エピソード002 巴と雛苺
「くっ・・・ここぞとばかりに群れて来るのね・・・」「うよ・・トモエ・・・」巴と呼ばれたショートカットの少女が腰の剣に手をかける。運が悪かった・・・と言うべきだろうか。狼人間ウェアウルフと、その上位種ライカンスロープの縄張りに踏み込んでしまった。この魔物は群れをなしているのが普通であり、また仲間意識が非常に強いのである。(ウェアウルフが1,2,3,4,5,6・・・ライカンが2匹・・・ちょっと厳しいか・・・?)ジャキッと巴の剣が鞘から少し抜かれその白銀の刃が露になる。「いい?雛苺。もし危なくなったら・・・逃げてね・・・」「うい?と、トモエは?」「・・・私は大丈夫だから・・・いいね?」「う・・・嫌なの。トモエと離れるのは・・・嫌なの!!」雛苺と呼ばれた少女の周りから不可視の力が奔流する。草木がその力に押され揺れている。雛苺が杖を構える。「トモエはヒナが絶対守るんだから・・・・」徐々に魔物が距離を縮め包囲を狭くしてくる。すでに交戦距離。逃走は不可能。その時だった。ヒュオっと風切り音がしたと思えば、1匹のウェアウルフがうめき声を上げて倒れこんだ。その背中には通常の刃渡りより若干短めの剣が刺さっていた。「貴方達!動きなさい!」真紅の服を着込み、両手で一目で並の剣とは一線を画す剣を持った少女が叫ぶ。「うよ?誰?」「とりあえず、誰でもいいよ。いくよ、雛苺!」
それはあまりにも美しい剣線だった。鞘から抜かれた白銀の刃は瞬きする瞬間さえも惜しむように流れ、ウェアウルフの胴体を真っ二つに切り裂いた。その魔物は恐らく、自分が切られた事すら分からないまま絶命したであろう。片刃の妙な剣にウェアウルフの赤い血液だけが残っている。「すげ・・・見えなかったぞ・・・」JUMが投擲した剣をウェアウルフの背から抜く。真紅とJUMも敵と確認した魔物は二人にも向かってくる。ライカンスロープの持つ棘のついた棍棒がJUMに向けて振り下ろされる。「いよっとぉ!」JUMはそれを左手の盾で受け止める。盾はその衝撃を完全に受け止め、JUMにダメージを届かせない。JUMはそのまま右腕の剣でライカンスロープに向けて突く。若干、刃が短いせいか致死的な攻撃にはなっていない。ライカンスロープが痛みの怒りで棍棒をJUMの頭部目掛けて振り下ろす。JUMはそれを簡単に回避すると、左腕の振るい盾を魔物の顔面に打ち付けた。JUMにとって『盾』とは決して身を守るための防具ではない。彼にとっては武器でもある。頑丈な盾を身体に打ちつけられれば、ダメージは免れない。盾で顔を殴られた事により、視界が揺れているであろうライカンスロープは次の瞬間には、JUMの剣により右肩から左腰にかけてばっさり切断された。「よし、次はっ・・・って・・・おい、チビっ子!」JUMが次の目標を定めようと辺りを見回す。すると、雛苺がウェアウルフと対峙していた。雛苺は杖を掲げ、精神を集中させ言葉を呟く。「うい・・・猛き炎よ、汝矢となりて・・・ひゃ!?」しかし、ウェアウルフはその隙を見逃さなかった。雛苺目掛けて棍棒を振り下ろす。一撃目は何とか避けるものの、詠唱は途切れてしまう。さらに、ニ撃目の横薙ぎが襲い掛かってくる。「!?」ガン!!と音と共に雛苺の体を庇うようにJUMの盾が遮った。「大丈夫か?チビっ子!」「あう?う、ヒナチビッ子じゃないもん。ヒナは雛苺ー」「そんな自己紹介は後でいいから!」
さらに振り下ろされる棍棒をJUMが盾で受ける。JUMが反撃しようと剣で胴体目掛けて横薙ぎをする。それとほぼ同時にカチャッっと音がしたと思えば、ズバっと生物が切られる音がした。ウェアウルフの体がJUMの横薙ぎで二つ。さらにほぼ同時に入った斬撃により、頭部から真っ二つに割られ、4つにバラバラになる。ウェアウルフだったモノの背後から現れたのは巴だった。「大丈夫?雛苺。」「トゥモゥエー!だいじょぶなのー。あのね、この人が助けてくれたのよ。」巴がJUMを見る。どこか冷たい感じはするが、その反面優しい瞳だった。「どなたか知りませんが、ありがとう・・・」巴がスッと頭を下げる。と、その時怒号が響いた。「ちょっと、貴方達!まだ戦闘は終わってないのだわ!手伝いなさい!」その声の主は真紅だ。