永遠でない『今』
授業が終わった私立薔薇学園高等学校の放課後。二年A組には男子がニ人残っている。笹塚「ねえ…ジュン」JUN「ん?」笹「どうしたら好きな子と…仲良くなれるのかな…」J「どうしたんだ急に…いつものお前らしくないな」
笹塚には想いを寄せている人がいた。ジュンは笹塚にとって、そんな事を相談できる友人の一人だった。笹「僕は君が知っている通り、蒼星石の事が好きだ、と思う…。いや好きなんだ」J「…うん」笹「でも話しかけようとするだけで緊張しちゃって…僕は何がしたいんだろうね…」彼の気持ちだけが空回りしてなかなかうまくいかない。J「ああ、蒼星石は男子とはあまり話さないしな」笹「それはそうだけど…僕は…」J「…僕は意見なんて言える立場じゃないけど…」こんな時ジュンは何を言っていいか分からない。彼だって女の子と付き合ったことなんてないのだ。親友である笹塚を励まそうと、分からないなりに自分の意見を続ける。
J「好きな人がいて、その好きな人を思う気持ちがどうしようもないくらい溢れてきたら…」笹「……………」J「告白、するしかないんじゃないかな」笹「!!…告白…」J「来年も同じクラスになれるとは限らないし、想いを伝えられないままだったら…一生後悔すると思う」笹「…そうかな……?」J「まあ、僕だったらの話だけど…」笹「……うん、そうだよね!今日はありがとう、相談にのってもらって」J「いや、全然参考になってないと思うけど、役に立てたならよかったよ」笹「うん、それじゃあそろそろ帰らない?もう四時半だし」J「あ~悪い、まだ委員会の仕事が残ってるから。先帰っててくれないか?」笹「そうだったね、時間を割かせちゃってごめん。それじゃ!」
J「(あんな事言っちゃったけど、本当に良かったのかな)」自分の言った事に自信が無かったジュンだが、友人に中途半端な事は言いたくなかった。J「(でも僕が笹塚だったら…きっとしてるよな)頼まれていた仕事を片付ける為一人残るジュン。時計の針は五時を回ろうとしていた。外からは運動部の掛け声や吹奏楽部の楽器の音が聞こえてくる。
真紅「相変わらず仕事熱心ね」J「!真紅か…」真「また頼まれ事?お人好しにもほどがあるのだわ」J「僕だって嫌でやってるんじゃないからね……お前も仕事で残ってたのか?」真「ええ、ちょっと先生の手伝いをしていたの」J「なんだよ、それじゃあ人の事言えないじゃないか、お人好しっての」真「クスッ、お互い様ね」
彼女は真紅。クールなイメージがあり近寄り難い雰囲気があるが、話してみるとそうでもない。彼等はお互い別々の委員会の仕事に入っていて、放課後残る事が多かった。
真「そういえば…ちょっと前に笹塚君とすれ違ったのだけれど」J「ああ。さっきまで色々と相談に…」ここまで言いかけて口を塞いだ。一応、笹塚が蒼星石の事が好きだというのはジュンとの秘密という事になっている。もっとも、クラスの大半はその事実を知っているだろう。だが鈍感な蒼星石自身は笹塚の気持ちは知らないだろうが。真「優しいのね」J「……べ、別に友達の相談にのってやるのは普通の事だろ?」真「ええ、そうね」真紅は全てを知っているかのような素振りをみせる。だが彼女が隠れて盗み聞きをするような人ではないとジュンは知っていた。
J「…さーて、ようやく仕事も片付いたし先生に渡してくるかな」真「お疲れ様。それじゃあ私は…」J「先…帰るのか」真「ええ。ちょっと用事があるのだわ」J「そっか…気をつけて帰れよ。最近はこの辺も物騒だっていうし」真「大丈夫よ。貴方こそ気をつけてね、ジュン」J「俺が何を気をつけるっていうんだ…?」
真紅の特に意味のない言葉に気を取られながら、担任の梅岡の所へ日誌やら何やらを提出する為に向かう先は職員室。梅岡は何らかの作業をしている。J「(職員室に入るのって何だか緊張するよなぁ…)」緩まったネクタイを締め直す。何だかんだでこの学校は校則が厳しいのだ。意を決して…というのはやや大袈裟だが、中に入るジュン。
