いた花は、次の瞬間尚美しく散っていく。あれか、散り際こそ美しいとか。そんな感じの奴だろう。「すげぇ……無茶苦茶綺麗だ……」僕は本当にそう思う。地元でも小さな花火大会はあるが、ここは規模が違った。さすがは日本でも有数の場所といったところだろうか。「本当……生で見れて感激だわぁ…凄く綺麗……」銀姉ちゃんが空を見上げながら、珍しく少女のような顔で花火を見つめていた。そんな折、僕の腕が引かれる。見ると、人差し指を口にあて、俗に言う「シーッ」の合図をしながら僕の腕を引く真紅姉ちゃんがいた。僕は真紅姉ちゃんに引かれるままに早歩きする。人ごみを抜け、道からはずれ、林を抜け。そこは、小高い丘だった。周りに人はいない。僕と真紅姉ちゃんだけの空間。強いて言えば……ぱぱぱぱぱーーーーん どんどんどーーーーん ひゅるるるるるるる ぱーーーん花火だけが僕らを照らしていた。正に、それだけの空間だった。切り開かれた丘からはそれこそ打ち上げ地点から上る瞬間、花が開く瞬間。花火の全てが見えた。「綺麗ね…JUM…って!?しまった…真紅ったらやるじゃなぁい。ま、今回くらいは花を持たせてあげるわぁ。」その頃、水銀燈はついにJUMを連れ去られた事を悟り、仕方なく姉妹を探しながら歩いたそうだ。
「へぇ~……こんなトコあったんだね。」「昼間に探しておいたのだわ。どう?絶好の場所でしょう?」確かに絶好の場所だ。でも、僕はついつい噴出してしまう。「な、何?何かおかしい事いたかしら?」「ん?いやさぁ、姉ちゃんが昼間子供みたいに林とか抜けてここ探したの想像したらさ。」それは余りに滑稽な想像だった。優雅にいくのがポリシーと言わんばかりの真紅が、汗水たらしながら探したんだろう。それを想像するとJUMは笑わずにいられなかった。「ふふっ……そうね。だからこそ、今日はJUMを姉妹に渡したくなかったのだわ……さ、座りましょう?」僕は言われるままに腰を下ろす。多少ズボンが汚れるだろうケド。まぁ、問題ない。横を見ると真紅姉ちゃんはたちっぱなしで僕を見ている。手には変わらず林檎飴だ。「JUM、抱っこして頂戴。」「へ?何でさ?」「あら?下僕が逆らうの?それに、私の服を汚させる気?」真紅姉ちゃんが言う。やれやれ、結局は抱っこして欲しいって事だ。僕は胡坐をかいて、そこに真紅姉ちゃんを招き入れる。真紅姉ちゃんはそこに座ると、コテンと頭を僕の胸に預けてくる。「花火……綺麗だね真紅姉ちゃん。」「ええ、そうね。でも、ここは貴方の方が綺麗だよ。とか言うべきよ?」「はははっ、それ言って欲しいの?」「微妙ね。自分で言っておきながらなんだけど。」僕等は花火を見ながら体を寄せ合って談笑していた。そんななんでもない時間がとても幸せで。
「そうだ……JUM、林檎飴食べさせてあげるのだわ。」真紅姉ちゃんがスッと林檎飴を僕の前に出してくる。真紅姉ちゃんが均等に舐めていたせいか、形はそのまま小さくなったような感じだ。僕は、その林檎飴をぺロリと舐める。甘酸っぱい。でも、美味しい。僕が飴を舐めていると、反対側から真紅姉ちゃんが林檎飴を舐め始めた。真紅姉ちゃんの口から出てくる小さな赤い舌がペロペロと飴を舐めていく。僕はその光景は何故か物凄くドキドキした。そして……徐々に真紅姉ちゃんの顔が近づいてきた。少しずつ、少しずつ。僕の舌と、真紅姉ちゃんの舌が触れ合ったような感じがした。そして……次の瞬間、林檎飴は僕の視界から消え、真紅姉ちゃんの腕が僕の首の後ろに回されて……僕の唇と真紅姉ちゃんの唇が触れ合っていた。それが、どれくらいの時間だったのかさっぱり分からない。いや、そもそも本当に触れ合ったのかも分からない。ただ……ただ、甘かった。「あら……ちょっと林檎飴が滑ったのだわ……」真紅姉ちゃんは再び滑ったらしい林檎飴を僕の顔の前に持ってくる。もう、林檎飴はほとんど残っていない。「どうだった?JUM。お味は。」それは果たして、林檎飴のことなのか。それとも……ただ、僕はーーー「……甘かった。甘酸っぱかった。」とだけ答えた。だって、仕方ない。僕にはドッチも甘くて甘酸っぱかったんだから。「そう……私もそうなのだわ。甘くて甘酸っぱい……林檎飴も…ね。」林檎飴も…って事はあっちもなんだろうか。というより、確信犯なんだろう。僕は、そう思うと何だか悔しくて真紅姉ちゃんを抱っこしている腕に少しだけ強く力を込めて、真紅姉ちゃんを抱きしめた。「JUM……また来年も。ううん、これからもずっと…今回の旅行みたいに思い出作れるといいわね。」真紅姉ちゃんが言う。長いようであっと言う間だった旅行も明日の帰宅で終わりを告げる。僕にとって旅行の最後の思い出は……甘い思い出になった。END
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