残りはウェアウルフ2匹に、ライカンスロープ1匹。「っと・・・悪いな。何ならそこで見てるだけでもいいよ?」「いえ、元はと言えば私達だから・・・」JUMが真紅の元へ走っていく。巴も剣を振り、刀身のついた血を振り払うと再び鞘に剣を収め、走る。「全く・・・っふっ!」ガキンと音を立てて真紅の剣、ホーリエがライカンスロープの棍棒を受け止め火花を散らせる。真紅は棍棒を力で押し返し、右から左へ横薙ぎ一閃。ライカンの腹部をかすめる。さらに追撃する。右から左に薙いだ事により体重は左足に移動。そのまま右足で蹴りを繰り出す。「貰ったのだわ!」真紅の蹴りを諸に受けたライカンは自分の頭部に迫ってくる斬撃をかわす術はなかった。真紅は蹴りの後体重を前面にかけ、見事な唐竹割りを実現したのである。ライカンは刃に切られ、後方に吹き飛びながら起き上がることはなかった。
「終わりっと!」JUMがウェアウルフの攻撃を盾で受け、そのまま突進し盾で打撃を加える。その隙を見逃すわけがない。一刀の元に切り伏せる。これで残りはウェアウルフ1匹。もっとも、その1匹も・・・「ごめんね。運が悪かったと思ってね・・・」巴が鞘に収めた剣に手をかける。改めて見ると、彼女はかなり卓越したスピードの持ち主だった。軽快なステップでウェアウルフの側面に回りこむと、腰を回転させると同時に剣を鞘から引き抜く。その一連の動作が彼女の剣撃の速さを生み出していた。ウェアウルフ如きに見切れる術はなく、横薙ぎ一閃を受ける。若干切り口が浅かったか、絶命には至ってないがそれも次の瞬間巴が諸手に握った剣からの斬撃により、右肩から左腰をバッサリ持っていかれた。「これで全部のようね。」真紅がヒュンと剣を振る。剣についた血がシパシパと音を立てて地面に落ち、それから鞘にしまう。「大丈夫だった?二人とも。」JUMも剣をしまい、巴と雛苺に近づいていった。「ええ、どうもありがとう。えっと・・・貴方達は?」「・・・まぁ、旅人よ。質問を返すようで悪いけど貴方達は?」真紅とJUM。巴と雛苺が向かい合う。「私達も旅人です。私は柏葉巴。この子は雛苺。」「ヒナは雛苺なのー!うよ・・・・?」雛苺が真紅の手をとる。すると、薄っすらとだが血が滲んでいた。「あら?かすったようね。まだまだ私も修行が足りないのだわ。」「う・・・じゃあ助けてくれたお礼に・・・」雛苺はスッと杖を当てると言葉を呟いた。「癒しの光よ・・・ヒール・・・」温かな光は真紅の手を包む。その光は真紅の傷を瞬時に癒した。「これは・・・貴方、魔法が使えるの?」
「うよ、少しだけ・・・えへへ・・・」雛苺が少しだけ誇らしげに笑う。彼女の使った魔法はヒール。癒しの光によって対象者の傷を癒す魔法だ。「へぇー、チビっ子凄いな。あ、だからさっき魔法使おうとしてたのか。」JUMが少し前を思い出す。JUMが雛苺を助けた時だ。あの時、雛苺は詠唱をしていた。「そうなのよ。でもでも、とっても場所が悪かったから反省なの~。ありがとう・・・えっと・・・?」「ああ、僕はJUM。桜田JUM。んで、こっちがーーー」「真紅なのだわ。」真紅がスッと会釈をする。すると、巴が少しだけ変な顔をした。「真紅・・・真紅・・・あれ?どっかで・・・」「ねえねえ、巴。もうちょっとだけJUMと真紅と一緒にいようよ~。二人も旅してるんでしょ?ね?ね?」あっと言う間に二人に懐いた雛苺がゴネるように巴に言う。「そうだね・・・二人はどうするの?もしいいならしばらく御一緒したいんですけど。」「あら、構わなくてよ。話せる島のケイブのエルダーを討ちに行くの。また戦いになるけど・・・いいの?」真紅が巴と雛苺を見る。しかし。二人は今までも戦いの経験はあるのだろう。「もっちろんなの~。ヒナがお手伝いしてあげるのよ~。」「それじゃあ、宜しくお願いします。」巴と雛苺がスッと手を出す。真紅とJUMをそれに会わせる様に手を出し、握手をかわした。「よし・・・んじゃあ、行きますか!」「そうね。目指すは話せる島のケイブのエルダー・・・急ぎましょう。」こうして、旅も道連れか一時の仲間を得た真紅は試練に向かっていくのだった。To be continued
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