J「梅岡先生、今仕事終わりました」梅岡「おーすまないな~桜田。いつも助かるよ」J「いえ、それじゃあ僕はこれで…」梅「あ~ちょっと待ってくれ。さっき真紅にも手伝ってもらってたんだが…」梅「その時に筆箱を忘れていったみたいなんだ。届けてやってくれないか?家近いんだろ?」J「筆箱…ですか?」梅「ああ、これだ。書き物をしてる時にそのまま置きっぱなしにしていったらしい」J「はあ…分かりました。届けておきますよ」梅「明日は学校休みだからな、筆箱がないと困るだろ。それじゃ、頼んだぞ」それから梅岡は作業を続けた。教師というものも何かと忙しいのだ。下校中、とぼとぼと歩くジュン。J「全く…何で僕が届けなきゃならないんだ…」真紅の家に行くのは何年ぶりだろうか。小学生の頃はよく遊びに行ったものだったが、最近はめっきり行く事が無くなった。高校生ともなれば男女間の意識が強くなる。この年で幼馴染の家に行くというのは流石に気恥ずかしい部分がある。…とそこに幼馴染の一人である柏葉巴の姿があった。J「柏葉さん」巴「あ…桜田君。こんな夕方まで学校に?」J「うん、ちょっと学校で頼まれた仕事があって」雛「トモエー!早くうにゅ~買いに行くのー!…あれー、ジュンなの…?」巴「ええ。今そこで会ったの」雛苺は巴の親友だ。この二人を見ているとジュンでさえ羨ましくなるほどに仲が良い。J「本当に…仲が良いんだな」巴「え…?私達の事…?」J「うん」雛「そうなのー!ジュンも巴も皆仲良しな~のよ~♪」巴「ふふっ、雛苺ったら」J「(いつまでもこんな日が続くといいな…)」
誰もが知っている。『今』が永遠ではない事を。しばらく時が経てばここを卒業し、大学や就職等それぞれの道を歩んでいく。一生、というわけではないが今のクラスの仲間と会う事はほとんど無いだろう。
巴「…?桜田君…?」J「え、えっと…何でもないんだ」雛「早く~!早くうにゅ~が食べたいのー!」さっきから雛苺が言っている『うにゅ~』とは苺大福の事だ。餅の部分が柔らかいのは分かるが、そのネーミングは少し子供っぽい。巴「あ、ごめんね雛苺。行きましょう。桜田君も一緒にどう…?」J「ごめん、これから真紅のところに忘れ物届けに行かなくちゃならないから」巴「そう…それじゃあ、また明日」雛「ジュンばいばーい!」J「ああ、じゃあ明日な」雛「いっちご、いっちご、うにゅ~なの~♪」巴「もう…その歌雛苺が考えたの…?クスクス…」J「(いつも通りだな、あの二人も…本当、羨ましいよ)」
二人を見送ると、ジュンは真紅の家へと足を運ぶ。見慣れたこの町並みももうすぐ見れなくなってしまうのだろうか。J「ここ…だったよな」閑静な住宅街にある真紅の家は、ジュンの自宅からそう遠くはない場所にある。J「(本当、久しぶりだな…真紅の家に来るのも)」J「(そういえば…あいつ何処か寄ってく場所あるって言ってたけどもういるのか…?)」
ピンポーンJ「(…いないのか?)」ピンポーンJ「(誰もいないみたいだ…仕方ない、一度帰ってから連絡すればいいか)」
そうして自宅へ戻るジュン。今、ジュンは姉の桜田のりと二人暮しをしている。両親は仕事の関係で海外に滞在している為だ。
J「…ただいま」のり「あらぁ、お帰りなさい♪もう御飯出来てるけど…」少し前までジュンとのりの関係は良く無かった。といってもジュンが一方的に姉を嫌っていた部分があったのだが、今はその関係も改善されている。J「ん…後で食べるから置いといて」の「そう…冷めちゃうけどぉ…」J「すぐに食べるよ」の「それじゃお姉ちゃん少し出かけてくるからぁ、後は頼むわねぇ」
食事を取り終え、一息ついたところでジュンは真紅の家に電話をかけた。プルルル、プルルル、プルルル…J「(何だ…まだ帰ってないのか)」J「(家族で何処かに出かけてるのか?…明日でもいいかな)」カチャッそうして受話器を切り、余暇を過ごす。のりが作ってくれたクッキーを食べながら宿題をこなしているジュンは一応学校では優等生として通っている。丁度いい具合に脳が疲れてきたジュンは、風呂に入り床についた。
~次の日~
前日真紅の家族が皆留守だった為、渡しそびれた筆箱を返す為真紅の家へと向かうジュン。J「(九時か…流石にもう起きてるだろ)」ピンポーン『…はい』J「あの~桜田ですけど…真紅さんいますか?」『ジュン?今開けるわ』ガチャッ真「どうしたの?私の家に来るなんて…珍しいのだわ」J「ああ…これ。昨日学校に忘れてったんじゃないか?」そう言って梅岡に渡された筆箱を差し出す。真「あら…?本当ね、わざわざ届けてくれたの?」J「ま、まあ梅岡が渡しておいてくれっていうからさ」真「…ありがとう、ジュン」面と向かって礼を言われるというのは照れくさい。ジュンは恥ずかしくなって目を逸らす。J「じゃ、じゃあ用はこれだけだから…」真「あ…待って。少し散歩でもどうかしら?ジュンが忙しいっていうなら無理にとは言わないけど」J「…いいよ、どうせ帰っても暇だし」
近くに広い公園がある。遊ぶには最適のところで、昔はジュンもここで体を動かしたものだった。二人はその公園を歩く。
J「何だか…二人でゆっくり話すのって久しぶりだな」真「ええ…昔はよく一緒に遊んだりしたのだけれど」J「…高校生にもなれば変わるよ。僕達だっていつまでも昔のままじゃない」真「分かっているわ、そんな事」J「…真紅……?」何やら思いつめた表情をしている彼女に、ジュンは戸惑った。J「何か…悩みでもあるのか?誰かと喧嘩したとか…」真「………」J「…あっあのさ、昨日何処か寄ってく場所があるって言ってたけど」J「また料理の材料でも買ってきたのか?お前は下手だからなぁ」気まずい空気を和ませようと冗談を言う。だが今こんな事を言っても逆効果だ。真「……」J「あ~…ごめん、別に馬鹿にするつもりはなくて…」真「……最近、少し両親の仲が悪くて。昨日はその事を話し合う為に外へ出かけていたの」J「!!…そう、だったんだ…」
突然そんな事を聞かされてもどう接していいか分からない。昔真紅の家へ遊びに行った時は仲が良さそうに見えた彼女の両親。
J「……色々大変なのか…?その、俺でよかったら何か出来る事っていうか…」真「…………」J「家に居づらいんだったらうちに来れば…えっと、姉ちゃんも歓迎すると思うし」どういう言葉をかけていいか分からないジュンだったが…真「…ふふっ、クスクス…」J「な、何で笑ってるんだよ!?笑い事じゃないだろ!?」真「ありがとう、心配してくれて。ただ少し口喧嘩しただけなのだわ」J「え、え…?」真「だからそんな大事になる心配はないの」J「何だ…お前がそんな話し方するから僕はてっきり…」昨日は大方、仲直りの印に外へ食事へ出かけた、というところだろう。真「心配性ね。そういうところは昔から変わらないのだわ」J「う…まあ、なんとも無かったならいいんだけどさ」真「ええ、大丈夫」J「全く…昔っから変わらないのはお前の方だよ。人をからかったりして…」真「それはお互い様」真紅のたわいもない嘘にひっかかるのがいつものパターンだった。今回は嘘というわけでもなかったのだが。
ちらほらと子供の遊ぶ姿が見えてきた。テレビゲームやインターネットのおかげで外で遊ぶ子が少なくなったとはいえ、公園が幼い子供にめっきり使われなくなったというわけではない。
J「少し騒がしくなってきたな…」真「そうね…そういえば、いくつか買いたいものがあるのだけれど…」J「…僕は行かないぞ」真「付き合って頂戴」J「はあ…まあ、いいか…」半ば強引に連れていかれたが、荷物持ちくらいなら出来るだろう。二人は文房具屋に入る。
J「シャープペンの芯でも無くなったのか?」真「よく分かったわね、御名答よ」J「(僕がついて来た意味があるのか…?荷物持ちにすらならないじゃないか…)」真「何か言った?」J「いや、何にも」人の心を読む力でもあるのだろうか。ジュンの思った事がまるで聞こえているかのように反応する真紅。
真「えっと…これでいいわ。…あら?笹塚君?」偶然にも、その文房具屋には笹塚がいた。その手には便箋と封筒が抱えられている。笹「あ、真紅さん。おはよう」真「ええ、おはよう」J「おう、笹塚。お前も何か買い物か?」笹「う、うん…ちょっと…」J「(便箋に封筒…もしかして…!)」笹「そ、それじゃ僕先に行くねっ!」顔を赤くして足早に立ち去った。ジュンには笹塚が何故そんなものを買いに来ていたのかが分かっていた。J「…僕達も行くか」真「そうね」
買い物を済ませ、家路を歩きだす。真「笹塚君…誰かにラブレターでも送るのかしら?」J「ああ、そう…!(やばい…)」思わず本当の事を言ってしまうところがジュンらしい。真「そうなの…笹塚君が…」J「あ~…言うつもりは無かったんだけど…秘密にしててくれ」真「……やっぱりジュンはお人好しなのだわ」J「なっ!?またそれかよ」真「本当の事だわ。昨日の相談っていうのもこの事なのでしょう?」J「…よく分かるな。もしかして、僕達の話盗み聞きしてたんじゃないか?」真「そんな事はしないわ。…それに、鈍感ね」J「鈍感って…僕の事か?僕のどこが鈍感だって…」真「…それを私の口から言わせるつもり?」J「……?だから一体何だっていうんだよ」真「ふう…もういいわ、帰りましょう」J「何なんだ…ったく」
いつもと変わらない日々。そんな日常が流れていく。この二人もしばらくは変わりそうにない。
~fin~
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